南北頂上会談速報採録



(2000年6月に行われた南北頂上会談の新聞報道を記録するため、採録することにしました。)





北の歌もつられて「人気」
2000年6月12日(月)『中央日報』 )


 北朝鮮で開かれるほとんどの行事の最初や最後を飾る北朝鮮の謡歌『お会いできて嬉しいです』が、韓国でも人気だ。この歌は、一年前から金剛山観光客を中心に一般の人々に知られ始めた。そして、昨年12月の平壌平和親善音楽会に参加したある歌手が、国内TVで北朝鮮歌手特有の高音を真似して歌ったことから本格的に流行り始めた。 特に北朝鮮芸術団の公演は、この歌を老若男女、誰にでも親しみを感じる曲に変えてしまった。

  ある新人女性歌手は、この歌を入れた7曲の北朝鮮歌謡を吹き込んで、歌謡界にデビューしたりもした。携帯電話のベルからも、その人気を感じることができる。 先月からこの歌のメロディ・サービスを始めたT情報通信の金載敏(キム・ジェミン)室長は、「一日1,200件ぐらいが『お会いできて嬉しいです』をベルの音としてダウンロードしている」と紹介した。

  北朝鮮人民俳優のチョン・へヨンが、90年代の初めに歌った北朝鮮で最高の人気歌謡である『口笛』の人気も爆発的だ。『口笛』は他の北朝鮮歌謡とは違い、若い男女の恋愛感情を率直に歌った曲で、軽快なメロディと面白い歌詞で、90年代の初め、大学街で大きく人気を集めたことがある。いまや北朝鮮の歌は会社員、大学生の会食の席には欠かせないものになった。

  韓国芸術総合学校音楽院の閔庚燦(ミン・キョンチャン)教授は、「北朝鮮の歌謡が一般人の好奇心を刺激するうえに歌いやすいため、人気を集めているようだ」と話した。



文学「南北統一」糸口開けるか
2000年6月12日(月)『中央日報』


 韓国・北朝鮮(南北)代表文学作品を100冊の本にまとめる「統一文学全集」出刊事業が、首脳会談を契機に画期的な突破口を見つけることと期待される。 統一文学全集発刊事業は、車凡錫(チャ・ボムソック)現芸術院会長が1998年文芸振興院長に就任した直後に企画し、2001年発刊を目標に文芸振興院が推進し続けてきた事業である。

 南北首脳会談に特別随行員として北朝鮮を訪問する車会長は最近これと関連、「平壌に滞在する期間中、統一文学全集発刊事業を共同で推進する問題を北朝鮮側とまず協議する」と明らかにした。 車会長は「南北交流で最も遅れた分野が文学だ。全集発刊が南北共同で推進されれば、それ自体だけでも大きい意味があり、文学交流を活性化するのにも大きく役立つであろうと期待する」と述べた。

 統一文学全集は、解放以後いままで南北で発表された文学作品の中から代表作を選び出し、ジャンル別に詩10冊、小説70冊、戯曲10冊、評論10冊ずつ本にするという計画だ。このため、文芸振興院は昨年ジャンル別にキム・ユンシック(ソウル大)、イム・ホンヨン(中央大)、ソ・ヨンホ(高麗大)、クォン・ヨンミン(ソウル大)、キム・ジェヨン(圓光大)教授、イ・ソンヨン延世大名誉教授の6人で企画委員会を構成し、代表作を選別する作業を行ってきた。

 振興院は最近、北朝鮮側代表作をジャンル別に小説100余作品、詩200余作品、戯曲50余作品、評論50余作品など、約500作品を1次として選び、最終確定のための仕上げ選定作業をしている。 韓国側収録対象作も、ほぼ同じ分量でリストを作成している。問題は、北朝鮮で発表された作品を確保するためには、北朝鮮の協力が必ず必要だという点だ。

 よく知られている作品の場合、70〜80%ほどは統一部や関係機関の資料室など韓国内で確保できるが、最近の作品の場合、全体内容が知られてないものが少なくないため、北朝鮮から資料提供を受けなければならない。北朝鮮文学専門家のキム・ジェヨン教授は「全集を出刊するという計画自体が南北間文学交流を前提としたものである。しかし最近まで直接接触する機会がなく、北朝鮮側の協力を得られなかった。南北文学交流という趣旨を生かそうとするなら、北朝鮮の参加が望ましい」と述べた。

 金教授は続いて「北朝鮮側から資料提供を受けることが最も至急な課題で、できれば北朝鮮学者と共に資料を選別し本を編集するのがより望ましいこと」と明らかにした。



[南北首脳会談]金正日の金大統領研究
2000年6月12日(月)『中央日報』


 金大中(キム・デジュン)大統領は、既に知らされたように、首脳会談を控えて金正日(キム・ジョンイル)国防委員長に関する研究を繰り返した。 それでは金国防委員長は金大統領についてどのように研究したのだろうか。

 金大統領が金国防委員長に対する情報不足と交錯する評価のなかで判断の困難を経験したのに比べ、金国防委員長は相対的に豊富な韓国側の公開情報のため有利な環境だったはずだというのが北朝鮮問題専門家らの見方である。 統一戦線部をはじめ、労働党対南事業部署が密集している「3号庁舎」に、韓国側の分野別情報と人物ファイルが体系的に収集されていることと知らされている。

 専門家や脱北者らによると、主要人物ファイルは統一戦線部の組織資料科と祖国統一研究院に保管されている。例えば「金大中ファイル」には成長過程、政治歴程、政策性向、性格など金大統領の全てが含まれているという。過去5.16クーデター直後、北朝鮮が収集した朴正煕(パク・ジョンヒ)小将に対するファイル束が1mを越えたという高位級脱北者の証言を勘案すれば、金大統領ファイルはこれよりはるかに分量が多いものと推定される。

 北側関係機関は韓国側の図書、放送画面などを簡単に入手できる状況だ。金大統領の就任以後、北側が中国を通じて大統領関連資料を大量入手したことが知られている。中国北京の某中継業者は「2年前、北朝鮮人からの要請を受けて金大統領の回顧録、伝記などを大量購入してあげたことがある」と明らかにした。

 北側はまた、対話スタイルを把握するために、金大統領の活動状況が報道された放送画面も録画し、集中分析したとみられる。それだけではなく、資料の限界を克服するために金大統領と親しい人や直接会った人が書いた報告書も参考にしたはずだ。例えば解放後、戦争期間中に北に渡った木浦(モッポ)商業高校出身者や、最近越北した人たちが対象人物である。最終完成した「金大中ファイル」は首脳会談準備を総括する金容淳(キム・ヨンスン)統一戦線事業担当秘書を経て金国防委員長に報告されたはずだ。

 金国防委員長は未知な部分について、祖国統一研究院と祖国平和統一委員会(祖平統)関係者らに直接電話をかけて確認したと思われる。 1997年北に渡り、現在、祖平統副委員長の呉益済(オ・イクジェ)氏に会い、疑問点を解決した可能性もある。

 北朝鮮専門家らは金正日国防委員長のDJ学習において、祖国統一研究院が核心的な役割を遂行したと見ている。75年9月設立された南朝鮮問題研究所の後身であるこの研究院は、南側政治、経済、社会、軍事など各分野に対する情勢研究及び対南政策資料作成、南側主要人物情報分析、日・米など韓半島周辺国家の対韓政策収集、研究などを取り扱ってきた。

 90年代に入って祖国統一研究院に改編されながら祖平統、祖国統一民主主義戦線、朝鮮アジア太平洋平和委員会など対南部署と共に韓国関連の各種懸案を扱い始めた。織改編とともに金日成総合大学、平壌外国語大学、国際関係大学の卒業生たちの中から優秀人材を本格招聘し、規模を拡大したと知らされている。

 研究所の責任者(院長)は小説家イ・キヨンの次男であるイ・ジョンヒョックで、ウォン・ドンヨン副院長、パク・ドンクン室長などが布陣している。彼らは多様な南側情報、資料に随時接し、国際学術会議にも頻繁に参加するので海外事情にも詳しい。

 南北首脳会談の準備接触北側団長として現われ注目を集めたキム・ヨンソンも、南朝鮮問題研究所、祖国統一研究院で20年間勤務し、韓国問題を扱った経験があると知られている。彼は特に文章力が卓越しており、金正日国防委員長に提出する「1号文件」作成者として活動した側近だ。

 そのほか、金大統領-金国防委員長間の予想対話録はチョン・クムチョル、アン・キョンホ、パク・ヨンスなど祖平統「対話家」らがシミュレーションをしながら作成したと見られる。 祖平統関係者らは首脳会談の発表直後から外部との接触を断ち切ってシナリオ作成に着手したことが知られている。



金大統領、訪朝出発「対国民挨拶」全文
2000年6月13日(火)『中央日報』

 

尊敬し愛する国民皆さま!

私は今日から2泊3日間、平壌を訪問します。 民族を愛する熱い胸と、現実を直視する冷静な頭を持って訪問の道に上がろうとします。 平壌で私は金正日(キム・ジョンイル)国防委員長と歴史的な韓国・北朝鮮(南北)首脳会談を持つ予定です。

 去る55年間、永遠にふさがるように見えた首脳会談の道が今、我々の前に開くようになったのであります。 この道が開けるまでは、何よりも南北の和解と協力、そして平和統一を願う国民皆さまの一様な念願と声援の力が大きかったのです。 心から感謝の言葉を申し上げます。

 国民皆さま! 国民皆さまはもちろん、今、全世界が南北首脳会談を祝福しています。 平和協力の成果がなされることを心より願っています。

 南北首脳会談は、会うということそれ自体が大きな意味があると思います。 半世紀以上、対決で一貫してきた南と北が、これから和解と協力のために会うということだけでも、大きい進展だと思われませんか。今回の首脳会談では、お互い話したいことを虚心坦懐に話すべきです。 そして誤解も解き、相手の考えも理解して、相互理解を増進させようと思います。 理解が大きくなるほど、平和と協力も大きくなるはずです。

 あらゆる問題を今回の一度で解決できるとは思いません。 お互いに意見が一致したことから合意していきます。 合意に至らない部分は次の首脳会談で努力し、南北の責任ある当局者に続けて議論するようにします。

 尊敬し愛する国民皆さま! 私の今回の平壌への道が平和と和解への道になることを心から祈ります。 韓半島で戦争の脅威を除去し、南北の7,000万皆が安心して生きられる冷戦終息の契機になることを祈ります。 私の平壌への道が、政治、経済、文化、観光、環境などあらゆる分野で交流と協力が大きく実現する契機になることを祈ります。 また私の今回の訪問が分かれた離散家族らが再結合を成し遂げて、血縁の情を交わす契機になるよう努めようと決心しています。

 私の今回の平壌訪問は、一度で終わるのではなく、南北間の継続的で常時的な対話の道になるべきであり、金正日国防委員長のソウル訪問も成し遂げられなければなりません。

 国民皆さま! これから国民皆さまの意志を込めて北側の土地に向けて出発します。 私が民族史的な任務を果たせるよう格別の支援をお願いします。 有難うございます。さようなら。



金大統領の平壌到着声明
2000年6月13日(火)『中央日報』


 敬愛する平壌市民の皆様。そして北朝鮮の同胞の皆様!とても嬉しいです。私は皆様にお会いしたくてここに来ました。夢に見た北の山川が見たくてここに来ました。あまりにも長い歳月でした。その長い歳月を遠回りしてやっと来ました。

 私の生涯では、北の地を踏めないとの悲観的な心情になったときが多かった。しかしやっと一生の願いを叶えました。南北の7000万人皆がこんな願いを1日も早く実現するよう切に願っています。

 何より私と我々一行を招待してくださった金正日総書記に心から感謝致します。我々をこうして暖かく迎えてくださった皆様にも感謝申し上げます。

 そして南の同胞の温かい情も皆様に伝えます。私は大韓民国の大統領として、南の同胞の意思によって民族の平和と協力と統一をリードするため平壌に来ました。南の同胞が今回金正日総書記と私の会談に対する期待と同じくらい北の同胞皆様の期待も大きいと思います。これからスタートです。夢のようだった南北首脳間の出会いが実現しただけに今から徐々に解決していきます。

 私は金正日総書記と共に南北同胞皆が平和に生きる道を探すため全力を尽くします。

 平壌市民の皆様、そして北の同胞の皆様! 半世紀間積もった恨を一度にほぐすことはできません。しかし始まりが半分です。今回の私の平壌訪問で全民族が和解と協力、そして平和統一の希望を持てるよう心から望んでやみません。出来ることから1つ1つ最善を尽くします。実らなかったことは第2、3回の会合を重ねて必ず解決していきます。金正日総書記と私に平壌市民と北の同胞の皆様が力強い応援と激励を送ってください。

 北の同胞の皆様! 我々は1つの民族です。我々は運命共同体です。我々手を堅くつなぎましょう。私は皆様を愛しています。ありがとうございました。



大学街に北朝鮮国旗が登場
2000年6月13日(火)『中央日報』


  韓国・北朝鮮(南北)首脳会談が始まった13日、ソウル大、高麗大など全国の大学街に、太極旗と共に韓半島地図が描かれた「韓半島旗」と北朝鮮の北朝鮮国旗が登場した。

 ソウル大の場合、この日午前早く、学生会館の出入口の方に横1m、縦2m大きさの太極旗、北朝鮮国旗、韓半島旗が各々描かれたポスターが掛けられた。ポスターの下の部分には、横に「南北首脳会談大歓迎」と書かれていた。

  また、学生会館の掲示板には「北朝鮮を正しく知ること」、「金正日(キム・ジョンイル)を正しく知ること」などの大きなタイトルで北朝鮮に対する理解を助ける壁掲示板が取り掛けられた。

  警察関係者は「ポスターに掲揚主体が表示されておらず、正確にはわからないけれどNL(民族解放)系学生たちが掛けたと推定される」と話した。

  高麗大をはじめ、建国大、コ成女子大、昌原大、翰林大、光州大などにも、12、13日太極旗、北朝鮮国旗、韓半島旗が並んで登場した。

  これに対して、検察側は「北朝鮮国旗の掲揚は、学生たちの意図がいずれにしても明白な国家保安法違反事項」とし、「しかし、南北首脳会談が進行している点などを勘案し、すぐに司法処理しないで法律検討と共に学生たちの動向を注視する方針」と話した。



近づいて来た北…感動の波
2000年6月13日(火)『中央日報』


 

 金大中(キム・デジュン)大統領が13日午前、平壌順安空港で、明るく微笑みながら北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長と両手を取り合った瞬間、全国は感動の波に包まれた。市民たちはTVを通じて、両首脳が並んで歩きながら、北朝鮮軍儀仗隊の査閲を受ける姿、共に乗用車に乗って移動する姿などを見守り歓呼した。

  特にこの日の午前10時30分頃、大統領専用機の平壌順安空港到着の場面が画面に出た瞬間、各家庭と事務室、街では「平壌だ」という感嘆の声が響き渡った。

 主婦のチェ・スンオック(59)さんは、「金大統領と金国防委員長が会う場面を直接見て、いままさに首脳会談が実感できた」とし、涙汲んだ。 北朝鮮の国号を意味する「DPRK.COM」ドメインを所有している朝鮮インターネット社のユ・セヒョン(39)社長は、「10年間対北朝鮮事業を待ち続けてきた企業家として感慨無量だ」とし、興奮した。

  ソウル汝矣島証券街でも社員と投資家らが、株価を知らせる電光板からTVに視線を移し、歴史的出逢いを見守った。  H証券社員のユ・チャンスン(30)さんは、「韓国・北朝鮮(南北)首脳の出逢いを見て、胸がいっぱいだ」とし、「証券街でも今回の会談がホットニュースなだけに関心が高い」と話した。

  臨津閣では、100余人の観光客・失郷民(北朝鮮に故郷のある人)が、ある放送社が設けた大型スクリーンの前で、生々しい平壌市内の様子を見ながら感激した。元山が故郷というナム・ソング(67・江原道高城郡)さんは、「両首脳が暖かく握手する姿を見て、涙が流れるのを我慢できなかった」とし、興奮した。

  北朝鮮と川ひとつをはさんである非武装地帯内の京畿道坡州市グンネ面チョサン里大成洞の住民たちは、仕事を暫らく休んで、村会館などに三々五々集まり喜びを交し合った。

  ソウル鍾路区旧基洞の以北5道民会(北朝鮮の5つの道の出身の会)に集まった失郷民らは、始終TVに釘付けとなって、感激の涙を流した。
  平安北道慈城郡チュンカンジンが故郷の平安北道道民会の李成万(イ・ソンマン、65)総務部長は、「両首脳が車に同乗し、率直な話を交わしただろうから、今回はきっと失郷民の傷を減らしてくれるものと信じる」と話した。

  平壌順安空港近くが故郷という劉明哲(ユ・ミョンチョル、67)さんは、北朝鮮を訪問する一行が、乗用車で空港から百花園迎賓館に移動する途中、街の風景が出てくると、街のあちこちを手で指しながら、過去の記憶を浮かべた。



党・政・軍の高位幹部、空港に総出動
2000年6月13日(火)『中央日報』


 金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が直接順安空港に出て、北朝鮮の多くの党・政・軍高位幹部らが迎接行事に姿をあらわした。 この日テレビの画面で見られた北朝鮮側の主要人物は、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員会委員長、趙明禄(チョ・ミョンロック)国防委員会第1部委員長、金国泰(キム・ククテ)・金容淳(キム・ヨンスン)・崔泰福(チェ・テボック)労働党中央委員会書記などで、これらは金委員長と共に、飛行機タラップ前まで歩いていき金大統領を迎えた。

  金委員長に続いて、2番目に金大統領と握手を交わした金永南常任委員長は、国防を除外した国家事業全般を総括し、対外的に国家を代表する人物。彼は儀典行事の間、儀仗隊の査閲を受ける壇上で、金大統領の右側に立つことにより、対外的に国家首班の役割を果たすという事実を見せてくれた。

  彼は、72年、党の国際部長として抜擢されて以来、国際担当書記・政務院外交部長などを歴任した北朝鮮外交の元老であり、首脳会談期間中、1度晩餐を主宰する可能性が大きい。

金永南は、萬寿台議事堂を訪問した金大統領と暫らくの間、歓談したりもした。常任委員会副委員長の楊亨燮(ヤン・ヒョンソッブ)とキム・ヨンデ(民族和解協議会会長)、書記長のキム・ユンヒョックなども、時々姿をあらわした。

  会談準備を総括した金容淳書記(朝鮮アジア太平洋平和委員長兼任)は、国際部で35年間務めてきており、北朝鮮高位層のうち、西側世界を最もよく知る人物とされている。百花園迎賓館での金大中(キム・デジュン)・金正日(キム・ジョンイル)歓談に、北朝鮮側関係者としては唯一同席した彼は、1992年、統一戦線事業担当書記として抜擢されて以来、韓国・北朝鮮(南北)対話を担当してきた。

 彼は故金日成(キム・イルソン)主席の死去直前の1994年6月、首脳会談のための予備会談の際、北朝鮮側首席代表として板門店にきて、李洪九(イ・ホング)当時韓国首相と交渉を繰り広げ、老練な交渉家の面目を見せたという評価を得た。彼は1998年、鄭周永(チョン・ジュヨン)現代グループ前名誉会長と朴普煕(パク・ボヒ)世界平和財団理事長の北朝鮮訪問の時も、姿を表したことがある。

  軍幹部では、趙明禄(チョ・ミョンロック)副元帥が唯一参加した。イ・ウルソル護衛総局長、金栄春(キム・ヨンチュン)総参謀長、キム・イルチョル人民武力相などは姿をあらわさなかった。

 趙明禄は1945年11月、金委員長をおんぶして帰国した「革命第1世帯」で、1995年10月、総政治局長として抜擢され、軍政治・思想事業の責任を担ってきた。彼は今回、人民軍を代表して出たというよりは、国防委員会第1部委員長資格として参加したものと見られる。彼は5月末、北京で開かれた金正日・江沢民の北朝鮮・中国(朝・中)首脳会談にも同席した。

  最高人民会議では、崔泰福議長とヨ・ウォング副議長が行事場所に姿を現した。崔議長は萬景台革命学院出身で、幼い頃から金委員長と縁を結んできた人物で、長い間、教育・科学分野を担当してきた。

ヨ副議長は解放直後、ソウルで人民党党首を務めた呂運亨(ヨ・ウンヒョン)の3女で、1947年、北朝鮮に行き、金日成の自宅で泊まった時、金委員長と暫らくの間共に過ごした縁がある。李姫鎬(イ・ヒホ)女史とは、梨花女子専門の先輩と後輩の関係。

  一方、白南淳(ペク・ナムスン)外務相は、現在、弔問使節団を率いてシリアを訪問中なので、姜錫柱(カン・ソクジュ)外務省の第1副相が彼の役割を代行した。姜副相は1994年、北朝鮮・米国(朝・米)核合意を引出した主役だ。

  韓国・北朝鮮(南北)対話主務部署の祖国平和統一委員会からは、これまで南北接触の時、頻繁に顔を現したアン・ビョンホ(アン・ビョンス)書記局長が出てきた。

 今回の首脳会談を成功させるのに決定的役割を果たしたアジア太平洋平和委員会からは、朴智元(パク・ジウォン)文化観光部長官と首脳会談合意書に署名した宋浩景(ソン・ホギョン)副委員長が出てきた。

この他にも、空港行事に平壌住民たちを動員する実務責任役割を担当したヤン・マンギル平壌市人民委員長の姿も見えた。但し、行事場所には韓成龍(ハン・ソンリョン)、金期南(キム・キナム)、キム・ジュンリン、桂応泰(キェ・ウンテ)などの党書記、金栄春(キム・ヨンチュン)、キム・イルチョルなど軍首脳部と内閣関係者らは参加しなかった。

  政府当局者は「空港迎接に参加した北朝鮮側の人士らには、最高人民会議及び対南事業関連人物らが沢山含まれていたのが特徴」と指摘した。



「金総書記、聞いていたのとあまりにも違った」
2000年6月13日(火)『中央日報』


 市民たちは13日、テレビで生中継で報道された金正日(キム・ジョンイル)国防委員長の姿を興味深く見守った。特に、国賓を迎える服装にしては破格的な彼の服装に驚く姿だった。 キム・テシック(46、会社員)さんは「金委員長が空港で直接迎えるのは初めてだと聞いたが、あんな服装ではちょっと」と顔をしかめた。 しかし、北朝鮮専門家は金委員長の服装が格式に外れるのではないと話す。

 彼が着ている服は人民服だ。人民服は、礼服とふだん着の両方に使われるということだ。 ある北朝鮮亡命者は「金委員長は人民服とジャンバーをよく着るし、その理由は素朴に見えるためだ」と話した。すなわち、高度な自己演出ということだ。

 金委員長の服装は、彼の後継授業と共に変わってきた。1960年代、金日成総合大学に通った時と党組織に初めて入った時は、いつも背広の姿だった。 しかし、70年代、本格的な後継者としての授業を受けながら、人民服または簡便服(ジャンバー)の姿に変わり、以後背広を着ている姿はあまり見られなくなった。

 驚くべき点は、金日成(キム・イルソン)バッジを付けていなかった点だ。テレビを見ていたキム・ジョンミン(29、主婦)さんは「常に着用している金日成バッジがないのを見て『あの人が心の扉を開いたようだ』と考えた」と話した。 また、ハン・ヒョンジュ(38、主婦)さんは「金委員長が意図的に謹厳に見せるため、対外舞台ではサングラスを掛けると思っていた。しかし、透明な眼鏡をかけていたので意外だった」と指摘した。

  金委員長は視力が良くなくて、近視用の厚い眼鏡をかける。しかし、夜遅く寝る習慣により目が充血している時が多く、これを隠すためサングラスを掛ける。サングラスを着用しているかどうかが、金委員長の熟睡の程度を推し量る判断基準になるわけだ。

  金委員長の姿でもう一つの特異な点は、厚底の靴を履いていることだ。1m65pと推定される短身であるため、金委員長が厚底の靴を好む理由が推察できる。

  特に、市民たちの目を引いたのは、彼の元気で余裕のある行動だ。クァク・ヨンヒ(31、主婦)さんは「金委員長が多少神経質で偏執症があると思っていた。しかし金委員長にそのような点は発見できなかった」とし、「70年代、セマウル運動の現場で時々見た郡守のようだ」と話した。

 このほか、自然な姿勢と笑い、一つひとつ金大統領を案内する自然な手振り、金大統領と共に同乗する姿勢などは、いままで市民たちが持っていた「高圧的な独裁者」という金委員長に対する固定観念を破るのには十分に破格的な姿だった。



「興奮しすぎはだめ」警戒も
2000年6月14日(水)『中央日報』


 「胸は熱く、しかし頭は冷静にしなければならない時期だ」韓国・北朝鮮(南北)首脳会談を契機に「北朝鮮熱風」が社会の各所で起こっている中、「興奮しすぎたり性急な期待感は警戒すべきである」という指摘が高まっている。
 また離散家族の対面と統一などの民族念願の実現が、今にもなされるかのように興奮してふわふわすることは、今後南北間の対話に悪影響を及ぼすかもしれないという憂慮が少なくない。

 会社員のキム・ナムギョン(30)さんは「金正日(キム・ジョンイル)国防委員長など北朝鮮に対する一般人たちの観念が、突然変わってしまった感じ」とし「このようなことが、あまりにも過度に速く進んでいるのではないかと心配だ」と語っている。

 自由民主民族会のイ・チョルスン代表も「首脳会談が国民に伝えられる過程で、韓国の体制的優位や伝統性は忘れられ、北朝鮮政権の新しいイメージだけを肯定的に浮び上がらせる効果が現れている」とし「外面にだけ陥る愚を警戒すべき」と明らかにした。

 警戒論はパソコン通信とインターネット上のネッティズン(インターネット使用者)たちの間でも提起されている。あるネッティズンは「統一のため、開かれた心を持つことは理解できるが、大学に北朝鮮の国旗を掲げるなど混乱している姿は望ましくない」とし「独裁や世襲、閉鎖的な社会主義まで包容しろということではないのであって、どんな体制と制度が優位にあるのか、冷静に比較しなければならない」と主張した。

 延世大学のイ・フング心理学科教授は「北朝鮮に対して一方的な情報だけを受けてきた国民が、テレビ中継を見て相当混乱しているようだ」とし「和解雰囲気の拡散は望ましい現象であるが、浅はかな行動や興奮などは警戒すべきこと」と指摘した。

 西江大学のソン・ホチョル政治外交学科教授は「貶めすぎたり共産主義だけに描かれてきたりした北朝鮮の姿が、相当違って見えることから、国民の期待が非常に高まった状態」とし「あまりにも期待しすぎると、出逢い自体でも十分意義のある首脳会談の意味を退色させることにもなるため、冷静な姿勢が必要である」と述べた。



金総書記、意表衝いた行動「演出の鬼才」
2000年6月14日(水)『中央日報』


 

 北朝鮮金正日(キム・ジョンイル)国防委員長は、新しいイメージを絶えず見せつけている。 13日、平壌順安空港で、西側国家に知らされた否定的なイメージ破壊に成功した金委員長は、14日、第2次首脳会談でもまた強烈な印象を残した。

 空港迎接からこの日の会談までを見守っていた韓国側の専門家たちは、「金委員長が自らプロデュースや主演になり、一つの仕組みのあるドラマで会談を進行させている」と評価した。 外交消息筋は「会談日程を一日延期し、憂慮を生み出した直後、意表を突く空港迎接や同乗会談の劇的反転を盛り上げた流れを凝視する必要がある」と指摘した。

 金委員長特有のイメージ管理学は、映像やテレビ、マスコミ媒体に対する長い期間の感覚から始まった。 金委員長は、20代後半の労働党宣伝扇動部文化芸術指導課長(1968年)、宣伝扇動部副部長(69年)だった当時、朝鮮映画撮影所に常勤し『血の海』や『花を売る乙女』などの映画を製作し、演出能力を磨いた。

 ポイントを与えるべき演技場面、主題歌歌手のオーディションまで指揮した程である。 金委員長が良く見た韓国ドラマも『龍の涙』や『砂時計』など、歴史性と映像美学が加えられた作品だと知らされた。

 また他の専門家は「金委員長が映像で『金日成(キム・イルソン)偶像化』の能力を認められ、後継構図を固めるようになった」とし「演出の鬼才である」とした。

 金委員長自ら「世界が見守っている」としたことが、今回の平壌首脳会談。 金大統領に車両の上席を譲り、李姫鎬(イ・ヒホ)女史に気を配る「孝心政治」「女性配慮」の面で関心を先取りした。 金委員長は権力を掌握して運用する手段としても、テレビや新聞媒体を積極的に活用してきた。 金日成主席の死後、金委員長の軍部隊訪問場面が主流だった北朝鮮テレビ画面は、昨年後半から化粧品工場や養魚場、じゃが芋農場訪問に変わった。

 「銃からパン」の権力運用基調が、映像イメージでも表れたわけだ。そのため「金委員長の言葉や行動でも本質とイメージの側面を見分けなければならない」という指摘も出ている。



金総書記、「韓国式キムチ」「北脱出者」用語使用
2000年6月14日(水)『中央日報』


<金大統領−金総書記対話録>

金総書記=今日はお疲れでしょう。

金大統領=大丈夫です。ここまでお越しいただいて有難うございます。

金総書記=約束した通り、お伺いしただけです。いくら親切なもてなしをしても、家よりは劣るという話もあるじゃないですか。

両首脳は接見室から20余m離れた会談室へ席を移し、2回目の首脳会談に入った。幅30余mほどの大型会議用テーブルに向い合って座ると、再び対話が続いた。金大統領が席に座ると、金総書記が先に話しかけた。

金総書記=今日の日程が、朝から緊張させることになりましたね。

金大統領=あちこち一杯回りました。良い芸術をたくさん見ました。ありがとうございます。 

金総書記=寝ごこちは、どうでしたか。

金大統領=よく寝むれました。普段から一度行ってみたいと思っていた玉留館で、冷麺も食べてきました。

金総書記=午前会談があまりにも遅く終わるから…冷麺はあまり早く召し上がると麺が美味しくないです。(笑い)これからは、時間に余裕を持ってゆっくり召し上がってください。(少しの間があってから)平壌市民らは、大変興奮している状態です。大統領が直接カーペットから降りて、直接訪問してくださったことに対して人民らが熱くは迎えましたが、それでも挨拶が正しくなされたかどうか、自分たちなりに心配しています。

金大統領=過分に歓待してくださったことに感謝しております。昨日は金総書記が直接空港に迎えにきて下さり、数十万市民が出迎えてくれたので、とても感謝しているし、韓国の方でも皆驚いています。 

金総書記=私も昨日の夜遅くまで、南朝鮮(韓国)のテレビを見ました。MBCも報告したのですが、南の人民(韓国市民)らも皆歓迎する雰囲気で、特に失郷民(北朝鮮が故郷である人)とか北朝鮮脱出者に対しての内容がたくさん紹介されており、見させていただきました。彼らが、涙を流しながら故郷の消息でも今回伝えることができないだろうか、その道を速めることができないだろうかと、気をもんでいました…(隣に座っていたキム・ヨンスン委員長に向かって)実際に泣く場面も映ってたよ。

金大統領=(ソウルのプレスセンターに)外国人記者らも1千余人いますが、千余人の記者たちが皆起立拍手したそうです。(金総書記大声で笑う)金委員長が直接空港に出迎えたことを見て…

金総書記=(ハハー笑い)空港まで出迎えたことは、私が昨日もお話ししましたが挨拶しただけなのに、私が何がそんなに偉い人だと…しかし、欧州の人々は(この場面で金総書記は「敵」「外信」という表現も使ったが、また「欧州」と言い替える)度々私に何故隠遁生活をするのか。隠遁生活する人が初めて表に現れた。私は過去に中国も訪問したし、インドネシアも訪問したし、外国にも非公開でたくさん行っているのに、私に隠遁生活していると言う。金大統領がいらっしゃって、もう隠遁から解放された。(一行と金総書記皆が大声で笑う)

金総書記=食べ物とか不便なところはないですか。

金大統領=ええ、食べ物がとても美味しいです。

金総書記=この前中国に行ったらキムチが出てきたが、韓国式キムチが出て来て、南の人々は大変なことになったと思いました。南の人々がキムチを(世界に)広めて、また日本ではキムチというが、北朝鮮キムチがないのです。南朝鮮キムチは、ちょっと塩辛くて北朝鮮キムチは水が多く入るという差があります。



金総書記、ユーモア混ぜた断定的な言葉使い
2000年6月14日(水)『中央日報』


 

 「金正日(キム・ジョンイル)総書記の言語駆使は直説、断定的だ。しかし、ここにユーモアを適切に混ぜて相手の負担を和らげようとする」。 これは平壌首脳会談で金総書記の修辞学を見守った韓国側の学界、専門家らの一般的な分析だ。

高麗大学の徐鎮英(ソ・ジンヨン、政治学)教授は「全ての状況が自身の統制下に置かれているという第1人者意識が、彼のよどみなく断定的な言葉使いに溶け込んでいるようだ」と指摘した。

 彼が選択した語彙は、外交的なものより主演俳優のような芝居的雰囲気がしみついているということ。 金総書記は14日の2次首脳会談でも「欧州の人々があの、何と言うかといえば、何故隠遁生活をキるのかというけれど、私が何故隠遁生活をして閉じこもらなければならないのか」とよどみなく話した。 会談場の雰囲気を仕切る過程で、金大統領の話を2〜3回切る姿も見えた。 しかし「金大統領がいらっしゃって私を隠遁から解放させてくれた」という「逆説的な冗談」で雰囲気を導いた。

 前日の1次会談の時にも彼は、金大統領と私たち一行に「辛い、恐ろしい、怖い道をいらっしゃった」と話した。 長い間敵対関係だった立場から見れば、威圧的で緊張させる表現かもしれない。しかし、迂回しないで事態の核心に入っていく「金正日式語法」のようだということである。 相手に答弁を要求する断定的な言葉もある。安らかな歓談の席だったにもかかわらず、彼は対話の最後の部分を「金大統領が何故北朝鮮を訪問したのか、金総書記は何故承諾したのか、世界が注目する疑問符号に、2泊3日をかけて返事しなければならない」という話で飾った。

 「世界が注目」「疑問符号」など文語的修辞が、芝居のシナリオのような感じを与えた。 「私は統治をしているがもっと若い」「できる限りのことをします」(以上金大統領に)、「心配するな(大統領府(青互台)安周燮(アン・ジュソップ)警護室長に)」という言葉もさりげなく言った。

年長者の金大統領を意識し「東方礼儀之国」「礼節」「道徳」という言葉も数回使用した。礼儀の分かる指導者の面目を浮き彫りにしようとしたものである。

 徐教授は「生前の金日成(キム・イルソン)主席のよどみない多弁、難しい問題も簡単に話すスタイルに似ている」としながら「特に歌劇『血の海』を直接製作するなど若い時から宣伝、煽動、演劇分野に従事していたせいか、言葉にドラマチックな要素がある」と話した。



南北、首脳会談の目標に微妙な差
(2000年6月14日(水)『中央日報』


 

 韓国・北朝鮮(南北)首脳会談をめぐって、南北の異なった戦略は、既に会談初日の13日から微妙な差を露呈している。 北朝鮮の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議(国会)常任委員長は、平壌を訪問した金大中(キム・デジュン)大統領のため、晩餐を催した。 注目すべきことは金委員長の晩餐辞だ。

 金委員長はこの日「分裂がいつ終わるか、統一はまたいつの日に成されるか…今後北と南の政治家たちが責任を持って答えなければならない時がきた」と述べた。 キム・ヨンホ(延世大学)教授は「これは北朝鮮が首脳会談の概念を『統一』としたことを意味する」と語った。 過去50年間ずっと「自主」と「民族の大団結」を叫んできた平壌が、今回の首脳会談も自分たちの対南統一攻勢を浮上させる政治舞台にしようとしているという分析だ。

 南北会談専門家のキム・ダルスルさんも「南北は今回の首脳会談をめぐって、お互い別の考えの枠組を持って臨んでいる」と指摘した。南側は首脳会談を文字通り「金大統領と金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が会い、問題を解決すること」という考えを持っている。

 その反面、北側は「対面」を重視している。金委員長に会って握手したら「対面」はなされたのだから、これで充分だということだ。首脳会談をめぐる南北間の異なった戦略概念は、「公式面談」をめぐっての解釈の差でそのまま露呈している。南側は、この公式面談に別段と比重をおいていない。

 南側が今度の会談を北側が望んでいる「拡大首脳会談」でなく、「公式面談」であると、格を下げて呼んでいることも、そのような理由からだ。その反面、北朝鮮は今回の公式面談に、相当な政治的比重をおいている。



両首脳の会談冒頭のやりとり
(2000年6月14日(水) 『毎日新聞』)



 金大中大統領と金正日総書記が14日、金大統領の宿所で行った首脳会談の冒頭、テレビ撮影の中で交わした主なやりとりは次の通り。

 (並んで歩きながら)
 総書記 きょうはお疲れではありませんでしたか。 

 
大統領 大丈夫です。ここまで来て下さってありがとうございます。

 
総書記 約束通り訪ねてお会いするのが良いのです。いくら待遇が良くても自分の家には劣るという言葉もあるではないですか。

 (対面して座った後)
 
総書記 きょうは朝から忙しい日程にしてしまいました。

 
大統領 あちこちたくさん回りました。

 
総書記 寝所は快適でしたか。

 
大統領 よく眠って、玉流館(冷めんで有名な平壌のレストラン)で冷めんも食べてきました。

 
総書記 きょうは会談が午後にあって、あまり急いで食べるとおいしくありません。 平壌市民はいま興奮状態です。大統領が勇断を下して(平壌に)来られたのに対して、すべての人民が熱くお迎えしましたが、(歓迎の)あいさつになったかどうか心配しています。

 
大統領 過分の歓待に感謝します。委員長(総書記)自ら空港に出向かれたのを南側でも見て、みんな驚いています。

 
総書記 昨夜は遅くまで南側のテレビを見ました。南側の人民たちもみんな歓迎して、特に失郷民(離散家族)、脱北者(北朝鮮からの亡命者)は涙を流していました。(臨席の金容淳書記に)本当に泣く場面が出たんだ。

 
大統領 (ソウルのプレスセンターに)外国記者たちも数百人集まって(韓国記者とあわせて)1000人余りが立ち上がって拍手をしたそうです。委員長が空港に現れたのを見て。

 
総書記 私がなんの大物ですか。(空港に行ったのは)あいさつしただけなのに。ヨーロッパの人たちは私に、なぜ隠遁生活をするのか、初めて現れたというけれど、私は中国やインドネシアやタイに非公開で何度も行ってきた。金大統領が来られて隠遁生活から解放されました。(笑い)  食べ物に問題はありませんか。

 
大統領 食べ物は本当に結構です。

 
総書記 中国に行ったら韓国式キムチが出て、南側の人たちは大変なことをしたと思いました。南側の人たちがキムチを(世界に)評判がたつようにして、日本でキムチ(日本式発音)と言うのだけれど、北朝鮮のキムチがない(普及していない)のですよ。南朝鮮のキムチは少し塩辛くて、北朝鮮のキムチは水気が多いという違いがあります。



歴史的な共同宣言に署名
2000年6月15日(木) 『朝鮮日報』


 金大中(キム・デジュン)大統領と金正日(キム・ジョンイル)総書記は14日午後、金大統領の宿所である百花園迎賓館で2回目となる単独首脳会見を開き、5項目の南北共同宣言を採択、署名した。金総書記は適切な次期にソウルを訪れることになった。

 両首脳は今年8月15日に南北に離ればなれになっている家族・親戚の訪問団を相互の交換し、非転向長期囚など政治・思想犯の問題を解決していくことで合意、これを共同宣言に織り込んだ。金総書記のソウル訪問時期と関連、朴ラ瑩(パク・ジュンヨン)青瓦台スポークスマンは「相互で協議していくもの」と述べた。

 両首脳は共同宣言で「南と北は、国の統一問題をその主人であるわが民族だけで互いに力を合わせ、自主的に解決していくことにした」と明らかにした。また「南と北は、国の統一のための南側との連合制案と北側の低い段階の連邦制案が互いに共通性があると認識、今後この方向で統一を目指していくことにした」と述べた。

 共同宣言ではまた、「南と北は経済協力により民族の経済を均衡的に発展させ、社会・文化・体育・保健・環境など諸般の分野での協力と交流を活性化させ、互いの信頼を深めていくことにした」と明らかにした。

 両首脳はこのような合意事項を迅速に実践へと移すために、早期に南北当局者間の対話を始めることで合意した。この日の合意は14日午後3時から1回だけの休憩を取っただけのマラソン協議で合意がなされ、金大統領主催の晩餐会が終わり午後11時20分に歴史的な共同宣言合意文に署名した。

 この日の会談で金大統領は「南と北は7・4共同声明と南北基本合意書など、すでに多くの合意がなされているが、いまはこれを実践し行動に移すことが重要だ。双方に朝鮮半島の緊張緩和と平和体制の構築、和解と協力のためのすべての方法を論議すべきだ」と明らかにした。

 金大統領は特に「北側も統一のための和解と協力に積極的にならねばならず、このために米国と日本との関係改善をすることが重要だ」とし、日米をはじめとする国際社会との関係改善などの協力を強調した。

 朴スポークスマンは、金大統領が米国と日本の問題である北朝鮮の核・ミサイル問題も議論されたのかという質問に「北側にも伝えた」と回答した。



南北首脳「南北共同宣言」に歴史的署名

2000年6月15日(木) 『中央日報


 

 金大中(キム・デジュン)大統領と金正日(キム・ジョンイル)国防委員長は、14日午後に行われた2次単独首脳会談で、韓国・北朝鮮(南北)間の統一の自主的解決、離散家族対面、経済・社会・文化など多方面にわたる交流など5項目からなる「南北共同宣言」に合意し、午後11時20分に正式署名した。

 大統領府(青瓦台)の朴ラ瑩(パク・ジュン・刀jスポークスマンは「祖国の平和的統一を念願する全民族の崇高な意思により、金大中大統領と金正日国防委員長は、2000年6月13日から15日まで平壌で歴史的な会いと首脳会談を行った。」と5つの事案を発表した。

 共同宣言文は「南北の首脳は分断歴史上初めて開いた今度の会いと会談が、お互いの理解を増進させ、南北間関係を発展させ、平和統一を実現させる重大な意義を持つと評価する。」と明らかにした。

 宣言文は「南北は国の統一問題を、その主人である我が民族同士でお互い力を合わせ、自主的に解決していくこと」を闡明した。

 「カチャ、カチャ、カチャ」 2000年6月14日午後11時20分平壌百花園迎賓館。 金大中(キム・デジュン)大統領と北朝鮮金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が、分断55年の韓半島歴史を新しく飾る「南北共同宣言」に署名した後、シャンペンが入ったガラス杯で乾杯をした。

 共同宣言は5項目で構成されている。 特に両首脳は今年8.15に際して、離散家族、親戚訪問団を交換し、非転向長期囚問題を解決するなど、人道的問題を早期に解決することを約束した。

 朴ラ瑩(パク・ジュンヨン)大統領府(青瓦台)スポークスマンは「南北の平和的統一を念願する全民族の崇高な意に従い、大韓民国の金大中大統領と朝鮮民主主義人民共和国の金正日国防委員長は、2000年6月13日から6月15日まで平壌で歴史的な対面をし、首脳会談を行った」と述べ、5項目を発表した。

 共同宣言文は「南北の首脳は分断歴史上初めてとなる今回の出会いと会談が、お互いの理解を増進させ、南北間関係を発展させ、平和統一を実現させる重大な意義を持つと評価する」と明らかにした。

 宣言文は、まず「南北は国の統一問題を、その主人である我が民族同士でお互いに力を合わせ、自主的に解決していくこと」を明らかにした。 また「南北は国の統一のため、南側の連合提案と北側の低い段階の連邦提案がお互い共通性があると認め、今後この方向に統一を指向させていくことにした」と述べ、金大統領の3段階統一方案と北朝鮮の高麗連邦制統一方案の折衝を予告した。 また、金大統領と金委員長は「経済協力を通じて民族経済を均衡的に発展させ、社会、文化、体育、保健、環境など、諸般分野の協力と交流を活性化してお互いの信頼を固めて行くことにした」と確かめ合った。

 両首脳は「以上のような合意事項を早期に実践するため、近いうちに当局間の対話を開催すること」に合意した。 これとともに、朴スポークスマンは「金大統領は、金正日国防委員長がソウルを訪問するように丁重に招請し、金正日国防委員長は、今後適切な時期にソウルを訪問することにした」と明らかにした。

 両首脳はこの日の2次単独首脳会談で、南北関係の新しい転換点になるこのような合意文を用意した。 宣言文の署名日は6月15日になっている。 これに先立ち、朴スポークスマンは「会談開始から2時間20分後の午後5時20分に1次会議を停会した後、午後6時5分に会談を再開し、45分後の午後6時50分に両首脳は歴史的な合意を成し遂げた」と明らかにした。 朴スポークスマンは「両首脳は、南北間のあらゆる問題に対してきたんなく胸襟を開いて話をした」と述べた。

 この日の首脳会談には、韓国側は林東源(イム・ドンウォン)大統領特報、黄源卓(ファン・ウォンタック)外交安保、李起浩(イ・キホ)経済首席が、北朝鮮側は金容淳(キム・ヨンスン)アジア太平洋平和委員長が同席した。




[南北共同宣言文] 全文
(2000年6月15日(木) 『中央日報)



 祖国の平和的統一を念願する全民族の崇高な意思により、大韓民国の金大中大統領と朝鮮民主主義人民共和国の金正日国防委員長は、2000年6月13日から15日まで平壌で歴史的な会いをし、首脳会談を行った。 南北首脳は分断歴史上初めて開いた今度の会いと会談が、お互いの理解を増進させ、南北間の関係を発展させ、平和統一を実現させる重大な意義を持つと評価し、次のように宣言する。

1.南北は国の統一問題を、その主人である我が民族同士でお互い力を合わせ、自主的に解決していくことにした。

2.南北は国の統一のため、南側の連合制案と北側の低い段階での連邦制案がお互い、共通性があったと認め、今後、この方向から統一を志向していくことにした。


3.南北は今年8月15日(独立記念日)に際して、離散家族、親せき訪問団を交換し、非転向長期囚問題を解決するなど、人道的問題を早急に解決していくことにした。

4.南北は経済協力を通じて、民族経済を均衡的に発展させ、社会、文化、体育、保健、環境などあらゆる分野での協力と交流を活性化させ、双方の信頼を固めていくことにした。

5.南北は以上のような合意事項を早急に実行に移すため、早い時期に当局間の対話を開催することにした。


金大中大統領は、金正日国防委員長がソウルを訪問するよう丁重に招請し、金正日国防委員長は、今後適切な時期にソウルを訪問することにした。

2000年6月15日  
大韓民国大統領 金大中
朝鮮民主主義人民共和国国防委員長 金正日




両側秘線水面下接触
(2000年6月15日(木) 『中央日報)



 北朝鮮専門家は、TV画面に現れない「隠れ絵」に注目した。 首脳会談の本物の下絵は、公式面談のような表面に現れた公式会談でなく、別途の水面下接触を通じてなされるという説明だ。

 韓国・北朝鮮(南北)会談専門家のキム・ダルスル氏は「おそらく林東源(イム・ドンウォン)−金容淳(キム・ヨンスン)水面下チャンネルが活発に稼動したもの」と話した。 南北は今回の南北首脳会談で双方がやりとりするカードを最終議論する過程が必要だが、この作業は林東源大統領特別補佐官と金容淳アジア太平洋平和委員長(対南担当秘書)の下の実務者が担当するしかないということだ。

 林東源−金容淳チャンネルは、大きく2分野に対してカードを交換したと思う。 ひとつは、離散家族対面規模と後続赤十字会談のように、やりとりする「贈り物」についての議論だ。 また双方は、韓国側が提供する電力、石炭などを含んむ対北朝鮮経済協力規模と提供方法などについて交渉したと思う。

 林東源−金容淳水面下チャンネルを通じて1次でまとめられた交渉内容は、14日午後に百花園迎賓館で開かれた金大中(キム・デジュン)大統領と金正日(キム・ジョンイル)国防委員長間の2次首脳会談テーブルの上に上がっただろう。

 両首脳は午後3時から午後6時50分まで3時間50分にわたったマラソン会談を行った。 こういう過程を通じて、両首脳は午後6時ごろ▲南北和解と統一▲緊張緩和と平和定着▲離散家族▲交流協力の4項目において原則的な合意に到達できた。 もちろん、この首脳会談では金大統領と金委員長が主に発言したものだ。 しかし、具体的な問題が提起される場合、首脳会談に同席した林東源大統領特別補佐役と金容淳アジア太平洋委員長が自身の意見を表明した可能性もある。 首脳会談開催の合意から実際に会談がなされるまで、見解の差を狭める牽引車的役割をしたものと推定される。 水面下で実務を担当した彼らの役割が最後まで重要だからだ。

 2次首脳会談は6時50分に終わった。 両首脳が導出した合意内容は、また林東源−金容淳の手に渡された。 二人はともに百花園迎賓館別室で合意文内容を最終整理しただろう。 文案整理を終えたのは8時30分ごろ。 整理された文案は再び両首脳に伝達された。 この過程で、金大統領は合意文の単語と文句を一つ一つを慎重に見たはずだ。

 こういう複雑な過程を経て、両首脳はついに午後11時過ぎ、合意文に署名した。 この合意文は、南北歴史上初めて両首脳の名義で発表された合意文である。今後残っている問題は実践たけだ。





南北関係進展で米国に戸惑いも

(2000年6月16日(金) CNN)


 南北首脳会談で共同宣言が調印され、朝鮮半島は緊張緩和に向けて一挙に動き出した。しかし、朝鮮戦争以来、朝鮮半島で軍事的なプレゼンスを維持してきた米国は、会談の成功を歓迎する一方、急激な事態の展開に戸惑いを見せている。今後の南北交渉で在韓米軍が焦点の一つとなるのは必至で、東アジア戦略の大幅な見直しを迫られる可能性もある。

   クリントン大統領は共同宣言の調印・発表に対し、「大変にうれしい。まだ第一歩だが、明らかに正しい方向に動いており、世界中が勇気づけられるだろう」と、歓迎の意向を示した。しかし、14日に会見したロックハート報道官は「この会談、共同宣言からどんなプロセスが生まれるのか、見極める必要がある」と、慎重な姿勢をみせた。

   また、国務省のバウチャー報道官は「会談で(北朝鮮の)ミサイルの脅威が変わるという兆候は見えない」として、北朝鮮のミサイルを念頭に置いた米本土ミサイル防衛(NMD)構想は維持することを示唆。「米国は韓国の安全保障に大きな責任がある。米国にとって朝鮮半島の平和と安定は非常に重要だ」と、在韓米軍の意義が変わるものではないことを強調した。

   1953年の朝鮮戦争の休戦以来、朝鮮半島は東西冷戦の「前線」となり、現在も100カ所近い基地に約3万7000人の米兵が駐留する。韓国軍との合同訓練だけでなく、一昨年の北朝鮮兵士の潜入事件などの際には、韓国軍の支援に出動するなど、大きな存在となっている。



南北問題テーマの韓国映画「シュリ」 再上映にホットな反響

(2000年6月16日(金) 『西日本新聞』)


 南北首脳の歴史的会談直後の十六日から、朝鮮半島の南北問題をテーマにした韓国のアクション映画「シュリ」が、福岡市で再上映される。偶然、会談に合わせたかのような上映日程となり、映画館側には問い合わせが相次ぎ、再上映は過去に例のない反響を呼んでいる。さらに、配給会社が設けたホームページ(HP)では、若者たちが、朝鮮半島の未来について熱い意見を交わすなど、まさにホットな映画となっている。

 「シュリ」は自由と統一の象徴とされる魚の名前。韓国の男性情報部員と、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の女性工作員との悲恋と、両国首脳が出席するサッカーの南北交流試合をめぐるテロ計画が交錯する映画。今年一月の日本公開以来、若者を中心に百十二万人の観客動員を記録している。

 福岡市中央区のソラリアシネマは、十六日から二十八日まで再上映予定だが、前売り券の売れ行きが過去の人気作の四倍となっている。同館は「もともと話題作だが、予想外の反響。歴史的な出来事と重なったためでは」と話す。

 また、配給会社「シネカノン」(東京)が設けたHPの掲示板には、南北首脳会談前後に、国内だけでなく韓国からも書き込みが殺到。「映画で南北分断の歴史を初めて知った」「ささやかな一歩に祝杯を挙げ、南北が統一されたらもっと盛大に祝杯を」など、映画への感想だけでなく、半島の未来への思いや会談実現への喜びの声も相次いだ。



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