韓国内新聞(日本語版)で読む 2002年日韓共催W杯 採録




 2002年日韓共催W杯では、日本と韓国両国にさまざまなドラマが生まれましたが、お隣韓国では今回のW杯を、とくに日本との関係をどう報道しているのか、たいへん気になるところです。そこで、2002年W杯の閉会を機に大会中の韓国側国内新聞の日本語版から、興味深いものを採録しました。(2002年7月作成者記)

 2006年6月、あれからはや4年が過ぎました。この間、昨年2005年の島根県「竹島の日」から始まった竹島領有権問題は、とうとう盧武鉉大統領の「外交戦争」なる言葉まで飛び出してしまいまた。たった4年前の2002年日韓共催W杯を経て築いた良好な関係は、まったくの砂上の城であったことがわかったわけです。
 とはいえ、4年前を振り返ることはけっして無駄なことではないと思われるため、装いを新たにして本頁を掲載しました。2006年度版も楽しみにしてください。(2006年6月作成者記)



W杯チェック−@韓国料理、味は「OK」サービスは「NO」(2002年2月8日『中央日報』 )

 どんなに素敵な観光地でも、寝不足だったり食事を十分に取っていなければその美しさを十分に感じ取ることはできない。特に慣れない所であるほど、食事や睡眠という基本的な欲求をどう解決するかが重要だ。 外国人らが安心して宿泊でき、再び旅行したいという場所にするため、食堂、宿泊施設、観光・ショッピング地の問題点を3つに分けてチェックしてみよう。

 #料理の味に影響するサービス
 6日午後1時、光州市(クァンジュシ)のある韓国料理店。客が入るやいなや女性従業員がおしぼりと水を出して注文を受ける。手を拭くためのおしぼりだが、冷蔵庫から取り出したばかりなのかカチカチに凍っていて広げることもできない。水は勝手に飲めと言わんばかりにポットだけが置かれた。注文を受ける最中にも従業員の視線は他の客に向いている。 

 こういった不親切は終始続いた。従業員と目を合わせるのは難しく、追加で注文する際は立ち上がってカウンター側に叫ばなければならない。食卓はずらりとつながっているため、近くの席に団体客でも来ると大声で対話をしなければならない。おいしい料理で有名な光州だが、サービスが味にともなわない。 ソウルも同じだ。4日昼、ソウル中区(チュング)のあるカルビ店。中心街に位置する100席以上の大食堂だが、外国語で書かれたメニューはない。従業員を何度か呼んでようやく箸が用意された。

 客のチェ・キョンハンさん(48)は「昼休みなど混雑する時はいつもこうだ」とし「ワールドカップを控え、飲食店のサービスから改善すべきだ」と話した。 昨年、韓国観光公社が外国人観光客5000余人を対象に実施した調査で、飲食店の満足度(5点満点)は「普通」水準の3.76点にとどまった。

 とりわけ外国人らは韓国で「最も印象深かったこと」として「おいしい食べ物」を2番目に選んだが、逆に「最も不便なこと」の8位にも「不潔な飲食店」を選んだ。チョンイン大ホテル調理科の朴フィ俊(パク・フィジュン)教授は「観光公社の『清潔な食堂』選定作業のため実体調査に出かけると、伝統飲食店であるほど味はよいがサービスが不十分であるケースが多い」と述べた。

 #外国人に配慮しない飲食文化
 京畿道水原(キョンギド・スウォン)で焼肉店を経営するK氏は、先月末、恥ずかしい目にあった。日本の雑誌記者という男女2人が水原カルビの作り方、おいしく食べる方法などを尋ねたが、日本語で準備された案内書がなく、ひたすらぼんやりと顔を眺めるしかなかった。 水原市はW杯競技場の周辺を「カルビ通り」とし、カルビ祝祭も開く計画だが、水原カルビを説明する案内書や広報物は不足している。相当数の食堂にはハングルのメニューしかないため、外国人観光客は困難を経験する。 

 ソウル市の場合はさらにひどい。ソウル市は先月、模範飲食店5500店を紹介する「ソウルの模範飲食店」という冊子を制作し、ホテル・旅館など宿泊業者に配布した。しかしこの案内はハングルだけで制作されており、ソウル市幹部会議で「外国人を対象にした広報冊子をハングルで作ってどうする」という指摘を受けた。 床に座って食事をすることも外国人には馴染まない文化だ。

 観光専門家らはまた、たくさんの箸やスプーンが一つのケースに入っていることも外国人には慣れないことと指摘する。一つずつナプキンに包んで客の前に置くべきだという。大田(テジョン)に住む日本人、道上尚史さん(44、公務員)は「トイレットペーパーが食卓の上に置かれているのを見て食堂に行きたくなくなった」と話した。

 #不快感を与える飲食店マナー
 清潔かつ親切で有名な大邱(テグ)のある蔘鶏湯(サムゲタン)店は、テレビが設置されたトイレ、英語など4カ国語で作られたメニューなど、準備が整った飲食店に選ばれた。しかし経営者キム・チャンミンさん(43)の悩みは他にある。室内が禁煙であるにもかかわらずタバコを吸う韓国人のため頭を悩ませているのだ。このほかにもトイレの壁に飾っていた絵が(8000ウォン相当)が1年間で10点も紛失している。 

 飲食店文化自体を変えなければならないという指摘もある。注文を受ける際に客にジャージャー麺、焼き飯などのメニューを叫びながら「注文する人は手を挙げてください」という従業員の態度は、外国人らが理解し難しい部分だ。また飲食店で子供たちが走り回っても親が注意しなかったり、大きな声で「早く早く」と叫ぶ客の態度は内外国人ともにまゆをしかめる。 

 ソウル市の柳炳出(ユ・ビョンチュル)食品衛生チーム長は「W杯前に飲食店のサービスや施設を改善しなければならないが、これに先立って国民のマナーから正さなければならない」と述べた。


W杯チェック−A「トイレ改善」から「親切教育」まで(2002年3月8日『中央日報』 )

 「非難より称賛と支援を」−−。

 ソウル・大邱(テグ)・光州(クァンジュ)などワールドカップ(W杯)開催都市が飲食店のサービス・施設改善を前面に出した戦略を進めている。清潔で親切なら利益になるということを示し、他の飲食店も賛同させるのがねらいだ。 ソウル市はトイレを改善する店には年利1%で最高1000万ウォンまで融資している。

 昨年はおよそ5億ウォン(約5000万円)が執行されるほど効果があった。定期的に「親切教育」も実施している。 大邱市は外国語メニューの制作に費用の90%を支援しているが、現在では1600店が4カ国語のメニューをそろえている。 大田市(テジョンシ)は表記がすべての飲食店で統一されるよう外国語標準案をまとめた。光州市は外国人観光客の朝食の不便を解消するため、宿泊業者に飲食店の案内表示板を設置する計画だ。 飲食店街を集中造成するところもある。

 大邱市寿城(スソン)区は126の飲食店が集まるドゥルガンギルサゴリ−スソンモッの一帯を「飲食店街」として造成している。区が伝統的な街灯を設置し歩道のブロックを新しくすると、飲食店経営者らも資金を集めてサッカーボールの形をした花壇200個を設置した。 しかし1回だけの教育や従業員の高い離職率のため、サービスの改善はまだ不十分だという指摘も多い。 

 サービス開発教育院の李鍾善(イ・ジョンソン)教育理事は「表面的なサービス教育ではなく、実質的かつ持続的な教育が必要だ」とし、「従業員を尊重する客がいてこそ親切なサービスも短期間で定着する」と述べた。


W杯チェック−B味もサービスも満点「ベスト親切店」(2002年3月8日『中央日報』)

 ビビンパで有名な全羅北道全州市(チョンラブクド・チョンジュシ)の伝統飲食店「古宮」では、毎週土曜日に「親切講義」を開いている。 従業員25人は外部講師からあいさつの仕方、スカーフの結び方、帽子のかぶり方など飲食店のあらゆるサービスについて習う。講義は時々従業員らの経験を交わす討論となる。

 こうした教育を2年間続けながら「古宮」は2年連続で全州市の「ベスト親切店」に選ばれた。 この店は各トイレに鏡・便器・ごみ箱など10種類チェックポイント表を作り、毎日点検している。メニューは宮中ビビンパを現代人の味覚に合わせた「骨董飯(ゴルドンバン)」、真鍮の器に盛った「全州伝統ビビンパ」「石焼きビビンバ」の3種類。英語・日本語でメニューを詳しく紹介する冊子も置いている。 

 また飲食店内には伝統的の雰囲気をつくり出すため、米びつ・文箱・たんすなどの家具を整えた。午前11時30分〜午後2時、午後6時〜8時には伽椰琴のテープが流れ、伝統音調を味わうことができる。 「古宮」は特に国内外の観光客らに全州ビビンパを広く知らせるため、飲食店2階のおよそ30坪に展示・体験館を設置しており、来月初めに開館する予定だ。ここには各種ビビンパのサンプルおよび調理法、釜・陶器などとともに関連映像物や本を展示する。

 また実際にビビンパをつくって食べる体験コーナーも設ける。 朴秉南(パク・ビョンナム、46)社長は「20年間飲食店を経営しながら、味に劣らず清潔さと親切も重要ということを体で感じた」とし、「W杯期間中は外国人の味覚に合わせてまろやかなビビンパを出す計画だ」と語った。


W杯チェック−Cトイレも観光商品(2002年3月8日『中央日報』 )

 きれいなトイレは観光商品としても人気だ。 水原市(スウォンシ)は2000年3月から「美しいトイレのシティツアー」を実施している。無料バスに乗って、長安門(チャンアンムン)そばにある長安公園の案内所から出発するこのツアーは、西将台(ソジャンデ)−華西門(ファソムン)−華城行宮(ファソンヘングン)−華紅門(ファホンムン)−東将台(ドンジャンデ)−バンティッブル区間がトイレで連結されている。

 このうち、光橋山(クァンギョサン)の入り口に位置したトイレは、1坪当たりの建築費が500万ウォンも投資され、ぜいたく過ぎるという議論を生んだ箇所だ。トイレの内部どこからでも光橋貯水池を眺められるよう設計されたのが特徴だ。ツアー途中、無料で韓国伝統の国弓などを体験できるように配慮しており、観光の楽しさを増してい。 水原市はまた、サッカーボール形の公衆トイレを、ワールドカップ(W杯)競技場の中央広場など4カ所に建設している。直径8メートルの円形の建物で、11坪ほどの広さ。

 水原市の申鎮浩(シン・ジンホ)文化芸術担当は、「サッカーボールのトイレは、W杯とトイレを調和させたイメージで、外国人の関心を集め、水原の名物になるだろう」と語った。 各地でも「名所のトイレ」が増加している。釜山(プサン)にある竜頭山(ヨンドゥサン)公園のトイレは、周辺の森と調和するよう、外部の壁を木の素材で仕上げている。天井もガラス張りにして、自然光が入るようになっている。このトイレは、昨年韓国観光公社から「美しいトイレベスト10」に選ばれた。 

 全州市徳津洞(チョンジュシ・ドクジンドン)にある体錬公園のトイレは、女性用は屋根と窓を円形に、男性用は三角・四角の形で作ったのがポイント。付近に多目的運動場もあることから、更衣室を備えたシャワー室も備えられている。床下にボイラーを敷いて、水で清掃しても水気がすぐなくなり、いつも床がきれいだ。また、換気扇が地表から30センチの所に位置し、空気より重いアンモニアのにおいが抜け出やすいようにしてある。


<W杯チェック> 改善された公衆トイレ、清潔管理は不十分(2002年3月8日『中央日報』)

 トイレは各国の文化尺度である。トイレは日常生活の赤裸々な部分であり、これを外国人観光客が見ることになるのだ。 このため10カ所のワールドカップ(W杯)開催都市はトイレ施設の改善を最優先に行っている。しかし改善された外見とは異なり、清潔状態や便宜用品不足など補完すべき点は多い。特に小規模店舗のトイレは相変わらずだ。およそ70万人のW杯観光客が利用するトイレをチェックしよう。

 6日午後、ソウル鷺梁津(ノリャンジン)水産市場のトイレ。床は濡れていて異様なにおいがする。洗面台の排水管は古くなり、水を出すと底に漏れる。ちり紙や石鹸はなかった。 

 ソウルK旅行社のキム・ミジンさん(35)は「毎年1万人を超える日本人観光客が水産市場を訪れるが、トイレがあまりにも汚ないので近くのビルのトイレを利用している」と述べた。 5日夜、ソウル大学路(テハンノ)マロニエ公園のトイレは混雑していた。施設は整っているが、清掃が行われておらず、飲酒者の嘔吐物がそのまま残っていた。

 床が汚いためズボンの裾が汚れはしないかと気になる。 不潔な施設も問題だが、我々のトイレ文化があまりにもだらしないという指摘も少なくない。 昨年11月に行われたソウル上岩(サンアム)W杯競技場のオープン記念試合は、交通と競技場の運営面で合格点を受けたが、トイレと売店運営には落第点が下された。ハーフタイムに観衆がトイレに殺到したため、迷子になる子どももいた。 

 ちり紙がない所も多い。全州市(チョンジュシ)徳津(ドクジン)公園のトイレの場合、毎日6個のトイレットペーパーを置くが、2〜3個がなくなっている。梧木台(オモクデ)公園のトイレでは電気ラジエーターがなくなった。頭を痛めた徳津公園管理事務所はトイレの入口に清掃員を配置し、清掃と監視を同時に行っている。 W杯文化市民運動中央協議会が昨年11月、外国人324人を対象に実施した調査によると、「トイレ施設に満足だ」という回答は42.3%にとどまった。

 飲食店(74.4%)、観光(67%)、宿泊(69.4%)の満足度を大きく下回っている。 トイレ文化市民連帯のイ・ジョンジャ共同代表は「高速道路の休憩所と鉄道駅のトイレは改善されたが、小規模の飲食店、市場、市外バスターミナルのトイレにはまだ不便な点が多い」とし、「お互いを配慮する気持ちで秩序を守らなければならない」と語った。

 昨年ソウル市はトイレ1万3000カ所の施設管理実態を点検し、54%にあたる7400カ所に改善を促す「イエローカード」を発給した。特に地下商店街のトイレは調査対象37カ所のうち27カ所(73%)がイエローカードを受けた。 しかしほとんどの地方自治体が、実用性を考えたトイレ改善というより「豪華トイレ」を建設したという指摘も出ている。

 不足する都心公衆トイレを補完するため、商店街など建物のトイレを開放する運動が行われているが、釜山(プサン)競技場周辺ではトイレを開放した建物は非常に少なかった。仁川(インチョン)の文鶴(ムンハック)競技場周辺も事情は似ている。 ソウル市はトイレを公開する事業を本格的に進し、900カ所の解放に成功した。市はトイレを開放した建物主に毎月10万〜30万ウォンの管理費を支援し、トイレの案内表示を設置した。 民間のトイレ改善が遅れている一方、公衆トイレの改善は進んでいる。ソウル市は公衆トイレ502カ所のうち444カ所の改修を終えた。

 また7日、鍾路(チョンロ)・太平路(テピョンノ)ではコイン式公衆トイレの試験運営に入った。 仁川市は78億ウォンを投じて月尾島(ウォルミド)など仁川市内観光地の公衆トイレ127カ所を改修した。釜山市も166カ所のトイレ改善に取り組んでいる。 トイレ文化市民連帯のピョ・ヒェリョン事務局長は「小さな飲食店のトイレは改築までしなくても、清潔にしておけば良い印象を与えるはずだ」とし「清潔状態、便宜用品の具備など基本からチェックしなければならない時期だ」と話した。


【社説】韓国映画の新たな場を開いた林権沢監督(2002年5月27日『中央日報』 )

 林権沢(イム・クォンテック)監督がついに韓国映画の新境地を開いた。『酔画仙(チュィファソン)』を作った林監督は、世界最高権威の「第55回カンヌ映画祭」で韓国映画史上初の監督賞を受賞したのだ。 

 個人的に「世界的巨匠」の栄誉を得ただけでなく、韓国映画界でも世界市場7位という位置にふさわしい制作水準が認められたということでもある。 我々が今回林監督の受賞を特別に評価する理由は、監督賞という対象作品に限らず、韓国映画の総体的な力量がはじき出された意味を持っているからだ。 

 林監督は1980年代以来『シバジ』、『風の丘を越えて−西便制(ソピョンジェ)』、『太白(テベク)山脈』、『春香伝(チュンヒャンジョン)』などを通じ、「最も韓国的なものが最も世界的なもの」という真理を説き続け、韓国的な映像言語で西洋世界を執拗に説得してきた。 今回、不遇だった天才画家張承業(チャン・スンオップ)の物語を一枚の韓国画のようにフィルムに描いた『酔画仙』が、国際映画評価において成功したことにより国内映画界の西洋映画に対する自信回復に大きな役割を果たすものとみられる。 

 我が映画界は1980年代以後、厚くなった映画人層を土台に、目覚ましく発展してきた。 1981年の林監督の作品『曼陀羅』がベルリン映画祭のコンペティション部分に初めて進出して以来、張善宇(チャン・ソンウ)、金基徳(キム・キドック)、朴賛郁(パク・チャンウック)などの中堅監督が、ベルリン、ベネチア、カンヌの世界3大映画祭に進出しており、また1987年『シバジ』で女優の姜受延(カン・スヨン)がベネチア映画祭の主演女優賞を受賞してからは毎年、少なくても1、2編、多くて5編、世界各種映画祭で俳優、監督、制作者、作品の受賞行進が続いている。

 これは韓国映画の観客動員が決して一時的なバブルでないことを表す証拠だ。 大衆的な人気と作品性の向上、西洋映画に対する自信まで合わせた韓国映画界の将来はいつにも増して明るい。このままいけばカンヌの大賞、パルム・ドールの受賞も遠い夢ではないだろう。


あっぱれだ, ワールドカップ初勝2002年6月4日『京郷新聞』)

 全国が息の音さえおかゆになって行って見守った 90分だった。市民たちは各々赤い服を着て日盛りから光化門で、大学路に駆けて来て腰を据えたし、授業を終えた学生たちは家に行く代わりに猫も杓子も電光版これから寄り集まった。お坊さんたちもしばらく木魚を折ってTV の前に座ったし、漁夫たちも船端のラジオに耳を傾けた。公園も、白砂浜も、堂も全国津津浦浦がすなわち観衆席だったし応援場だった。

 ファン・ソンホン選手が全般ゴールを開いた時皆はオルサアンゴ歓呼したし、ユ・サンチョル選手が後半二番目ゴールに勝利の楔を刺した時私たちの胸は爆発するようだった。全国民がそのように念願してやまなかったワールドカップ初勝利の夢はそれほど近付いた。

 昨晩 10時25分、激しかった韓国とポーランドの先日を終わらせる主審の呼び子が鳴らした時グラウンドの大極戦士たちも、一瞬も TVで目をはなすことができなかった国民もオルサアンゴ目頭を赤くした。54年スイスワールドカップに出場した以来ただ一度も勝って見られなかった私たちサッカー史のたいてい(恨)が解ける瞬間だった。

 国民の烈火のような期待と声援の大きい負担になったはずなのにこれをよく乗り越えて通快な勝利を争取した選手たちに惜しみない拍手を送る。私たち代表チームはこの日勝利で宿願だった ‘ワールドカップ 1勝’を成したことはもちろん待望の 16強進出にぐっと近寄るようになった。

 しかしもっと重要なことはサッカーが全国民の心を一つで縛ったという点だ。不正と腐敗の腐ったにおいが全国を振りながら失望と怒りに抜けていた国民に希望の火種になって燃えるようにしたことがすぐウォルトコップ初勝利の夢だった。

 私たちの選手たちは国民の起源に報いるようにその夢を遂げてくれることで皆が一つになる社会統合の役目をやりこなした。そんな意味でこの日の勝利は全国民の勝利だ。もうワールドカップ初勝利の煮こむのを越した。それはもっと高い高地に向けた進軍の手始めであるだけだ。うちの選手たちは残った予選 2競技でもポーランド前で見せてくれた不屈の闘志と精神力を再現、素敵な競技(景気)で 16強進出の快挙を成すでしょう。その道を来た国民が一緒に行くでしょう。


ワールドカップと韓・日関係(2002年6月5日『京郷新聞』)

 ワールドカップサッカー大会期間中韓国と日本はかなり近くなったようだ。最近東京(東京)で会う日本人たちは専ら韓国をたくさん分かるようになったと言う。そうするに値する理由がある。

 このごろ日本では韓国ブームがおこっている。放送・新聞たちは一日が遠いと言って共同開催国である韓国と, 韓国人が住む姿を報道している。草根次元の交流も過去に比べて大きく増えた。日本の文化・芸術家には韓国作品の公演や展示会たちが並んでいる。ワールドカップ開幕式当日教徒(共同)通信のニュース題目は ‘韓・日新時代を知らせる大会’だった。

 朝日(朝日) 新聞は ‘韓・日ワールドカップ夢の開幕’と言う(のは)主題目の下 ‘友好の新(新)時代を期待する’と言うキム・デジュン(金大中) 大統領の開幕演説を副題でつけた。仕事王族の中で韓国を初めて公式訪問したダカー魔道乃美なの(高円宮)は釜山チャガルチ市場で韓国民たちと話し合った後 “韓国は遠くない国というのが分かった”と言ったりした。このような雰囲気は共同開催国である韓国と日本のゲームがあった 4日にも同じだった。

 韓国−ポーランド前を中継した日本の富士TV キャスターはファン・ソンホン、ユ・サンチョル選手のシュートがポーランドゴールを割ると ‘スバラシイ(素敵だ)’を連発したし、韓国の勝利が確定されると激昂された声で “(韓国サッカーに) 歴史のドアがあいた”と歓呼した。開幕日に両国新世代歌手たちに構成された ‘ボイスオブコリアジャパン’の主題曲 ‘これからハムに行こう’(Let’s get together now) そのままだった。

 しかしこんな話もある。日本の一知人(知人)は最近ワールドカップ以後、韓日関係を話せばで日本識者層で出回るおもしろいエピソードを聞かせた。雄大に題目を付けようとすると ‘ワールドカップ 16強進出が韓・日両国外交関係に及ぶ影響’ほどなる。結論はこうだった。‘韓国進出、日本脱落=晴れ’ ‘日本進出, 韓国脱落=雲り’ ‘韓・日両国共同進出あるいは共同脱落=影響なし’。

 首をひねると “特別な理由はないしただ笑い話”と付け加えた。しかし手探りして見れば背景は易しく分かる。日本の識者層の中には韓国を ‘頭痛い存在’でここは人がかなりいる。韓国が 16強で脱落して日本が進出すれば自尊人を傷つけられた韓国人たちが今後の外交関係をおいて無駄なけちをつけないか、憂慮されるという話でそんなところには日本が脱落するのが彼ら表現どおり ‘アッサリ’するというのだ。

 もちろんこの話はただ笑い話である首都ある。しかし底に敷かれている韓国と韓国人に対する無理解と偏見は簡単に度が外れにくい。日本人はよく韓国の対日偏見が問題を起こすと言う。

 しかし日本人の対韓)偏見がむしろ韓国人にもっと多い苦痛を抱かれてくれた。東京大震災の時の韓国人が井に毒薬に乗ったといううわさが流れながら幾多の朝鮮人が罪のない被害を被った。

 何年前までにしても韓国人は日本社会で ‘Kita年’(汚い), ‘クサイ’(匂いがする)、‘コワイ’(恐ろしい)という ‘3K’と呼ばれて蔑視受けた。教科書波動、靖国神社参拜など去る 1年間両国を賑やかにさせた外交摩擦も専ら日本の挑発によるのだ。

 ワールドカップ開幕日にはみでたFukudaYasuo官房長官の ‘核兵器保有’ 時事発言も同じだ。幽霊のようにさすらう日本の両極端的考え方と偏見が変わらない限り、 ‘歴史の克服’ ‘新時代’ 話す韓・日共同ワールドカップは言葉の聖餐(盛餐)に過ぎない。


国民の自尊心を分かっているのか2002年6月6日『東亞日報』崔圭徹 論説主幹)

 サッカー・ワールドカップ(W杯)のポーランド戦の勝利で、韓国は、これまで傷つけられてきた自尊心を取り戻した。一晩中全国から湧き起こる熱狂は、その堂々たる態度の噴出であった。

 ところが翌日の政界では、サッカーの勝利が選挙戦に及ぼす損得を計算している。勝利が彼らの戦利品にでもなると思っているのだろうか。自尊心を取り戻した堂々とした態度を、目の前の選挙戦で見られないことはもどかしい限りだ。地方選挙(6月13日)と大統領選挙(12月19日)の様相から、いくつかの流れが読み取れる。

 まず、相手へのむやみやたらの攻撃だ。税金と健康保険料をちゃんと払っているのいないの、低俗な言葉を自分に先に言ったの言わないの、などなど。声高に唱える数人の候補を見ていると、舞台ショーでも見ているような錯覚におちいる。

 日久月深(月日の長いことの意味で、ひたすら望むという意味)、彼らのただ一つの目的は「あいつは必ず落選させなければならない」というから、後遺症も大きくならざるを得ないだろう。W杯の胸踊るドラマにひかれる関心をこちらに向けようと、ひぼう合戦に力を入れる姿は、何の効果も生み出さない。さらに地方選挙と大統領選挙運動がもつれ合っているために、し烈さは倍増する。悪口のレベルを超えた言葉であふれ、歯に衣着せぬ舌戦は、今回の選挙の見苦しい特徴である。選挙管理委員会が摘発した違反事例だけでも、一日100件の割合で、約5800件にのぼるというから、民主主義の韓国社会が支払わなければならない社会的コストは、あまりにも大きい。


 選挙戦のもうひとつの流れは、政派や候補を問わず、開口一声にかかげる「庶民政策」である。このような発想から、候補が幼い頃の苦しい時代を語り、庶民に近づこうとの一心で、以前に見られなかった言動を演出するのを目にすると、本当にあせっているのだな、とつくづく思う。正直に言って、今50代、60代のなかに、子ども時代に裕福な人がいるだろうか。

 国が苦しかった時代、本を包んだ風呂敷を腰にまいて、黒のゴム靴をはいて学校に通ったものだ。貧しさは恥ずべきことではないが、自慢することでもない。そもそも持ち出す話ではないのである。彼らが言う庶民とは一体誰か。庶民でない人が誰なのか。ふつう韓国社会の指導層とは上位5%をさし、もう少し範囲をしぼって上位2%を中心層とみる意見もある。中心層2%は、政界で推定する約30万人の世論指導層とほぼ同じ数だ。各党派が掲げる庶民政策の対象で、彼らは除外されると考えよう。

 すると、庶民政策が狙う目標は、生活保護対象者なのか。行政機関に登録された極貧層の生活保護対象者は全国に70万世帯、約150万人だ。現在、全国有権者は、約3400万人である。一票でも大切な選挙で、誰をはずして、誰にだけ集中するというのは、賢明な得票戦略ではない。結局「庶民」とは、国民を政治的に表現したもので、庶民政策の対象は、国民であり有権者であるわけだ。さらに選挙シーズンには、すべての有権者が、自分を庶民と思うようになる。

 そう考えると、庶民政策というのは、鋭い内容があるのではなく、国民生活をより便利にするという得票戦略の一種のスローガンにすぎない。従って、庶民というオブラートで包まれた政策スローガンに、感動を受けることもなく、庶民うけを狙う候補者に、感激する必要もない。

権力腐敗に踏みにじられた自尊心

 この席で、庶民が誰で、庶民政策が何であるかを明らかにするつもりはない。それよりも、庶民を対する政治家の心構えにひとこと言いたい。庶民は静かで慎重で温和で、そして素朴である。しかし、より重要なことは、庶民は一方で、率直で熱烈で峻厳で、そして自尊心が強いということだ。なかでも庶民の強い自尊心を考えなければならない。

 にもかかわらず、政治家は、何も考えず、庶民の自尊心を踏みにじっている。その代表的な例が、大統領の息子まで巻きこんだ権力の腐敗と不正である。権力層の誰よりも、政界の誰よりも権力の腐敗で国の品格が内外で墜落する時、心を痛めている人々が、まさに庶民である。その声のない激怒がわかっているのだろうか。

 また、庶民が、ひぼう・中傷政治にどれほど失望しているか理解しているのだろうか。荒っぽい言葉を使うことが庶民的と考えるなら、大きな間違いである。自尊心に劣らず大切に考える庶民の価値は品格なのだ。ある主婦の読者が寄せたメールから、それゆえに腐敗を嫌悪することがうかがえる。「国の品格が墜落することに、自尊心を傷つけられた人が多いのです。お金のない庶民にも品格があります。品格のないお金よりは、最少限の価値を維持して暮らす庶民が多いのです。

 そして、庶民がついているから、これ以上評価を下げないでください」ある庶民の静かであり、かつ重い声だ。W杯の勝利の歓呼は、自尊心を取り戻そうとする叫びである。それが民心なのだ。


巨大応援団が成熟した応援、韓国のレベル示す2002年6月10日『東亞日報』)

 イタリアからサッカー2002韓日ワールドカップ(W杯)大会のテレビ中継のため来韓したHBSメディアグループのステパノ・アンドレオリー(23)氏は10日午後、ソウル中心部の世宗路(セジョンロ)で数十万人が一ヵ所に集まり活火山のようなパワーを噴出しながら応援する姿に圧倒された。アンドレオリー氏は「イタリアではリーグ戦でも応援の途中に暴力事件が起こるのが頻繁なことだが、それとは比べられないほど大規模なW杯大会で、途方もない規模の群衆が自制力を持って応援していることに驚いた。信じられない(incredible)」を連発した。

 AFP通信は韓国と米国が対戦を翌日に控えた9日「韓国のサッカーファンらは世界で最も大人しい応援を繰り広げるが、米国との試合が終われば野獣の姿を見せるかも知れない」と懸念の意を示した。しかし、韓国応援団はサッカーを祭りに昇華させ成熟した応援の文化を実現させた。こうした姿が外国人、はなはだしくは日本人の目にも不思議に写っている。

 共同通信は8日、大邱(デグ)発の記事でフランス記者の話として「こうした応援団は動員と無関係ではないはずだ」と報じた。しかし、こうした見方は韓国の応援文化を到底理解できないことから生じた誤報だ。それなら一体こうした爆発的な応援文化の根は何だろうか?精神科専門医らはこうした応援文化を「集団的ヒステリー」のカテゴリーから解釈している。

 ソウル大医科大学の権俊寿(クォン・ジュンス)教授は「集団的ヒステリーが必ずしも悪いものではなく耐え難いストレスを表出し解決する順機能としても働くのだが、韓国の応援文化はこうした側面から理解できる」と説明した。即ち、韓国社会は現在、政治的・社会的に指導層にいかなるものも期待できない状況だが、市民の潜在的不満が「サッカー」という媒体を通じて一つとなり表出されているということ。

 延世(ヨンセ)大学精神科の閔聖吉(ミン・ソンギル)教授もだいたい同じ見解を示したが「こうした集団的ヒステリーは自制できなくなると恐慌・集団的憂うつ症にも陥り得るものだが、祭りとして終ることができたのは、韓国市民の高い水準を反映するものだ」と説明した。スポーツ学では、日本による植民地支配時代(1910〜1945)から韓国のスポーツは、続けて似たような機能を遂行してきたという見方を示している。

 スポーツは、1969年オンドゥラスとエルサルバドルとの戦争を触発したことからみられるように、逆機能として働いたりもするが、韓国内でのスポーツは多くの場合、市民社会のパワーと団結を表わす機能を果たしてきたということ。運動心理学の高麗(コリョ)大体育教育科の文益洙(ムン・イクス)教授は「日本による植民支配時代(韓国では日帝時代と呼ぶ)と軍事独裁政権の時代、スポーツと応援文化は、市民社会の意志を表現する手段だった」と説明した。

 すなわち、日帝時代の朝鮮体育会の幹部らは、そのほとんどが独立運動家で、当時のスポーツの応援は一種の独立運動だったということ。また、軍事独裁政権の時代、延世大・高麗大両校のスポーツ祭典(延高戦)が行われるシーズンになると、大学生らは街でデモを繰り広げ市民らはそれに積極的に加わったりしていた。


 文教授は「今回の街での集団的応援は、市民がサッカーへの応援を通じて政界などに向けて胸の奥にたまっている何かのカタマリを表出し、市民らの力を披露しようとしていることの現われだ。とくに、市民運動の聖地とされる世宗路一帯に市民らが雲集する理由に注目しなければならない」と説明した。


アリラン祭典は今(2002年6月10日『東亞日報』)

 世界がサッカー・ワールドカップ(W杯)で沸き返っている。勝利の歓喜と敗北の悔しさ、これほど人類の心を捕らえたものがこれまであっただろうか。W杯の熱気で、世界中が興奮と感動に包まれている。

 アリラン祭典が開かれている北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)も例外ではないようだ。アリラン祭典は、北朝鮮側の表現で言うなら「その形式と規模はこれまでになく、たぐいまれな美しさと高尚な文化芸術の新たな領域を人類の前に繰り広げる行事」であり、「21世紀の大傑作」で「この機会を逃がすと、誰もが一生後悔する祭典」だそうだ。そのような大祭典が開かれているにもかかわらず、W杯の試合を中継しているという。

 4月29日に平壌綾羅島(ピョンヤン、ヌンラド)にある「5・1競技場」で開幕したこの祭典は、W杯の閉幕よりも1日早い29日に幕をおろす。4月15日で90回を迎えた金日成主席の誕生日を祝うために準備したというマスゲームと芸術公演の時間は、いずれも1時間20分。観客がいてもいなくても日曜日を除いて毎日公演した。北朝鮮はアリラン祭典にかなりの期待をかけた。毎日2000人の外国人観光客を招待して、入場料も50〜300ドルにして外貨を稼ごうとの腹積もりであった。

 観光客誘致のために、北朝鮮観光総局長が日本を訪れるなど、積極的な広報活動を行ない、インターネットのサイトも開設した。しかし1カ月経った今、アリラン祭典は彼らだけの内輪の行事になっている。北朝鮮側が、国営放送を通じて発表している数だけみても、アリラン祭典の状況は見当がつく。北朝鮮の国営放送は、この1カ月間に100万人の北朝鮮住民と約50カ国から合わせて700余りの代表団が、祭典を観覧したと伝えている。その100万人の北朝鮮住民は、軍人などの動員された団体観覧客がほとんどだ。外国から来た観覧客の数は、明らかにしていない。

 韓国側の情報によると、外国からきた観覧客数は1万〜1万2000人ほどだ。1日300〜400人である。それも80〜90%が中国の朝鮮族や日本の朝鮮総連など、海外同胞ということだ。そのような数値の内容は、アリラン祭典と結びつけた北の板門閣観光の外国人訪問客の数からも明らかだ。板門閣を訪れる海外同胞ではない外国人は、この1カ月間に200〜300人、1日10人の割合だったという。

 当初平壌順安(スンアン)空港と仁川(インチョン)国際空港を結んで、韓国の国民を招待するという北朝鮮側の話も、ある日すっと消えてしまった。数名の韓国の要人は、非公式にアリラン祭典を観覧したと伝えられているものの、公式的な訪問は受け入れていない。W杯に来た外国人観光客を平壌に引き込もうという話ももはや出てこない。結局「芸術家と才能ある青年学生、可愛い子どもの10万人が公演に参加する」この祭典は、外貨稼ぎというよりも北朝鮮住民への思想教養の場に代わったわけだ。北朝鮮体制のぜい弱性にかんがみて、アリラン祭典がこのように他の方向に進んだことは仕方がないだろう。

 そもそも外貨稼ぎという発想が間違っていた。ドルを稼ぐなら外国人観光客を引きつけなければならないが、外から見るアリラン祭典は、さほど魅力的な観光商品ではない。そのうえ自由に行動できない国に、誰が気軽に観光するだろうか。一方、北朝鮮の指導部も、観光客がもたらす「資本主義の波」を遅まきながら深刻に考えたようだ。そうするうちに、北朝鮮に同調する海外在住の同胞だけを招待する内輪行事になったのだ。北朝鮮指導部は、W杯に押し寄せる世界の人々の行列、そして彼らが表現する「自由の行動」をどう受けとめたのだろうか。

 アリラン祭典で繰り返えされる指導者への賛美やスローガンと、W杯でゴールが決まるたびに沸き起こる歓声と拍手の違いを、北朝鮮指導部はどう感じたのだろうか。アリラン祭典には、いかに珍しいシーンを見せるといっても、W杯のような熱情と興奮と自由がない。生動感を失った全体主義国家の機械のような行事に過ぎないのだ。

 88ソウルオリンピック直後の89年に平壌で開かれた世界青年学生祭典もそうだった。一寸の誤差も許さないマスゲームより、人間味あふれる行動がより美しいことは言うまでもない。アリラン祭典は、内部の動員と体制宣伝で住民統制の效果はあげただろう。しかし外貨稼ぎには完全に失敗した。「鳥かごの中」の観光は誰も好まない。客もいない祭典を行なう北朝鮮側の姿は見るに忍びない。


W杯のおかげで仲良くなった韓日(2002年6月11日『中央日報』)

  最近、日本で韓国人と日本人が出会えば、ワールドカップ(W杯)から話が始まる。

 韓日両国の試合結果や今後の見通しが主な話題だが、決り文句のように出される話題が「徳談」(互いの幸運や成功を祈ること)だ。相手国が勝利した時は、「おめでとう」そして「ありがとう」という言葉が交わされ、引き分けた時は「善戦したが、惜しかった」という言葉がかけられる。

 日本のテレビ局の解説者もよく、「日本と韓国が一緒に決勝に進出できたらいい」と話している。韓国−ポーランド戦を中継した日本人解説者が、韓国チームに拍手を送っていた姿は新鮮な印象を残した。

 韓国と日本が励ましあう姿は、これまでなかなか見られないものだった。両国が世界的イベントを初めて共催したうえ、試合面でも弱小チームというイメージを脱し、善戦しているため、自然にこうしたムードがつくられたようだ。

 共通の話題があるため、日本人との出会いや対話もこれまで以上にやりやすくなった。飲食店や居酒屋などでは、日本人が先に韓国人に話しかけ、W杯をテーマに話の花を咲かせ、親しくなることもある。

 こうした雰囲気がどれだけ続くかはわからない。韓日両国が敗退すれば、たちまち冷えてしまうかもしれない。「近くて遠い国」という言葉があるように、韓日関係は非常に微妙だ。 しかし短期間でも、両国国民が「徳談」を交わす機会ができたのは非常にうれしいことだ。互いを理解し、いい思い出を持つ国民が多くなるほど、葛藤の種が成長する土壌は少なくなるだろうから。

 すでに、W杯後の韓日関係がどうなるかと心配する声も少なくないが、今後も「楽しい共同関心事」をつくっていけば、玄海灘の距離はさらに縮まるのではないだろうか。


サッカー熱気に劣らぬ投票熱気を(2002年6月12日『東亞日報』)

 全国民がサッカー・ワールドカップ大会(W杯)の熱気に包まれたなか、全国同時地方選挙の投開票日を迎えた。

 7大都市の市長と9道の知事など4415人にのぼる地域の働き手を選ぶことになるきょうは、「草の根民主主義」を生かし育てるための貴重な日である。きょう有権者は投票場所に行くのを他の何よりも優先しなければならない。そうすることで史上最低の投票率になるだろうとの懸念がき憂に過ぎなかったということを見せなければならない。

 もちろんW杯が選挙への関心をそっちのけにさせたことは事実だ。しかし、今回の選挙を年末の大統領選の前哨戦としている中央政界が過度に介入しひぼう合戦ばかり続けたのも、有権者の選挙への嫌悪感をあおった要因だった。それにもかかわらず、有権者は一票を行使するのをおろそかにしてはならない。地方自治の命は国民の参加と監視にあり、投票はそれを実現させるものだ。

 投票率が低ければ当選者の住民代表性に問題が生じるだけでなく、金銭などとつながった組織の票によって資格不足の候補が当選する可能性が高い。そうでなくてもぜい弱な韓国地方自治がさらにぜい弱にならざるを得なくなるのだ。現職の首長248人のうち51人もが不正にかかわって起訴された事実がそれを裏付ける。投票率が低調でそうしたことが繰り返されるとすれば、それは有権者の責任となる。投票は良い候補を当選させる手段でもあり、同時に資格のない候補を退かせる選別の過程だ。

 たとえ、これと言ったお気に入りの候補がいなくても、次善の人物を選んで少なくても選ばれてはならない人が当選するのは防がなければならない。同時選挙であるため候補も多く、誰が誰だか判別し難いのも事実だが、きちんと正してみると選べないこともない。選挙管理委員会が各家庭に送った候補者の広報チラシに少しだけ誠意を持って目を通せば、候補の水準と資質をある程度は比較できる。

 地方自治に本当に必要とされる人は、その地域の事情に詳しく行政能力や競争力を備えた人だ。ひぼうや悪宣伝、カネなどを利用し票を獲得しようとする候補は、票でもって審判すべきだ。きょうは、サッカー熱気に劣らない投票熱気を見せなければならない日だ。


全国民がやりこなした ‘16強神話’2002年6月14日『京郷新聞』

 神話はこんなに成り立つようだ。ソルマしたワールドカップ 16強の夢が遂に現実に現れた。

 韓国サッカーは昨日仁川でポルトガルを押すことで組別予選リーグを通過, ワールドカップ 16強トーナメントに進出した。それも無敗の記録で組1位を占めたからどうして感心ではないのか。韓国サッカー 100年史に長さ長さ人を快挙を成した選手団に国民と共に熱い祝いの拍手を送る。ポルトガルとの競技を控えて大部分の国民は勝ったらと望むことと、果して勝つことができるかと思う心が交差したであろうたい。

 ポルトガルが世界ランキング 5位に名実共に優勝候補であるうえに行くほど全力ががっちりしていられていて、いくら変わった韓国サッカーだと言っても, いくらホームチームと言っても大変ではないのかする観測が多かった。

 しかし私たち大極戦士たちは少しも滞らないで堂堂と対立して通快に勝利することでもう一度世界を驚かした。韓国サッカーは今度ワールドカップを通じて新しい電気(転機)に迎えた。ワールドカップ出場思想初勝利に引き続き 16強進出をやりこなしただけでなく質的に一段階向上した ‘韓国型サッカー’という新しいモデルを世界にお目見えした。これで ‘アジアの虎’から脱皮, 世界の強豪隊列に堂堂と背伸びするようになった。

 しかし何より大きい収獲はサッカーを通じて来た国民が一人になるおびただしい力を見せてくれたという点だ。毎競技(景気)ごとに全国民が人手を休めて ‘五~必勝コリア’を叫んだし、数百万名の人波が通りに出て ‘路頭応援’を広げた。アメリカ前では零れ落ちる暴雨にもかかわらず傘一つ差す人なしに秩序整然に路頭応援を広げた上に、一体の所要や暴力なしに仕上げもきれいにさせて各国から ‘世界が学ばなければならない新しい前例’という評価を受けたりした。

 これは国家のイメージを高める一日のみならず私たち自らにも私たちの力と自信感を確認するきっかけになった。そうだから 16強進出は選手団がその間流した取ることと涙の産物であるだけでなく全国民が一緒に成した光栄と言える。韓国サッカーは 16強に進出することで最初の目標を120% 成したがここで止めることはできない。

 誰も予想しなかった時世界の強豪たちを軟派したように、8強、4強も一度睨もう。私たちの力があくまで伸ばすことができるのか新しい挑戦に出て見よう。


韓日中3カ国のプロサッカーリーグ創設提案へ2002年6月15日『東亞日報

 韓国、日本、中国の3国のプロサッカーチームが参加する「北東アジアプロサッカーリーグ」(仮称)の創設が進められている。

 14日、財政経済部(財経部)と外交通商部(外交部)、大韓サッカー協会などによると、政府はワールドカップ大会に向けて建設した全国の10競技場を積極的に活用し、W杯開催に伴う経済効果を最大化するための方策のひとつとして、域内のプロリーグ創設の推進を大韓サッカー協会に正式に要請した。

 財経部当局者は「大韓サッカー協会も、すでに2000年から3カ国のプロサッカー交流戦を拡大する方法を構想していた。W杯が終わり次第、財経部、大韓サッカー協会、文化観光部、外交部など関係省庁が3カ国によるプロサッカーリーグを立ち上げる方策を具体化させる計画だ」と述べた。同当局者は「プロサッカーリーグの創設による経済面での直・間接的な期待効果は、向こう10年間に数兆ウォンに上るだろう。政府が中長期的に進めている韓日中自由貿易協定(FTA)締結にも貢献すると期待している」と述べた。

 リーグの方法は、韓国のKリーグ、日本のJリーグ、中国のプロリーグの3カ国のプロサッカーリーグ全体を統合する方法と、各国が一部のプロチームを選び、国家対抗戦の形態でリーグ戦を繰り広げる方法などが検討されている。政府は、韓国と日本のW杯競技場を中心に3カ国が順番に試合を主催する方法も提示している。

 財経部は、韓国がすでにソウル上岩(サンアム)競技場など10競技場を新築しており、日本も10のW杯競技場を保有している上、中国は2008年北京五輪に向けて最近競技場の建設を進めているため、追加の施設投資による負担は大きくないとみている。財経部は、これと関連し税制面での支援と利益送金の問題などを解決するため、積極的に協力することにし、外交部は国際交渉を担当することにしている。


みなぎる大韓民国の活力(2002年6月15日『中央日報)

 深夜12時を過ぎても街は静まり返ることを知らなかった。

 トラックに乗った若者たちは太極旗(テグッキ、注:韓国の国旗)を振りながら道路を疾走した。 勝利の酒を酌み交わしていた市民らは、彼らに歓声と拍手でこたえた。

 車両1台が「パーン、パンパンパン」とクラクションを鳴らすと、疾走していたオートバイも「ブーン、ブンブンブン」とリズムを合わせた。 赤いTシャツを着た人、そうでない人、個人、団体を問わず、道行く人々は互いに目が合うと「デーハンミンクック(大韓民国)」と合唱しながら挨拶を交わした。 

 1954年ワールドカップ(W杯)に初出場して以来、約半世紀ぶりに初めての決勝トーナメント進出を果たした夜、我々も「デーハンミンクック」を合唱しながら生まれ変わった。 

 1897年高宗(コジョン、朝鮮第26代王)皇帝が風前の灯同然だった国の運命の前に、希望を込めて掲げた国号「大韓(デハン)」は、105年ぶりにそれが意味する「自信」と「誇らしさ」で復活した。 世界人が驚く「デーハンミンクック」現象の根はシンバラム(興)だ。我々は国が危機に直面した時に、いつもこうした情熱で一丸となり、国の危険を乗り越えた大事な経験を持っている。

 近くは1987年6月10日抗争、IMF管理体制がもたらした挫折感を克服した「金を集める運動」がその例になるだろう。 今回のW杯を通じて表われた「デーハンミンクック」現象は、もはや我々が危機局面だけでなく、発展と跳躍のためにも集団的情熱を発揮できるという可能性を見せてくれた。 10〜20代の「レッドデビルズ」世代だけでなく、地域葛藤と縁故主義に染まる既成世代までが、「デーハンミンクック」の合唱で、新しい跳躍が「できる」と「果たした」という希望と自信を分かち合った。

 一つの目標に向かって進む準備ができている国民であることを互いに確認したことこそ、決勝トーナメント進出よりもはるかに貴重なものである。こうした国民の情熱を国家発展のエネルギーに昇華させることは、指導者らの役割となる。


ともに決勝T…一つになった韓日応援団(2002年6月15日『中央日報)

 14日、日本代表がチュニジアを下して決勝トーナメント進出を決めた後、大阪中心部の道頓堀川に500余人の市民が飛び込んだ。その河川から500メートル離れたところに韓国領事館がある。領事館に入ると、熱い熱気が感じられた。

 試合開始30分前だったが、500余人の僑民と留学生が集まって応援していた。 試合が始まると拍手と叫び声が次第に大きくなり、領事館の前を通る日本人が次々と参加した。彼らは「テーハンミングック(大韓民国)」を一緒に叫びながら韓国の応援団と一つになった。

 後半、朴智星(パク・ジソン)の決勝ゴールが決まると、場内はどっと沸きあがった。 終了のホイッスルが鳴った瞬間、みんなが立ち上がって喜んだ。彼らは大きな太極旗(テグッキ、注:韓国の国旗)が掲げらた領事館の入口で「コリア」と「ニッポン」を交互に叫んだ。韓国と日本の若者が一つになった場面だった。

このイベントを準備した大阪韓国文化院のユ・ウンサン院長は「ワールドカップ(W杯)を機に両国が大きく近づいたことを実感した。これほどたくさんの日本人が集まって一緒に応援してくれるとは想像もしなかった」と語った。


16強よりもっと貴い市民精神2002年6月15日『京郷新聞』

 韓国とポルトガルのサッカー競技がある翌日の昨日夜明け。ソウル西大門駅の近くにも光化門で路頭応援を終えた人々が三三五五交わって肩組みをするとか、掛け声を叫びながら越えて来ていた。

 これらの中でかなり多い数は随時に路頭に捨てられている紙などを拾っていた。ごみが両手いっぱい集まれば目立たない適当な所に積んでからはまた行進をした。同じ視覚。市役所の前と大学路にも数十万名の市民たちが集まってから別れたが各各自分たちの周辺をさっぱりと片付けて席を外した。

 あまりにも多い人々が集まって安全事故が憂慮されたせいなのか、手を取り合ったまま “密旨末子”は掛け声を叫んで地下鉄の駅に降りる姿も見えた。何がこれらをそのようにシンナーで楽しくするか。何がそのように秩序整然としていたい心を持つようにするのだろう。

 わずかこの間までにしても競技場や、遊園地や、デモ場所や人だけ少し集まったと言えばあふれるごみで、つかれ病いを病んだうちの社会ではなかったのか。もちろんこの日も眉をひそめるようにしたことがなかったのではない。酒に酔って鯨高という大声で叫ぶ人、走る車の屋根に乗りこんだ人々、曲芸運転、飲酒運転などもたくさん目立った。

 しかし数十万、数百万名が集まってから散らばった点を勘案すれば満点集会だと言っても十分に値した。注目する点はこのように熱心にごみを拾って後始末をする人々の大部分が中・高校生と女性という点だ。これらの中には応援の集まりなどに俗解教育を受けるとか一人もいるが、16強進出という一つの目標を成そうとする社会的雰囲気に合わせて自発的に右に出る人も多く見えた。これは秩序整然としていることが一時的な現象ではなく長続き可能な文化に定着されることができることを見せてくれるのだ。

 無秩序と大まかにの文化の中で住んだ世代が終わって成熟した社会、新しい市民精神の世代に向ける希望の芽が私たちの中で育っていることを意味するのだ。全国民と選手団が力を合して掘り起こし出した ‘16強神話’が持って来てくれた一体感と自信感をよくがクオナガンダならこのような市民精神の花をぱっと立てることができるでしょう。

 おびただしい人波が一所に集まって楽しみがわく祭りの一戦をしてからもこれほどの秩序と安定を見せることができる社会の力。ワールドカップ 16強進出に劣らない大事な資産の発見に違いない。


どうしてわずか 16強か2002年6月16日『京郷新聞』

 8回イングランドワールドカップが開かれた 1966年ロンドン。平均身の丈 1m65の ‘小僧戦死’らがグラウンドに入場した。アジア・アフリカをひっくるめてただ 1枚のチケットを引っつかんだ主人公は韓半島北の代表チームだった。相手はあの時や今や世界的水準である。イタリア軍団.イギリス観衆たちはたとえ ‘適性国家’の代表チームだったが、だれが見ても全力が傾く北朝鮮を応援した。

 しかし競技が進行されながら労しく見えた弱者は驚くべきな強者でうって変わった。個性高麗人参を食べて出たのか。前・後半始終くたびれないでグラウンドを歩き回った北朝鮮選手たちに ‘長い脚’ ローマ軍団は始終じたばたした。

 ワールドカップサッカー思想 ‘3台変事’はそのように ‘圧迫サッカー’も ‘大統領ヒジンク’もいなく達成された。ぶっ通しで 36年が経って明日大田競技場で韓半島南側の大極戦士たちがイタリアと 8強行を争う。買うことは空を突きそうだ。

 今度は逆順でヨーロッパの二つの強豪と出くわすようになった。北朝鮮の 4強行を阻んだポルトガルを奥座敷に呼び入れて雪辱した後、イタリアと 8強進出の雌雄を競う。勝つかも負けることもできる。

 しかし私たちは勝負よりもっと重要なハナドエムの雄渾たる響きをもう木刀した。16強高地を踏んだと満足しようというのではない。理由はただ一つ、もう所定の目標を成したし、それさえも韓半島のもう一つの ‘半分’がどうせ成した目標だから。

 ワールドカップの真正な新しい目標は二 ‘半分’が一つになった後に決めても遅れないという気がする。韓国の 16強進出が遂に確定された去る 14日夜、ソウル市役所の前広場とグァンファムントングを補った ‘若い悪魔’たちはその慌惚な予兆を見せてくれた。“光復以後こんなに嬉しい日は初め”という年年配の海外同胞の所感どおり、その日は数百万名が通りで走って出て歓喜の波を成した。

 二つの半分が肩をギョッゴ勝戦鼓を鳴らす日、あの時は櫓・牛を問わず距離(通り)の ‘悪魔’になっても良いんじゃないか。どうして私たち目標が精一杯 ‘16強’か。


祭りと民主主義2002年6月17日『東亞日報

 サッカー・ワールドカップ(W杯)の熱気!これほどまでに国民全体を一つにした祭りがあっただろうか。

 韓国代表チームの試合がある日は、街は閑散とし、学校と会社は授業と勤務時間を短縮し、競技場や大型電光掲示板の前は、赤いTシャツで一色となる。子どもも大人も声高に叫び、かけ声に合せて拍手する。各種ゲートで気が滅入っていた国民が、W杯の代表チームの善戦を契機に自信を取り戻しただけでなく、成熟した応援文化と市民意識で愛国心と公共意識を高めた。

 今回のW杯は、期待以上の大きな效果を生みだした国家的な祭りに昇華したといえるだろう。しかしその裏には、国民が見過ごしてきた、しかし決して見落とされてはならない問題も少なくない。数日前の地方選挙をふり返ってみよう。

 12月の大統領選挙前の前哨戦の性格をもつため、今回の地方選挙は、各政党が総力を上げて民心獲得に努めた。しかし、投票率は50%にもとどかない史上最低を記録し、その結果、選挙によって確認される民心の意味も減少してしまった。

 当選者たちも、自分に対する地域住民の支持が、果してどの程度確実なのか認識できない状況となり、選挙であらわれた国民の意思を通じて、選出された候補者たちに正当性を与える一方、候補者や公薦した政党に対して統制を加える選挙の民主的機能も著しく弱まった。

 このように選挙の意味が減退することは、まさに民主主義の基礎が弱まることを意味する。無論、これまで政界が見せてきた行為が国民を食傷させたことは、決して見過ごせない重要な要因だ。

 国民の政治に対する不信、与野党を問わずいずれも信頼できないという「両非論」、そこから起こる政治と選挙への懐疑…。これらすべてのことが、国民の政治や選挙に対する無関心へとつながったといえる。

 しかし、韓国政治のその状態は今に始まったことではない。むしろ、韓国国民が悲壮な決心で独裁との闘争に立ちあがった15年前、22年前、さらに42年前当時は、政治と選挙に対する不信と懐疑は、今日とは比較にならないほどであっただろう。

 しかし、今回の地方選挙のような低調な投票率はあらわれなかった。結局、W杯の熱気が、投票率下落に大きく寄与したということになろう。選挙当日に韓国代表チームの試合はなかったものの、W杯マニアになった多くの若者が、競技場や、電光掲示板前、TV前に詰めかけ、選挙を疎かにすることは、すでに予測されていたことだ。祭りは楽しいものだ。また、祭りは新たな活力をもたらしてくれる。

 しかし、ただ祭りだけに熱中して、すべきことを疎かにするならば、その祭りは麻薬と化してしまう。祭りは再充電の意味をもつ。日頃自分の生活に忠実であった人が、祭りを楽しむ資格があり、祭りの後には再び日常に戻って、自分の職分に忠実でなければならない。今さら過ぎた地方選挙にこだわる必要はない。

 しかし、そろそろ祭りが終わった後に備えなければならないのではないか。長い祭りを終えた後、日常への復帰はスムーズか。もし、国民がさらなる祭りを求めて、日常への復帰を拒んだらどうなるだろうか。国民の生活、韓国の未来は、祭りではなく日常の中にある。忠実な生活を送って初めて国民の新たな祭り、より素晴らしい祭りを期待する資格をもてるのである


愛国心ファッション2002年6月17日『東亞日報

 韓国がポルトガルを破ってベスト16入りを決めた夜、50万もの人々が押し寄せたソウル世宗路(セジョンロ)一帯は、愛国心がうねる海のようだった。

 こみ上げる感激を抑え切れない若者らは、夜更けまで肩を組んで喜び合った。赤いTシャツを着た若者は、会う人ごとに手をたたいて祝い合った。列を成して行進する警察官までも、警棒を振って「テ〜ハンミングク」と叫んだ。サッカー・ワールドカップ(W杯)は、国家間の銃声のない戦争のようなムードを高め、民族主義と愛国心をひときわ刺激した。米国とメキシコの16強戦は、メキシコ人にとって一種の代理戦争であった。

 メキシコは1848年、米国との戦争で敗れ、カリフォルニアやテキサス州など、領土の半分以上を奪われた。フォックス・メキシコ大統領は閣僚会議を召集して試合を視聴し、米国に隠れ住むメキシコ不法移民300万人も、この試合を見た。米国のずば抜けた経済力と軍事力に押されていたメキシコ人は、米国とのサッカーの試合だけは決して負けられないという悲壮な覚悟で臨んだ。敗退の結果となり、国民的挫折感は大きいだろう。W杯にはサッカー以上の何かがあるのだ。

 今日、韓国チームがイタリアを破ってベスト8に進出する事態になれば、どんなことが起きるだろうか。世界1位のフランスチームが1ゴールも入れられず、16強進出に失敗して早くも「家に・・・」帰ったのを見ると、国際サッカー連盟(FIFA)ランキングというものは、相対チームの戦力を客観的に比べる重要な資料であるには違いないが、絶対的なものではない。世界5位のポルトガルを自国に帰らせたのだから、6位の前で怖気づくこともないだろう。

 もし韓国チームが8強、4強入りして、上岩(サンアム)ワールドカップ競技場で行なわれる準決勝戦に進めば、その後の事態は想像を絶する。韓国人の喜びは、サンアム競技場前の200mの噴水よりも高くそびえ、愛国心が津波のように押し寄せて半島の南を覆うだろう。

 日帝植民地支配を体験した年老いた人々は、これまでの試合結果だけでも、光復(クァンブク、独立)以来最高の感動であると表現している。

 しかし、6月の興奮が去った後、7月からは何をもって暮らすのか。早くも、W杯が終った後の空虚感を心配する声が多い。韓国人は簡単に熱くなって、早く冷める洋銀製の器のようだという。W杯が終れば、国内Kリーグの選手らは、またガラガラのスタンドのなかで試合をすることになるだろう。W杯で、韓国チームが勝つ時は興奮して、すぐ冷めてしまうような愛国心なら、それはファッション以上の何ものでもない。

 ソウル世宗路に集まった人々は、ごみを集める市民意識を見せた。しかし、市内の一部の地域では、道路交通をマヒさせ、止まっているバスや乗用車の屋根やボンネットに乗リ上がるフーリガンのような行為に出た。このような状況で、もし16強進出に挫折していたなら、ロシアのような事態が起こったかもしれない。

 フランスチームの予選脱落で見たように、勝負の世界に永遠の勝者はいない。負けるために勝つという言葉は、絶妙な反語法である。W杯の試合で「テ〜ハンミングク」と声をからせて叫ぶ若者が、今回の地方選挙でどれほど投票しただろうか。大統領、国会議員、地方選挙のすべてにおいて、20代の投票率が一番低い。

 40代以上の世代は、街に出て熱情的な愛国心は表出しないものの、地方や国の指導者を選ぶ選挙が近づくと、若者以上に悩んで投票に積極的に参加する。

 国民を一つにした熱情が、短い生命のファッションのように冷たく冷めてしまうことは、あまりにも空しい。光復以来最高潮という国民的熱気のエネルギーが、共同体への持続的な愛になって、政治、経済などの他の部分にも拡散してこそ、一時のファッションを越えて真の愛国心としてグレードアップすることができるのだ。


W杯機に企業イメージ向上はかる外国企業2002年6月18日『東亞日報

 「世界の注目を浴びているワールドカップを契機に韓国内での位置を高める」


 ワールドカップ共催を機に韓国企業が海外でのイメージを強化する一方、外国企業は韓国市場での企業イメージを高めている。外国企業は「ベスト8入り祈願際」、「上岩(サンアム)スタジアムに行く地下鉄駅美化」など、長期的に企業イメージを高めるイベントを行っている。

 これに対し、韓国企業は主に韓国戦の結果を当てる顧客に景品や賞金を与える単発性のマーケティング活動を行っている。「マイルドセブン」で有名な日本たばこ会社のJTIコリアは、18日の韓国―イタリア戦を控え、ソウルコ壽宮(ドクスグン)大漢(デハン)門の前で韓国と日本のベスト8入りを祈願する「ベスト8入り祈願際」を行った。

 韓日両国の伝統宮中衣装を着たJTIコリアの職員たちはこの日、韓国のベスト8入りを祈願する祭文を朗読しお辞儀をするなど、独特な行事でコ壽宮の前を行き来する外国観光客の関心を集めた。

 また JTIは韓国人と日本人500人余りからなった韓日共同応援団を作り、韓国を応援したり「二つが会ってより大きな一つを」という韓日共催を祝う祝賀メッセージが書き込まれたステッカーと扇を配る行事も行った。JTIのミン・キョンジェ部長は「今回のワールドカップは、韓日両国の共催で行われるだけに日本企業としては韓国での企業イメージを一層高めるいい機会を迎えた」と述べた。

 ソウル龍山区漢南洞(ヨンサング・ハンナムドン)に社屋があるボルボ機械コリアは、社屋に近い地下鉄6号線のハンガンジン駅と梨泰院駅に約80本のらんの鉢植えを提供するなど、地下鉄美化作業に乗り出している。ボルボ機械コリアのキム・ヒジャン課長は「地下鉄に乗ってスタジアムに行く地元の住民が多いことから企業イメージを高める好機となっている」とし、「ワールドカップが終わった後も快適な地下鉄の雰囲気を維持するため、引き続き管理していきたい」と述べた。

 デュポンコリアは韓国で試合をする16カ国の超大型国旗に韓国人が送る歓迎のメッセージを盛り込んで参加国代表チームに贈呈する「国旗サイン会」行事を行っている。JVCコリアは去年9月から上岩洞ワールドカップスタジアムを通過する6号線の地下鉄1編成(8両)全体を JVCコリア専用のソウル・ワールドカップ広告空間として活用している。


赤い応援波が変えた韓国風俗も2002年6月18日『京郷新聞』

 あっという間に距離(通り)と広場をいっぱい補った赤い人波。それは巨大なエネルギーの海だ。おびただしい熱望の爆発音であり、 ほとばしる祈願の活火山だ. 大型スクリーンのある所はどこでもぐらぐらとわくエネルギーのるつぼになった。そして興奮と歓呼で満ち溢れた。

 今大韓民国は暴風の雪真ん中にある。一過性でも持続性でもその威力と吸引力は非常に強い。既存のタブーと価値を一瞬のうちに無力化させることはもちろん、澁がる反対者たちまでも熱烈な友軍で手軽く引き入れる。‘赤い悪魔’に象徴される暴風は文化と視覚を新しく、後先にしてジルプングノ−ドチォロムドルジンしている。

 赤い悪魔は 20歳前後の若い世代が主軸を成す。それで赤い行列は既成世代の古くさい価値観に対する反乱でも映る。赤い色の解放 = 韓半島の分断は事毎に相手に対する拒否につながった。‘湖上’や ‘友逹’は北朝鮮で使うという理由で事実上タブー語になった。‘相互’ または ‘友達’で取り替えられた。北も南韓なら峠を外に向けた。

 体制が生んだ集団病理現象だと言える.色もそうだった。赤い色と青い色は伝統的に陰陽を象徴する。太極旗の太極が赤い色と青い色で構成されたこともその理由だ。左右対立は赤い色をタブーの色で流弊させた。洪君と青軍で分けられた小学校運動会陣営もいつからか白軍と青軍に変わった。

 朝鮮戦争を経験した既成世代であればあるほど、赤色に対する拒否感はとても大きくて赤いオッウルイブゴ通うことも控え目だった時代がしばらく続いた。美術台講義室では赤色が 60%を越える事がないようにしなさいと教えた。赤い色はすぐ社会主義を連想させるからだ。‘共産主義者’という言葉にはこれをタブーの時する極端の感情があっている。

 政治分野で相手を圧する非常に效果的な方法がいわゆる ’色では’だった。これは現在もよほど效力がある。似ていてと思えば赤い色だと寄せつけたし、ハンボンチルされた色の上に絶えず上塗りをやっつけることでこれをもっと強化した。分断状況だから ’共産主義者’ ‘色では’に堪え出す商売は何ならなかった。赤い悪魔は色を色そのもので見ないでそこに再び色をスィウォデは惰性的風潮に果敢な挑戦状を出した。彼らはとても多い色の中で赤い色を喜んで選んだ。

 ホームページも紅葉のように赤く飾った。赤い色が何が間違ったのかはように彼らは機嫌をうかがうゴッオブが推し進めた。同調者は一挙に数百のみを推し量った。競技場内外を選り分けるまでもなく全国は赤色に統一された。普段強いレッドコンプレックスを見せた補修言論媒体たちさえ一言半句反対意見がない。これら媒体が運営する電光版の前がいちめん赤一色であるのにもそうだった。

 一言論社は自社部属建物全体を巨大な赤い布地でかけて ‘時流’に素早く同参するまでした。むしろ流れに便乗しようとする気味さえある。ワールドカップはひとときタブーの色だった赤い色を一気に完全解放させている。

 爆発的な太極旗愛 = 今度ワールドカップは太極旗製作業社に前代未聞の盛況を持って来てくれた。注文量と販売量が急に数百倍で増えるせいで工場を日夜で稼動しても物量をつけにくい位だ。

 韓国チームの競技の開かれる日は全国が太極旗波に埋めた。単純にフンドヌンゾングドで止むのではなくスカートとズボンで化けたり、頭にかけたりした.頬に太極文様を描いて入れるとか顔全体を太極で飾る事も流行のように滲んだ.その間太極旗は貴い ’神殿’に仕えられていた. 国家の象徴である位いつも大事におさめなければならなかった。スカートやズボンで直して着るということは想像もできない国家冒涜だった。

  しかし太極旗は今神殿で地に下った. 今こそ国民と一体がなったことだ。実は太極旗は貴い位や忽待もひどかった。祝日に国旗を掲げる家はあまりなかった。官公署掲揚台に太極旗がかかっていて、スポーツ競技の時勝利した選手が太極旗を振ったりしたがただそうするだろうするだけだった。

 今の太極旗熱風は攻撃的だと思うほどに自発的で意慾的だ。用箪深い所で眠った太極旗が実に久しぶりに日の光を見て通りで生きて呼吸している。普段にはただで持ってくれても目をくれなかったこれらが、今は私のポケットをトルオフンクェヒ太極旗を買う。そして叫ぶ。 "大韓民国に生まれたのが本当に誇らしいです。"と。太極旗愛法が変わったのだ。彼らは息苦しい形式と垂直的強要を拒否する。

 価値に対する挑戦 = 韓国代表チーム応援団である赤い悪魔は胎動の時から論難を起こした。’天使’もあるのに、 よりによって’悪魔’かというのだ。スポーツの躍動性を勘案しても理解しにくいという話だ。改新交界は色をなして名称変更を促した。

 韓国キリスト教総連合会、韓国キリスト教教会協議会、2002ワールドカップ宣教団などは公式記者会見を開いて、応援団名前を ‘ブックウンホラングが’に変えなさいと要求した。 いっしょに赤い悪魔という名前を使わないでねと、TV放送社とサッカー解説者たちに注文した。実際に改新交界は‘ホワイトエンゼルス(白い天使たち)’を自体構成して運営に出たが反応はひんやりとしている。

 赤い悪魔はこんな指摘に眉毛一つカダックしなかった。そして批判の真ん中をボア欄ようにそのまま貫いてしまった。路頭応援隊列では悪魔という単語が連想させる陰湿することと残忍さが全然発見されなかった。

 悪魔の角で頭を飾った姿がよく目立つがむしろ愛嬌があふれる。聖書の中の悪魔は退けなければならない呪いの対象だ。悪魔はすなわちサタンだから。キリスト教文化圏で悪魔という烙印はすなわち排斥と仕返しを意味する。弔詩 W. ブッシュ米大統領の‘悪意軸’発言もこんな土台で易しく出た。改新交界がかっとなって出たことはそれでそのなりの理由があるという話だ。

 赤い悪魔は硬直された用語に弾力を付与して戯画化させた。悪魔という言葉がムォがザルモッされるかというのだ。そして自分が堂々な悪魔だと宣言した。これらの用語選択は硬く固い既存の価値観に対する正面挑戦だ。聖書に滲むことがサタンの象徴で出るからといって蛇に罪があるのではない。ただ人間がそれほど被せただけ滲むことは実際に人間にどんな過ちもしなかったという論理だ。これまた悪魔という用語の解放運動だと言える。既存の善し悪し根拠に対する皮肉と同時に挑戦であることだ。

 広場の復活 = 重さ 410gのサッカーボールはその力がすごかった。おおよそ 300万名に近い人波を全国の路頭で一挙に呼び出した。まわり 70cmのこのサッカーボールはマラドエソヒュゾンソンまで、いや日本とアメリカなど海外在住韓国人たちまで韓民族を一つで縛り出した。電光版が設置されているとかTVが置かれている所はどこでも広場でうって変わった。トックヒミンズファウンドングの象徴的場所であるソウル視聴の前は実に久しぶりに人の波でいっぱいあふれた。

 ハンガッ道路であるだけだった光化門四つ角一帯もおびただしい人波が雲集しながら空間の性格が全然変わった。広場はその間官制行事と抵抗運動を象徴する場所に位置づけされて来た。1960-70年代に反共決起大会みたいな官制行事がよく開かれたら 80年代は軍部政権反対等民主化集会が並んだ。90年代は労動運動の力が表出された所でもあった。

 ワールドカップをきっかけで復活した広場文化は過去と相当な差がある。国民的ヨルマングイトジョナオはエンジンと同時に心臓に様変りしたのだ。したがって過去の広場集会で見られた悲壮さと硬さがない。広場はこれ以上力の対置場所ではない。トングクェハゴシンナは統合のフェスティバルであるだけだ。

 もう一つのソルリムヒョンサングだろう = 韓国社会の病み付きの中で一つで鍋根性が指摘される。火のように熱くからどの瞬間氷のように冷ややかになるのだ。実はワールドカップ開幕直前までにしても熱気がめったに上がらなくて関係者たちは内心心配が多かった。視線がいちめん大統領息子の非理に集まっていたのだ。

 スポーツ新聞さえわずか数日前までサッカーを見てアメリカプロ野球記事で1面を飾った。こんな心配は開幕式が開かれながらあっという間に消えた。ほてた熱気は世界は勿論韓国だって自分さえ驚かした。赤い色シャツが飛んだように売れて行って、 競技観覧券を求めようとする行列は何の日何日夜をテントで夜をあかしてまで長く竝んだ。韓国戦競技場観覧席の赤い色の割合はポルトガル戦の場合 95%に達して運動場自体が赤く盛り上がった。

 韓国はエネルギーの国だ。沸き立つ熱情は世界最貧国で10台経済大国で引き上げた。オリンピック大会を素敵にやっと終わりつくしたし、ワールドカップ大会も成功裏に開催中だ。ソルリムヒョンサングは価値の画一化を持って来る恐れもあるが、力の集中現象と情緒のイルチェガムウルナッギもする。カギは 10日余り後に終わるワールドカップ大会以後、このような熱気と力をどんなに生活路昇華、定着させるのかというのだ。

 分裂-対立-消耗の悪循環から脱することができない政治権は統合-熱情-変化の過程を踏んでいる新世代たちの躍動的なエネルギーを創造的で生産的にいかし出さなければならない責務を生じている。何故ならば社会の主要意思決定権がまだ彼らの手に持っているからだ。


日本、ベスト8ならず…トルコに0−1で惜敗(2002年6月18日『中央日報)

  ワールドカップ(W杯)共同開催国、日本がついに脱落した。韓国とともにアジアサッカーの盟主を自負してきた日本は18日、宮城で行われた決勝トーナメント第1戦で、トルコに0−1と惜敗した。青に覆われた列島は、悲痛と沈黙のなかに陥った。

  前半12分、トルコのユミトダバラがあげた先制ゴールが結局最後までひびいた。ユミトダバラは、バシュトゥルクからの右CKを頭であわせ、ゴールを決めた。

 1954年のスイス大会以来、48年ぶりに本戦舞台に戻ってきたトルコは、この1ゴールで8強入りを決めた。トルコは22日大阪で、旋風を巻き起こしているセネガルとベスト4進出をかけ一戦を交える。残念な一戦。日本は、ボール支配率59−41と優勢だったが、トルコの厚い守備と欧州舞台で鍛えられたトルコ選手の熟練さを最後まで崩すことはできなかった。

 雨のなか行われた試合で、日本は緊張し過ぎたせいか、1次リーグで見られた精巧なパス回しと勇気あふれる闘志は影をひそめた。 しかし日本は今大会で、世界サッカーの流れに引けを取らない高水準のプレーを繰り広げ、その可能性を示した。日本の選手らは、韓国とともに決勝トーナメントに進出したことによって、サウジアラビアと中国の惨敗で、どん底に落ちたアジアサッカーのメンツを取り戻した。韓国の全国各地を赤い波が覆ったように、日本列島はウルトラニッポンの青い波で覆われた。

 W杯を通じて韓日サッカーの競技力はもちろん、サッカー文化は新しい境地を開いた。


日本のマスコミ「感動的な試合、おめでとう」(2002年6月19日『中央日報)

  AP通信など海外マスコミは、韓国が延長戦の末、イタリアを破りベスト8に進出したと、緊急速報で全世界に伝えた。AP通信は「過去5回のワールドカップ(W杯)本戦で1勝もできなかった韓国が、ベスト8進出という偉業を達成した」とし「1966年北朝鮮の奇跡を36年ぶりに韓国が再現した」と報じた。独DPA通信は「韓国がW杯史の新しいページを開いた」と伝えた。 AFP通信も「安貞桓(アン・ジョンファン)は66年北朝鮮の勝利の歓喜を韓国に再びもたらした」と報じた。 

 この日の試合を生中継したテレビ朝日の解説者は、安貞桓のゴールデンゴールが決まると、興奮しながら「韓国、ベスト8進出」と叫んだ。テレビ朝日は試合が終わった後もおよそ20分間、韓国代表の喜びの様子を放送しながら「感動的な試合だった」「韓国、おめでとう」という言葉を何度も繰り返した。 

 日本の放送は、ヒディンク監督が後半、中盤守備手の代わりに攻撃手を集中投入した点を取り上げ「監督の戦術が卓越していた」と賛辞を惜しまなかった。また選手の不屈の闘志、観衆席を真っ赤に染めた応援団の情熱、ヒディンク監督の果敢な戦略が韓国代表に勝利をもたらしたと説明した。


「韓国応援しながら一体感」ある日本人の電子メール(2002年6月19日『中央日報)

  ある日本人が韓国チームのワールドカップ(W杯)ベスト8進出を祝う電子メールを19日、中央(チュンアン)日報に送ってきた。 

 会社員小嶋康子(33)さんは「数千名の日本人らが在日僑胞(海外在住韓国人)らとともに熱烈に韓国を応援しながら神秘的な一体感を感じた」と伝えてきた。以下電子メールの内容。  「韓国ベスト8おめでとう!夢のような逆転劇で、興奮しまくりの夜でした。

 新宿や大久保にも1000人以上のサポーターが集まって盛り上がって、大変な騒ぎでした。昨夜私は、せっかくだから大久保でサッカー観戦!ということになりました。私は顔に韓国の国旗のペインティングをして、腕に「必勝」と書いて。

 途中まで、日本と同じような試合展開になりそうでハラハラ・・・ でも勝って良かった! 最後の最後で、この日調子が悪かったアンジョンファンが決めてくれて、なんて素晴らしい夜だろうと思いました。もう大歓声でみんな叫んで、誰構わず抱き合って喜び合って、何度転んだことでしょう!

 日本の多くのサポーターたちが今度は新宿に駆け付け、青いユニフォームを着たまま在日の方と一緒になって、昨夜は韓国に声援を送っていました。いつもは「日本!日本!」と、何千人もの青いTシャツが揺れる新宿の広場は、昨夜は赤と青のTシャツが一緒になって「大韓民国!」と叫んで国旗を振って飛び上がってました。 行き交う人が皆興奮してハイタッチし合う。 共催国が勝ち続けてくれるということ、同じアジアだからということ。新宿に集まって喜ぶことについてのさまざまな理由を、多くの日本人がマスコミのインタビューで答えていましたが、それは若い男性も女性もおじさんもいて。

 そして、何より不思議な一体感を、在日や留学生の若者が喜んでいる。日本という国の、大都市のほんの一角での出来事ですが、すごくすごく嬉しく不思議な体験をさせてもらった夜でした。人間ていいな〜と、人間てまだまだ捨てたもんじゃないな〜と、ちょっと思いました。新しい何かが動き出すのは、こういう小さなことからなのかもしれません。 日本は惜敗だったから、それはやっぱり残念なのだけど、でもたくさんの夢を見させてもらいました。韓国は多分スペイン戦も勝ちますよ。」


日本言論 “韓国で精神力学びなさい”2002年6月19日『京郷新聞』

 日本言論たちは19日前日イタリアに逆転勝ちを掘り起こし出した韓国サッカーの闘魂を高く評価しながら、トルコに先制ゴールを奪われた後、無気力に敗れた日本代表チームの精神力に一針を加えた。

 共同通信は "日本も積極的な攻勢でサポーターの呼応を得たが韓国の驚異的な粘りには比べるところにならなかった"と "お互いにくたびれたどん詰まりに日本は隠れるホルトックインバンミョン堅固なのに定評のあったイタリア守備陣のちょっとした間違いも逃さないでソル・キヒョンが終了直前同点ゴールを得た"と韓国の執拗さを激讃した。

 この通信は組別リーグの後まったく同じく三日を休んだが韓国がトルコに比べて大変なイタリアを相対したことを入りながら "両国の間に精神力の差がそれぞれ他の結果を生んだと"と指摘した.読売(読売)新聞も ‘韓国, 執念の逆転’と言う題目で闘志と組織力に負った韓国の 8強進出を比重ありげに報道した。

 読売は "終わりまで自分のリズムを失わないことが承認だった"は主張ホン・ミョンボの言葉を引用しながら “ヒジンク監督が 1年半の間育てて来た ‘マルチプレーヤー’野による組職サッカーが大きい競技で真価を発揮した”と分析した。

 この新聞は精神力を土台で変わった韓国サッカーの面貌を紹介して "ヒジンク監督が韓国選手たちが持った高い潜在力を開化させた"と言う異国数の前ヴェルディ大阪総監督の評価も付け加えた。

 日本のスポーツクラスメディアたちもヒジンク監督が一部の批判にもかかわらず一貫されるように体力強化に力点を置いた訓練を実施して来て育てて来た選手たちの精神的, 肉体的な強靭さが 8強進出の結実で現われたと報道した。放送たちもアジアで二番目で 8強進出の神話を創造した韓国サッカーの成長を高く評価しながら日本が 2006年ドイツワールドカップ大会でより良い成績をオルリギウィヘソヌンハングックから教訓を得なければならないと言った。

 朝日 TVは悲喜が行き違った韓日サッカーを比べながら "韓国サッカーはキムチの力"と言いながら大極戦士たちの最後まであきらめない不屈の闘志が 8強進出の原動力なのを強調した。


勝ち続ける韓国、ギャンブルの世界でも優勝確率上昇2002年6月19日『東亞日報

 サッカーのギャンブラーたちが占う韓国のサッカーワールドカップでの優勝確率が垂直上昇している。

 英国の大手ブックメーカー(公認賭け屋)「ラドブロックス」が、韓国がベスト8入りした翌日の19日に調整した韓国の優勝配当率は、14倍。これは、韓国の優勝に1万ウォンを賭ければ、14万ウォンが手に入るということだ。

 優勝可能性の高いチームには、多くの人がベッティングすると思われるため、配当率も低くなり、配当率が低いほど優勝する可能性を高くみているという意味になる。「レッドブロックス」が打ち出したW杯開幕以前の韓国の優勝配当率は150倍。しかし、韓国が1次リーグ最初の試合でポーランドを破った翌日、66倍となり、イタリア戦で劇的な勝利を収めてベスト8入りすると14倍に調整された。「レッドブロックス」は、ベスト8に進出したセネガル、トルコ、米国より、韓国が優勝する可能性が高いとみている。

 他のスポーツギャンブル社「ウィリアムヒール」は、開幕以前の韓国の優勝配当率を126倍とみていたが、ポーランド戦以降81倍、イタリア戦以降17倍と調整した。特に、「ウィリアムヒール」は、16強入りする以前には韓国の優勝配当率を、日本の22倍、トルコの50倍より低い66倍としていたが、16強入り以降には、トルコの19倍より高い17倍にするなど上方修正している。

 開幕以前は、両社ともにフランスを優勝配当率3倍とみて「優勝候補1位」に挙げていた。フランスは、開幕戦でセネガルに敗れてからも5倍の配当率を維持しながら最後まで有力な優勝候補とされてきたが、結局16強進出にはならなかった。

 セネガルに対しては、開幕戦以前には、両社ともに優勝配当率を150倍とみていたが、最近16倍と、17倍に調整した。フランスの敗退以降、優勝候補1位はブラジルとなった。W杯序盤、11倍と、4.5倍程度だったブラジルの配当率は、現在、2倍(レッドブロックス)、3.4倍(ウィリアムヒール)だ。その次ぎはイングランド、スペイン、ドイツの順である。イタリアは、フランスが開幕戦で敗れた後、4.5倍(ウィリアムヒール)で一時、「優勝候補1位」となったが、1次リーグでの不振で、韓国戦直前には9倍に調整されていた。


あきらめない闘魂の力2002年6月19日『京郷新聞

 一昨日ある韓国とイタリアのワールドカップサッカー競技は味方が有力な優勝候補を押して8強に入ったという点ではなくていろいろ示唆するところが多い。

 なかでも一つは最後まであきらめない精神力の力がどれなのかを全世界にはっきり見せてくれたという点だ。サッカー競技は逆転勝ちが大変なスポーツだ。 たいてい一二ゴールに勝負が決まるから先取点を奪われれば選手たちが心理的に心忙しくなって精巧なプレーがよく成り立たない。また相手チームが守備に重点を置けばゴールを入れるのがよほど難しくない。

 今度ワールドカップでも 16強戦まで 56競技が開かれたがこの中逆転勝ちで終わったことは皆 8番(回)で約 14%しかならなかった.韓国−イタリア煬前が終わった後世界の言論は、‘ワールドカップ本選歴史上最大の逆転劇’と評価した。

 競技終了 2分を残しておいて同点ゴールを入れたし、延長終了 3分を控えて逆転ゴールを炸裂させたからだ。この時点は体力が限界点に達して、特にイタリアのような強いチームとの対決では自暴自棄心理が広まるされるしかない時点だ。

 それでもこれを乗り越えて勝負を覆したから ‘奇蹟’と表現することも無理ではない。同日 8強進出が挫折された日本の言論たちが “両国選手たちの精神力差が結果を引き離した”と韓国選手たちの闘魂を学ばなければならないと指摘したこともこのためだ。

 勝利は誰もできる。しかし挫折と絶望の瞬間にも決してあきらめないで最後まで食い下がって勝負を覆す精神力は誰でも発揮することができるのではない。そんな勝利は単純な 1勝の次元を越して見る人々をギョングウェロブゲする何かがある。そうだからその日の逆転ドラマは経済的でも政治的に大きい試練を経験して来た私たち国民には何でも変えることができない勇気と希望, 自信感を抱かれてくれた一戦だった。

 今度ワールドカップで韓国サッカーは国民を一つになるようにしてくれることはもちろん最善をつくすことの美しさ、決して屈しない精神の偉さも一緒に覚ましてくれている。


これからは ‘国力 4強’で2002年6月20日『京郷新聞』

 大極戦士たちのワールドカップ 8強進入は私たちに無限な自信感を植えてくれた快挙だった。むやみに言い切りにくかった 16強進出に引き続き感激の逆転劇で世界 8強の班列に上がった私たちサッカー代表チームの偉業は大韓民国の底力と国力伸張の表象で思われる。

 しかし一方ではワールドカップ期間の中で中国が私たちの主権を侵害してからもむしろ居直り反駁格主張を述べることで主権国家の自尊心が傷つく場面も重畳される。

 中国外交部代弁人は北京駐在私たち公館に去る 13日中国公安要員が無断侵入したことと関して我が方の要請によって進入したことだと減らず口を使った。外交官暴行も我が方が公務執行を邪魔したからだという荒唐無稽した主張を広げた。一歩遅れて両国外相の合意によってこの問題に関する交渉が本格化する予定だが中国が外交公館不可侵権を無視した明白な国際法違反事犯に対して詭弁を列べた背景を考えて見ざるを得ない。

 中国と北朝鮮との関係、北脱出者処理の微妙な性格などさまざまな分析が可能だが根本的な理由は私たちの総体的国力が貧弱だからだ。実は私たちの記憶には韓国が強大国たちと実質的に対等な関係を持って見たことがあまりない。我々の歴史は強大国にフィドルリは隷属と逼迫の記録に点綴されたことだという印象が濃い。

 一部外国言論が 4百万名を越える感動の距離(通り)応援人波に対して集団ヒステリーだと論評する理由もここにあるでしょう。集団ヒステリーと言う(のは)普段押えつけられていた自我が集団的に表出されながら精神的な解放感を得てカタルシスを起こす過程だ。すなわちその間強大国との関係で不平等を強要されることで国民ひとりひとりの自尊心がしわくちゃになったし、このような潜在されたストレスがサッカー代表チームの善戦に負って集団的に噴出されたことだという解釈だ。

 事大交隣が弱小国の外交政策だった王朝時代は言うまでもなくて、主権国家平等の原則が確立された共和国時代だけ返り見ても私たちの国家位相は強大国たちの横暴にいじける事が多かった。実際に私たちはアメリカや日本との関係で国の威信と独立性を損われて植えるのが楽ではなかった経験が少なくない。

 在韓アメリカ大使館がビザを受けようとする旅行客たちをズルセウは場面がそうで、アメリカが随時に通常圧力をかけて半導体・鉄鋼・自動車などの対米輸出を現代版朝貢貿易で作って行こうとするのもそうする。

 今年に入ってブッシュアメリカ大統領の訪韓後明らかな根拠もなしに次世代戦闘機をアメリカボーイング社の機種で選定する過程でも国民ひとりひとりは被害意識に捕らわれた。日本はともすれば独島問題で私たちの心を覆しておいて、歴史歪曲発言で自分たちの侵略社を覆い隠そうと思う。厳然に両国間漁業協定があるにも一方的に引いた直線機先領海を侵犯したという理由で韓国漁船を捕えて漁夫たちを暴行をはたらいた事件も記憶に鮮やかだ。

 日本はこの時両国外相会議で拿捕自制を公式要請受けてからも何日後再び私たち漁船を捕える武道した行為を躊躇しなかった。韓・日請求権交渉とその後日王(日王)の訪韓の時‘残念’‘痛惜’などの微温的りんごに接しながら私たちが感じたことは怒りと屈辱感だ。

 40代以上の年令層は世界列強にフィドルリョオン祖国の歴史によって心理的傷つかざるを得なかった。光復軍で活躍した一国家有功者は‘この国がまだ独立国家ではない’と闡明したこともあった。このような空間に携わった若い世代も物心がつきながら弱小国で生まれた悲しみとともにストレスを受けざるを得なかったはずだ。

 ところでワールドカップを通じて私たちが世界列強と肩を並べながら期待以上の戦績をあげているからすべての国民が沸き返えないこともあるか。

 このような国民的エネルギーの噴出がすぎ去った事の悲しみに対する一日怨念解消に止めないで国の内実を押し堅めるきっかけになるためには私たち国力の実体に対する痛恨の認識が必要だ。また応援の赤い波を国家跳躍の原動力で結集させることができる真正なリーダーの役目がもっと惜しい今日だ。


韓国の進出・日本の脱落に「万感」(2002年6月20日『中央日報)

 18日夜、安貞桓(アン・ジョンファン)のゴールデンゴールで韓国のワールドカップ(W杯)8強進出が確定した瞬間、居間の電話が鳴った。東京に住む日本人の友人だった。

  「勝ったよ。すごい。やったよ」。電話の向こうから聞こえてくる興奮した声を聞くと、そこが日本なのか韓国なのか分からなくなるほどだった。友人の携帯電話を奪って話す周囲の日本人も「韓国、やった、頑張れ」と祝辞を惜しまなかった。
 準決勝を観戦するため近く韓国を訪問する予定の友人は「ソウル上岩(サンアム)競技場で赤いTシャツを着て、大韓民国を叫びたい」と興奮を隠すことができなかった。

 瞬間、同じ日にあった日本対トルコの試合が頭をよぎった。共同開催国の韓国と日本。両国そろって決勝トーナメントに進出したが、当初は世界最強のイタリアを相手にする韓国より、「負担が少ない」トルコと対戦する日本の8強進出を予想する人が多かった。

 共同開催国である日本が8強に進出する一方、韓国は決勝トーナメント進出で終わってしまうのではないかという負担感のためか、それとも身についた反日感情のためか、一部の韓国市民は日本−トルコ戦を見ながらそれとなくトルコを応援したという。

 ある日本の放送は「トルコが先制ゴールを入れると、韓国人が万歳を叫んだ」とソウル発で報じた。きわめて一部ではあるが、私たちの社会にいまだ残る「日本コンプレックス」から抜け出せない限り、韓日両国の未来指向的な関係発展を期待するのは難しいだろう。

 日本人が『シュリ』と『JSA』など韓国映画に熱狂し、タクアンよりキムチをより好んで食べるなど、我々にどんどん近づいてくる間、我々は韓日関係のためにどんな努力を傾ければいいのか、自問してみる時である。


北朝鮮、韓国外して決勝T対戦表を紹介(2002年6月20日『中央日報)

  朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が、韓国を外して、ワールドカップ(W杯)の決勝トーナメント対戦表を放送したことが分かった。

 政府関係者は21日、「先週、朝鮮中央(チョソン・チュンアン)テレビがW杯の試合を録画中継する前に、決勝トーナメント対戦表を流した」とし、「しかし、対戦表の韓国が入るべき位置は空欄となっていた」とした。

 これに対し、ある北朝鮮脱出者は「北朝鮮の住民は、国際試合の対戦表に空欄があれば、韓国だと考える」とし、「北朝鮮当局が韓国のW杯決勝トーナメント進出を公開しなくても、住民は自然に韓国の善戦を知るだろう」と話した。


北朝鮮、韓国8強入りを報道せず(2002年6月21日『中央日報)

 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は、2002韓日ワールドカップ(W杯)の決勝トーナメントで韓国が2−1でイタリアを破り8強に進出した事実を報道せずにいる。

 朝鮮中央(チョソン・チュンアン)放送と平壌(ピョンヤン)放送は、韓国−イタリア戦が終わって12時間が過ぎた19日午前10時30分現在まで、主に金正日(キム・ジョンイル)総秘書を称賛する番組を放送し、試合については放送しなかった。

 北朝鮮は韓国のポーランド戦、米国戦、ポルトガル戦についてもまだ全く報道せずにいる。 これについて平壌(ピョンヤン)事情に詳しい北朝鮮脱出者は「北朝鮮は韓国がイタリアに勝って8強入りした事実を報道しない可能性が非常に高い」とし、「これは住民の士気を低下させ、体制に不利に作用し得ると判断しているからだ」と話した。


【社説】街頭応援で1つになろう(2002年6月21日『中央日報)

 スペインとの準々決勝、待望の日が来た。ヒディンク監督と太極戦士、みなが今までのような強い精神力と最高の技量で、国民の念願を達成してくれることを期待する。

 世界は韓国サッカーがまた新たな歴史を刻めるかということを興奮と期待を持って光州(クァンジュ)に目を向ける。韓国選手らが光州スタジアムで、スペインとの試合を行うとき、全国民が参加する大規模な応援は再び始まる。それは4700万が1つになり、整然とした秩序の中、爆発的なエネルギーで韓国サッカーを応援する「街頭の勝負」だ。

 全国民が1つになり集団応援を繰り広げながら歓呼する姿は、欧州のサッカーの先進国でも、見られない韓国だけの独特で活力ある文化だ。 また欧州でのフーリガンの暴動のような暴力事態もない上、応援が終わった後も秩序を守って互いをねぎらったり、ごみを拾ったりする行動や、サポーターを結成して相手国も応援する雅量なども世界の賛辞を受けるのに十分だ。

 そのため街頭での応援そのものが試合外の見所になり、これを楽しみ、また参加しようと多く人が遠くからも会場に集まって来る。 しかし人波がますます増えることで、事故も増加、憂慮の声も出ている。勝利に酔いしれ、過度に興奮した一部の市民がバスや、乗用車の上に上がることや、暴走族のようなスピードでオートバイを走らせることなどは、フーリガンと違いない行動であり、全国民が参加し新たに作り出した祭典の雰囲気を壊すことになる。 22日の街頭応援には、史上最大の400万人以上が参加する見通しだ。

 地球村のイベントを主催する国民らしく、思いきり応援しながら、市民生活に不安が起きないようお互い努力しよう。 世界が注目し、うらやむ祭典の開催を可能にした成熟した市民意識をもう一度誇示し、誇らしい韓国の姿を世界に見せよう。


赤い悪魔が見せてくれた教訓2002年6月21日『京郷新聞』イスングホン・新千年平和財団総裁〉

 赤い悪魔,、それは私たちの文化の象徴性を確認してくれる新しい民族魂の復活だ。それは誰が何と言ってもチウチォンファングの上機嫌の再臨だ。

 中国地タックノックヒョン半産陣の黄土院をお化け部隊を導いて怒涛のように疾走した 14台桓雄であるチウチォンファングの気象と意気、その躍動と秩序が赤い悪魔で再現されることを私たちは見る。

 悪魔の姿をした天使みたいなチウチォンファング, それで悪魔の中に天使があって天使の中に悪魔があることを分かる。ワールドカップは私たちに赤い悪魔の誕生を、赤い悪魔は私たちに新しい民族魂の復活を、民族魂の復活は偉い韓民族の誕生を雷声家歌のように私たちに知らせてくれた。世界は韓国サッカーの実力向上に対する驚きよりは赤い悪魔と呼ばれる民衆応援団の自然な個性と熱情の噴出にもっと魅かれて不可思議な顔をしている。

 いちめん赤い色で天下を覆い被せた旗の波は一戦の上機嫌になる巫祭ではなくて何だろう。乱闘場みたいながらも節制された無言の規制に順応して、それでも強制性はみじんもない。強制動員された群衆ではないというところ世界も、私たちの自らも驚いている.彼らの熱っぽい応援の喊声と拍手、“あ~台~ハンミングック”を年号するその中に皆一つになった。

 その波、その喊声につけて一つになりたい人々が集まった。多く積もった現実のストレスを洗って放したい人々の巫祭だった。20~30代が主役になった民族魂の復活を祈る巫祭であり、遊び庭先だった。

 情熱と上機嫌の巫祭、包容と進取の象徴であるチウチォンファングの上機嫌が下ったその巫祭には宗教の碧桃、思想の垣根も、利己心も、名利も皆一つになった.彼の意気と気象の取り戻し、その以上所得がどこにあるか。小判根性と言いながら自らを卑下じた自激之心で私たちを脱するようにしたターニングポイントになった。

 それで私たちは赤い悪魔、すなわちチウチォンファングの上機嫌に表出された民族エネルギーをどこにどんなに使うはずなのかに関心を向けなければならない時だ。

 選手と赤い悪魔を通じて結集された国民的な上機嫌と自信感, 躍動性, 包容性が私たちの社会の隅なくうねてほしくたい。彼らの若い躍動と感動をすべての生の現場で引っ張り出してまた一つの奇蹟を掘り起こし出すのを願おう。それは赤い悪魔がこの社会, この民族に投げる教訓だ。

 チウチォンファングの進取と包容の精神を先に立たせたその民族精神は今の時代のすべての分裂と対立、そして葛藤を解消するに十分だ。活気に満ちた民族魂の復活を通じる偉い民族の誕生は南北分断の矛盾を解くに十分だ。宗教と思想, 体制の差と葛藤を越して人類平和と地球環境問題解決に対する代案で赤い悪魔は現われた。

 世界が驚いたこの情熱的ながら節制された国民の力量は私たちの社会のすべての分野で発展と改革を成功させることができる原動力なのを確認することができた。だから私たちの未来に希望を持っても良いという自信感が生ずる。

 赤い悪魔を通じて確認した団合と純粋な熱情, 愛国心をどんなに昇華させるか悩んで見よう。サッカー場の垣根の中に縛られなければならない赤い悪魔ではない。スポーツ祭りの喊声の中でばかり一つになることで終わってもだめだ。彼らの喊声は地が足りない位壮大で地軸を振るほど大きく力強い。

 そうだから赤い悪魔の姿の中で人類問題と地球問題までもその解決に先に立つ偉い韓民族の誕生を予感する。


日本から韓国チーム優勝祈願メッセージ(2002年6月21日『中央日報)

 兵庫県美方郡温泉町の住民らが、ワールドカップ(W杯)で韓国代表の優勝を祈願するメッセージを社団法人慶州(キョンジュ)文化観光振興協議会に送ってきた。

 21日、慶州文化観光振興協議会によると、温泉町の住民らは「W杯共同開催国の韓国代表がベスト8まで進出したことを心より祝い、韓国代表がアジアを代表して優勝するように応援しようと、温泉町議会で決議された」というメッセージを伝えてきたという。

 また同住民らは「日本代表は残念ながらベスト16の試合で敗れたが、日本国民に大きな夢を抱かせてくれた」とし、「韓日友好のために韓国代表が決勝まで進めるよう応援する」と話しているということだ。


金大統領ワールドカップ後続措置検討2002年6月22日『京郷新聞』

 キム・デジュン(金大中) 大統領は、二人の息子の拘束と対国民直接謝りをきっかけで国政にもっと専念する次元で、ワールドカップが終わった後国家発展科国民統合などをはかることができる多角的な対策を検討中のことと知られた。

 金大統領をその一環で権力型非理に対する予防.監視体制を強化して政治権が取り上げているアジア太平洋財団問題などに対しても可視的な後続措置を取るゴッウロゾンマングされる.青瓦台関係者は 22日 "金大統領はワールドカップが終わった後成功的なワールドカップゲツェルルグックミンファハブと世界一流国家跳躍の足場で昇華させることができる多角的な措置を取ることと予想される"と明らかにした。

 これによって金大統領はワールドカップが終わり次第に経済、外交安保、教育人跡資源,社会文化など 4台分野別大臣会議を開いてワールドカップの経済的效果極大化方案を含めた ‘ポストワールドカップ(Post Worldcup)’ 総合対策を樹立、施行するのに力を注ぐことと知られた。

 特に対国民謝り声明(名前)を通じて "国政に専念してすべての牛なのを果すのが国民と国家のための道"と念をおした金大統領は経済活性化及び中産層と庶民生活安定, 南北問題など国政課題を林期末まで蹉跌なしに遂行することと同時に大統領選挙を厳正で中立的に管理するのに力を注ぐ方針だ。

 これと共に金大統領は国民和合及び民心収拾策の一環でアジア太平洋財団問題あぶ台して具体的な措置を取る方案も検討中のことと伝わった。

 朴船宿(朴仙淑) 青瓦台スポークスマンも 21日対国民謝り声明(名前)発表の後記者たちに "アジア太平洋財団は事実上閉鎖されていて団扇が多くてこれからその処理に対して深思熟考しなければならない思う"と言って今後の後続措置が後に従う可能性を示唆した。

 政府内一刻では金大統領が 7月中民心収拾次元で改閣を断行するはずだという観測も頭をもたげている。特に ‘8.8 補欠選’に現役閣僚中一部が出馬する可能性が高いから金大統領が改閣を決心するようになればその時期は 7月中旬以前に成り立つように見える。


政府、準決勝25日の臨時休日を検討(2002年6月22日『中央日報)

 金大中(キム・デジュン)大統領は22日、光州(クァンジュ)ワールドカップ(W杯)競技場で、韓国代表の4強進出が確定したことを受け、「今日は壇君(タングン)以来最もうれしい日」とし、「準決勝を越え、横浜に行って優勝しよう。優勝カップを手にしよう」と述べた。

 政府は、ソウル上岩(サンアム)競技場でドイツと準決勝が行われる25日と、ドイツに勝ってった場合、決勝戦の行われる30日を「W杯の日」とし、臨時休業日にする内容を集中検討している。


日本「韓国、横浜まで来て」(2002年6月22日『中央日報)

 「韓国がやり遂げました。この勢いに乗って、横浜まで来てほしいですね」。 実況を務めたNHKのアナウンサーは22日、韓国代表がPK戦までもつれる接戦の末、「無敵艦隊」スペインを破り、アジア勢史上初のワールドカップ(W杯)4強入りを果たしたことで、韓国の決勝進出をこのように祈願した。

 また、同アナウンサーは「韓国が新しい歴史を切り開いた」とし、「韓国はアジア勢としては初めて、W杯準決勝に進出した」と、興奮を隠さなかった。 日本の多くの国民は「韓国が日本の分まで一生懸命戦ってくれることを期待する」「韓国がアジアのプライドを守らなければならない」など、韓国の健闘を期待する雰囲気だ。


<W杯あれこれ>韓国応援する日本人応援団(2002年6月22日『中央日報)

 共同開催国、日本が決勝トーナメント1回戦で敗退したことで、韓国を応援する日本人応援団が急増している。

 赤いTシャツを着た約30人の日本人応援団は、光州(クァンジュ)競技場東の応援席の上段に「がんばれ、韓国代表」と書かれたプラカードを掲げ、試合中、韓国の観衆と一緒に「テーハンミングッ」を叫び続けた。

 スタジアム内には、ほかにも日本人応援団の姿が目についた。韓国戦の試合前日、光州に到着したサダヨ(27、会社員)さんは「これから韓国チームはアジア全体を代表する。ぜひ勝って、アジア人の名誉のために頑張ってほしい」と語った。


<W杯あれこれ>200万人突破したソウルの街頭応援(2002年6月22日『中央日報)

 ソウルでは、光化門(クァンファムン)=80万人、市庁(シチョン)前=80万人など、史上最大となる230万人が、街頭で太極旗(テグッキ)を振りながら、「テーハンミングック」を叫び、声援を送った。

 韓国の街頭応援の熱気を直に体験しようと光化門を訪れたという日本人観光客のヤスヒロ(29)さんは、「テレビで見たことはあるが、これほどすごいとは思わなかった」とし、「韓国サッカーの熱気は本当にすごい」と驚きを示した。特に同日は、家族で応援に出かけた人たちが多かった。ほとんどの学校は、午前2時間の短縮授業を行った。

 ソウルソンアム女子商業高校のチェ・ウンソン(18)さんは「授業はあったが、学生が応援の計画を立てていたため、ほとんど休日の雰囲気だった」とした。


[社説]サッカーは「4強神話」を成し遂げた2002年6月22日『東亞日報)

 「ブレーキのない暴走機関車」韓国サッカーが「無敵艦隊」スペインをも破り、サッカーW杯ベスト4に進出した。

 72年のW杯史上、アジア勢が4強に進出したのは韓国が初めてだ。なかでも韓国サッカーは今大会で、ポーランド、ポルトガル、イタリア、スペインというヨーロッパの強豪を破り、世界サッカーの辺境にあったアジアサッカーの地位を一挙にその中心に引き上げた。韓国サッカー史上の一大快挙であり、アジアサッカー史に築いた金字塔である。ヒディンク監督と23人の選手たちに、再度感謝と賛辞を送る。

 韓国の次の準決勝戦の相手は、歴代W杯で3度も優勝している「戦車軍団」ドイツだ。しかし「私も韓国チームを止められない」というヒディンク監督の言葉のように、韓国チームの止まるところを知らない上昇気勢の前に、過去の名声は何の障害にもならないだろう。

 30日に横浜で開かれる決勝戦に韓国チームが進んだとしても、決して驚くことではない。むしろ、アジアで初めて開かれたW杯のフィナーレをひときわ輝かせることだろう。韓国チームが最後まで善戦することを国民とともに望んでやまない。

 しかし、勝負にだけこだわることはない。韓国サッカーは今大会で、すでに目標を達成した。4強進出だけでも、国民は「満腹」だろう。過ぎた飽満感で、明日の目標を見失うかもしれない。こうなってはいけない。今日の成就を明日につなぐためには、韓国サッカーへの国民の声援と長期的発展への努力が、続かなければならない。

 全国民を熱狂させるサッカーの力を思えば、これは疎かにできない課題だ。4強進出に劣らぬ貴重な成果は、今大会を通じて表出された国民のエネルギーだ。世界は韓国サッカーの4強進出だけに驚がくしたのではない。彼らは韓国人の驚くべき活力と「秩序ある熱情」に注目したのだ。彼らは北東アジアの小さな国、韓国の底力と明日の可能性に驚いただろう。国民の統合されたエネルギーが果たした底力と可能性を一次元高い国家発展の動力に結集しなければならない。それこそ、3金氏(金大中、金泳三、金鍾泌)後の新たなリーダーシップがすべきことだ。

 しかし、政界の現実ははずかしい。政権獲得の争いに明け暮れ、W杯で噴出した国民の力を明日のビジョンへと導けずにいる。大統領は、息子らの不正で頭を上げることができず、国会は議長も選べない「植物国会」状態だ。世界一流の国民的エネルギーを三流政治が台なしにしているのだ。先進サッカーと後進政治の二つの顔である。


「オ〜必勝コリアファンタジー」を作ろう2002年6月22日『東亞日報』)

 応援歌も時代によって移り変わるのだろうか。50代以上の世代には、三三七の拍子が慣れている。「ビクトリー、ビクトリー、V−I−C−T−O−R−Y」と声を張り上げて叫んだものだ。それがいつからか、チアガールが登場し、プロ野球とプロサッカーチームが誕生してからは、応援の熱気も一層盛り上がった。応援歌には、ドボルザークの「新世界交響曲」第四楽章の迫力あるメロディを行進曲風にアレンジしたものもある。

 今回のサッカー・ワールドカップ(W杯)は、公式テーマソングの他にも多くの応援歌が作られた。キム・ドクスのサムルノリも、韓国的な音律を基本に「ワールドカップ、コリア、ア〜へ〜ホ」を作ったが、一般には知られていないようだ。この他にも多くの応援歌が現われたが、国民的テーマソングに選ばれるのは、ユン・ドヒョンバンドが歌う「オ〜必勝コリア」と「テ〜ハンミングッ」の応援語である。

 「オ〜必勝コリア」の曲には作曲家はいない。編曲者だけがいる。民衆の心から自然発生的に生まれたのが民謡なら、国民の念願が国民賛歌を作ったといえる。国民みなが作曲家というわけだ。短いひと言を応用して作ったものだが、想像を超えた伝播力がある。

 家庭、職場、街頭の至る所で口ずさまれ、デパートのマーケティングの好材になっている。世界を相手に商品を売るなら、国家レベルで「オ〜必勝コリア」テーマソングをアレンジして、素晴らしい曲を作るべきだ。

 ベートーベンの交響曲「運命」は三連音符の「タタタターン」と単純に始まるが、卓越した想像力で人類の名曲を作ったように、韓国のW杯神話は、文化的想像力と結合して、ばく大な付加価値を創出しなければならない。応援歌「オ〜必勝コリア」や「テ〜ハンミングッ」の出だしの音が、いずれも長音という共通点がある。皆が十分に呼吸を一つに凝集する効果がある。

 単純に叫ぶよりも、洗練されて叫ぶ楽しさがある。至極単純なメロディ、3回の反復、最後の「オ、オ・・・」という娯楽的楽しさが明快に結合している。真理が単純なように、この応援歌には屈折した歴史、わい曲した現実を超克する韓国人の成熟した文化原型のエネルギーが盛り込まれている。

 権威主義時代には想像もできなかった太極旗(テグッキ、韓国の国旗)の変形ファッションを見よ。若い世代の噴出したエネルギーを生かすには、政界を始めとする既成世代の変化が求められる。スポーツの熱気が消える前に、これを国家エネルギーの動力としなければならない。

 参加国の国歌や民謡を入れて「オ〜必勝コリアファンタジー」を作り、世界の人々の記憶に永遠に残るようにしてはどうか。そして世界に羽ばたく若者たちを、韓国文化の本質や西洋文化への理解を通じて、国際人に育ててはどうか。堂々と成熟した姿を見せるのが文化の役割である。


やった4強! 熱狂する国民、街頭応援に500万2002年6月22日『東亞日報』)

 韓国とスペインのワールドカップ準々決勝を戦った22日、全国は、週末を迎えて街頭にあふれ出た500万人余りの人波で、あたかも沸騰する火山を連想させるように真っ赤に染まった。

 街頭で、家で、職場で、大型電光板やテレビで試合中継を見守っていた国民は、韓国チームが危ない場面に追い込まれるたびに大声を上げて、韓国チームの善戦を熱っぽく応援した。ソウル鍾路区(チョンログ)の世宗路(セジョンロ)交差点など、街頭応援が行われた全国各地では、華やかな花火の祝砲と色とりどりの風船が青空を赤く染めた。

 この日、ソウルに170万人余りなど全国で500万人余りが街頭応援に駆けつけた。「街頭応援のメッカ」となった世宗路交差点には、これまでの街頭応援でもっとも多い60万人余りの市民が押し寄せた。市民たちは、韓国代表サポーター「赤い悪魔」応援団の服装をして、頭には頭巾を巻き手にした2つの風船の棒を叩き合わせながら韓国チームの善戦を熱烈に応援した。

 試合開始8時間前から集まり、焼きつけるような日差しのなかで試合を待っていた市民たちは、東亜(トンア)日報社屋の電光板前でキックオフを知らせる数百発の祝砲が打ち上げられ、色鮮やかな風船が空に飛び上がると、一斉に「ワ〜」という歓声とともに「デ〜ハンミグク(大〜韓民国)」を連呼した。

 この日、東亜日報とドンア・ドットコム、LGは共同で韓国チームのW杯4強入りを祈願する趣旨で、前後半の試合開始と試合終了のホイッスルが鳴るとき、2000発ほどの祝砲を打ち上げ、色とりどりの風船を空に飛ばす「花火祭り」を催した。また、大型電光板の左右には「大韓民国、世界最強」という文字が書き込まれた大型アドバルーンを浮かせ、祭りムードを高めた。

 大田(テジョン)から21日夜に到着した宋(ソン)ヨンミンさん(23・大学生)は「この後さらに60年を生き延びるとしても、こんな機会はまたとないでしょう」と言い「愛国歌を歌うときは胸いっぱいの気持ちだった」と感激を語った。ソウル市庁前広場には60万人余りが集まった。広場の特設舞台では、オランダから駆けつけた男女デュオ「ダブルD」が出演し、「ヒディンク・ソング」を歌い、応援ムードを盛り上げた。

 このほか、ソウルでは、江南区(カンナムク)のCOEX広場と蚕室(チャムシル)野球場、上岩洞(サンアムドン)W杯競技場の隣にある平和の公園、汝矣島(ヨイド)の漢江(ハンガン)市民公園に設置された屋外舞台などにも50万人余りの市民が集まり、選手に声援を送った。

 釜山(プサン)アジア大会メインスタジアムと釜山駅広場など、釜山市内の街頭にも23万人余りの市民が押し寄せ「真っ赤な波」を演出した。国旗の太極旗(テグッキ)を顔に被った女子大生の李ミヨンさん(23)は、「車(チャ)ドゥリ選手が、こんな格好をして見せてから『車ドゥリ・ファッション』と呼ばれている。素晴らしいオバーヘッド・キックを見せてくれた車選手を特に応援したい」と話した。

 大邱寿城区(テグ・スソング)の泛漁洞(ボムオドン)大通りには「オ〜必勝コリア、4強進出!」などの字が書き込まれた大型垂れ幕と太極旗が掲げられ、雰囲気を高めた。特に、赤い応援シャツの代わりに、白生地に「Be The Reds」の字が印刷された応援シャツが随所で目立った。

 大学生のハン・シンさん(24)は「きょうの韓国チームのユニホームが白だったので、応援シャツも同じ色に合わせた。イタリア戦でのように白いユニホームを着て勝ってほしい」と話した。

 週末で、公務員の週休二日制の実施と各企業の休業で、家族連れの市民たちも多かった。妻と2つの息子を連れて大田ハンバッ運動場を訪れた公務員のユ・スンギさん(37)は「久しぶりに週末に試合があり、家族連れで駆けつけた。今日の思い出は永遠に残ると思う」と語った。

 仁川(インチョン)では、文殊(ムンス)W杯競技場と野球場に8万2000人が集まり、赤色のシャツに太極旗を体にまとったり、小さい太極旗を手にして韓国チームの4強入りを熱望する応援で沸きあがった。

 守備的MFで先発出場した金南一(キム・ナムイル)選手の家族は、家の近くのソンウォル洞事務所の2階で80人余りの住民たちと一緒にテレビを見ながら応援した。李天秀(イ・チョンス)、崔泰旭(チェ・テウク)、金南一ら代表3人を輩出した富平(プピョン)高校(富平区富平4洞)でも午後1時から、生徒と教職員、住民1000人余りが講堂に集まり、大型スクリーンで試合を観戦し応援した。


 済州島(チェジュド)でも6万人余りの市民が西帰浦(ソギポ)W杯競技場と済州競馬公園など、大型スクリーンが設置された所に集まり、応援を繰り広げた。


優勝も夢ではない2002年6月22日『京郷新聞』

 大極戦士たちのサッカーを見ることは喜びと同時に恐ろしさだ。初勝利でもしようとしたことが 16強、8強に至ってひいては4強まで破竹の勝利をおさめる姿はいくら見ても楽しくて楽しみがわく事だ。そんな一方をもってはどこでそんな怪力(怪力)が湧き出るのか。何が私するように勝利に喉が渇くようにするのか分かりたくて恐ろしい。
 大極戦士たちは昨日光州で開かれた 8強戦で再びスペインを破って4強に入る偉業を成した。今度大会に入って国際サッカー連盟(FIFA) ランキング 5・6位チームを軟派した韓国チームだから 8位のスペインだって負ける理由もないが火のような闘魂でもう一度奇蹟を新たにつくった。

 全国津津浦浦で手を止めて首が裂けなさい勝利を祈ってくれるすべての国民に一段階一段階ずつ恩返しの勝利をプレゼントしてくれる選手たちが本当に誇らかだ。

 この日競技(景気)はまさに血を乾かす一本勝負だった。私たちの選手たちの体調は正常ではなかった。イタリアとの 16強戦から延長戦まで行く 117分の死闘をした後三日しか休むことができなくて累積した疲れと負傷の負担がありありと見えた。ボディーコントロールは遅かったし、動きもこの前みたいではなかった。それにもかかわらずうちの選手たちは不屈の精神力で最後まで堪えたし、遂に延長戦を経ってPK戦で劇的に勝利を抱いた。まことに美しくて感動的なスポーツ精神とせざるを得ない。その闘魂がどこで出るのか不可思議でばかりする。

 こういうわけで韓国サッカーは今までアジア国家ではその誰も踏んで見た事がないワールドカップ 4強高地に立ち上がった。それも無敗の記録で果たしたことなのでもっと貴い。この日光州競技場では ‘赤い悪魔’ 応援団たちが ‘Pride of Asia(アジアの自負心)’という字をカードセクションで見せてくれた。

 今度ワールドカップに出場したアジア 4ヶ国の中で私たちを除いたあげくチームが皆脱落しただけアジアの名誉を守りなさいという意味と、アジアサッカーの希望と同時に未来になろうという覚悟も盛られてイッウリラシブダ.振り返ればこんなに成したことも奇蹟に近いが、実際に8部尾根を越えてみたら正常だって上がる事ができないかと思う欲心と自信感も生ずる。

 ワールドカップをアンギまではもう 2ゲーム残った。もっとハリョはする競技もない。ドイツとの準決勝戦は二日しか休むことができなくて体力がほとんど消尽されるように見える。しかしここまで来ただけ最後の花火を燃やす心情で最善をつくして永遠に割れない記録を世界サッカー史に残して見よう。


大韓民国万歳! ヒジンク万歳! 歓呼2002年6月22日『京郷新聞』

 “勝った” “大韓民国万歳” “ヒジンク万歳”大韓民国最高の日だった。

 11人の大極戦士が光の村光州でスペイン無敵艦隊を撃沈させてワールドカップサッカー 4強に進出した22日韓半島は、12番目戦死である4千7百万すべての国民のがスムボックチァン感動の歓呼で搖れた。

 120分間血を乾かす死闘あげくPK戦でイ・ウンジェ選手がスペイン四番目キッカーホアキンの球を受け止めたのに相次ぎ味方の五番目キッカーであるホン・ミョンボ選手がシュートを成功、‘4強神話’を確定するとすべての国民は一斉に喊声を上げてお互いを抱き締めたまま興に乗って、ぴちぴちダンスをした。通りごとに祝砲が叫んで歓呼があふれる中に夜おそくまで全国がいちめん熱狂のるつぼを成した。市民たちは準備した折り紙を空に振り撤くとか爆竹をうって勝利を身内の祝した。

 ◇路頭応援場=ソウル市役所の前広場・光化門に殺到した1百50万名を始じめ、蚕室野球場など全国の野球場・サッカー場・体育館など各種競技場と大学運動場及び距離(通り)広場などに追われ出た 5百50万路頭応援団は、アジア最初のワールドカップ準決勝進出が確定されると ‘愛国歌’と ‘アリラン’ ‘五必勝コリア’を歌って喜びを満喫した。

 市民たちは一斉に ‘わ’ する喊声とともに “ヒジンク”と “台~ハンミングック”を年号して戦死たちの勝利の消息に肯定的に回答した。大太極旗が市民たちの頭から頭に移動して荒波のように搖れながら勝利の喜びはもっと高まった。太極旗と赤いスカーフが波を成した。多くの市民たちは感激に抑えられなくて泣き崩れた。

 応援団市民たちは誇らしいこの地の戦死たちが 25日準決勝からドイツまで追い抜いて ‘決勝進出’という贈り物を抱かれてくれるのを一心で祈った。

 市役所の前で応援した張ヒジンさん(20・ソウル女看護台)は “これは魔術だ。4強に入ることは夢も見られなかった”と涙を涙ぐんだ。金官型さん(26・会社員)は “サッカーボール一つでこんなに何回もや感動を感じることは夢にも分からなかった”と言葉を引き継ぐことができなかった。

 これに先たち延長 10分スペインチーム森円テスのシューテングが私たちのゴールポストを当てて出るとワールドカップ大会ではゴールポストを先に当てたチームが負けるという俗書のだから市民たちは一斉に “勝った”と喊声を上げたりした。

 岩洞芝草広場と汝矣島漢江市民公園, 蚕室野球場などソウル市内あちこちの応援場は代表チームが打ち上げた ‘4強神話’を身内の祝して勝利の余韻を楽しむ市民たちに夜を明かしてにぎやかだった。市民たちの秩序意識も世界 4強に入るに十分だった。掃除する市民たちがあちこち目立った。

 ◇外国人応援=世界的な名物で登場した路頭応援場ごとに多くの外国人たちも同参、韓国人サッカーファンたちと肩組みをしたまま共同応援を広げた。応援に参加するために 21日入国したというオランダ青年エリック(18・大学生)と吏案(19・大学生)は市役所の前広場でヒジンク監督のポスターを頭の上で持ち上げたまま応援する ‘‘ヒジンク監督がとても誇らかだ’’とガムギョックスロウォした。

 この日市役所の前で仲間たちと一緒に太極旗をあげたまま “台~ハンミングック”を年号した日本旅行客エチコ(25・女)は “韓国のように全国民が通りに出て熱誠的に応援する雰囲気が本当にうらやましい”と “韓国チームが必ず決勝に出てアジアの自尊心を立ててくれ”と言った。

 ◇家庭・職場・郡=家庭では家族どうし TVをより興奮を押えつけることができなかった住民たちがベランダに出て “台~ハンミングック”を叫ぶ珍しい風景が演出された。兵営も勝利の喊声でこだました。ソブサハラ・東ティモールなど海外各地でUN平和維持だね(PKF)に派兵されて活動中の軍人たちも異域万里で熱っぽい応援戦を広げた。休戦線ではわが軍が対北用拡声器と文字電光版で4強進出消息を知らせてくれる瞬間北でも “わ”する喊声が鳴らし出たと余分の政府は伝えた。

 ◇コンバ=距離(通り)は大極戦士たちが演出し出した巨大な祭りの庭先と同時に歓喜の空間だった。路頭応援場でお互いに肩をギョッゴ行進するとか汽車遊びをしながら興奮が高まった応援団たちで道路ごとに赤い波を成した.ソウル世宗路・新村など全国の道路ごとに ‘台~ハンミングック’ 警笛が鳴ってバス乗用車バイクするまでもなく沸き返えた市民たちがフンドルオデは太極旗で覆い被せた。

 赤い人波後では太極旗部隊を積んだトラックと乗合車、歓呼する大学生を積んだ乗用車が後に従った。交通統制で ‘チァオブヌン通り’になってしまった新村などでは、大学生たちがアスファルト底で ‘スライディング’ セレモニーをしたりした。

 夜おそくまで 3~4人ずつ乗った呉トー.バーやトランクに 2~3人ずつ腰かけたまま太極旗を振る乗用車などはらはらする場面があちこちで演出されたし、汝矣島などでは暴走族の買ってからも続いた。

 また夜が深いようにビールホールや飲食店ごとに取り直すことができない喜びを分かち合おうとする家族や職場仲間などでにぎやかな中にそば席人々どうしも心安く盃をした。一方ソウル市役所の前及び釜山駅前広場などではBABY VOX、ジョン・イングォン、テジンよ、god、イム・チャンジョンなどが出演して市民たちと喜びを一緒にした。


「コリア」の国家イメージ、大きく向上(2002年6月23日『中央日報)

 「韓国に対するイメージが新しくなっている。韓国企業と取り引きしたい」−−。

 韓国チームが強じんなスタミナと精神力で「ワールドカップ(W杯)4強」に進出する奇跡を成し遂げたことで、大韓民国の国家イメージと韓国企業のブランド認知度が急向上している。

 韓国貿易投資振興公社(KOTRA)が22日、準々決勝韓国−スペイン戦後、海外貿易館を通じて「国家イメージ認知度」を調査した結果、「コリア」に対する外国人の考え方が肯定的に変化しており、韓国企業と取り引きしたいという海外企業家が増加していることが分かった。

 ブラジル・サンパウロのある貿易館の現地職員は、「W杯を機に韓国の文化、経済、応援がマスコミによって頻繁に報道され、いまや韓国は先進国との認識がブラジル人の間に広がっている」と話した。

 三星(サムソン)電子のフランクフルト支社のユ・チェスン次長は「韓国が4強に進出した後、バイヤーからたくさんのお祝いの言葉をいただいた」とし、「高価なテレビCMを上回る広告効果をあげている」と話した。 KOTRA海外貿易館長が伝えるニュースも「韓国商品に対するイメージがアップしている」というものが中心。 パク・ドンヒョン・リスボン貿易館長も「韓国人の秩序正しい応援などに対する好意的な報道が多く、韓国に対する認識が大きく向上した」と話した。


‘狂乱の祭り’ このままではだめだ(2002年6月23日『京郷新聞』)

 ワールドカップ連勝行進が続いている中に代表チームを応援して勝利を身内の祝する若者達のコンバ文化が外れている。通り応援場は世界水準の秩序を維持するが競技(景気)が終わった後応援団のコンバが進行される鐘路・新村・江南駅などソウル市内を含めた全国の都心あちこちはごみと汚物で覆い被せている。

 また都心の道路は飲酒運転車を含めてトラック積載することとトランク、とびらなどに応援団をぶら下げたまま狂乱の曲芸疾走をやっつける車たちで無法天下を成している。勝利の感激と治安政府の傍観・容認を乗じて西欧社会フーリガンの弊端まで相当部分模倣しながら現われているこのような無秩序に対して多い市民たちは “祭りを楽しむコンバ文化は予選脱落水準”と批判しながら政府の積極的な対処を促している。

 ◇ごみと汚物天地=23日夜明け 1時頃ワールドカップ競技コンバの名所で浮び上がったソウル鐘路。新村, 江南駅などは前日午後 “台~ハンミングック”を叫びながらも秩序を守った市民意識は捜してみることができない位に変わっていた。新村距離(通り)はあちらこちらに寝転ぶごみによって道路底が見えないほどだったし引導に積んだごみダミーは、行人たちの足に満ちるよ裂けたまま汚物たちが四方に飛んで散らばっていた。応援時飲んだ生水病とビール缶はインドと道路あちこちに転がり回った。

 あふれる公園内ゴミ箱, 敷物で使った新聞紙と折り紙切れたち、割れたかなづちと焼酒瓶破片, 爆竹皮など応援時やコンバに利用された小品たちがそのまま道路とインドにごみで捨てられて積もっていた.似ている視覚ソウル鍾路区国税庁前広場には酒ビンとお菓子袋、紙くずがあちらこちらに散らばっていたし食べ捨てたおつまみがあちこちに散らばって汚ないことを加えた。

 連勝行進が続きながら路頭応援団規模の増加に比例してごみと汚物量も急増している。江南駅近所江南どおりのごみ一日排出量は 1t程度。 しかしワールドカップ競技が続きながらごみは予選戦一日平均 3tで 16強戦 4t, 8強戦には 6tが発生した。

 新村通りも競技のない日は平均 5t程度出るが、 22日は 25tに迫った。通りがこれのようにごみと汚物天地を成すと環境美化員たちは他人達が見守る通り応援場は自発的に片付けながら都心路頭にはでたらめにごみを捨てる二重的行動を理解することができないと批判の声を高めた。

 鐘路区役所環境美化員オチァングデシ(58)は “一部若者達は気持ちに酔ったまま私たちが掃除をしようと思えば ‘面倒だ’ ‘あちらに行きなさい’と言うなど卑劣な言葉をするとか喧嘩を売る場合もよくある”と慨嘆した。

 ◇狂乱の深夜疾走=競技が開かれる度に乗用車屋根に乗りこむとかトランクの中またはボンネットに腰かけて回ることを走る曲芸運転はもう有り勝ちな事になってしまった。23日夜明けにも一部若者達は応援用仮面をかぶったまま視野が確保されない状況でもでたらめに車を走った。大型太極旗を振って運転する場合もあまたあった。他の乗用車中の市民とハイパイブをするために曲芸疾走をしたりした。興奮した 20代達は公務遂行中の車まで奪取して気持ちを出した。

 この日午前 1時頃ソウル鍾閣駅隣近では掃除車後に 50人余りの若者達が乗りこんだまま “台~ハンミングック、歳~ギェツェで”を叫んだ。梨花女大前ロータリーでは先に進んだ車たちによって地・正体が繰り返されると 20代青年 2人が急に乗っていた乗用車トランクで下って中央線を越えて反対方向から車が来ない振ることを利用, 球を蹴りながら路上サッカーをする豪気を使ったりした。

 4強進出が決まった以後 23日夜明けまで続いたコンバは狂乱の飲酒運転とバイク暴酒などで運転手 2人が死亡するなど多い事件事故でごっちゃになった。

 23日午前 1時50分頃通り応援を終えて帰ったパク某君(16・忠南機械公告 1)がお酒を飲んだまま兔許もなしに 1t トラックを走って大田儒城区バン洞バン洞大橋の上で街燈を突き飛ばした。この事故でトラック積載するに乗っていた朴君の友達金某だね(16) など 2人が死んで 8人が大きくけがをした。


4強進出 ‘メード・イン・コリア’ ブランド価値聳えて(2002年6月23日『京郷新聞』)

 韓国ワールドカップ代表チームが 4強神話を掘り起こし出しながら企業らが最初期待した ‘ワールドカップ特需’を飛び越えてお金に換算することができない企業及びブランドイメージ向上效果を見ている。

 特に韓国チームの相次ぐ宣伝は企業のワールドカップマーケティングを通じる ‘メード・イン・コリア’ であったのも相乗效果を極大化したことで一歩ひいては国家の位相を高めるのに大きく寄与して ‘ワールドカップ収支’は推算しにくい数十兆ウォン規模の黒字を出すことで期待されている。

 現代経済研究員は去る 5日出した ‘ワールドカップの経済效果’ 報告書を通じて韓国が 4強に進出する場合企業及びブランド向上效果 10兆ウォンなど 14兆ウォン分の效果を見られることに分析した。企業らは韓国チームの 4強進出が成り立つとこのような見込みが虚荒されたのではなくむしろこれを飛び越える有・無形の效果を見られることで期待する雰囲気だ。

 ワールドカップ公式スポンサーで 10億ドル位を投資した現代自動車は韓国チームが 4強に進出しながらマーケティング效果も最初の 50億ドルから 80億ドル以上に大きくなったと推算した。また韓・日両国 20個競技場に広告看板を設置して 30億ドル以上の広告效果をおさめてブランド価値が高くなった效果まで勘案すれば 10兆ウォン以上に達することで分析した。

 公式スポンサーである KTFもペンス広告露出など単純広告效果だけ 1兆2千億ウォンに至るなど全体的なマーケティング效果は 3兆ウォンを超えることと見込んだ。SKは SKテレコムが ‘赤い悪魔’を後援するのに 50億ウォン位を使ったがソウル大学路など距離(通り)応援戦などを通じる ‘待ち伏せ(ambush) マーケティング’で 5兆ウォン台の ‘ワールドカップ特需’を見たことで推算した。

 直接的なワールドカップマーケティングを広げなかったがワールドカップ開幕に合わせて外国企業の最高経営者(CEO)と海外取引先役人を招待した三星と LG など主要大企業たちは海外で高級ブランドのイメージを固めるのに大きい成果をおさめたことに自評している。コートというワールドカップの成功的開催で国家イメージが一段階上昇しながら輸出品価格を 10% 位オルリョバッをことがあることで見込んだ。

 一方このような無形の效果はすぐの輸出増大などで現われるより中長期的に真価が発揮されるという点で企業らは ‘ポストワールドカップマーケティング’を準備している。三星は高くなった国家イメージを土台で三星電子を先に立たせて携帯電話、DVD, デジタルTV など先端製品輸出を拡大する一方釜山アジア大会の公式スポンサーとしてスポーツマーケティングを本格化する事にした。

 LGは国内外投資者を対象で企業説明会(IR)を強化する一方ポーランド、ロシア, ブラジルなどワールドカップ本選参加国を中心に海外市場を積極攻略するという方針だ。

 SKは戦略市場である中国に ‘アジアコード分割多重接続(CDMA) ベルト’を駆逐して情報通信・化学分野の中国進出を積極推進する事にした. 現代車もワールドカップ時招待した 2,000人余りの海外ディーラーを活用して海外市場を広げて行く方針だ。


韓日の心の壁を打ち破ったW杯(2002年6月23日『中央日報』)

 韓国サッカーがアジア勢としては初めてワールドカップ(W杯)4強入りを果たした22日夕方。新宿のコリアンタウンである職安通りには、1000人余りの在日韓国人がつめかけ、夜遅くまで太極旗(テグッキ)を振りながら、歓声を上げていた。

  「赤い」人波のなか、日本人の姿もかなり目についた。40代男性の山本さんは「韓国の勝利は韓日共同開催の勝利」と喜びを表現。日本サッカーの応援団「ウルトラニッポン」のトレードマークである青いシャツを着て、日本の国旗をふって歩く日本人も見えた。この瞬間ばかりは、韓国と日本がひとつになったようだった。 知り合いの日本人は私を見ると、「韓国、やったね」「おめでとう」などと、祝いの言葉も忘れない。

 韓国がイタリアを破り8強に進出した18日、韓国食堂でテレビ観戦していた日本人が韓国人に祝い酒をおごったりもした。駐日韓国大使館のある職員は「親しい付き合いのなかった近所の日本人が、ビール箱を持ってきて、イタリア戦の勝利を祝ってくれるのを見て、韓日共催のW杯の成功を実感した」と話した。

 両国の国民が一緒に韓国を応援したことで、心の中に残っていたしこりがなくなった気がすると言う人も多い。大阪に住む在日3世の金洋守(キム・ヤンス、41)さんは「W杯を通じ、日本の友人と心から親しくなったような気がする」と語った。

 韓国国民の応援の熱気や韓国チームの闘魂も、多くの日本人に感動を与えている。日本のメディアもこれを絶賛している。いままで韓国に関心がなかった日本人や、韓国を無視していた一部の日本人も、今大会を通して、韓国国民の団結力、根気、底力、闘志などを間近に見て、韓国を再評価している。これは、両国関係のためにも大きなメリットになる。

 横浜スタジアムで行われる決勝戦に進出した韓国を、真っ赤なTシャツを着た「ウルトラニッポン」が熱狂的に応援する、そんな素晴らしい光景が見られることを期待したい。


「韓国イメージ」に大きな変化2002年6月24日『東亞日報)

 2002韓日ワールドカップをきっかけに、海外での韓国のイメージに肯定的な変化が著しくなった。

 東亜(トンア)日報経済部が24日、大韓貿易投資振興公社(KOTRA)に依頼し、欧州、米国、南米などの現地貿易館を通じて、各国の反応を調べた結果、わずかここ1ヵ月の短い期間で、韓国のイメージが肯定的かつ積極的なイメージに急速に変化していることが分かった。

 韓国代表チームの奇跡的な善戦と闘魂、サポーター「赤い悪魔」の熱狂的でありながらも乱れない応援などが複合的に影響し、60億の世界の人の心に「コリア」のイメージが新しく刻み込まれるようになったのだ。

 W杯が始まる直前の5月中旬、KOTRAが72カ国から1万2793人を対象に実施した調査で、外国人たちは韓国の国家イメージとして「分断国家」(33%)をもっとも多く挙げ、W杯(29%)、高度成長(25%)、88年五輪(13%)などがそれに続いた。全般的な認知度では、「韓国を良く知っている」とした回答は28%に過ぎなかった。しかし、W杯が進むにつれ、「サッカー強国」「情熱の国」「赤い悪魔」「情報通信(IT)強国」など、肯定的で活気あふれるイメージに変化しつつあると、現地の貿易館は伝えた。街頭応援が集中的に紹介され、「情熱的で活気あふれる国」というイメージも大きく広がっている。

 三星(サムスン)電子ドイツ・フランクフルト支社のユ・ジェスン次長は「W杯による韓国の認知度の上昇は、数百億ウォンをかけた広告をはるかに上回る効果がある」と話した。ドイツ代表チームのGKカーンが「韓国人の熱狂的な応援は、サッカーの最後の段階であるとともに、もっとも素晴らしい段階である」と発言したのも話題になっている。

 米国では、100万人余りの街頭応援団が雲集した光化門(クァンファムン)とソウル市庁前広場が、夜が明ける前にきれいに片付いている様子が、深い印象を与えている。韓国の社会、文化的な水準が先進国の域に入っている、という現地の人々の評価も聞かれた。


権団体である人権運動広間が発行する人権一日消息(編集人李駐英)は 22日付け論評を通じて "‘赤い悪魔’ 現象にはうねる国家主義と盲目的愛国心があるだけ"と言いながら ‘赤い悪魔’ 現象をけしかけないでねと要求した。

 人権一日消息は論評で "数万人単位で全国主要距離(通り)を補いながら沸き返える赤いティーシャツの波は私たちの社会の草根デモクラシーも労動者.露天商の生存権も集会・デモの自由度あっという間にのんでしまった"と "私たちに本当必要なことは ‘必勝’ではない ‘人権’"と主張した。


W杯4強 国民に自信を植え付けた2002年6月24日『東亞日報)

 韓国サッカー代表チームが成し遂げたワールドカップ4強進出の快挙が、国民の意識を変えている。

 「韓国はダメだ」「韓国にできるはずがない」という、これまでの否定的な考え方や敗北意識が急激に姿を消し、その代わり「やれる」という自信感を持つようになったのだ。

 18日、イタリア戦で1−0でリードされる状況で、試合が終盤に向かっているころ、ソウル市庁前広場を埋め尽くした人々のなかで「もうダメだ」とあきらめる人は、あまり見られなかった。大学生の白(ペク)チョンハさん(23・女・京畿道龍仁市)は「以前だったら『負けた』とあきらめて席を立ったはずだけど、今は逆だった。みんなが『大丈夫』『やれる』を叫びながら放棄しなかった」と話した。

 会社員の朴デウンさん(31・京畿道高陽市)は「ポルトガル戦までは、勝つとは思わなかったけど、観戦を続けているうちに、わが選手たちの実力を信じるようになった。今は優勝も可能だと思うようになった」と語った。

 このような自信感は、最近の判定ミス論議に対する反応でもよく表れている。ドンア・ドットコムに「イ・チャンウォン」のIDで書き込んだネット利用者は「我々は実力でゴールを入れてイタリアに勝ったんだ。試合場面の写真資料で、我々の勝利であることを堂々と知らせるべきだ」と述べた。

 大学生のシム・ヒジェさん(25・ソウル城北区)は「過去には重要なやま場で『やっぱり我々はダメだ』という敗北主義が強かった。しかし韓国チームの善戦がサッカーだけでなく、生活全般にわたって認識を変えてしまった」と話した。「韓国人」としての自信感は、街頭応援が終わったあと、誰が先とも言わず、率先して応援後の現場を掃除する人々からも読み取れる。

 会社員のチョン・チャンイルさん(37・ソウル西大門区)は、「言われなくても自ら熱心に掃除する人々を見て、サッカーだけでなく、何事でもやれるんだという信頼感が生まれた」と語った。チョンさんは「知らず知らずのうちに、みんなが成果に見合った行動を見せるようになったのだと思う」とも述べた。

 専門家たちは、このような変化に対して、韓国人も世界の舞台で勝者になり得るということを国民が直接見届けることによって、韓国人の能力と可能性を信頼するようになったと診断している。そういう面で、単なる勝利への酔いしれとは確かに違うものがあるとも分析した。

 韓国精神文化研究院の金Q一(キム・ギョンイル、社会学)教授は、「4強進出は、我々も実力を養えば、先進国と競争して勝つことができるという自信感を国民に持たせた。日本によって注入され、先進国との競争のなかで一層強まった敗北主義を、ようやく克服できるようになった」と述べた。


W杯4強達成で「韓国・韓国人」に自負心覚える若者増加2002年6月24日『東亞日報』)

 「韓国人であることが、誇らしく思えてならなりません」

 韓国サッカー代表チームが待望のワールドカップ初の決勝トーナメント進出を成し遂げたのに次ぎ、4強入りという偉業を果たすと、「祖国」に対する若者たちの認識に変化が見えてきた。これまでに祖国のことについて無関心で終始し、真剣に考える機会さえ持たなかった20代の若者たちが、今回のW杯を契機に、祖国について改めて関心を向けるようになってから、韓国人であることを誇らしく思う傾向が表れている。「大韓民国で生まれたことが最高に幸せです。米国、日本、世界のどの国もうらやましくない。

 大韓民国、サイコー」
22日、スペイン戦が行われた日、ソウル江南区三成洞(カンナムク・サムソンドン)のCOEXモール広場で街頭応援をしていた張(チャン)ユンヒさん(20・女子大生)は、「正直に言って、これまでは祖国のことについて、真剣に考えてみなかったけど、今は変わりました」として、このように述べた。

 会社員の金ユソンさん(29・女)は、「今回のW杯を通じて歴史書などで読んできたわが民族の優秀性と底力を、初めて体で感じることができました。大韓民国の国民として、これからの人生が楽しみで、興奮しています」と話した。

 米国国籍を断念して韓国国籍を選んだ朴ジュヨンさん(29・会社員)の感慨はひとしおだった。1973年に米ニューヨークで生まれた朴さんは、米国市民としての道を選んだら多くの特典を享受できたはずだが、周囲の反対を押し切って98年に韓国軍に入隊することで、韓国国籍を選択した。「自分の選択次第で、軍入隊を避けることもできたけど、そうしたくなかったのです。22日のソウル世宗路交差点で声高に街頭応援をしながら、韓国の4強入りを見届けた瞬間、韓国国籍を選んで本当によかったと思ったし、韓国人であることに自負心を覚え、胸が張り裂けるような気持ちでした」


 朴さんのように「韓国人」であるという事実だけで、胸がいっぱいになる思いをした海外の同胞たちも増えている。カナダ同胞の金ビョンフンさん(27)は、「言葉だけで耳にしていた民主化運動の産室である光州(クァンジュ)で『4強神話』が作られるのを両目でしっかりと見届けました。韓国国籍ではありませんが、両親が韓国人だし、自分も韓国人であることが、こんなにも誇らしく思えたことはありませんでした」と興奮を隠せなかった。

 スペイン戦が行われた日、ソウル市庁前広場で韓国代表チームのサポーター「赤い悪魔」になった米国同胞の厳(オム)スヤさん(24・大学院生)は「デモに明け暮れ、建物や橋が崩壊し、通貨危機に見舞われる祖国の暗いニュースに接するたびに、正直に言って恥ずかしさと失望感を感じていました。しかし、今は米国に戻っても、韓国人であることを堂々と言いたいです」と話した。

 海外同胞たちの現地のホームページ掲示板にも「韓国人であることが誇らしい」という書き込みが目に見えて増えている。米ミネソタ州の韓国人会の掲示板に「幸福」というIDを持つネット利用者は「本当に我々は一つだった。韓国にはいなかったけど、自分は自分が韓国人であることが本当に誇らしい。デ〜ハンミグク(大〜韓民国)、チャチャッチャチャッチャー」と書き込んでいた。


韓国機の呼び出しサインも「レッドデビル」(2002年6月24日『中央日報)

  韓国のワールドカップ(W杯)4強入りの主役「レッドデビルズ」の名声が欧州の空港に鳴り響いた。 韓国とスペインの準々決勝が行われる直前の22日午後3時20分(日本時間)、大韓航空貨物機がデンマークのコペンハーゲン空港上空に到着した時だった。

 空港管制塔が大韓航空操縦室に思いがけない呼び出しサインを送った。 「KE511レッドデビル(Red Devil)、KE511レッドデビル」。 管制塔が正常のサイン(KE511)に「レッドデビル」をつけ加えて、大韓航空機を呼び出したのだ。しかも管制塔は、予定より20分早めて、最優先に着陸を許可した。スカンジナビア航空など他社の長距離旅客機が待機している状況で、韓国の貨物機に一種の特典を与えたわけだ。

 当時貨物機を操縦していた大韓航空のパク・クァンス(60)機長は「遠い欧州上空で『レッドデビル』という呼び出しサインを聞いた瞬間、胸が熱くなった」とし、「代表チームはもちろん、スタジアムや街頭で応援していた全国民が誇らしい」と語った。


北朝鮮、韓国−イタリア戦を録画中継(2002年6月24日『中央日報)

 韓国サッカー代表が「アズーリ軍団」イタリアを破ってワールドカップ(W杯)8強入りを果たした快挙が、最近、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)で放送された。

 北朝鮮が今大会期間中に韓国代表の善戦を中継したのは初めて。統一部の高官は24日、「北朝鮮の朝鮮中央テレビが23日午後10時から1時間、18日に大田(テジョン)で行われた韓国−イタリア戦の主要場面を録画中継した」と明らかにした。同放送は、韓国代表は1954年にW杯に初出場し、86年から5大会連続で出場、14試合を戦いながら1勝もできなかったが、今回の勝利で韓国国民の士気が高まったと伝えた。


「街頭応援、感動的」賛辞(2002年6月24日『中央日報)

 「熱狂的な応援と成熟した市民意識の素晴らしさが目につきます」。

 日本のメディアが、韓半島を真っ赤に染めている応援文化に対して惜しみない賛辞を送っている。特に、感動的な応援の熱気だけでなく、後始末まできちんとする市民意識にも驚きを示している。

 日本の各テレビ局は、韓国がスペインを破って4強入りを果たした直後から、韓国チームの試合内容のほか、ソウルの市庁前や新村(シンチョン)などでの街頭応援を集中的に報道した。フジテレビは24日、市庁前で行われた街頭応援をドキュメンタリー形式で報道し、「激情的な勝利の瞬間にも、秩序を守った応援は、美しくもあった」と伝えた。

 日本の各メディアは、在日韓国人の応援に対しても賞賛一色。スポーツ報知紙は「韓国の4強進出が確定した瞬間、韓国人の集まる大阪で、一時1000人余りの留学生や在日韓国人が街に繰り出した」とし、「彼らは興奮して街を行進しながらも、横断歩道では信号を守り、ゴミを拾うなど、マナーを守った」と報道した。

 スポニチ紙は「日本のサポーターも韓国の留学生や在日韓国人の秩序正しい応援に参加し、『テーハンミングック』『コリア』を叫んでいた」とし、「アジアの虎の善戦に両国がひとつになった」と伝えた。

 日本のベストセラー作家、村上龍氏はこの日、スポーツ報知紙に「最初で最後という韓国代表の闘志がうらやましい。正直、これほどの闘志を惜しまず発揮する日本代表の試合が見たかった」と寄稿し、関心を集めた。  同氏はまた、「韓国がこうした覚悟でドイツとの準決勝に臨めば、もう一度世界を驚かせる結果をもたらせるだろう」と付け加えた。


「韓国サッカーは強い先端サッカー」村上龍の観戦評(2002年6月24日『中央日報)

 「私が誤っていた。以前、韓国サッカー代表チームについて『肉弾攻撃的』とか『新興工業国』とし、本当に失礼な文を書いてしまった」−−。

 ベストセラー作家の村上龍氏(写真)は、23日付のスポーツ報知に、韓国がベスト4入りを決めたことについての驚きをこのように記し、韓国サッカーに下していた自身の評価が誤っていたと率直に述べ、反省の意を示した。 次は、同氏の文をまとめたもの。

 ポルトガル戦とイタリア戦で、私は韓国の先端サッカーを見過ごしていた。スペイン戦で韓国は、信じられない運動量で数的優位を作り出した。最前方の選手が最後方まで駆け込んで徹底的な圧迫を加え、守備手も前方に加わって相手に圧力を加えた。左右ポジションのチェンジも自由自在だった。ボールがある所には、常に柳想鉄(ユ・サンチョル)がいた。カバーリングも完璧で、スペインに時間を与えなかった。

 前半30分を経過し、スペインがセットプレーで機会を確保し始めたものの、それまでの韓国の戦術と守備は完璧に近かった。いかにして短期間に韓国がここまで強くなれたのだろうか。大会直前のフランスとの親善試合の結果は、まぐれではなかった。いま、テレビではPK戦が始まっている。韓国選手は疲れているが、重圧感にも耐えられるほど精神力は健在だ。

 スペインの4番目のキッカー、ホアキンのシュートはゴールネットを外れてしまった。右側の側面をいくども突破しチャンスを作った同選手が、機会を逃してしまった。最後の出番は、洪明甫(ホン・ミョンボ)。世界に誇る韓国のリベロは、ゴールの上部を狙って蹴った。ゴールポストの上部を狙うには、大変な勇気が必要とされる。ゴールキーパーを欺くことはできるが、外れてしまうケースも多いからだ。

 洪明甫、本当に強い男だ。ポルトガル戦の時もイタリア戦の時も、スペイン戦でも、同選手は最後方で相手の攻撃を冷静な予測に基づき防いでいた。 チームを1つにまとめる選手が洪明甫ならば、雰囲気の流れを作りだし、スペインの攻撃を遮断した選手は途中から入った弱冠の李天秀(イ・チョンス)だった。

 ヒディンクは、選手の個性と潜在力を見事に選び抜いた。いかにして短期間で、ここまでの水準に押し上げるのが可能だったのだろうか。イタリア戦の後半、韓国は総攻撃に出た。洪明甫以下の守備手らもますます前方に加わり、球を奪われると攻撃手がゴールラインまで降りてきて守備を支えた。

 韓国の位置確保とカバーリングは信じられないほど優れたものだった。あたかも往年のオランダや全盛期のフランスを見ているかのようだ。ヒディンクの調練のおかげだろう。そうした位置選定とカバーリングのため、どれだけ苛酷な訓練を繰り返したのだろうか。応援団も大きな役割を果たした。いくらイタリアでも、スペインでも、韓国代表は絶対に敗れないという確信を持った応援だった。

 韓国の攻撃が少なければ、沈黙で静かに圧力を与え、思い切った攻撃を促した。綿密に準備した韓国のベスト4入りは当然のことかも知れない。


団結した共同体のパワーとリスク2002年6月24日『東亞日報

 W杯サッカーで全国が沸き上がっている。サッカーの試合そのものも関心の的ではあるが、事実全国的に広がっているサッカーブームが興味をそそる。国中の力が一ヵ所に集中する現象が現れているのだ。

 サッカースタジアムには湖南(ホナム、全羅道地方)、嶺南(ヨンナム、慶尚道地方)、ソウルの区分がない。唯一大韓民国があるだけだ。このような国民的な団結の現象は、一国を真の共同体国家に作り上げる源である。

 しかし他方、実際に力が一ヵ所に集中することほど危険なことはない。一塊の力が、どこに向かうか、予測がつかないからだ。万が一、一ヵ所に結集した力が進行方向を誤ると、いかなるけん制も伴わないまま突っ走る、誰にも止められない力になってしまうからである。団結した力が創造的な力として働いた事例とともに、破壊的な力として働いた事例についても、我々は歴史の中でしばしば発見することができる。そのため、団結しようという話をよくするが、これには注意を払わなければならない。団結するにも、そのやり方が違う可能性があるからだ。

 したがって、敢えて団結しようものなら、その力の方向を統制できるように団結しなければならない。そのためには、団結する主体が、自らの意志と個性を意識しているなかで団結すべきであろう。団結の過程で個体が消えてしまうようであれば、それは力だけでなく、力の危険性もともに育む結果を生むことになるだろう。

 我々が、共同体の力を大切にそして価値あるものとして思うなら、我々はその力が健全に発展していくルートを見つけなければならないだろう。それは、個人が生きている共同体を作ることだ。個人が、自らの個性を失わず、互いのために団結する共同体を作り上げるのだ。それこそが、共同体の建設的な方向を担保する道である。個人の意志が、巨大な共同体の力の中に溶け込んでいる共同体の力は、他のいかなる形で結合された組織もしのぐことのできない威力を持つ。指導力が、建設的な方向を選びさえすれば、この力は、その方向に向かって驚くべき推進力を発揮しながら、歴史発展の主役として浮上することもできる。

 しかし、もしも誤った指導力に出会うとすれば、その結果は恐ろしい破壊に帰結してしまうことだろう。10倍儲かるか全部奪われるかのゲームは、一文なしになってもいいと考えているばくち打ちのやることであって、歴史の主役たちがやってはならないゲームである。

 サッカースタジアムで、街頭応援で皆とともに興奮し有頂天になりながらも、一方で静かに「私たち」ではない「私」、そして「指導者」ではない「個人」の存在も探してみることだ。それは、我々が歴史の賭博にはまらずに、共同体の力を建設的に発揮できる条件となるだろう。


決勝進出かけ700万人が街頭応援で燃えた2002年6月25日『東亞日報』)

 「戦車軍団を破り横浜へ…」韓国対ドイツのサッカーワールドカップ準決勝が行われた25日。全国民は韓国がドイツをくだし、横浜でW杯トロフィーを手にすることを熱望した。

 25日、ソウルの310万人をはじめ、全国各地では史上最大規模の700万人が、試合開始10時間前から街頭応援に駆けつけて赤い波をつくり、熱烈な応援を繰り広げた。4日のポーランド戦以降、同日まで全国で延べ2025万人が街頭応援を行ったものと集計された。順決勝戦が行われたソウル上岩洞(サンアムドン)のW杯競技場周辺には、午前から朝鮮王朝の御輿(みこし)の行列、マーチングバンド、獅子仮面舞踊など多様なイベントが催された。

 釜山(プサン)を明け方に出発してソウルに来たという金ソンギルさん(24・釜山西区)は、「歴史的な現場で応援したくて友だちと一緒に駆けつけてきた。韓国チームが戦車軍団を倒して、きっと横浜に行けると思う」と話した。

 ガナ建設の全社員は、同日、出社先をW杯競技場に変えた。同社のチン・ヨンファン社長(33)は「きょう一日勤務するよりは、韓国チームの決勝進出の方が大事だと思って、こういう決定を下した」と説明した。サポーター「赤い悪魔」のメンバー2000人余りは、競技場で「燃えるエンジン、我々は駆け上がる、世界征服を目指して」と書かれた大型の垂れ幕をかかげて応援を行った。

 ソウルW杯競技場の周辺には、30万人余りの市民が、競技場を完全に包囲する形で集まり、力強く韓国チームを応援した。街頭応援のメッカと化したソウル鍾路区(チョンロク)の世宗路(セジョンロ)交差点とソウル市庁前広場には、90万人の市民が詰めかけ「真っ赤な波」でうねった。

 大学生の李スンヨンさん(24・ソウル瑞草区盤浦洞)は、「いい席を取るため、朝9時に来た。きょうは、韓国サッカーが世界を制覇する日になるだろう」と、興奮を隠せなかった。世宗路交差点と市庁前広場には「ヒディンク、2006年にもあなたの能力を見せてください」「希望に満ちた東方の救世主」の字をシャツに刻み込んで応援をする市民たちもいて注目を集めた。

 ソウルでは、この日、江南区三成洞(カンナムク・サムソンドン)のCOEXモールに10万人余り、蚕室(チャムシル)野球場に3万7000人余りが集まって街頭応援を繰り広げるなど、史上最大規模の310万人余りが街に出て応援を行った。

 薛g鉉(ソル・ギヒョン)、李乙容(イ・ウルヨン)選手を輩出した江原道(カンウォンド)では、17万5000人余りが街頭応援に駆けつけた。とくに、東海岸の江陵(カンヌン)市では、W杯開幕以後初めて市の中心街、韓国銀行江陵本部交差点に大型電光板を設置した。両選手の母校、江陵第一高は、同日、運動場に大型スクリーンを設置し、生徒たちと地域住民、同校の同窓会員など1000人余りが集まって応援に熱中した。

 また、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との軍事境界線に接している最前線、鉄原郡金化邑(チョルウォングン・キムファウプ)センチャン地区だは、村会館にマルチビジョンを設置し、住民400人余りが一丸となって「韓国頑張れ」を叫んだ。

 釜山でも、蓮堤区巨余洞(ヨンジェグ・コヨドン)のアジア大会メインスタジアムと、釜山駅広場、海雲台(ヘウンデ)海岸などに40万人余りの市民が押し寄せ、街頭応援に参加した。

 大邱(テグ)では寿城区(スソング)の泛漁洞(ポムオドン)交差点に15万人余りが集まるなど、市内6ヵ所に設けられた屋外応援場で計35万人が街頭応援を繰り広げた。

 ロッテデパート大田(テジョン)店など、大田市内の多くの店は、閉店時間を繰り上げて応援に参加した。

 また、大田女子情報高校など6つの商業高校は、同日午前、器物を壊したりしないよう呼びかけるなど、健全な街頭応援のキャンペーンを繰り広げた。

 京畿道(キョンギド)でも、果川(クァチョン)のソウル競馬場、城南(ソンナム)第二運動場など、街の至るところで計81万人余りが雲集し、史上最大規模の「赤い海」を演出した。

 22日のスペイン戦のときに20万人が詰めかけた光州市錦南路(クァンジュシ・クムナムロ)の全南道庁前広場には、午後3時半から交通規制したなかで、赤いシャツを着た市民たちが押し寄せ「オ〜必勝コリア」を叫びながら応援熱気を盛り上げた。

 一方、警察当局は、米国戦85件、イタリア戦98件、スペイン戦227件など、街頭応援が行われるたびに事故が急増していることから、ソウルに1万人余りなど全国的に3万6000人余りの警官隊を動員して、事故に備えた。


「感動は胸に」学校、職場は普段の姿に(2002年6月26日『中央日報)

 「出勤時間には遅れず、サッカーの話もできるだけ避けようと今朝同僚と約束した」。

 韓国対ドイツのワールドカップ(W杯)準決勝戦が行われた翌日の26日、「普段の業務リズムを回復するために」夜勤を自ら要望したという銀行員キム・ギョン(39)さんの話だ。 ソウル光化門(クァンファムン)の街頭応援に2度参加したキムさんは「これからW杯の感動は胸に大事にしまっておこう」と、話した。太極戦士らの連勝行進で1カ月間浮かれていた社会が普段の姿に戻りつつある。

 ◇「もう日常に」=26日の朝、出勤した生命保険会社の営業マン、キム・ヨンチャン(37)さんは夏休みを取らないことにした。 キムさんは「韓国チームの応援の楽しさで、1カ月を夢のように過ごした今、自分の営業実績表を見たら1件の業績もあげておらず、ため息しか出なかった」とし、「溜まった仕事も片付け、熱心に戦った選手らのように自分の仕事にベストを尽くすため決心した」と話した。 校内行事等の日程を変更した多くの学校も、授業の雰囲気を取り戻すのに忙しい。 ソウル市のキョンシン高校は来月1日に予定されていた期末試験を5日に、水原(スウォン)市の水城(スソン)高校は28日の期末試験を3日に延期した。 漢陽(ハンヤン)大学の映像デザイン学科など、一部の大学は休みにもかかわらず、W杯の時、休講の空白を埋めようと7月末まで授業を続けることにした。

 ◇W杯症候群も続出=会社員パク・ミンヒョック(32)さんは「『テーハンミングック』の幻聴が聞こえたり、選手の姿が見えたりして、仕事が手に付かない」とし、「何となく寂しくて意欲も起こらず、1日中お手洗を行き来しながらたばこばかり吸っていた」と話した。 街頭応援の楽しさにはまった中高生らは、期末試験を控えているのになかなか集中できないと訴える。 また明け方までW杯試合の再放送、ハイライト、特集放送に続くテレビ視聴で、身体のリズムが崩れ、不眠症を訴える患者も増えている。


韓国の善戦は神話」外信激賛(2002年6月26日『中央日報)

  「魔法のような疾走は神話となって残るだろう」。 

 ドイツ戦での惜敗にもかかわらず、世界は韓国に賛辞を送った。ワールドカップ(W杯)精神を具現し、サッカーの新しい境地を開いたと、拍手を惜しまなかった。英国のフィナンシャルタイムズ紙は、26日付の「夢は終わった」という見出しの記事で「勝敗にかかわらず、韓国はこのW杯最高のチームであり『やればできる』という強い信念を見せてくれた」と報道した。

 フランスのTF1放送とル・モンド紙、スポーツ専門のレキップ紙などは「韓国は準決勝進出チームとして遜色がなかった」と称賛した。

 ル・モンド紙は「ポルトガル、イタリア、スペインに勝ち、5試合中2ゴールしか許さなかった韓国の準決勝進出の実力は異論の余地がない」とし、「カメルーン、パラグアイ、米国に勝ったドイツに比べて韓国がはるかに強い印象を与えた」と評した。

 インターナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)紙は「韓国国民は決して悲しんだりせず、期待をはるかに上回った善戦にプライドを持つべきだ」と報じた。

 日本のマスコミは、一斉に1面のトップ記事で韓国の惜敗を報道した。毎日新聞は「韓国が勝負魂と強い精神力を見せてくれた」とし、読売新聞は「韓国は完全燃焼するまでドイツを追い立てた。アジア初の4強の快挙は、決して色あせない」と残念がった。

米国のUSAトゥデイ、ワシントンポスト、CNN、スポーツ専門チャンネルのESPNなど主要新聞や放送も、韓国チームの善戦を「神話」と激賛した。


「よくやった」大きな拍手で激励(2002年6月26日『中央日報)

  0対1。 試合終了を告げるホイッスルの瞬間、ソウル市庁前の広場には沈黙が流れた。ぼうっと大型スクリーンを見つめる人、脱力感にため息をつく人、涙をぬぐう人...。 しかしすぐに誰かが「よくやった」と叫んだ。市民らはまた「テーハンミングック(大韓民国)」を合唱し始めた。そして肩を組んで少しずつ動き始めた。 「惜しかった。でも私たちは最善を尽くした。

 私たちはやればできるということを学び、できるということを見せた。みんな胸を張ろう」。29日に大邱(テグ)でまた会うことを約束して解散した。

 ◇「よくやった」=80万人の市民が集まったソウル市庁前は、勝利の日と同じだった。市民は試合が終わった後も「テーハンミングック」を叫びながら最善を尽くしての敗北に拍手を送り、勝利のために準備した爆竹を鳴らして健闘をたたえた。

 会社の同僚と江南(カンナム)駅周辺の酒場で応援したシム・チャング(33)さんは「精神力、アジアのプライドなど、韓国代表はすでに多くのものを見せてくれた」とし、「いまは盛大な祭典をゆっくりとしめくくる時だ」と語った。 韓国選手の宿舎である江南ルネサンスホテル前では、数百人の市民が競技場から戻る選手らに熱い拍手を送って激励した。

 ◇成熟した応援=街頭応援団は韓国代表の敗北にもかかわらず、最後まで秩序を守って応援する姿を見せた。光化門(クァンファムン)の東和(トンファ)免税店前の仮設舞台周辺では、数万人の「レッドデビルズ」が自負心を込めて歌った愛国歌が4節まで響いた。

 路上では勝利の日と同じように車両パレードが行われ、都心の酒場はお互いをなだめ合う市民で夜遅くまで込み合ったが、大きな事故はなかった。


「6・25の借り」を忘れたか2002年6月26日『東亞日報

 去る25日で、6・25戦争(韓国戦争)が起こってから52年が経った。全国がワールドカップ(W杯)の熱気に包まれた時、今年は6・25戦争を考える学術行事さえも目にできなかった。

 W杯は世界史的意義をもつ行事になったが、半世紀前この地で起こった6・25戦争も、世界史的影響の大きな事件だった。その違いは、W杯が世界的な「祝祭」である一方、6・25戦争は惨たんたる悲劇だったという点だ。

 韓半島統一問題を論じる時によく比較に出されたドイツは、1989年、冷戦終息とともに統一を成し遂げた。これと違って、韓半島には冷戦が続き、現政権の太陽政策や2000年の南北首脳会談にもかかわらず、南北関係は依然として足踏み状態を続けている。

 首脳会談以降、和解と協力の機運がなかったわけではないが、ブッシュ米政権が発足して、南北関係はこう着状態に入り、「悪の枢軸」発言で緊張が高まった。韓半島がドイツとこのように事情が異なる要因としていろいろ挙げられるが、そのなかでも6・25戦争が決定的要因であると考えられる。3年にわたって同民族が争う悲劇がなかったなら、分断体制がここまで強固にはならなかっただろう。あるいは、6・25戦争が単に南北の二勢力間の民族紛争だったなら、他に解決法があったはずだ。

 6・25戦争に米国、ソ連、中国、英国、日本など、今日の世界の大国が介入したために、韓半島に固定化した分断体制を解消することがより一層複雑化した。6・25戦争当時、米国のトルーマン大統領は「第三次世界大戦を防ぐために戦う」と語った。6・25戦争が大国間の一種の「代理戦争」の性格を帯びた国際的戦争だったことをうかがわせる発言だ。

 6・25戦争は、1940年代末に資本主義世界体制が当面していた危機を解消し、第二次世界大戦後新たな世界秩序を構築するのに決定的な影響を及ぼした。6・25戦争がなかったなら、第二次世界大戦の敗戦国だった日本とドイツが、短期間で復興することや、米国がヘゲモニー体制を構築することは困難であったろう。資本主義世界体制がこれほど堅固に持続したかどうかも疑わしい。

 米国は1940年代末までは「米国が主導する世界秩序」を構築することはできなかった。6・25戦争の直前の1949年には、米国は深刻な景気低迷を経験した。ヨーロッパの主要資本主義国家も、経済危機と政治・社会の混乱が免れなかった。日本、中国、ソ連も事情は大きく違わなかった。主要資本主義国家では、資本家層と国家が深刻な危機を経験していた。

 一言で言って、資本主義体制全般が危うい状態にあった。6・25戦争は、ヨーロッパと日本の疲弊、米国の景気低迷、資本家階級と国家の正当性危機など、40年代末の資本主義世界体制に脅威を与えた数々の問題を一挙に解消する決定的役割を果たした。「6・25戦争ブーム」で特需を得た日本とヨーロッパは、経済復興に成功した。

 米国は、再武装プログラムを展開して、景気低迷を乗り切った。6・25戦争を契機に、米国は自国を中心とする世界秩序を構築することができ、資本主義世界体制は、6・25戦争後、黄金期を迎えた。韓半島の犠牲の上に世界資本主義が繁栄したわけだ。

 現段階で、南北関係を推進させるには「カネ」が核心的要素になる。金大中政権の太陽政策が、それなりに成果を収めたのは、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)側が「カネの計算」をしたためだ。

 北朝鮮には、経済的支援が切実である。しかし、現政権はもはや北朝鮮に支援する能力がない。南北関係が足踏みするのも当然といえる。周辺大国は、自国が経済的費用をかけなくてもいい範囲内で「適当な」な程度で南北関係が進展することを容認してきた。太陽政策推進における「韓米日協力」というのは、このようなレベルであった。

 現在、韓半島エネルギ−開発機構(KEDO)事業を始め、カネのかかることはほとんど韓国側が負担している。米国と日本は、その影響力に比べて経済支援に非常に消極的だ。6・25戦争の世界史的意味を顧みる時、周辺大国は韓半島に借りを負っている。なかでも米国と日本は、約50年前に韓半島の悲劇を土台に再起した自国の過去を思い出すべきだ。最近のような消極的対韓半島政策は、歴史を忘却したものといえる。
 李洙勳(イ・スフン)慶南(キョンナム)大学教授


「なせばなる」自信を得た!2002年6月26日『東亞日報

 「サッカーが、これほどまでに感動と自信感を与えてくれるとは思わなかった」。

 ソウル麻浦区上岩洞(マポグ・サンアムドン)のソウル・ワールドカップ競技場のボランティアセンターで案内などのボランティア活動をしてきた金ヘギョンさん(22、女、光云大コンピューター学科3年)。26日にも、金さんの顔には、前日の興奮が残っていた。金ヘギョンさんがW杯ボランティアへの志願を決心したのは、韓国で大会が開かれるという話を聞いた高校3年のとき。一生の思い出をつくりたかった。

 大学に入ってからは、ボランティア募集の公示を指を折って待ちわびた。そして昨年8月、ようやく願いがかなった。10倍という激しい競争倍率のなかで選ばれただけに喜びもひとしおだった。しかし、実際のボランティア活動は、必ずしも「華やかさ」ばかりではなかった。先月31日の開会式のときは、国会議員の補佐役だと名乗る人が、入場券も持たずに会場に入ろうとして、しばらく激しくやり合った経験もある。

 また一部のマスコミが、ボランティアたちのことを、仕事はせずに選手たちのサインを狙った「追っかけ」扱いしたときは、悔しくて涙が出るほどだった。でも、期待しただけのやり甲斐もあった。外国人のおばあさんを、手振り身振りまじりの下手な英語で案内してあげた後「サンキュー」の一言を聞いたとき、外国マスコミが「成功したW杯」と称賛したときは「なんとか自分の役割が果たせた」ようで胸がいっぱいになった。

 しかし、何といっても一番嬉しかったのは25日、韓国とドイツの準決勝が行われたときだった。午前9時から試合が終わるまで、韓国代表選手たちの顔どころか、競技場の中にも入れなかったが、心だけは空を飛ぶような気持ちだった。大会が始まる前までは、W杯競技場で予定されている準決勝に、まさか韓国チームが勝ち上がるとは、期待もしていなかったからだ。

 もちろん、韓国がポーランドとの1次リーグ初戦で勝利した後、ポルトガルとイタリアを立て続けに撃破して勢いに乗るのを見てからは、気持ちも変わってきた…。これからも、ボランティアのチャンスがあれば一生懸命にかかわりたいと言う金ヘギョンさんは、「わが選手たちの活躍を見て、『なせばなる』という言葉が単なるスローガンではないことに目覚めた。

 歴史の現場にいたという記憶だけでも、これからの自分の人生を組み立てていく上で大きな力になりそうだ」と言って、はじけるように笑った。


韓国、FIFAランキング20位に上昇可能2002年6月26日『東亞日報

 2002年サッカーのワールドカップ(W杯)4強進出の神話を生み出した韓国サッカー代表チームが得られるのは、単なる金銭的保証だけではない。お金より重要なことが世界サッカー界での地位だ。

 今回のワールドカップを契機に韓国チームは、国際サッカー連盟(FIFA)ランキングの急上昇はもちろん、それに相応する待遇を受けることになると予想される。5月15日に発表されたワールドカップ前のFIFAランキングで、韓国は評点603点で40位。2000年以降、あまり変化がなかった。しかし、今回のワールドカップで優勝候補を相次いで破り、強い印象を残した韓国サッカーの順位は、歴代最高記録をはるかに上回る成果をあげるものとみられる。

 韓国チームは1998年12月、フランスワールドカップの地域予選で、9勝1敗2引き分けの良い成績で本戦進出が決まった時、17位だった。FIFAランキングは、一国のサッカー代表チームが、国家代表間の試合(Aマッチ)でどういう成績を収めたかを点数に換算するため、毎月変わる。勝敗とゴールの得失など基本的なもの以外にホーム試合なのか遠征試合なのか、相手チームの戦力がどれぐらいなのか、どの大会での成績なのか--など点数に影響を及ぼす要素が少なくなかった。

 例えば、韓国チームがワールドカップ本戦で現在世界ランキング5位のポルトガルを相手に1勝を収めたのと、ランキング202位のブータンを招待し、親善試合で勝利したのとでは評点が大きく違う。通常1つの試合で勝利した時に得られる評点は、10〜30点。FIFAランキングは最近、成績に重きを置いた8年間の累積評点で決まる。

 このため準決勝までヨーロッパの強豪を相手に3勝1敗2引き分け(スペイン戦の時、PK戦で勝利したのは、公式的には引き分け)の成績を収めた韓国チームは、今までの戦績だけでも相当な順位上昇が確実だとみられている。さらにポルトガル、イタリア、スペインなどランキン10位以内の強豪を破りつづけ、アジア最初のワールドカップ4強進出を成し遂げたというプレミアムまで考慮に入れると、今まで例のない跳躍が有力視されている。

 準決勝まで終えた現在、専門家たちの計算では韓国チームは最低評点50〜70点は追加できるとみている。これだけで現在32位(評点634点)に上がっている日本との順位逆転はもちろん、20位まで上がるのではないかとみられている。29日、大邱(テグ)で行われる3〜4位戦にも勝てば、ランキングは歴代最高順位記録を無難に突破できると予想される。また、今大会前まで44位にとどまっていたワールドカップ通算ランキングも20位台に跳ね上がるものとみられる。次のFIFAランキングは7月3日に発表される。


週末を真のW杯祭りに2002年6月26日『東亞日報

 「本当の祭りはこれからだ」。25日夜、待望のサッカー・ワールドカップ(W杯)決勝進出には挫折したものの、韓国サッカーが成し遂げた「4強神話」をW杯大会成功のフィナーレにつなぐ国民の熱望が全国各地で起こっている。

 今大会で韓国サッカーの最後の祭りの場となる29日、大邱(テグ)での3位決定戦を大韓民国国民の偉大な勝利で飾るという熱情が広がっている。「赤い悪魔」会員のキム・ホンジュンさん(31、会社員)は「もはや韓国サッカーの赤い悪魔ではなく、世界サッカーの赤い悪魔であることを示す時だ。試合がある最後の日まで、赤い悪魔たちは、W杯を真の祭りに昇華させるために、熱い応援戦を繰り広げる」と語った。

 全国10のW杯競技場の施設確保と管理を担当してきた2002W杯大会組織委員会の建築士キム・シヒョンさん(35)は「体は疲れているが、最後の試合まで競技場の管理に最善をつくし、韓国サッカーのさらなる自尊心につなげる。これまでのノーハウをすべて資料として準備し、W杯の栄光を永遠に心に留めたい」と語った。

 インターネット上の各種掲示板にも、善戦した韓国代表チームを励まし、W杯が終るその日まで熱い街頭応援を繰り広げるという内容の文が寄せられた。W杯組織委員会の掲示板には「2年あまりの努力で、4強神話を作り上げた選手たちに感謝しよう。祭りはこれからだ。3位決定戦の時も、熱のこもった応援をしよう」という文が掲載された。

 また東亜(トンア)ドット・コムW杯掲示板には「韓国を破ったドイツ国民を心から祝福し、韓国選手たちのプレーに感謝する」という文が寄せられ、韓国国民の成熟した一面をうかがわせた。市民たちは韓国サッカーが成し遂げたた今大会の成果を、大切な思い出として日常生活に戻った。

 会社員のキム・ソッキュさん(32)は「韓国チームの善戦で、6月は職場でどう過ごしたのか覚えていないほどだ。私だけでなく、すべての国民が今後、各自の分野で最善をつくし、サッカーを通じて全世界に見せた韓国民族の底力につなげてもらいたい」と述べた。延世(ヨンセ)大学社会学科の金晧起(キム・ホギ)教授は「街頭応援を通じて『私たち』という意識を学んだ学生たちは、学校や家庭に戻って、協力と理解の姿を見せるだろう。

 国民はW杯を通じてもった無限の自負心を日常生活の肯定的なエネルギーに転換させなければならない」と助言した。


自律の力が美しい2002年6月26日『東亞日報

 かつての独裁政権は、国民の理性的判断をマヒさせ、政治への冷笑主義と無関心をあおる狙いで、3S(Sports、Screen、Sex)政策を取った。国民が自らアイデンティティを喪失するほど、スポーツに熱狂するうちに、集団催眠にかかって健全な批判意識をもった共同体が失われるということだ。

 しかし、今ワールドカップ(W杯)で、サッカー試合と同様、我々にものすごい感動を与えた「赤い悪魔」の応援戦は、スポーツが過去とは正反対に共同体文化の創造に寄与できるという、新しい可能性を見せてくれた。

 単に、スポーツ試合と応援を通じて、みなが一体感を感じたからではない。真の共同体文化は、集団のために個人の犠牲や強要された忠誠によってつくられるものではない。徹底した個人の自律性が土台となる。街頭応援での高い秩序意識は、市民たちの自発的な参加で行われたゆえ可能だったといえる。一部では、群衆心理や画一主義に流れることを警戒する声も出ているが、筆者が会った街頭応援団は、群衆ではなく、自律と覚めた意識をもった巨大な市民の集合であった。

 今年「赤い悪魔」同様、韓国社会を驚かせ変化をもたらした団体に「盧武鉉(ノ・ムヒョン)を愛する人々の会」(盧思慕)を挙げることができる。2つの団体の共通点は、主導的なリーダーが存在せず、インターネットを通じて形ャされた会員が中心となった巨大な自発的結社体であり、無秩序であるよりは民主的であり、創意的な組織運営でばく大な社会的変化を作り出したという点だ。

 米国の思想家フランシス・フクヤマ教授の主張に全面的に同意する部分は、民主主義の発展程度は、その社会に存在する自発的結社体の数に比例するという点だ。韓国社会にも、性、学閥、年齢、職業を超えた会員中心の自発的結社体が結成され始めたということは、韓国の民主主義が成熟したことを証明する。

 もとより「赤い悪魔」は政治組織でもなく、それに転換する可能性もない。しかし、自主的な組織運営を経験した会員らが韓国社会の主役になれば、権威主義的な政治文化の底辺を完全に揺るがすものと期待できる。

 ある人は、同窓会や郷友会も自発的結社体であり、このような団体はすでに以前から活動をしてきたにもかかわらず、「赤い悪魔」や「盧思慕」に対して、こと新しく感激する必要があるかと反問するかもしれない。実際にある教授は、郷友会は市民団体と違いはないと主張する。

 郷友会と自発的結社体の根本的な相違点は、批判意識の有無にある。血縁、地縁、学縁集団への忠誠は、批判意識がないため無条件的である。三金(金大中・金泳三・金鐘泌)が何をしても許す有権者が、韓国政治を駄目にしたと考えるのもこのためだ。

 しかし自発的結社体は、いつも開かれた批判意識を持っており、小意のために大意を犠牲することは起こらない。結社体の集団利己主義で、国家利益を害することはないという意味だ。最近韓国には、まるでスポーツ新聞とスポーツケーブルTVしかないかのように、マスコミが画一的である。

 しかし「赤い悪魔」ホームページでは、W杯の勝利への執着が、純粋なサッカーへの愛を壊すことを警戒するコラムや彼らの批判意識を目にすることができる。民主党の盧武鉉大統領候補が、金泳三前大統領のもとを訪れたことに失望した会員らが、盧思慕を離れたりした。盧候補に変わらぬ支持を送る会員は、盲目的な忠誠のためではなく、まだ盧候補を総体的に把握するには時期が早く、もう少し見守る必要があるという人や盧候補の主張に論理的に共感するという人々だ。

 一部では、盧候補に対する批判をしたという理由だけで「盧思慕」会員からサイバーテロにあったという訴えもあった。彼らは「盧思慕」が果たしてちゃんとした批判意識があるのかと反問するかもしれない。

しかし筆者は、先日盧候補を酷く批判するコラムを書いたが、「盧思慕」からいかなる抗議も受けなかった。盧候補への批判が単なる難癖ではないかと自ら省みるなら、「盧思慕」をルンペンとか、えせ宗教集団、紅衛兵と呼ぶ時代錯誤的なことはないだろう。

 最近「盧思慕」が路線のかっ藤で内紛を経験しているという。W杯が終われば「赤い悪魔」も今後の進む方向をめぐって、混乱するかもしれない。予測できない成功の後には、常に新しい挑戦が待っているものだ。しかし、これら組織の生命力が、批判意識と自律性にあるという点を忘れなければ、新しい跳躍も可能だろう。


度量の狭い中国、良き隣国の日本」W杯で逆転した友邦(2002年6月27日『中央日報)

 「トルコが兄弟なら、日本は腹違いの兄弟」「オランダは親切な叔父」「中国は嫉妬深い隣国」−−。 

 ワールドカップ(W杯)も終盤に向かっている中、インターネットサイトに載せられているネチズンらの表現だ。 韓国戦での誤審問題、韓国チームの善戦に対する反応、参加国国民らの競技場内外でのマナーなどに接する過程で、各国に対する韓国民の認識変化がそのまま伝わってくる。

  W杯がスタートした当初は、なじみのない国だったトルコ。 しかし、韓国戦争時に韓国を助けた友邦という事実が伝えられ、「兄弟国」となった。インターネットには「トルコを応援する人々の会」というコミュニティができ、ブラジルとの準決勝では100余人の市民が一緒にトルコを応援した。

 盟邦中の盟邦に浮上した国は、断然ヒディンク監督の祖国、オランダだ。 「オランダビールだけ飲もう」、「次回W杯時は『オレンジ・デビルズ』になろう」などの文が数千件も載せられた。

 こうした雰囲気を感知した各旅行代理店は、先を争ってオランダ観光商品を出している。 「土地だけ大きな小国」。 中国に対するこうした非難も多くの量を占める。中国人らが韓国の善戦に悪口を言っているとのニュースが相次いで伝えられた後からだ。 

 競争相手と考えられてきた日本さえ韓国を熱心に応援しているのに、案外と中国がそのような態度を見せたため、「嫉妬深い隣国」に転落したのだ。反面、日本は「知ってみるとなかなか良い隣国」と認識の変化を見せている。


韓国、アジアの心をつかんだ(2002年6月26日『中央日報)

 「韓国はアジアの心をつかんだ」: 欧州マスコミが韓国サッカーに下した評価だ。たとえ決勝を目前にして韓国代表が敗退してしまったとしても、サッカーを通じて国民を1つに、そしてアジアを1つにする快挙を成し遂げたという。

 「アジアは勝利した」:フランスの日刊紙ル・モンドは26日「韓国は敗れたが、アジアは勝利した」という見出しの記事で「韓国発サッカーの奇跡は、アジア全体に対するプライドへの『意味論的変化』を見せた」と分析した。 

 また別の日刊紙も「韓国はアジアの心をつかんだ」という見出しの特派員発記事で「香港から来た観光客が『必勝コリア、必勝香港、必勝アジア』を叫ぶのを見てはっと驚いた」と伝え「韓国が決勝進出には失敗したが、アジアの心をつかむのには成功した」と分析した。

 「応援文化を習おう」:ドイツ・スポーツ専門誌キッカーのライナー・ホルツシュ編集長は26日付のコラムで「相手チームを尊重し、敗北しても公正さを失わない韓国観衆の応援文化は欧州人が必ず学ばなければならないマナー」と激賛した。 

 韓国でワールドカップ(W杯)を取材したホルツシュ編集長は「韓国観衆らは相手チーム国家が演奏される時、やゆしたりせず、韓国チームを下したドイツチームに拍手を送ることも忘れなかった」とし、「胸が熱くなる場面だった」と振り返った。

「陰謀論は陰謀」:香港英字紙サウスチャイナ・モーニングポスト(SCMP)は27日、「イタリア、スペイン、イングランドなど欧州チームの監督、選手らが試合終了後の記者会見で、証拠も提示せずに一斉に偏向判定を主張し、その上陰謀論まで提起したのは人種主義、差別主義的なこと」と批判、「これは韓国チームに揺さぶりをかけるための陰謀だったとの非難を免れにくい」と指摘した。


W杯後の韓日関係に期待(2002年6月27日『中央日報)

  2002年ワールドカップ(W杯)の共同開催をきっかけに、韓日関係の改善に期待が高まっている。27日、KOTRAによると、日本地域の海外貿易館は一様に「今回のW杯が両国間の関係改善に大きく寄与した」と判断している。

 これと関連し、東京貿易館のキム・イルブ館長は「韓国が試合に勝ったとき、業務上知り合いの日本人からお祝い電話をもらった」とし「韓国代表のベスト4進出に劣らず、両国関係の改善も今W杯の大きな収穫」と伝えた。

 大阪貿易館のアン・ボンホ副館長も「これまで両国間の関係に胸中とは異なる表面的なものを感じてきたが、W杯が進行するにつれ、両国間の親しみを心から感じるようになった」とし「今回のW杯はまたとない機会だろう」と話した。

 外交通商部・外交安保研究院のソル・キュサン研究員は「歴史的に根深い両国間の反感が、今回のW杯を機に緩和された感じを受ける」とし「友好の雰囲気が盛り上がるいまこそ、韓日自由貿易協定(FTA)を本格的に推進する好機だ」と述べた。


これからはスポーツと会議 外交だ2002年6月27日『東亞日報』)

 大韓民国は、2002韓日ワールドカップ(W杯)で4強進出という偉業を成し遂げただけでなく、韓国人の熱情と市民精神を全世界に見せつけた。太極(テグッ)戦士(韓国サッカー代表チーム)たちが、ヨーロッパの強豪ポーランド、ポルトガル、イタリア、スペインを順に撃破するたびに、全世界のマスコミは韓半島で起きた異変を大々的に報じた。これらマスコミは、準決勝戦でドイツに負けはしたものの、韓国チームの善戦と「赤い悪魔」の熱狂的で秩序整然とした応援を絶賛した。

 W杯の成功裡の開催が意味することは大きい。大韓民国の名を全世界に知らしめたことはもとより、「Made in Korea 」ブランドを宣伝する效果もあった。何よりも21世紀を迎え、大韓民国が志向すべき外交の方向を提示した。大韓民国は、中国、ロシア、日本などの大国に囲まれる相対的に弱小の国だ。従って21世紀の大韓民国が、周辺大国と善意の競争を繰り広げることができる道は、スポーツ外交と会議外交に重きを置くことだ。

 大韓民国が、スポーツ強国として台頭し、国際会議最多開催国に変貌するには、国際会議関連のソフトとハード面の土台が必要だ。ソフト面として、サッカーのように世界的に愛される種目はもとより、韓国人が好み技量の優れた種目の選手を国家的に育成し支援すべきである。韓国は、すでにW杯4強の神話を果たした太極戦士たちを生み出した。

 その他にも韓国は、テクォンド宗主国であり、アーチェリー最強国であり、マラソン優勝者の国だ。また、米国のメジャーリーグや、PGA、LPGAで活躍するプロゴルファーなど、世界的な選手たちを育て上げた。持続的な国民的関心と支援があれば、スポーツ強国に向けた国民の夢は必ずや成し遂げられるだろう。

 国際的レベルの選手に劣らず重要なものがある。国際試合と会議を国内に誘致して、計画し進行する人材を養成することだ。主要な国際競技団体の役員は、国際試合や関連国際会議を韓国に誘致するのに、核心的な役割を果たす。韓国はすでに、国際サッカー連盟(FIFA)副会長や国際オリンピック委員会(IOC)委員らを輩出し、彼らはW杯とオリンピックを韓国に誘致するのに寄与した。より多くの国内エリートや民間外交官たちが、多様な国際機関に進出できるよう、環境づくりに努めるとこが重要だ。

 また、ボランティアとして活躍できる外国語にたけた市民を育てることにも、国家レベルの支援が必要だ。ハード面では、国際試合と国際会議が開催できる競技場や会議場を確保しなければならない。また、競技場と会議場周辺が、環境にやさしく、美しくなければならない。そして、試合を見に来たすべての観光客、試合参加選手、会議参加者らが、韓国をまた訪れたいと思うようにすべきである。

 国際会議場として名声を馳せる世界的都市は、自然にやさしく美しい。ウィーンやジュネーブ、シンガポールなどで開かれた会議に出席した人々は、誰もがもう一度その都市を訪れたいと思う。韓半島にも、このような施設を備えた地域が、たくさんできなければならない。ある人は、ソウルを含め韓国の国土全体がすでに乱開発によって回復不可能な状態であると嘆くが、必ずしもそうではない。

 ごみ埋め立て場であった蘭芝島(ナンジド)周辺が、環境にやさしくかつ雄壮な上岩(サンアム)ワールドカップ競技場と生態公園に生まれ変わった。政府や地方自治体の意志と住民の協力さえあれば、環境にやさしい国際スポーツ競技場や国際会議場を建設して、国土の相当部分を伝統美を生かした公園に変えることができるだろう。

 このような努力が成果を収めれば、大韓民国はスポーツ外交や会議外交をリードする東アジア国家に浮上するだろう。20〜30年後、東アジアの安保、経済、市民運動関連の主要な国際会議が韓半島で開催され、韓国人が会議を取り仕切る状況を想像しよう。大国の代表らを横に座らせ、中央で会議議長や仲裁者の役割を果たす韓国の政治家、外交官、経済人、スポーツや市民団体指導者らの活躍ぶりが目に浮かぶ。 キム・ウサン延世(ヨンセ)大学教授(国際政治学)


韓国・トルコ、3位決定戦 勝利で有終の美を2002年6月28日『東亞日報』

 「友情は友情、勝負は勝負」サッカーの2002年ワールドカップ(W杯)で大波乱を起こし4強にまで進出した韓国サッカー代表チームが29日午後8時、大邱(テグ)W杯競技場で同じく旋風を起こしているチーム「トルコ戦士」トルコと3、4位決定戦の最後の勝負を繰り広げる。

 トルコは、韓国戦争の際に戦闘兵を送り込んで韓国を助けてくれた「永遠の同盟国」。しかし、韓国とトルコは緑のグラウンドでは一切の譲歩もない激戦を予告している。とくに、韓国サッカーは1954年のスイスW杯の時、トルコに0―7で惨敗したことがあり、雪辱を狙っている。両チームは準決勝で惜敗したが、今大会の波乱の主人公となって4強入りしただけに、決勝戦に劣らぬ「ビッグマッチ」になるものとみられる。

 今大会で両チームはそろって、ミッドフィールドから圧迫する「パワーサッカー」で旋風を起こし、火花を散らすような大接戦が予想される。それに、両チームは、今年3月、ドイツで行った親善試合で引き分けたため、今回は必ず勝負をつけるという決意で一丸となっているうえ、旋風を勝利で飾り、有終の美を飾ると意気込んでいる。

 韓国代表チームは、28日午後5時30分、慶州(キョンジュ)市民運動場で内外のマスコミのために15分間、練習を公開した後、徹底的な非公開の中で戦術を整えた。また、トルコ代表チームは午後7時半、大邱W杯競技場で適応訓練を行って戦意を固めた。


外国バイヤー66%「韓国と取り引きを増やしたい」(2002年6月28日『中央日報』)

 サッカーの2002年韓国日本ワールドカップ大会(W杯)の開催成功と韓国チームの準決勝進出によって、韓国を考える外国バイヤーらの見解がからりと変わった。韓国企業との取り引きを増やしたいというバイヤーも66%にも上った。

 こうした事実は、中央(チュンアン)日報が今月24〜27日にわたって、世界38カ国の54のKOTRA海外貿易館を通じて、1108名の外国人バイヤーを対象に「W杯前後の韓国イメージの変化」と関連、アンケート調査を行ったところ分かったもの。

 同調査の結果、W杯を通じて韓国のイメージが「非常に良くなった」という回答が31.8%、「若干良くなった」という回答が40.7%で、回答者の72.5%が韓国について肯定的に考えていることが分かった。

 特に、W杯でベスト4入りを決めた3国(ドイツ、ブラジル、トルコ)の場合81.7%が肯定的な回答を示した。 韓国商品を購買する理由については「価格が安いため」(44.8%)と「品質が良いため」(41.2%)がほぼ同じパーセントで、もしも韓国企業が価格を若干(5%程度)引き上げても韓国商品を続けて買いたいと思うかとの質問には、71.2%が「取引量を減らすか取引をやめたい」と答えた。

 韓国の国家イメージ(最低開発国=50点、最高先進国=100点)については、W杯以前は平均72.5点を与えたが、W杯が終わる時点の現在は9.4点上がった81.9点と評価された。38カ国のうち韓国との8強戦以降、審判判定を問題視したイタリアのバイヤーらだけが、国家イメージの点数を下げている(78点→76点)。


日本人、心から韓国サッカーを応援(2002年6月28日『中央日報』)

 ワールドカップ(W杯)を迎え日本で巻き起こっている韓国旋風に対し、NHK報道局のディレクター、木村洋一郎(31)氏が中央(チュンアン)日報にハングルで寄稿文を送ってきた。同氏は1997年、延世(ヨンセ)大学の政治学科大学院で修士号を取得、韓日交流特集番組を製作したことがある。

 今回のW杯は、韓国・日本が史上初めて共同で準備した一つのドラマだった。異例の共同開催、念願の初勝利、1次リーグ突破、韓国代表の予想を上回る4強進出…。日本代表が4強に進出できなかったことは残念だが、アジアサッカーの力を世界に知らしめた韓国代表をたたえたい。

 韓国人が最近、日本人が韓国代表を応援する姿を見て、新鮮な驚きを受けた、と聞いている。だが、ある韓国人は「『本音』と『建て前』の違う日本人が、心から韓国を応援するのだろうか」と、疑問を抱くかもしれない。

 日本に住む者として、少なくとも私が見る限り、熱狂的なファンは心から韓国を応援している。日本人はこれまで、団結できる何かを望んでいた。稀薄な人間関係を当たり前のように考えていた日本の若者たちが、W杯期間中は、街頭で見知らぬ人と握手し、抱き合い、叫びながら、喜びを分かち合う一体感を共有した。 「日の丸」「君か世」に関心のなかった若者たちが「ニッポン」を叫びながら、日本人であることを再確認した。

 こうした日本人が、日本代表の敗戦後、次の求心点を韓国代表に見いだした。若者が「本音」で、韓国を応援するのは至極当然のことだ。 しかし、忘れてはならないのは、その関心がただちに韓日関係の改善につながるかどうかは未知数だという点だ。

 今後、私たちに初めて与えられたこの機会を生かし、相手に対する真の関心に昇華させていくことが必要だ。W杯終了後、韓日両国民一人ひとりが活躍する第2幕が上がることを期待したい。


「韓国IT、ワンダフル」W杯で韓国イメージ向上2002年6月28日『東亞日報』)

 世界人が注目する「KOREA」:韓国人の期待とは違って、外国人が韓国に対して持っているイメージには「分断国家」「政治、経済が不安定な国」といった否定的なものが多い。88年のオリンピックが韓国を広く世界に知らせたことは事実だが、イメージまで変えることはできなかった。

 大韓貿易投資振興公社(KOTRA)が5月に、72カ国の1万2793人を対象に実施した調査でも、「分断国家」が33%でもっとも多く、W杯(29%)、高度成長(25%)、88年五輪(13%)の順だった。「韓国を良く知っている」、または「韓国を知っている」とした回答は28%に過ぎなかった。

 しかし、今回の韓日W杯は、そうしたイメージを変えさせる機会を提供している。世界各国に出ている駐在員や同胞たちは、「今回のW杯のように、韓国に関する肯定的なニュースが集中して伝えられたのは初めてだ」と口をそろえた。

 1950年に日本に渡り、自動翻訳ソフトウェアを開発している高電社のコ・ギス社長は、「韓国が世界から集中的にスポットライトを当てられているのは、韓国戦争、朴正熙(パク・チョンヒ)の暗殺事件、通貨危機など、すべて否定的な事件だった」とし、「今回のW杯のように、韓国に関する肯定的なニュースがあふれたのは生まれて初めての体験だ」と述べ、日本の雰囲気を伝えた。

 このような変化は、世界人を一挙に熱中させるW杯というイベントの性格と、韓国代表の4強神話、「赤い悪魔」で象徴される全国民の情熱的かつ秩序ある応援などの三拍子がうまくかみあい、相乗作用を起こしたからだ。外国の有数のマスコミは、韓国チームの勝利だけでなく、他に類例を見ないほどの熱情的な「街頭応援」と「情報技術(IT)強国、韓国」を連日浮き彫りにした。

 米国と欧州のマスコミは「赤い悪魔の踊りが韓国を変えている」「東方の太陽が韓国で火を噴き出している」などの見出しをつけ、地元の読者たちに韓国の強い印象を植え付けた。また、韓国チームの闘魂と韓半島を覆った赤い悪魔応援団の熱情と自制力が、60億の世界人たちにテレビ画面を通じてありのまま伝えられ、「情熱の国、コリア」という認識を刻み込んだ。

 芽生える新しいシグナル:韓日W杯の効果が早くも表れているのがIT産業の分野だ。6月中の三星(サムスン)電子の英国でのプロジェクションTV販売は、昨年6月に比べて10倍以上も伸びた。韓国製電子製品に対する関心は、W杯本大会に進出したドイツ、スペイン、イタリア、ポーランドを中心に広がっている。KT(旧韓国通信)は、最近、インドネシアと1億ドル規模の「e政府」プロジェクトを取り付けた。アジア通信市場の攻略を狙ってW杯公式パートナーとなったKTは、W杯マーケティング効果を5兆ウォンと推定している。

 三星SDSは、中国の休養施設専門企業と2億ドル規模の観光情報プロジェクトを進めることにした。中国では、「IT強国、韓国」のイメージが集中的に浮き彫りにされ、IT関連製品の販売が急増すると期待されている。韓日W杯は、韓国製品を扱う販売業者たちにも、自負心を与えた。

 LG電子のアラブ首長国連邦の現地ディーラ、アブドゥラ・ムダドさんは、韓国のLG本社にメールを送り、「韓国の地位が驚くほど高くなった。LG製品を扱っている自分も自負心を感じている」と述べた。W杯公式パートナー契約をしている現代(ヒョンデ)自動車の販売業者たちも事情は同様。同社欧州本部の金ヨンファン取締役は「ディーラたちからW杯の後援会社になって本当によかったという称賛が寄せられている。広告効果だけをでも数十兆ウォンは超えるだろう」と話した。


外交も太極戦士のように2002年6月28日『東亞日報』)

 19世紀末、壬午軍乱に乗じて朝鮮に入城した清の袁世凱はごう慢な人物だった。清国の公使に過ぎなかったが、実際は朝鮮王室の監視者の役割を果たした袁世凱は、この地で空を突き刺さんばかりの権勢を振るった。26歳という若さの袁世凱は、高宗に会いに宮中に入る時も籠から降りず、皇帝の前でも起立することはなかった(ユン・ドクハン著、李完用評伝)。むしろ許可しなかったことをしたと、高宗を怒鳴りつけ、食膳を足で蹴ったというから、今考えても彼の無礼には怒りを覚える。

 韓国と中国の関係を歴史的に象徴する事例だ。世界サッカーが4強に入り「国家ブランド」を高めたこのお祭りムードの時に、強いて辛い過去を持ち出すのは、ワールドカップ(W杯)に酔っていた韓国に対して、中国が行った無礼のためだ。W杯に関係して言えば、ヨーロッパの幾つかの国が判定問題で韓国を非難した時、中国はアジアの国の中で、韓国チームが審判のおかげで勝ち進んだかのように非難した唯一の国だ。

 共同開催国の日本の世論が、アジアのプライドをもって決勝まで進むことを望み、韓国チームに「がんばって」と叫ぶ時、1勝もできずに帰った中国では、国営マスコミが率先して韓国の勝利を疑問視した。このことは、中国警備員が韓国外交官と特派員にけがを負わせ、韓国公館に立ち入って北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)からの脱出住民を連行する事件に比べれば、我慢ができる。

 果たして中国が、米国や英国に対しても全く同じ行動をしただろうかという点で、韓国がこのような待遇を受けたことに侮べつを感じる。この事件と関連して李濱(リビン)駐韓中国大使が取った一連の行動も、国民に清時代の袁世凱を連想させるに十分なほど傲慢であったと評された。

 中国政府は、北京にオリンピックを誘致して、外国のマスコミに対して無制限の取材の自由を保障すると約束した。その中国が、外交官暴行シーンを撮った画面の衛星送出を妨げたことは、このような国でオリンピック競技が開かれる時、自分に不利な競技の中継放送を制限する可能性を物語る。特派員に対する暴行は、オリンピック取材記者らがこの国の好ましくないところを取材する時、中国警察の脅威から身の安全が保障されるかを疑わせるが、外国公館も安全ではないということが今回の事件で確認されたため、心配はより大きくなる。

 従って、中国の今日のような態度が大きく変化しなければ、恐らく中国はオリンピック史上、取材記者や選手、そして観客が(身の脅威のため)最もスリルあふれる競技を経験する国になるかもしれない。このような状態なら、モスクワとロサンゼルスオリンピックについで北京オリンピックも成功裡に行われるかは心もとない。

 話のついでに言うが、古朝鮮時代以降、韓国が中国から屈辱と苦痛を受けた期間は、日帝の植民支配36年とは比較にならないほど長かった。6.25戦争(朝鮮戦争)の時、中国の参戦でどれほど多くの犠牲を出したかは記憶に新しい。しかし韓国は、未来に向けて辛い過去を忘れようとした。にもかかわらず、彼らは韓国の寛容を今侮辱で返している。

 このような中国よりもより嫌悪すべきは、韓国の外交通商部の態度だ。主権が侵害され自国の外交官とジャーナリストらがけがを負わされたにもかかわらず、外交通商部は一言の謝罪も求めなかった。台湾を見下し、日本に「くせを直させる」と言ったその勢いはどこへ行ってしまったのか。結局「遺憾」という言葉だけで解決してしまった。

 中国に対して、国民の知らない何か弱みを握られてるというのだろうか。「遺憾」という言葉を含め、外交的レトリックはしばしば国民をうんざりさせる。「遺憾」とは一体なにか。国民感情と関係なく、シャンペンを交わして優雅な笑みとうわべだけの飾りで「遺憾」と合意する時、外交官の立場は維持されるかもしれないが、国民は徹底的にあざむかれた感じを抱く。そんなことをさせるために、国民が血税を捧げて豪華住宅を海外官舎に提供し、豪華なパーティー費用を払っているのではない。

 チェ・ソンホン長官をはじめとするこの時代の外交官たち、なかでも中国関連の外交官たちに、袁世凱に頭を下げた19世紀末の朝鮮王国の外交官吏らが、今日歴史的にどのような評価を受けているのかよく勉強してもらいたい。国家の名誉を高めたW杯の太極戦士(韓国サッカー代表チーム)の使命感と気概を外交官たちが半分でも持っていたならば、このような侮辱的なことが続くことはないだろう。


「韓国対日本6:0」共催は韓国が完勝(2002年6月29日『中央日報』)

  「韓国対日本6:0」。  ワールドカップ(W杯)共同開催国の韓国と日本に対するフランス日刊紙リベラシオンの総合評価だ。 同紙はフランスのほかの日刊紙とは違って、これまで「韓国がベスト4まで進出できたのは審判のおかげだ」というニュアンスを濃厚に漂わせてきた新聞。このような新聞が決勝戦2日前の28日付報道で、「韓国の方が日本よりW杯開催に成功した」という記事を掲載した。

 評価項目はW杯の熱気とスタジアム、交通、物価、監督、中継などの6部門。同紙はすべての部分で韓国が日本をリードしたとし、韓国の完勝を宣言した。同紙は「韓国はレッドデビルズのTシャツが1000万枚以上売れ、全国を赤く染めたが、日本はスタジアム周辺を少し抜け出しても日本の応援団の青いユニフォームは見つけにくかった」とし、韓国で圧倒的に盛り上がったW杯の熱気を紹介した。

 また韓国人は全試合を主要都市に設置された大型スクリーンを通して見る楽しみを満喫したが、入場券を手にできなかった日本人は仕方なく家に戻りテレビを見るしかなかったと明らかにした。

 同紙はスタジアムのアプローチ容易性についても、準決勝戦が行われたソウルW杯スタジアムと埼玉スタジアムは比べものにならないと強調した。上岩(サンアム)スタジアムは地下鉄で30分で行ける反面、埼玉スタジアムは地下鉄で1時間30分はかかる上に、シャトルバスや郊外線に再び乗り換えなければならない不便を強いられたと話した。

 また同紙は食べ物の値段と宿泊費がソウルの3倍を超える東京の殺人的物価に驚き、結果的に日本は隣国の観光客を誘致するのに、相対的に困難をきたしたと分析した。


国民95%「W杯で生活が楽しくなった」(2002年6月29日『中央日報』)

 韓国国民の多くが今回のワールドカップ(W杯)で、生活が楽しくなったと考えていることが分かった。

 29日、韓国ギャラップが全国13歳以上の男女636人を無作為で抽出し、電話世論調査を実施した結果、「W杯により生活が楽しくなったか」という問いに、回答者の94.9%が「楽しくなった」と答えた。 また「楽しくない」は2.9%、「関係ないことだ」も2.2%に過ぎなかった。

 W杯で生活が変わったという回答者は61.5%で、男性(57.9%)より女性(65.1%)の方が多かった。生活での変化においては「活気に満ちていた」が41.4%、サッカーに対する関心の増大20.4%、愛国心の鼓吹12.3%、家族の雰囲気改善10.9%の順となった。

多くの国民(98.3%)はレッドデビルズの応援合戦を「良い」と評価しており、赤い色の服に対しても肯定的な回答が94.4%だった。 ヒディンク監督に対しては96.4%が好感が持てるとし、国民の圧倒的な支持を再確認した。また、ヒディンク監督の銅像建設に対しては、賛成52.6%、反対31.7%、わからない・無回答15.7%だった。


「2006年ドイツでまた会おう」2002韓日W杯、成功裡に閉幕2002年6月30日『東亞日報』

 一ヵ月間も地球村のサッカーファンたちを熱狂させた21世紀初の「夢の球宴」、サッカー2002韓日ワールドカップ(W杯)大会が30日、ブラジルとドイツの決勝戦を最後に、大団円の幕を閉じた。

 5月31日、ソウルW杯競技場での華麗な開幕式とともに熱戦の幕を上げた今大会は、総勢32カ国が出場し、グループリーグ48試合、決勝トーナメント16試合など、計64試合が行われ、全世界をW杯熱気で浮かせた。

 アジアでは初のW杯で、72年のW杯歴史では初めて韓国と日本が共同開催した今大会は、「完璧に近い成功作」という評価を受けて、盛況裡に終わった。W杯初出場のセネガルが、前回王者フランスを開幕戦で破る番狂わせから始まった今大会は、強豪たちが次々と脱落の苦杯をなめ、世界サッカー地図に一大変化をもたらした。

 国際サッカー連盟(FIFA)ランキング1位のフランスが、1次リーグでたったの1ゴールも入れられないまま敗退。アルゼンチン、ポルトガル、カメルーン、ナイジェリア、クロアチアなどの強豪も1次リーグを突破できなかった。その波乱と番狂わせは、地球村のサッカーファンたちの興味を倍加させた。

 共同開催国の韓国と日本は並んで16強に勝ち進んだ。とくに韓国は、48年間の宿願だったW杯初勝利と16強進出はもちろん、ポルトガル、イタリア、スペインを連破して4強にまで疾走。大会の成功開催とともに、史上最高の成績という二つの目標達成に成功した。

 大会の序盤、入場券配布がうまくいかず大量の空席が生じる事態を招いたことと、審判の誤審論議が「玉に瑕」と指摘されているが、強化されたドーピングシステムでも禁止薬物服用例は1件も発見されず、クリーンなW杯として記憶されることになった。地球村のサッカーファンは、2002年韓日W杯の美しい思い出を胸に収めて、2006年のドイツ大会でまた会うことを約束した。


街頭応援の場を記念に残し、観光資源にしよう2002年6月30日『東亞日報』

 光化門(クァンファムン)にヒディンク広場と銅像を建てよう。2002サッカーのワールドカップ(W杯)を通じて噴出した、わが民族の熱情と底力は、世界はいうまでもなくわれわれ自らまで驚かせた。

 檀君(ダングン、韓国の開国神)以来、今のように全国民が和合、団結、歓喜で一つになったことがあったか。誰もが根強い恨(ハン)を抱えているわが民族を短い間にこんなに熱狂させたのか。

 筆者はソウル光化門とソウル市役所の前に、次から次へと集まって熱狂するサポーターを見て、もし韓国にヒディンク監督のような偉大なる政治指導者が現われてわれわれをリードすれば、韓国の国力が世界4強に躍進するのは時間の問題ではないかという気がしてきた。もはやポストW杯に備える時期にきている。

 政府や民間、各分野でさまざまな対策がまとめられていると聞いているが、我々は88年のソウルオリンピックを成功裏に終えたにもかかわらず、その成果を生かせなかった歴史を教訓にしなければならない。

 我が民族の熱情を底力が、遺憾なく噴き出したW杯の偉大さを生かすために、ポストW杯の課題として次のいくつかのアイデアを提案したい。第一、街頭応援で世界を驚かせたソウル光化門と市役所前の一帯を韓国風の都市祭りの場として作り、観光資源としよう。「赤い悪魔(レッド・デビルズ)」誕生の現場でもあり、W杯期間中、世界の注目を浴びた地域でもあるためだ。

 とりあえず、一定の区域を設定して「W杯通り」、あるいは「ヒディンク広場」と名づけよう。この区域の道路、並木、街路灯、道路包装はもちろん、周りのビルのカラー、看板まで伝統的な韓国型へ衣替えさせたり、西欧の模範的な広場をベンチマーキングして世界の名所に相応しい祭りの広場に作り上げよう。

 第二、この通りと広場のしかるべき場所にヒディンク監督の銅像を立て、周辺には今回のW杯の英雄である選手、コーチ、支援団の足跡(足の印)を銅板で作って永久に取り付けよう。

 第三、この区域の中に小型のW杯記念館を建てよう。この記念館には映像館を設け、あの日の応援熱気が現場で感じられるように映像を引き続き上映しよう。ここを訪れる外国人観光客に当時噴き出した韓国人の熱情と歓喜を紹介し、わが国民には、その日の感激を永遠に感じられるようにしよう。

 第四、記念館にはW杯の期間中、テレビなどメディアに登場した全ての場面を綿密に分析して、なかでもユニークなデザインの服装、応援道具、ボディー・ペインティング、ボランティア画面などを選んで、素晴らしい映像を蝋人形に製作して展示しよう。

 第五、我々が4強に進んだその日を毎年W杯祭りあるいは国民祝祭の日に制定し、これといった祭りの文化がない韓国ならではのユニークな国民の祭りに作り上げよう。その日の祭りには街頭応援の特色を生かして世界各国のサッカー応援団を招待して祭りを開こう。

 たとえば、日本のウルトラニッポン、中国のチウミ応援団、そして南米と欧州のサッカー応援団のほか、ここに韓国の大学応援大会、応援服ファッションショー、扮装ファッションショーなどを織り込めば、さらに効果的だろう。
 李太教(イ・テギョ)ギラ情報通信会長 前漢城(ハンソン)大学大学院長


「秩序正しい応援、韓国を忘れない」ジャケ前仏監督(2002年6月30日『中央日報』)

 エメ・ジャケ(60)前サッカーフランス代表監督が、韓日ワールドカップ(W杯)と韓国人の人情に魅了された。

 ジャケ前監督は、98年フランス大会で祖国フランスの代表監督として優勝に導いた名監督。 同監督は、29日発刊されたフランスの有力日刊紙のル・モンドに寄稿した「私は記憶する」というコラムで「良い選手と立派な試合を見せてくれた、美しかった今回のW杯を記憶する」とし「韓国を忘れない」と打ち明けた。 次は寄稿文の要旨。
 この日曜日でW杯は幕を下ろす。私は早くも回想に浸っている。もちろんフランスチームがいち早く脱落したことで、フランスのサッカーファンらと同じく私のW杯も崩れた。 

 しかしそれが私が今大会で受けた良い印象を害したりすることはできない。そして私はこれまで知らなかった国、韓国をたやすく忘れたりしないだろう。 限りなく広がる農村、生業に一生懸命だった市場の商人を思い出すだろう。

 巨大な船が停泊しており、絶えず新しい車を生産している蔚山(ウルサン)の工場、親切な市民らが思い浮かぶ。 私のように片言の英語しか知らないのに外国人と話すときに韓国人らが見せてくれた自負心、ソウルの山の上の冬がどれほど寒いか話してくれたお坊さん、みずぼらしいテーブルで一緒に魚を食べながら、サッカーについて語った釜山(プサン)の漁夫らを忘れない。 

 韓国の歴史を物語る開会式、開幕試合でセネガルに敗れたフランスが思い起こされる。 韓国・ポーランド戦のすごい雰囲気、みんな赤い服を着て絶えず拍子をとった韓国のサッカーファンら、ポーランドの国歌が演奏されたとき、やゆしなかった彼らが思い出される。 素晴らしい試合であり、素敵な選手たちだった。美しかった今大会を永遠に記憶する。


ヒディンク監督「行こうか行くまいか」(2002年6月30日『中央日報』)

 ヒディンク監督と大韓サッカー協会との契約期間が、29日トルコとの3位決定戦で終了した。 これを受け、同監督の進路に関心が集まっている。 決勝トーナメントを越え、奇跡のような4強進出を成し遂げたヒディンク監督の価値は、現在急上昇だ。

サッカー協会は契約延長を望んでいる。 ファンらは「帰化させてでもヒディンクを留めなければならない」と騒いでいる。ヒディンクは選択について悩んでいると伝えられた。

サッカー協会によると、ヒディンク監督は少なくとも2カ所以上の欧州クラブチームから招へいを受けている。サッカー協会は24日、鄭会長がヒディンク監督の宿舎を訪れ、最低2年以上代表チームを受け持って欲しいと要請した。

 これまでヒディンクは、スペインのプリメラ・リーガのクラブを担当したいというのが一般的な観測だった。一方では韓国国民の熱烈な愛情、サッカー協会の全面的な支援などもヒディンクの決断を困難にさせているようだ。

 ヒディンク監督は28日、「韓国は短時間で私の心をとりこにした」と愛情を示した。「韓国を永遠に離れることはないだろう」とも話した。これを受け、ヒディンク監督がいったん欧州クラブチームに移っても、外国クラブを引き受けながら韓国代表チームの総監督や顧問などの形で韓国との縁を維持するだろうという観測も出ている。


海外メディア「真のチャンピオンは韓国国民」(2002年7月1日『中央日報』)

 「ワールドカップ(W杯)の真のチャンピオンは韓国国民だ」。
 米国メディアがW杯決算特集記事で下した結論だ。米ニューズウィーク誌は7月8日の最新号で「真のチャンピオン」という見出しの記事を掲載し、「今大会の最大の勝者は韓国国民」と賞賛した。

 1日付の米ニューヨークタイムズ紙も「今大会の焦点は、サッカーではなく韓国国民」とし、「韓国国民は勝利を重ねていくなかで、想像を絶する団結力を誇示し、『暴力ゼロ、無礼ゼロ、ゴミゼロ』の『3ゼロ』を示してくれた」と絶賛した。

 同紙は特に、外国人に対する韓国国民の親切さやもてなしを高く評価した。 日本の毎日新聞は1日、「今大会は日韓関係が新しい時代に突入したことを感じさせてくれた鼓動」と評価した。 朝日新聞は「韓国では儒教的な先輩後輩の序列意識を捨て、日本では染めた髪やスタイルで個性を打ち出した若い選手が力を発揮した」とし、韓日両国が健闘した理由を「古い伝統打破」にあると指摘した。

 同紙は特に「韓国とトルコの3位決定戦後、肩を組んでグラウンドを回ったことはW杯のようにナショナリズムが表れる場所ではめったに見られない『豊かなナショナリズム』」と論評した。 米ロサンゼルスタイムズ紙は先月30日、今大会の各部門成績を公開した。 ベストチーム=欧州の強豪を連破し、4強に進出した韓国チーム、ワーストチーム=ドイツに0対8で敗れたサウジアラビアチームと1ゴールもあげられず3敗した中国チーム、最も醜いチーム=クロアチアと韓国に敗れ、陰謀論を提起したイタリアチーム。


「韓国映画、レコード、放送」海外見本市で関心集中(2002年7月1日『中央日報』)

 予想外のワールドカップ(W杯)の成績が、韓国大衆文化産業のグローバル化に肯定的な影響を及ぼすと期待される。 映画、アニメ、レコード、放送など各分野別海外担当者らは、W杯コリアのイメージを実質的なマーケティング効果に結びつけるため、足取りを早めている。

 バイヤーを獲得=韓国−ドイツ戦が終わった後の6月26日〜28日行われた、第6回香港映画見本市で人々の関心は韓国映画に集中した。 行事に参加したCJエンターテイメント海外業務チームユン・フンギ部長は「オランダの主要映画会社の1つであるタッチフィルムワークスは、このごろは韓国映画を輸入するとうまくいきそうだとし、非常に好意的な反応を見せた」と話した。 

 CD業界は8月15日から3日間、ドイツ・ケルンで行われる国際CD見本市ポップコムを海外進出の足がかりとする予定だ。 ベンチャー企業、スポーツデータバンク(SDB、代表ミン・デギ)は、日本のJリーグ、欧州プロリーグにシステム輸出を計画している。すでに先月初め日本のデジタル放送コンテンツ提供社から業務協力提案を受けている。

 この勢いを映画祭に=映画振興委員会・海外振興部・イ・コンサン部長は「高まった国家地位を映画強国につなげる方案として、各国映画祭や映画週間行事により積極的に参加する考え」と話した。

 現在第37回カルロビバリ映画祭(4〜13日)には『大丈夫、泣かないで』『酔画仙』『武士』などが招請され、金基徳(キム・キドック)監督特別展も行われる。また第51回豪州メルボルン映画祭(23〜8月11日)には金基徳監督の7本など、合わせて14本が招請を受けている。このほか、第26回カナダ・モントリオール映画祭(8月22日〜9月2日)、第59回ベネチア映画祭(8月29〜9月28日)などにも期待をかけている。

 新しい文化強国に向けて=釜山(プサン)国際映画祭組織委員会にはインド、香港、中国などアジア映画関係者らが、韓国W杯代表を激励する賛辞の文を寄せており、話題となっている。 映画評論家の全燦一(チョン・チャンイル)氏は「サッカーによって上がった海外指名度と、前代未聞の活況を呈している内部エネルギーを結合すれば、日本、香港に続き、アジアの映画宗主国になり得る」とし、「スター監督とスター俳優養成とともに、シナリオの完成度を高めるため、より一層努力しなければならない」と指摘した。


海外メディア「真のチャンピオンは韓国国民」(2002年7月1日『中央日報』)

 「ワールドカップ(W杯)の真のチャンピオンは韓国国民だ」。米国メディアがW杯決算特集記事で下した結論だ。

 米ニューズウィーク誌は7月8日の最新号で「真のチャンピオン」という見出しの記事を掲載し、「今大会の最大の勝者は韓国国民」と賞賛した。

 1日付の米ニューヨークタイムズ紙も「今大会の焦点は、サッカーではなく韓国国民」とし、「韓国国民は勝利を重ねていくなかで、想像を絶する団結力を誇示し、『暴力ゼロ、無礼ゼロ、ゴミゼロ』の『3ゼロ』を示してくれた」と絶賛した。同紙は特に、外国人に対する韓国国民の親切さやもてなしを高く評価した。日本の毎日新聞は1日、「今大会は日韓関係が新しい時代に突入したことを感じさせてくれた鼓動」と評価した

 朝日新聞は「韓国では儒教的な先輩後輩の序列意識を捨て、日本では染めた髪やスタイルで個性を打ち出した若い選手が力を発揮した」とし、韓日両国が健闘した理由を「古い伝統打破」にあると指摘した。同紙は特に「韓国とトルコの3位決定戦後、肩を組んでグラウンドを回ったことはW杯のようにナショナリズムが表れる場所ではめったに見られない『豊かなナショナリズム』」と論評した。


「最も強烈なイメージは韓国民だった」米紙の2002W杯感想2002年7月2日『東亞日報』

 今回のW杯が残したもっとも強烈なイメージは、サッカーそのものではなく、韓国国民たちだった。彼らは、勝利を続けるたびに想像を絶するほどの団結力を示し、自信感にあふれていたと、米紙ニューヨークタイムズが30日、報じた。

 タイムズ紙は、共産主義を象徴する赤い服を着た数万人の市民が一堂に会して応援を繰り広げることについて、韓国の一部の知識人たちは、全体主義国家のようなイメージを与えたりはしないかという疑問を抱いたが、韓国国民たちは「応援は応援。全幅的な支持と団結、自負心の表現に過ぎない」と反応するだけだった、と伝えた。

 1988年のソウル・オリンピックのときは、長い軍事独裁から脱却して間もない時点だったこともあってか、韓国民たちは予想外の好成績にもかかわらず感情表現を自粛していたが、民主化が進み、スポーツファン集団が形成されてから、熱っぽい情熱がありのままに噴出したのだと、同紙は指摘した。とくにサポーター「赤い悪魔」たちの熱狂的な応援と勝利を祝うイベントでは、暴力や混乱もなかったとした上で、こうした現象をチェコの無血民主化革命にちなんで「サッカーベルベット革命」だと高く評価した。

 また釜山(プサン)のあるタクシー運転手は、外国人乗客を競技場に案内したあとも、試合が終わるまで待っていて、再びホテルまで運んでくれたという。その翌日、空港に向かう途中は、乗客が朝食を取るために、しばらく車を止めて待っていてくれるなど、外国人に親切にしてくれる場面が、いたる所で目撃されたと紹介した。


W杯は成功したが…、借金、競技場運用に悩む自治体2002年7月2日『東亞日報』

 自治体が深刻な「W杯後遺症」に悩まされている。国家的には、韓国の4強入りと大々的な街頭応援で、国家的なイメージ向上と国民の団結という無形の成果を挙げたが、競技場を抱えている自治体は、経済的な利益があまりなく、ばく大な借金を抱え込む状況に置かれているからだ。外国人観光客が予想より少なく、多くの観光収入が期待できなかったうえ、数千億ウォンをかけて建てた競技場を生産的に活用できる方策が見つからず、頭を痛めている。

 文化観光部は当初、中国人など54万人の外国人がW杯の期間中に韓国を訪れると予想していたが、実際に韓国を訪問した外国人は、60%にも満たない31万人にとどまるものと推定されている。

 はずれた予想、予告された赤字。済州道西帰浦(チェジュ・ソグィポ)市は、5〜7万人の外国人観光客を予想したが、実際の観光客は2万2000人にとどまり、大きな観光収入をあげられなかった。西帰浦市が競技場を建てる過程で投じた費用は、1125億ウォン。この中の350億ウォンは地方債発行でまかなったため、そのまま借金として残っている。

 蔚山(ウルサン)市は、当初、観光客と記者、選手団など5万人が訪れ、1078億ウォンを使うものと予想し、406の指定宿泊施設に3者通訳機を設置するなど、16億5600万ウォン余りを支援した。しかし、実際に蔚山を訪れた外国人は2万人余りに過ぎず、指定宿泊施設には外国人はほとんど泊まっていない。

 水原(スウォン)市は当初、8万人の外国人が訪れるものと予想していたが、実際には4万5000人余りが訪問するにとどまった。宿泊者も予想の5分の1の8500人余りに過ぎなかった。仁川市は「中国特需」を期待したが、出入国審査の強化と中国チームの1次リーグ敗退でこれといった効果を期待できなかった。

 全州(チョンジュ)市は韓国チームがD組2位で16強入りすれば、韓国チームの試合を地元で行うことができて、かなりの特需を期待できたが、D組1位で進出したため、大田(テジョン)に試合を奪われ、大きな打撃を受けた。

 大邱(テグ)市の関係者は「W杯を契機に、競技場と周辺道路の建設など都市基盤施設を拡充し、都市のイメージを世界に知らせたことに満足しなければならない」と述べた。

 維持費、財源づくりに赤信号〓自治体の現実的な悩みは、競技場などの建設にかかった金はさておいても、年間20億から50億ウォンにのぼる競技場の維持費をどうやって調達するかが悩み
ソウル市はプロサッカー球団の誘致のうえ、各種の試合と大規模な公演を誘致して収益を挙げる計画だ。また、韓国カルプに年間91億円で20年間、ディスカウントストアを賃貸することにするなど、11ヵ所ある付帯施設の賃貸入札をこのほど行い、110億ウォンで仮契約を締結した。

 光州(グァンジュ)市は、地元のプロサッカーチームのホーム試合を年25回以上行い、競技場内外に広告を誘致し、年間6億ウォンを調達する予定だ。また、競技場にディスカウントストアとコーラテック、文化センターなどを入居させる計画だ。

 大田市は競技場の地下1階の駐車場をディスカウントストアに、地上1階は室内ゴルプ場とプールなどに活用するという計画をたてている。


愛される詩人、ヒディンク監督2002年7月3日『東亞日報』

 次第に消えていく2002年6月の歓声の中で、とりわけ強烈に浮かび上がっている人がいる。ヒディンク監督だ。外国人のなかでこんなに深く我々の日常生活に入り込んでしまった人はかつていなかっただろう。彼と直接顔を合わせた人はごくわずかに過ぎないが、彼はもう韓国の人々が最も好きな友人であり、優しい師匠になっている。偉大なる人物としてたたえられる人には、平凡な人たちが近寄り難い何らかの距離が感じられるものだ。

 しかし、彼はサポーターの仮面として、ショーケースの人形として親しまれ、さらに韓国チームの勝利を願う少女のハンカチに、赤いシャツを着こなした中年の女性の心に強く刻まれた。かつて誰がこんな幸せな気持ちをプレゼントしてくれたのか。誰が韓国の人々の胸をこんなにわくわくさせたのか。ヒディンク監督への無条件の歓呼のなかには、彼を「マイ・ウェイ」の主人公として描き出す放送番組のメロドラマ的な感動とは違う何かが潜んでいる。

 この「何か」に対する解釈はいろいろある。まず、「リーダーとしてのヒディンク」。き弱な韓国サッカーが短期間で世界の舞台に躍り出たのは、彼の卓越した指導力があったためで、リーダー不在に悩まされている政界を皮肉っている。第二、「経営者としてのヒディンク」。彼のリーダーシップを企業経営に結び付けることで、グローバル化の足かせとなっている韓国的な弊害を、これを機に根本的に取り除こうとする意欲がみられる。

 第三、「親としてのヒディンク」。選手それぞれの持ち味を十分に生かし、ミスを犯しても最後まで善戦を督励する彼の態度は、親世代の心を動かすに十分なものがあった。朴智星(パク・チソン)と車(チャ)ドゥリが彼に抱き締められる光景を話題にする人が意外に多かったのもこのだめだ。最後に、「真のプロとしてのヒディンク」。今年5月のAマッチで韓国チームの様変わりした姿が公開される前は、ヒディンク監督は頑固な外国人監督に過ぎなかった。W杯開幕を数日後に控えて、「世界がびっくりするようなことが起きる」と明言した時にも彼の言葉を疑った。いわば、彼は世界の強豪チームの実力と、韓国チームの戦力を正確に把握している唯一の人だったわけだが、彼のプロ意識は4強入りを果たす過程で遺憾なく発揮された。

 このようなさまざまな解釈がすべて一理あるとされるほど、ヒディンク監督の魅力は多面的なところがある。ところが、自分が感動したのはこれとは違うもう一つの顔のヒディンクなのだ。ヒディンク監督は詩人である。ある人は口達者と表現するが、決勝トーナメントへの出場が決まった時、次の目標を尋ねる記者の決まった質問に対して、「あなたが指定してください」と答えたことや、「僕はまだ腹が減っている」とイタリア戦を控えての勝利を予感させた迂回的な表現、そしてついにスペインを下して4強入りを果たした日、「いっぱいのシャンペンが切実だ」といった彼の短くて濃い感想は、勝利と熱気の瞬間を大切にしようとする詩人の祝詞だった。彼にとって韓国を離れるか離れないかは副次的な問題である。韓国が「僕の心を奪ったこと」がもっと大事で、自分の金銭的な価値より祖国の名誉のために頑張った若い選手たちの純粋な心がもっと大事である。

 スペインを大破したことを実感できずにいるサポーターのところに静かに近寄った彼は、韓国式に礼をいった。どうしてそのようなことをしたのか知っている人はいないが、自分の役割はここまでだ、あなたたちがいたために可能だったことを確認させた詩人のメタファーではなかっただろうか。難局を乗り切った英雄ですらすべての人々に親しまれることは難しい。しかし、詩人は愛されるものだ。神話は現実のものになり、彼は詩を書いた。韓国が彼の心を奪ったのではなく、彼が我々の心を奪った。韓国人が寂しかったためでも、とりわけ情熱あふれる民族だからでもない。なぜだろう。さまざまな「ヒディンク論」が強調するものでもあるが、競争、緊張、挫折、再起などで傷ついた韓国の現実をいやす詩的な感覚、心を託して寄りかかれる哲学を彼から見つけたためであろう。

 「何も保障はできないが、誰も恐れる必要のない」自信の回復に向けた険しい道のりを慎み深い言葉で耐えながら歩んできた彼は、詩人だった。


英語は基本、中国・日本語も必要(2002年7月3日『中央日報)

 21世紀のグローバル時代には、外国語の駆使能力は選択の問題ではなく生存の条件となる。英語は基本で、中国語・日本語など第2外国語ができなければ、国内ではもちろん、国家間競争でも遅れを取るからだ。

 李健煕(イ・コンヒ)三星(サムソン)会長は昨年11月、中国上海で開かれた社長団会議で「中国への対応戦略が我々の生存戦略」と述べた。その後三星グループ内には中国語学習ブームが起こるなど、中国語が「生存手段」の一つとして強調されている。 

 しかし急増する中国人観光客に対し通訳の需要も追いつかないなど、我々の中国語基盤はぜい弱だ。昨年韓国を訪れた中国人は29万4000人。中国人観光客を迎えた中国語通訳は必要人材の3分の1水準にあたる270人にすぎなかった。 韓国を訪れる観光客の82%がコミュニケーションの不便を訴えている。

 梨花(イファ)女子大中国文学科のシム・ソフィ教授は「年間8〜9%の経済成長と世界貿易機関(WTO)への加盟、オリンピック開催などで日々地位が高まっている中国の観光客が、数年内には100万人を突破するとの観測もある」とし、「中国語が通じなければ観光客の増加はもちろん、貿易の拡大にも限界がある」と述べた。

 建国(コングック)大学日本語教育科の閔光準(ミン・クァンジュン)教授は「日本は世界で最もお金持ちの国だが、日本と貿易をする際も日本語ではなく英語を使用するケースが多い」とし、「英語も重要だが、貿易と観光客の増大に向けて、隣接国である日本と中国の言葉を習う必要がある」と強調した。

 教育専門家は生活外国語を習得するためには外国語教育が革新されなければならないと話す。10年以上勉強しても英語を全く話せない学生を量産する学校の英語教育改編とともに、第2外国語教育の充実化が急がれるとの指摘だ。 まず大学入試の外国語試験から一新されなければならないという。試験がコミュニケーション方式に変われば、高校はもちろん中学校、小学校の教育課程と授業方式が聞き取り、会話中心に変化する波及効果が現れるということだ。

外国語担当教師の資質向上と充員も急がれる。海外研修はもちろん、市・道教育庁別「外国語研修院」を設立し、常に研修体制を運営しなければならないとの指摘だ。 ソウル市教育庁の関係者は「第2外国語の担当教師増やしていき、近隣学校や外部施設での交換・委託学習方法が検討されている」と話した。


ハングルで見出し載せた毎日新聞の森山三雄氏(2002年7月3日『中央日報』)

 毎日新聞大阪本社は、韓国がスペインと準々決勝で争った前日の6月21日、ワールドカップ(W杯)特集記事で「日本の1億人が応援している」という破格のハングル見出しを大きく載せた。

 同紙は東京、大阪、九州など五カ所に本社を置いている。 同日、新聞の編集責任者だった大阪本社の森山三雄編集副局長は「当時日本が決勝トーナメントで敗れたのに対し、韓国がイタリアに劇的な逆転勝ちを収めたのを見て、30代のスポーツ面編集記者は感動ひとしおだった。アイディアは彼が出し、私は見出しが目につくようにしただけだ」と話した。

  「1997年ソウルで行われたフランスW杯予選のとき、韓国応援団が『フランスに一緒に行こう』という内容の英文プラカードを掲げて日本を応援したじゃないですか。今回は、日本が韓国を応援する番で、両国が悲しみも喜びもともに分かち合おうという考えから、ハングルの見出しでいくことにしたんですよ」 また同氏は「当時抗議の電話は2本だけで、多くの読者が『韓国選手の勝負への根性と身体能力などに感激した』と肯定的に評価した」と話した。

 また「毎日新聞は自由なムードで新聞を作るが、これまで在日韓国人など多くの韓日交流促進記事を載せてきた風土が、今回の結果を生んだようだ」と付け加えた。 森山副局長は「両国政府も今回のW杯を通じ、両国国民の相互理解度がこうして高まるとは思ってもみなかっただろう」とし「新たな韓日関係のためには、各分野で具体的な交流事業を拡大しなければならない」と強調した。


「名誉博士、名誉市民証、乗用車…」ヒディンク監督最高の日(2002年7月3日『中央日報』)

 サッカー韓国代表のヒディンク監督は3日、慌しい1日を送った。午前には世宗(セジョン)大学で名誉体育学博士学位を受けた。世宗大学の金伏諱iキム・チョルス)総長は、この日の授与式で「ヒディンク監督はリーダーシップに対するビジョンと一貫性ある原則を通じて、韓国代表を世界水準にのし上げ、国民統合と国威宣揚に寄与した」とし、学位を授与した。

 ヒディンク監督は答辞で「300余年前のあるオランダ人のように、私も1年半前は韓国で難破された船のようだった」とし「だが多くの方々の助けで韓国に小さいながらも寄与することができてうれしい」と話した。 また「韓国は大きな潜在力のある国だ

 ワールドカップ(W杯)は終わったが、私はこれが終わりだとは考えない。多くの人々が私を認めてくれたことに感謝し、韓国の美しい未来のため一役買うことができたことに幸せを感じている」と話した。

 ヒディンク監督は、午後4時30分ソウル市庁を訪問し、李明博(イ・ミョンバック)新ソウル市長から名誉市民証を授与され、5時30分からは新門路(シンムンロ)のサッカー会館で最後の記者会見を行った。

 ヒディンク監督は4日にも建国(コングック)大学と西江(ソガン)大学でそれぞれ名誉博士学位を受ける予定だ。5日は選手団とともに青瓦台(チョンワデ、大統領府)を訪問し、金大中(キム・デジュン)大統領と夕食を共にした後、午後2時にはサッカー会館で代表チームの解団式と褒賞金授与式に参加する。そして6日オランダに向かい、1年半を越える韓国生活を終える。


「韓国、W杯機に世界を魅了」香港紙報道(2002年7月4日『中央日報』)

 韓国はサッカー・ワールドカップ(W杯)で、4強という偉業を達成したが、真の勝利は「4強入り」や成功と評された大々的行事ではなく、団結精神や親切なイメージなどで、韓国人に対する国際社会の認識を新たにしたことだと、香港「明報」紙が論評した。

 同紙は、4日の社説「韓国、W杯で世界を魅了」のなかで、「韓国の700万に上る市民が街頭で勝利を祝い、国家代表に声援を送るなど、一致団結した姿を見せたことはもちろん、観光客に対するもてなしや海外代表への自発的な応援などを通じて、世界の人々の心をとらえた」と論評した。

 また、W杯に応援団を送りにくいアフリカ代表のセネガルなどのために、韓国の民間人が応援団を組織して声援を送ったのは、前代未聞の光景だとたたえ、「かつての社会主義陣営諸国でも、これと同じような事例があったが、これを自発的な情熱で示してくれた韓国人の行動とは比較できない」と強調した。

 一方、社説は、韓国と日本がW杯開催で大金を儲けることはできなかったものの、名声を獲得し、韓国はとくに様々な面で日本を圧倒したと論評した。 また「韓国人は1998年の金融危機以降、踏み込んだ改革と市場開放を行い、3年も経たずに経済難を克服するなど、以前の否定的な姿から完全に抜け出し、飛躍している」とし、「こうした国家と国民は、うらやましい限りだ」とした。


「生産が上がらない」W杯後遺症に悩む産業現場2002年7月4日『東亞日報

 産業現場で「ワールドカップ後遺症」が深刻だ。W杯が終わった後も働く雰囲気が整っていないうえ、金融界の週休二日制と一部事業場のストまで加わって、不安な経済にさらに悪影響を及ぼす可能性が高まっている。各ビジネスマンとアナリストたちは「W杯ベスト4入りの経済的効果が数十兆ウォンに達するというのは散在的効果のことだが、もうすでに先進国になったように勘違いしたり、サッカーだけがすべてであるように思う、よくない現象が現れている」と懸念している。

 国内最大の自動車メーカー、現代自動車の6月の自動車生産台数は、去年の6月より40.5%、今年の5月よりは46.1%も減った。W杯の観戦のための有給休暇が1人当たり18時間にもなるうえ、賃金交渉過程で部分ストによる操業損失も86時間に上るためだ。会社側は「W杯とストによる損失金額だけで4522億ウォン以上とみられる。

 たまっている契約分を果たすには生産を増やさなければならないが、W杯後遺症が続いていることから生産性を高めるのが難しい」と話している。W杯のため6月の売り上げが去年同月より減ったり足踏み状態にいる流通企業は、W杯が終わった後も勤務の雰囲気が整わず、休暇を早めに使わせるなどの対策を講じている。

 全国経済人連合会の孫炳斗(ソン・ビョンドゥ)副会長は「米国の景気回復の見通しが不透明になり、ウォン高など、国内外の経済環境が悪化している状況の中で、たがが緩んでいて産業生産に悪影響を与えている」と分析した。現代経済研究院の金注鉉(キム・ジュヒョン)副院長は「ブラジル、アルゼンチンなどはW杯を開催しても深刻な経済難に陥った。

 W杯で得た国と企業の対外広告効果を実際の生産と販売につなげないと、W杯開催に注いだばく大な金が台なしにたってしまう」と警告した。


「ボールを蹴る文化は古くからあった」韓国のW杯4強入りとの関係2002年7月4日『東亞日報

 韓国サッカーがW杯4強入りした力は、2000年近く「ボールを蹴る文化」を受け継いできた歴史的な伝統によるものだという主張が出ている。

 韓国体育大教養学部のシン・スング教授は「伝統と現代」の夏季号に載せた論文「韓国蹴鞠の歴史と特性」で、足でボールを蹴る遊びの代表的な用語である「蹴鞠」が三国時代から使われていたと主張した。サッカーに関するもっとも古い国内記録としては、三国史記と三国遺事に記されている「新羅29代太宗武烈王(在位654〜661)が王位に就く前に、金?信(キム・ユシン)将軍とともに蹴鞠をした」という記述が挙げられる。

 しかし、シム教授は金大問(キム・デムン)の花朗世記で100年以上の前の記録を見つけた。「新羅23代王の法興王(在位514〜540年)が姉のボヒョン姫の息子、ヨンシルゴンと宮殿の表庭で蹴鞠をしたという記述が出ている。

 宮殿でボール遊びを楽しんでいたことから、チェギ(紙や布で包んだ銅銭などを地上に落とさないよう蹴り上げる遊び)の形をした蹴鞠である可能性が高い」宋の後漢書の高句麗伝には「人々が蹴鞠に長けていた」という記録が残っている。新羅の場合は、王室や貴族が楽しむチェギをしていたが、高句麗は軍事訓練の一環として、穴にボールを入れることをしていただろうとシム教授は話している。

 統一新羅や?海時代には蹴鞠の代わりに、騎兵が戦術を磨く手段として馬に乗ってボールを蹴る撃毬が登場する。高麗時代にはチェギの形をした蹴鞠が再び復活する。高麗中期の文人兼学者だった李奎報(イ・ギュボ、1168〜1241)は、「東国李相国集」で人生のむなしさをボールにたとえて、「空気が詰まってボールになった時は、人に蹴られて空まで上がったが/空気がなくなると、人間もばらばらとなり、一つの空いた袋だけが残っている」と詠んだ。

 朝鮮中期に領議政を務めた李恒福(イ・ファンボク、1556〜1618)の「白砂集」には、彼が子どもの時、シルム(朝鮮相撲)と蹴鞠に夢中になり、母親に叱られたという部分が出てくる。これは蹴鞠が三国時代、高麗を経て、朝鮮時代に国民的な遊び文化として発展したことを示している。シム教授は「19世紀末、西洋の近代式サッカーが導入されたことを機に、ボールを利用したチェギの形は次第に姿を消し、銅銭チェギだけが残ったが、わらを利用した「わらボール蹴り」、動物の膀胱に空気を吹き込んで蹴る「膀胱蹴り」もあった。最近、大学で流行っている「紙コップ蹴り」も、このようなボールを蹴る文化の影響を受けたようだ」と述べている。


【日本経済特集】危機を感じない国民(2002年7月5日『中央日報)

 東京は相変らず速いペースで規則正しく動いていた。いわゆる「失われた10年」と年初から頻繁にささやかれた「3月危機説」が、一体どの国のことだったのかと思うほどだ。休日になると「歩行者天国」になる銀座と秋葉原は大勢の人で混みあう。六本木、渋谷、赤坂などの街は深夜まで客足が絶えない。新宿を歩く若い女性は3人に2人がルイ・ヴィトンのハンドバッグを持っている。

  「10年間景気はよくなかったが、月給は同じ、または少し上がったぐらい」(三菱重工業のウチダ・ススム部長、53)、「丸井グループで34年間仕事をしている。会社がつぶれないかぎり当然60歳の定年までそこで働く」(ゼロファーストのオオツカ支店長、57)、「物価が下がり、生活が苦しいと思ったことはない」(会社員、カミカタ・クミコ24)。周期的に危機説が浮上するが、日本の一般の人々には危機感がほとんどない。

 政府は国債の格下げを甘受しながらも財政・金融問題を伏せてしまったうえ、大企業は終身雇用を保障して月給を減らさず、衣食住の価格が全体的に下がったためだ。政府は慣行のように国債を発行し、事業を繰り広げた。その結果、財政赤字が雪だるま式に増えた。現在、公式的な国家負債は670兆円で、昨年の税収(47兆円)の14倍に達している。

 将来10余年間の資産で過去10年の穴を埋めたということだ。みずほ総合研究所のナカジマ・アツシ調査部長は「銀行が不良債権を隠す一方、政府は赤字財政で補助金を与えながら、倒産と構造調整の痛みが分からないよう人為的な障壁をつくっているため、国民が危機を感じることができない」と話す。莫大な財政赤字と金融不良、言葉だけの改革など外国は危機と見ているが、逆に大衆は危機を実感できないのだ。

 デフレで物価が落ちると、人々の実質所得が増えることになる。 1300円の昼食代がいまや500円で済む。1990年代初めに210円だったハンバーガーの値段も80円にまで下がった。「100円ショップ」に行けば、東南アジア製ではあるものの大抵の物がそろっている。多くの日本企業が厳しいと言いながらも、金科玉条のように終身雇用制度を維持している。

  「村社会」という言葉のように、職場や業種、考えが同じ人からなる集団に一度入ると、最後までこれを維持する。生産活動で生じた所得のうち、労働者の賃金が占める労働所得分配律は、製造業の場合80%に迫っている。韓国より30%も高い。企業の純益は約10%にしかならない。現在の賃金水準をさらに引き上げると会社を維持するのが難しくなる。いまやリストラや減給を果敢に進めなければならない。三菱重工業のイチカワ・ワタル広告グループ長は「今年に入って基本給が初めて少し減った」とし「本当に景気がよくないということを初めて実感した」と語った。


日本の大学生「大韓民国を学ぼう」(2002年7月5日『中央日報)

  日本でも「ワールドカップ(W杯)の決算」が真っさかりだ。W杯を機に、韓日関係の「質的変化」を期待する声も高い。共同通信が1日に行ったアンケート調査によると、「韓国に親近感を感じる」という人が69.7%に達し、昨年11月に比べ16.6ポイントも上昇したが、これはこうした雰囲気を反映している。

  W杯3位決定戦の韓国対トルコ戦を前にした先月28日、赤坂の国際交流基金ビルでは「韓日交流の展望と現況」というテーマでセミナーが開かれた。記者は、講演会に出席した東京大学の学生・卒業生14人と慶応大生1人を相手に、アンケートを行った。「W杯と韓日関係」がテーマだった。 まず、回答者全員が「韓国チームを応援した」と回答したのに多少驚いた。大半が「W杯を通じて韓国についての認識が非常に良くなった」と回答した。

 最近、韓国語を勉強し始めたという学生もいた。 東大在学中の池田優さんは「韓国についての信頼感が生まれた。両国が協力すれば、どんなことでも可能という気がした」と書いた。岡田瑛里さんは「日本にないエネルギーを韓国で発見した」、山野泰子さんは「初めて韓国を好きになった」とした。日本の若いエリートが好感を示した主な理由は、韓国の精神力と応援の熱気だった。

 沢本吏永さんは「日本は精神的・倫理的な面において、韓国から見習うべき点が多い」と書いた。 「何度も会って相手の長所を発見すること」が、望ましい人間関係の基本だが、いまがちょうどこうした様相だ。日本の右翼勢力や一部政治家らが「侵略歴史の美化・わい曲」という冷や水をさしたりしなければ、良い結実を得られそうな雰囲気だ。

 学生たちの回答内容のなかには「日本−トルコ戦の時、多くの韓国人がトルコを応援したという話を聞いて、残念だった」「韓国マスコミは、日本の極右派の主張ばかり批判せず、平均的な日本人の考え方にも関心を持ってほしい」との回答もあった。互いに心を開こうという願いのように感じられた。


「ワールドカップ共催成功」 韓国99%、日本87%(2002年7月5日『東亞日報)

 韓日両国の国民は、サッカーの2002年ワールドカップ(W杯)の韓日共催について満足していることが分かった。韓日W杯に対する両国国民の参加と関心は上々で、自国の代表チームが期待以上の成績を挙げたうえ、W杯共催が韓日関係に肯定的に働くと評価した。こうした結果は東亜(トンア)日報と朝日新聞がW杯が終わった直後の今月2日、3日、両国国民を対象に実施した共同アンケート調査で分かった。

 調査結果によると、韓国人回答者の99%、日本人回答者の87%が今回の韓日W杯が「成功裡に行われた」と評価し、自国チームの成績についてもベスト4入りを果たした韓国は96%が「期待以上だった」と応え、ベスト16に入った日本も57%が同じように答えた。とくに韓国では、今回のW杯で最も良かった点として「国民の高い参加と関心」を挙げ(59%)、こうした経験が今後韓国社会のかっとうを解消させ、国民の統合を成し遂げるうえで「プラスになる(93%)」と期待している。このW杯をきっかけに「日本人や日本文化について前より親しみを感じるようになった」と答えた韓国人は54%で、79%はW杯共催で韓日関係が「今より良い方向に進む」と予想した。

 韓国への親しみの増加と韓日関係に対する明るい展望は日本でも同じ水準とだった。韓国人の96%、日本人の65%がW杯をきっかけに「サッカーがさらに好きになった」と答え、これからKリーグ、Jリーグなど自国のプロサッカーに対する関心が「非常に高まる」と予想した回答者が韓国で90%、日本で71%に達した。韓国選手の中では、宋鐘国(ソン・ジョングク)選手が一番印象的な選手として選ばれ、朴智星(パク・ジソン)、安貞桓(アン・ジョンファン)、洪明甫(ホン・ミョンボ)、黄善洪(ファン・ソンホン)が後を継ぎ、日本の選手としては稲本潤一と中田英俊の人気が高かった。

 一方、問題になったチケット販売について、韓国と日本のW杯組織委員会が国際サッカー連盟(FIFA)と販売エージェント社のバイロム社に「より強く対応すべきだった」という世論は、韓国で77%、日本で84%に達した。


W杯成功で、交通罰点・免許取り消し481万人赦免2002年7月9日『東亞日報』

 6月30日までに飲酒運転・速度違反・信号違反など道路交通法違反で罰点を受けたり運転免許が取り消しまたは停止になった約481万人の運転者らが、罰点の削除、免許停止・取り消し処分の免除、免許試験資格制限の解除など特別減免の措置を受けるようになった。

 政府は9日の閣議で、こうした内容の特別減免措置を決め、李根植(イ・グンシク)行政自治部長官と宋正鎬(ソン・ジョンホ)法務部長官の共同談話の形で発表した。特別減免措置は10日から施行される。

 これによって、各種の交通法規に違反し罰点を受けた運転者396万人の累積された罰点はすべて消されることになる。しかし、過怠料と犯則金などを納める義務はそのまま維持される。

 また、運転免許の取り消し・停止対象者(およそ27万人)や運転免許が停止された期間中の人(約10万人)など37万人余は、行政処分の免除によって、即時、運転免許証を返してもらえるようになる。

 これとともに、運転免許が取り消された後の1〜5年間の免許取得欠格期間のため免許試験を受けられなかった運転者48万人は、即時、免許試験を受けることができるようになった。

 しかし△すでに運転免許の取り消し処分を受けた人△運転免許更新期間の順守義務に違反し免許が停止された人△適性基準不十分で取り消し処分を受けなければならない人などは特別減免の対象から取り除かれる。

 宋長官は「サッカー2002韓日ワールドカップ大会を成功裡に開催し、歴史的なベスト4入りを決めたことを記念し、運転免許の取り消しなどで生活に不便をきたしている状況にある庶民の不便を解消するため特別減免措置を断行することを決めた」と述べた。
 現政権に入って道路交通法違反行為者への特別減免措置は、98年3月(対象者532万人)以来のことだ。



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