韓国内新聞(日本語版)で読む 2006年独逸W杯 採録



 今年W杯ドイツ大会から、はやいものでもう半年が過ぎてしまいました。日韓共に1次リーグで敗退し、韓国のメディアは敗退決定と同時にW杯も終結しました。そのあっけなさに驚いたことも、過去の話になってしまいました。
 とはいえ、今回も前回同様、韓国の新聞日本語版から日韓に関連した記事を集めましたので、ご覧ください。もしかしたら、懐かしい記事もあるかもしれません。




韓国は恥知らずな反則をしない国 韓国サッカーに向けられたオランダ人の深い愛情
(『朝鮮日報』2006年6月2日)

「韓国から来たのですか?」
 オランダ・ロッテルダム中央駅周辺をうろうろしていたら、何人かの市民から「お困りですか?」と声をかけられた。オランダ代表チームのキャンプ地フンドルを訪ねようと出かけたまでは良かったが、一体フンドルがどこにあるのかわからずに困っていたところだった。
 フンドルに行きたいと告げると、「オランダ代表チームのキャンプ地ですか? ちょっと待ってください。私の車に大きな地図があります」という答えが返ってきた。旅行者の地図には小都市の地名まで載ってないことを知ると、ほかの市民が手を差し伸べてくれた。見知らぬ土地で、どこへ行こうと異邦人であることに変わりはないが、ここでは心寂しくないような気分がした。
 「サッカーを見に来たんですか? すばらしいですね。韓国といえば、ヒディンク監督が率いていた国じゃないですか。今はアドフォカート監督ですよね?だから韓国のことも好きです。私が外国人すべてに優しいわけではないんですよ。韓国は特別です」
 当初の予想よりフンドルは遠かった。汽車に乗り、バスに乗り換え、さらにタクシーに乗ってしばらく行かねばならない田園型リゾート地だ。とりあえず旅の友となる新聞を買ってみると、懐かしい顔が目に飛び込んできた。オーストラリア代表チームを率いるフース・ヒディンク監督の写真だ。オランダの新聞で、外国代表チームの記事としては唯一大きく取り上げられていた。
 それを見ていた周囲の人たちは「ヒディンク監督の人気は非常に高く、オランダの新聞でも大体20%以上の紙面を割いて動向を伝えている」と教えてくれた。その上、4日のオランダ代表チームとの強化試合を控え、関心はさらに高まっており、ひと月前に入場券が売り切れになった程だという。ふと雑貨店の棚を見ると、ヒディンク監督がアッパーカット・セレモニーをするシーンを描いた広告が置かれていた。
 「われわれは韓国を家族だと思っています。2002年にあなたの国をどれだけ応援したかご存知ですか? ヒディンクは本当に魔法使いのようでしょう? 天才です。韓国もすばらしかった!」
 韓国サッカーに対する愛情も深かった。代表チームを応援するためにフンドルまで来たというある市民は、「韓国サッカーがなぜオランダで愛されているか、ご存知ですか」と尋ねてきた。
 「韓国は恥知らずな反則をしない国だからですよ。真のフェアープレーの国です。ヨーロッパは、実力は優れているかもしれないが、ずるがしこい選手が多いんです。初めは韓国という国すら知らなかったが、2002年の時から気に留め、見守るようになりました」
 アムステルダムから車で2時間程かけて来たという別の市民からも似たような反応が返ってきた。「2002年の結果は当然の結果です。フェアープレーで勝ち取った成果です。他人にはたやすくマネのできない偉業をあなたたちは成し遂げました。私たちもどれだけ誇らしかったかご存知ですか? あれから4年が経っていますが、童話のような韓国のサクセス・ストーリーを語るファンがいまだに大勢いるんですよ。今回も韓国を応援しますよ!」 オランダ=チェ・ボユン特派員



レッドデビルズが「白衣従軍」に(『中央日報』2006年6月6日)

 サッカー代表チーム公式サポーター「レッドデビルズ」が「白衣」従軍を宣言した。
  レッドデビルズは5日「永久的に後援をもらわず、収益事業もせず、ホームページと憩いの空間を縮小し、積立金はすべて寄付する」と明らかにした。「費用のかかる大型太極旗応援やカードセクションなどは難しくなると思われるほか、スローガンも決めない」と付け加えた。
  レッドデビルズはこのような宣言の背景に対して「商業化、政治化されたという批判を受けたから」と説明した。
  レッドデビルズは前日に開かれた委員会を通じて採択した「レッドデビルズ宣言」で「創始期の少数サポーター団体に戻る」と明らかにした。この宣言で「レッドデビルズが代表チームの公式応援団ではないし、レッドデビルズTシャツも応援の必要条件ではない。すべての応援はレッドデビルズが中心になるという固定観念も捨てなければならない」と述べた。
  しかしこの団体は「サッカーの発展に障害になる要素に対する批判の声は強化する」と明らかにした。ディスコクラブと変わらない露出や、ダンスによる歪んだ応援文化に反対し、サッカーを商業的にしか利用しない企業に対しても力強く批判していく姿勢だ。
  また「レッドデビルズに対するいきすぎた関心は遠慮する」とし「レッドデビルズに対する過度な要求や根拠のない非難は名誉をかけてきっぱりと対処する」と主張した。
ソン・ホジュン記者


復活せよ!朴智星+朴主永で不敗神話を(『中央日報』2006年6月6日)

 復活せよ! 
  朴コンビのするどい切れ。朴智星(パク・チソン)と朴主永(パク・チュヨン)はこれまで韓国サッカーの無敗の方程式だった。
  ガーナ戦まで彼らがコンビを組んだ6試合の成績は4勝2分け(12ゴール3失点)彼らが作り出した攻撃ポイントだけでも4ゴール1アシストだ。朴智星がかき乱しながら作った空間をキラー朴主永が逃がさず突き進み、勝利を決めた。
  5日、深夜に行われたガーナ戦で、彼らは初敗北を喫した。左足を挫いてしばらくリハビリに専念していた朴智星の切れの悪い動きと、攻撃と守備加担のタイミングがつかめない朴主永は以前の切れ味を見せることができなかった。
  アドフォカート監督は試合を終えた後、公式記者インタビューで「選手たちの切れが鈍くなった。これからこれを補っていく」と3度も強調した。1990年代に活躍した黄善洪(ファン・ソンホン)−洪明甫(ホン・ミョンボ)コンビ以来、最強のコンビになる彼らの復活を強力に注文したのだ。リハビリを始めて9日目で出場した朴智星の調子は完璧ではなかった。試合後 「トーゴ戦では必ず勝利してみせる」と言う彼の言葉はベストな体調で試合に臨むという約束だった。ガーナ戦前半では攻撃をするか守備をするか迷ってばかりいた朴主永は後半に入って少しずつ積極的な動きを取り戻した。まだ彼にとって左ポジションは不慣れだ。しかし彼は「智星さんがかなり猪突に守備から抜け出す。守備手を抜ければ2対2から2対1の状況を作ることができるから攻撃手たちはもっといいチャンスをつかめる」と朴智星とも息のあったところをみせる。
  危機説やバブル説が飛んだ3月、朴主永は朴智星とともに出場したアンゴラ戦(3月1日)で不振を一蹴りで払いのけて復活した。特に朴智星とともにした試合で攻撃ポイントが高かった。
  朴智星が蘇れば朴主永も復活する。アドフォカート号が進むべき道を行くことができるかは、彼らが切れを取り戻すことができるかどうかにかかっている。
グラスゴー=チョン・ヨンジェ記者



決定力不足の韓国FW陣、活路はあるのか
(『朝鮮日報』2006年6月6日)

 「韓国には鋭さが足りないようだ」
 「開幕までにプレーの鋭さを取り戻す」
 韓国サッカー代表チームのアドフォカート監督は4日、ガーナとの親善試合後のインタビューで、この言葉を連発した。「鋭さ」は最近アドフォカート監督が記者会見の際に最も愛用する用語となっている。
 ならば、韓国代表チームはどの点で鋭さに欠けているのだろうか。
 監督は相手チームにとって脅威となるパスやクロス、またそれに続くゴール決定力に欠けていると見ている。一方、当初から懸念されていた韓国の体力レベルについては、ある程度満足している印象だ。
▲体力は問題なし 
 韓国はガーナとの試合を通じ、アフリカを代表する優れた個人技やスピード、得点力を心底実感した。専門家は「ガーナ戦の敗戦はトーゴ戦に向け良い薬となるだろう」と話している。
 ワールドカップ(W杯)第1戦のトーゴ戦まで残された時間は1週間。この間に韓国チームの問題点を克服できるとみているのだ。
 韓国は個人技や体格面でヨーロッパやアフリカに劣っているチームだが、唯一自信が持てるのは体力と組織力。これまでの韓国チームは体力増強に集中してきており、これはある程度成果を挙げている。
 フランスの「レキップ」誌のクリストフ・ラシェル記者は、韓国の練習風景を見学した後、「ジダンやテュラムのように高齢選手の多いフランスには、このような練習は無理だ」と驚いた。
 外国人記者も驚くくらいに韓国の練習は激しいのだ。韓国代表の30代の選手は90分のフルタイム出場にも問題はない。
▲最後の一押しを欠く 
 しかし、体力を支える組織力は相変らず不足している。骨格は出来上がったものの、製品完成度は低いというわけだ。監督がコメントした「鋭さ」もこれとかかわる問題だ。
 ノルウェーとガーナとの親善試合での得点は、MF李乙容(イ・ウルヨン)のロングシュートによる1点にとどまり、FWは1点も取れなかった。朴智星(パク・チソン)、朴主永(パク・ジュヨン)、李天秀(イ・チョンス)、安貞桓(アン・ジョンファン)らFWは、パスさえももらえなかった。
 MFやDFはヨーロッパとアフリカの大きな選手を前に苦戦した。同時に韓国選手たちの消極的な面も浮き彫りとなった。一部では「選手たちがW杯の本戦を前に(ケガについて)心配し過ぎているのではないか」とうわさされるほどだった。
 MFは圧迫不足を、DFラインはフォーバックの経験不足とカバープレーの未熟さを見せつけた。FW、MF、DFでの2%ずつの足りなさが、最後の親善試合で大敗をもたらしたというのだ。
▲残された1週間での課題 
 アドフォカート監督は体力訓練による成果を土台に残された1週間で、FWの得点力を養い、DFの組織力強化に取り組む方針だ。クロスボールの精度を上げ、大胆で正確なシュートが打てるよう選手たちを鍛えなければならない。これまで試せなかったセットプレーにも本格的に取り組む見込みだ。
 これに加え選手たちには「戦術的な賢さが要求される」という。キム・ドゥヒョンは「ノルウェーの場合、サッカーの実力というよりは大きな体格に圧倒され苦戦した」とし、「体格とパワーで劣っているだけに、ワンテンポ速い動きと組織力の強化に向け取り組むべきだ」と話した。
 韓国チームは6日、キャンプ地のスコットランド・グラスゴーを後にし、「約束の地」ドイツ・ケルンに向かう。1週間あればかなりの準備ができる、と専門家たちはみている。



ガーナ国歌演奏中に「テーハンミングク」?
(『朝鮮日報』2006年6月6日)

 4日夜に行われたサッカー・ワールドカップ(W杯)の韓国代表チームとガーナとの親善試合でガーナの国歌演奏の際、ケンガリ(韓国伝統音楽サムルノリに使用される鉦〈しょう〉)の演奏をしたことが分かった金徳洙(キム・ドクス)サムルノリの一行が、ネティズンから非難されている。
 試合開始前のガーナの国歌演奏の際、金徳洙サムルノリの一行が騒々しいケンガリとともに「テーハンミングク(大韓民国)」を叫び続けたもの。
 この様子がテレビで中継されると、同サムルノリのホームページの掲示板には5日早朝から同行為を責め立てる書き込みが殺到した。
 「サッカーも大敗する結果となったが、応援マナーにもがっかりした」「愛国歌(韓国の国歌)の演奏のときのように静かにしていればよかったものを…。韓国の応援団はマナーを知らな過ぎる。ケンガリの音はまるで騒音のようだった」「競技場にやって来た英国人もガーナを応援していた」など。
 ネティズンのアクセスが殺到したことで同ホームページの掲示板は5日午前からまひしたほか、同サムルノリの一行には抗議の電話までかかってきたという。
 同試合をテレビ観戦していたイ某(31)さんは「いくら応援だとしても、最低限守るべき礼儀はあると思う」と、同団体を非難した。
 金徳洙サムルノリの関係者は「試合を見なかったため状況はよく分からないが、ネティズンの非難には困惑している」とし、「現地にいる応援団とは連絡が取れず、意図的に行ったことなのか確認できていない」と話している。
 これら一行はドイツに応援団11人が遠征し、親善試合はもちろんW杯の試合が行われる主要都市を回って街頭応援を行うほか、代表チームの試合が行われる競技場でもサムルノリによる応援を行う予定だった。



「韓国はホームでしか勝てない」英国紙
(『中央日報』2006年6月7日)

 「韓国はホームでしか勝てないフラムのようだ」−−。
  英国紙デイリーメールは6日(日本時間)、ワールドカップ(W杯)各組の予想を出した。各出場国をイングランド・プレミアリーグにたとえたが、韓国はW杯アウェイ勝利がないという点でフラムと比較させた。
  フラムは今シーズン14勝のうち、ホームで13勝をおさめている。デイリーメールは朴智星(パク・チソン)が「2002年の成功は運とホームアドバンテージではないということを見せる」と言ったが、今回も成功を目指すなら運が必要だと皮肉っている。またヒディンク元監督を受け継いだ2人の監督がヒディンク元監督の影の大きさを感じていたようだが、今回はアドフォカート監督がそれを感じる番だとも書いている。根拠は韓国がアジア組予選でも1位になれなかったからというのだ。
  しかし韓国がヨーロッパと南米を除けばW杯本選に6回連続出場した唯一の国という内容も書いていた。



ヒディンク監督「韓国のためにも必ず日本に勝つ」(『朝鮮日報』2006年6月7日)

―今回の韓国代表チームを評価するとしたら。 
 「精神的にも技術的にも戦略的にも2002年を上回っている。ヨーロッパの舞台で活躍する選手が多く、海外試合を恐れない。自信にあふれているように見える。ホームグラウンドというアドバンテージのないことが2002年とは異なる点だが、韓国サッカーの長所を生かせば十分に闘えると思う。現在韓国サッカーは冒険する時期に差しかかっている」
―サッカー・ワールドカップ(W杯)ドイツ大会に出場する韓国代表チームにアドバイスするとしたら。 
 「韓国チームはすでにすべての練習を終えている。アドフォカート監督がさまざまなことを試したと聞いている。選手と韓国国民すべてがサッカーを楽しんでくれるよう願う」
―朴智星(パク・チソン)の次を担う選手は誰か。 
 「朴智星は現在全盛期を迎えている。しばらく韓国チームで彼に代わる選手は出てこないだろう」
―2002年のW杯の練習期間中、監督に最も多くの喜びを与えた韓国人選手は?
   「誰か一人に限定できるものではない。わたしたちは全員が固く団結していた。チーム全体が良い成績を残すために努力したし、全員がわたしを楽しませてくれた」
―最近SBSとのインタビューで、「オーストラリアが日本に勝ったら、これは韓国のための勝利」と発言したいきさつは? 
 「わたしは韓国の名誉市民だ。韓国のためにも必ず日本を破るだろう。日本は技術的にも優れ、最近ドイツと引き分けている。しかし、オーストラリアが力で押し切るなら、良い結果を残せると思う」
―オーストラリアが32年ぶりにW杯本選進出を決め、国民的英雄として脚光を浴びている。4年前の韓国と現在のオーストラリアは何が似ていて何が違うのか。 
 「W杯予選で劇的な勝利を収めて以来、オーストラリアでのサッカーはいまやラグビーと同じくらいに人気が高まった。初めてオーストラリアに行ったときは誰もわたしの顔を知らなかったが、予選が終わって以降、韓国のようにわたしを知らない人はいなくなった。正直なところ運も良かった。しかし、選手たちの情熱が小さな奇跡をもたらした」
―オランダリーグでは2年連続の年間最優秀監督賞を受賞した。感想を一言。 
 「オランダではとても価値のある賞だ。 朴智星(パク・チソン)や李栄杓(イ・ヨンピョ)らが抜け、チームの再建に苦労したが、なんとかリーグ優勝にまでこぎつけた」



フランス代表の眼中にない韓国代表(『朝鮮日報』2006年6月9日)

「安貞桓(アン・ジョンファン)、朴主永(パク・ジュヨン)…って一体だれのこと?」
 だれかが顔を紅潮させたかもしれない。質問をしたほうも、答えるほうも難色を示した点では変わりなかった。フランス代表のゴールキーパー、ファビアン・バルテスの表情は微妙だったが、答えは明瞭だった。「韓国について何ひとつ知らない」と。
 7日(韓国時間)、フランスのサンテティエンヌ・ジェフロイ・ギシャール記者会見場でバルテスに会った。2002年に韓国との親善試合に出場した彼が、同じG組の相手として韓国をどう見ているのか、とりわけ韓国のフォワードについてどう評価しているのか気になった。しかし、彼はたった一言で一蹴してしまった。「韓国のフォワードは一人も知らない」
 「安貞桓はフランスのFCメッスでプレーしたことがある」、「朴主永も最近売り出し中のゴールゲッターだ」と説明をした。しかし彼の反応に変化は見られなかった。理由はこうだ。「韓国を相手にゴールを奪われることを考えたことがなかった」
 もちろん、彼が韓国について全く知らないわけではない。第一声が「マンチェスターユナイテッドでプレーする選手を知っている」だったからだ。彼は笑みを浮かべて「僕がマンUでプレーしたことがあるから関心があった。まだ、その選手がプレーするのを見たことはないが、試合会場で会ったらあいさつするつもりだ」と語った。
 余裕満々に見えた。スイスに対してマルコ・ストレラー、アレクサンデル・フレイなどフォワードの名前を挙げて多少緊張した面持ちをしたのとは、全く違う表情だった。最大限マナーを守るかのごとく「中国であれ、韓国であれ一応国際的なレベルに達したら、どの国であろうと甘く見てはならない」と付け加えたのは、韓国に対して、特に研究しなくても良いという理由についての説明だった。
 ライバル扱いされているのだろうか。そういわれてみると、フランスのスポーツ専門紙レキップの韓国担当記者はわずか1人。ウクライナとスペインにはそれぞれ4〜5人の記者を配置している。そのどちらかが決勝トーナメントでフランスの相手になる可能性が高いからだ。
 レイモン・ドメニク監督の反応もそれとさしたる変わりはなかった。一応、「韓国に対する評価はフランス対スイス戦(韓国対トーゴ)の終了後、公式に表明する」としながらも、「韓国については、スイス戦終了後に準備しても間に合うだろう」と述べている。とりあえずスイス戦に全力をつくし、その結果次第で韓国との試合を調整するという説明だ。もちろん、ドメニク監督が韓国に対して何の対策も立てていないわけではない。毎日1次リーグ相手国のスイス、韓国、トーゴの試合ビデオを見て研究している。そのビデオを選手らにも見せているが、問題は選手らが途中で居眠りをするケースもあり、どう編集するか苦心している、と語った。ティエリ・アンリ、エリック・アビダルだけが熱心に見ているという。
 ドメネク監督は韓国に対してあえて関心を示さなかった。中国との親善試合も韓国戦を想定したものではないと述べた。彼は「チームのシステムを点検するための段階に過ぎない」と強調した。 サンテティエンヌ(フランス)=チェ・ボユン特派員



太極戦士「山参コメ」で体力アップ
(『中央日報』2006年6月9日)

 「太極戦士(韓国選手)の献立は韓国料理をベースに洋食が加えられたスタイル」。イ・ウォンジェ・メディア担当官が9日、代表チームの献立を紹介した。朝食は、パン・牛乳・目玉焼き・コーンフレーク・ゆで卵など軽いメニューだが、昼食と夕食は韓国料理を中心にしたビュッフェになる。
  代表チームがドイツ・ケルン郊外のホテルにベースキャンプを設けた翌日の昼食は、山参(山ニンジン)のコメで炊いたご飯に、牛肉とダイコンのスープ、キムチで、その翌日の昼食は焼き肉とスケトウダラのスープなどが食卓に載せられた。夕食では、味噌汁・キムチ・豚肉炒め・味噌と野菜など韓国料理がやや多くなった。
  ホテルの職員は今年4月から韓国料理の調理法を習っていて、チョン・ジチュン坡州(パジュ)NFC(代表チームトレーニングセンター)調理長の指揮のもと、毎日多彩な韓国料理を提供している。最終的な訓練に全力を挙げている太極戦士らは、遠征地でも最適の料理でエネルギーを再充電している。
チェ・ウォンチャン記者 



豚肉をたくさん食べてこそW杯強国?
(『中央日報』2006年6月9日)

韓国養豚自助金管理委員会が9日、各国の豚肉消費量とワールドカップ(W杯)成績の相関関係を明らかにした米農務省の資料を発表した。
  この資料によると、中国・日本・ロシア・ブラジル・メキシコ・韓国など昨年の豚肉消費量上位6カ国のうち、中国とロシアを除いた4カ国が今回のワールドカップ(W杯)本大会に進出した。
  また90年W杯優勝国のドイツは当時、豚肉消費量が米国に次ぐ世界2位であり、94年大会優勝国のブラジルと98年大会優勝国フランスもそれぞれ4位、5位の豚肉消費国だった。
  特に、02年W杯4強進出国のうちトルコを除いたブラジル・ドイツ・韓国の3カ国は豚肉を好む国だった。



「友になる時」‘3敵’との戦争・・・2006W杯開幕(『中央日報』2006年6月11日)

「友になる時(A time to make friends)。 9日幕を上げた2006ドイツワールドカップ(W杯)の公式スローガンだ。 これにははっきりとした目的が込められている。 人種差別・勝負操作・暴力という3つの敵との戦争だ」。国際サッカー連盟(FIFA)とドイツW杯組織委は「W杯=祭典」という名前で認識されている悪習を断とうと取り組んでいる。
  ◆人種差別との戦争
  「競技場に歩いていく私にバナナが飛んできた。‘猿’という意味だった」。ドイツ最初の黒人サッカー国家代表であり、02年W杯にも出場したゲラルト・アサモア(シャルケ04)の言葉だ。 ヨーロッパでプレーする黒人選手への人種差別問題はすでによく知られている。
  FIFAは9日(日本時間)のミュンヘン総会で、人種差別言行に対する「減点懲戒」を明文化した。 選手を含むチーム関係者が人種差別的な発言や行動をした場合、勝ち点3点を減点し、2度目の摘発時には6点を減点、3度目は退出させるという内容だ。 「バナナ」「猿」のような言葉や絵、またこうしたデザインの服を着ることなどが該当する。 有色人種の父母を侮辱する言葉や「お前はドイツ人でない」「白はユニフォームのためだけの色でない」など、う回的な発言や文字もいけない。
  1998年フランスW杯でオランダの黒人攻撃手クライファート(FCバレンシア)は皮膚の色を遠回しに侮蔑するベルギー選手を押し倒し、退場となった。 変更された規定の場合、ベルギーはこの日の引き分けで得た勝ち点1点をはく奪され、さらにマイナス2点となる。
  しかしお互い違う言語を使用する人が人種差別言行をどう判別するのか、応援団が人種差別をした場合はどうするのかなど、細部の問題は残っている。 このため、記者会見のような公式的な席で人種差別言行をした場合に、この規定が適用される可能性が高い。
  ◆勝負操作との戦争
  FIFAホームページには「ギャンブルをしない」という宣言書様式がある。 選手だけでなく、コーチングスタッフ、審判もサインしなければならない。 勝負操作はヨーロッパや南米プロリーグに‘毒キノコ’のように広まっている。 今季もイタリアとドイツ、オランダ、ベルギー、ブラジルで同時にスキャンダルがあった。
  ブラッターFIFA会長は「勝負操作スキャンダルでFIFAができることは審判を徹底的に管理すること」とし、「このため独立的な倫理委員会が設立される予定」と述べた。 審判はホテルにいる間、外部からの電話を受けられず、ホテルの外では携帯電話の使用が禁止されている。 インタビューは警察のガイドラインの中で行わなければならない。
  ◆暴力との戦争
  72年ミュンヘン五輪当時にテロを経験したドイツは、今回のW杯を通じて34年前の傷を癒そうとしている。 ドイツ政府は軍兵力を含む7000人余の警備員を競技場周辺に配置する計画だ。 競技場上空には航空機の飛行が禁止され、空中偵察機が飛ぶ。 爆発物処理を担当するロボット「オフロ(OFRO)」も登場した。 フーリガン(サッカー場暴徒)を防ぐため6000人余のフーリガン名簿を確保した。
  ヨーロッパ各国は300人を超える警察を派遣した。 英国はファンの間に「潜伏」して活動する私服警察も含めた。 韓国も国家情報院(国情院)と警察庁の安全要員を派遣した。
カン・インシック記者 



火病にはワールドカップが薬?
(『中央日報』2006年6月12日)


韓国ならではの疾病があります。火病です。英語では「Hwabyung」と表記します。
  1996年、米国精神医学会は火病を正式疾病の1つとして公認しました。火病はこれまで「恨(ハン)」を抱いて暮らしてきた韓国民族特有の情緒から始まった疾病です。嫁と姑の対立や夫の浮気などでため息をついては胸を痛めている主婦たちの典型的事例です。
  火病を拡大解釈すれば多様な症状として現れます。ご飯を食べればもたれてしまい消化不良を起こす人、胸がどきどきして冷や汗をかく人、下痢と便秘が交互に現れる人、夜に眠れなくて悩む人、頭がずきずきと痛くて苦労する人、のどに何やらひっかかったような異物感を訴える人…。
  検査しても大部分正常だと出ます。身体の病気ではないからです。心にたまったしこりが原因です。この場合の処方は明らかです。どんなものであれしこりをほぐさなければなりません。それ以外のどんな薬も無効です。これを現代医学では排泄(catharsis)あるいは換気(ventilation)といいます。
  ワールドカップの熱気でいっぱいです。ワールドカップは立派な排泄と換気の手段です。皆さんご記憶の2002年、ワールドカップ当時は、病院を訪れる疾患者が急減しました。数十年開院しているベテランの医師たちもこんなケースは生まれて初めてだというほどに疾患者がいませんでした。4強神話で韓民族の恨がすっきり洗い流されたからです。今年も選手たちの善戦で我々国民の火病がすべて消えたらと思います。しかしワールドカップは4年ごとに開かれる制限的イベントです。結果も予測することはできません。
  私は皆さんに排泄と換気のための自分なりのはけ口を用意してほしいと申し上げたい。宗教や運動、趣味など、どうせなら健全な手段が良いでしょう。しかしそれがだめなら適切な統制の下、お酒とタバコも少しなら悪くはないと思います。心の中のしこりを残しておく方がお酒やタバコより有害だと見るからです。いくら毎日が大変でストレスも避けることができないといえども、自分がこれをする間だけは憂いや嘆きを忘れて楽になれる、その何かが必要です。それがまさに皆さんの健康と競争力の要諦だからです。
ホン・ヘゴル客員医学専門記者



アマチュア解説者、インターネットで人気
(『中央日報』2006年6月12日)

「太極号のフォーメーション変更は避けられないだろう。フォーバックは1人崩れれば簡単に抜かれてゴールにつながることがある」−−。
  あるネチズンが最近インターネットポータルサイトに書き込んだ文の一部だ。そのネチズンは、ガーナとの親善試合(4日)で露呈された韓国チームの戦術的問題点を分析し、代案を提示した。この書き込みには1日で2万件のアクセスがあった。ネチズンたちの間では「フォーバック−スリーバッグ」論争を起こした。以後、国内の新聞や放送もフォーバック守備の問題を指摘し、スリーバッグへの転換の可能性を占い始めた。
  10日午後には韓国サッカー代表チームが練習中3−4−3のフォーメーションを実験したという知らせがドイツ現地から聞こえた。あるネチズンの分析が説得力あったことを見せるものだ。
  ドイツワールドカップ(W杯)開幕とともにインターネットを舞台にサッカーファンたちが熱くなっている。特にベテラン顔負けの試合結果や戦術などを分析するサッカー解説が注目される。
  ◆アマチュアサッカー「論客」登場=インターネットではサッカーコラムを書く「分析派」が猛烈な活躍中だ。人気アマチュア論客の場合、アクセス数が1万〜2万件を超えるほど、爆発的な反応を得ている。彼らのコラムは観戦評から戦術、選手起用、スタジアムの特定性など「サッカーのすべて」を網羅する。専門解説者を顔負けなほどだ。インターネットを通じてこうした人たちの書き込みが拡散し、一般人までも「サッカー専門家」になっている。
  ハン・ジュンヒKBSサッカー解説委員の場合、米国留学時代アマチュア論客で活動し、専門コラムニストを経て地上波放送解説者になった。
  彼らが活動する主要コミュニティには普通10万人の会員が加入、国内外の有名選手の年俸や技量など詳しい情報を交換している。Sサッカーコミュニティ会員である会社員パク某さん(29)は「以前は主に海外から情報を求めたが、2002年W杯以後、専門コラムニストが活動するコミュニティを通じて必要な資料を得ている」と話した。
  マスコミの誤報も見張る。有名サッカー選手の主要経歴はもちろん私生活まで通じている彼らの目の細かい監視網を通じてである。最近、ある論客はサッカーコミュニティで「国内の有力日刊紙がドイツのバラック(MF)に「ストライカー」という修飾語を付けた」とし「これはMFである朴智星(パク・チソン)に『韓国最高のセンターフォワード』という称号を付けたのと同じミス」と指摘した。
  ◆評点からベッティングまで=インターネットに選手別に点数を付ける「評点派」も生じた。評点システムはイギリスなど海外メディアが主要選手を対象に行ってきたものとして朴智星や李栄杓(イ・ヨンピョ)選手の試合を通じて国内に伝わった。国内の場合、ネチズンたちがインターネット掲示板を通じて試合に出た国内外の選手に4点(非常に悪い)〜10点(完壁)まで付与している。
  サラリーマンらの間では、アマチュア論客の分析とネチズンの評点を土台に賭け事が流行だ。いわゆる「ベッティング派」だ。彼らはたいてい試合結果に1万ウォン程度の賭けを楽しむ。スポーツTOTOによるとトーゴ戦(13日)には40万人以上がベッティングに参加するものと予想される。
  チョン・ビョングァン慶煕(キョンヒ)大教授(スポーツ心理学)は「専門性をもつインターネットサッカー論客の登場などは、情報通信(IT)技術先進国韓国だから現れる独特の現象」とし「これはサッカーの底辺拡大に寄与する」と言った。
チョン・ガンヒョン記者 クォン・ホ記者 



占い師シム・ジンソン氏「韓国代表、8強入り」
(『中央日報』2006年6月12日)

 常に異変と波乱が共にするワールドカップ大会(W杯)であるだけに、予測される成績は占い師らにとっても大きな関心事だ。今回のW杯に関連、初めて公開的に予言した占い師は、97年に金大中(キム・デジュン)元大統領の当選をあてたとされるシム・ジンソン氏(56)。
  シム氏は今年1月、公営放送KBSテレビ(韓国放送公社)の朝の番組に出演し「韓国代表が悪天候などに耐えられる体力さえ育てられればベスト8入りを果たせるだろう」と壮語した。しかし、四柱アカデミーのノ・ヘジョン代表は「アドフォカート監督がヒディンク監督より『気運』が落ち、攻撃と守備の運勢もまあまあ」とし、決勝トーナメント進出に否定的な見方を示した。




ヒディンク監督の助言どおりに…
(『朝鮮日報』2006年6月12日)

「トーア! トーア! トーア! (Tor! Tor! Tor!)」
 ドイツでワールドカップ関連の放送を見ると、いつもこの叫び声が聞こえる。それは1954年のスイス・ワールドカップ決勝戦、西ドイツがハンガリーに0対2から立て続けに3ゴールを入れて逆転勝ちを収めた時にアナウンサーが上げた歓呼の声。今もドイツ人々の血をたぎらせ、胸を震わせる思い出の叫びだ。
 トーア(Tor)はドイツ語でゴールの意味。決勝戦が行なわれたスイス・ベルンにちなみ、ドイツで「ベルンの奇跡」と呼ばれる1954年のワールドカップ優勝は、ナチの亡霊と敗戦の泥沼に落ち込んでいたドイツ人に再建への意欲を取り戻させ、ドイツ現代史の記念碑的な事件とされている。ノーベル文学賞受賞作家のギュンター・グラスも「もし、この試合に負けていたら、その後のドイツの歴史はどうなったかわからない」と評価するほどのターニング・ポイントだった。
 ワールドカップ開幕が秒読み段階に入った2006年6月初旬、ドイツの街は再び「トーア」と「ヴェルトマイスター(世界チャンピオン)」という単語で埋め尽くされた。メルケル首相から街ですれ違う一般市民まで全員が、ワールドカップがもう一度奇跡を呼び、失業問題と改革不振の突破口を開いてくれるよう願っている。これはワールドカップが社会統合と国家イメージの向上にプラスに作用した過去の体験のためだ。
 西ドイツで開催した1974年ワールドカップ、西ドイツはミュンヘンオリンピック競技場で行なわれた決勝戦でオランダに2対1で逆転勝ちし、2度目の世界チャンピオンに輝いた。テロで混乱した1972年ミュンヘンオリンピックの悪夢を洗い流し、大国に生まれ変わった西ドイツのイメージを全世界に伝える快心の逆転勝利だった。1990年イタリア・ワールドカップで3度目につかんだワールドカップ・トロフィーは、東西ドイツの統一を祝福するボーナスであり、統一ドイツの将来に対する希望を与えてくれた。
 2006年ワールドカップに対してもドイツ人は変わらず期待をかけている。しかし、現実的な見込みは期待と異なり、最近の天気のように肌寒い。ドイツのある放送局のアンケート調査によれば、ドイツ国民の38%はワールドカップでドイツが優勝できると思っているが、実力はせいぜいベスト8止まりだと見ている。
 それでもドイツ代表チームのキャンプには4万人を超える人波が押し寄せ、主将のミハエル・バラックが軽傷を負ったというニュースが速報で伝えられるほど、代表チームに対する愛情は格別だ。期待が大きい分、日本との強化試合で引き分け(2対2)た時は、容赦ない批判の声が浴びせられた。異邦人の目にも「もし不振な成績に終わったら、どれほど失望するだろうか」と心配になるほどだ。
 こうしたドイツの姿を見れば見るほど、韓国と似ている点が多いように感じられる。4年前から韓国人の脳裏と血管の奥深くに刻まれた「テーハンミングック(大〜韓民国)」と「ベスト4神話」の記憶と期待だ。ノルウェー、ガーナと組まれた強化試合は本意な結果に終わり、早くも落胆する声があちこちで上がっている。韓国にとって今回のワールドカップはどのような意味を持つだろうか。
 ドイツの日刊紙ズードドイチェ・ツァイトゥングの特集記事を見ていたら、ある一文が目を引いた。「ワールドカップがドイツを救うか? それはあり得ないだろう。しかし、ドイツが祭りを楽しむことを願う」
 まさにそのとおりだ。韓国代表をベスト4に導いたヒディンク監督も事あるごとに言っていたではないか。「選手たちは最善を尽くすから、(国民は)気楽にワールドカップを楽しみなさい」と。 ミュンヘン=ミン・ハクスサッカーチーム長




「韓国のために日本に勝つ」 ヒディンク約束守れるか
(『朝鮮日報』2006年6月12日)

 ヒディンク監督率いるオーストラリアが12日午後10時(韓国時間)、カイザースラウテルンで日本と対戦する。ブラジルに続きF組2位を狙う両チームにとっては負けられない試合だ。
 1998年、2002年に続き、再び栄光を夢見るヒディンク監督は、すでにオーストラリアを32年ぶりに本選進出させており、オーストラリア国民の絶対的な支持を受けている。
 主将マーク・ビドゥカ(ミドルスブラFC)が「ヒディンク監督のために死ねる」と言うほど、チームの雰囲気は高まっている。ヒディンク監督にとって何より心強いのはケガから復帰した選手たち。
 脇腹を痛めたハリー・キューウェル(リバプール)が先月28日からキャンプに合流し、日本戦への出場に意欲を燃やしている。ティム・ケーヒルもひざのケガから復帰した。ただ右のふくらはぎを負傷したビドゥカの出場は不透明だ。
 日本代表チームの鍵は中村俊輔(セルティック)が握る。中村は正確なパスとキックを誇る日本最高のMF。特に左足から繰り出すフリーキックは芸術的との評価を受けている。
 ドイツとの親善試合で2得点を挙げた高原直泰(フランクフルト)が好調を維持できるかも注目される。今月4日、格下のマルタに1−0と苦戦したチームの雰囲気を、ジーコ監督がどれだけ引き上げられるかも見所だ。
 この試合は韓国ファンにとっても見逃せない。すでにヒディンク監督は「韓国のために日本に勝つ」と宣言している。




ヒディンク監督「運ではない作戦勝ち」
(『中央日報』2006年6月13日)

  2006ドイツワールドカップ(W杯)サッカーF組組別リーグ開幕戦で日本代表を相手に目の覚めるような逆転勝ちを導き出したフース・ヒディンクオーストラリアサッカー代表チーム監督が「知略の勝利」であることを強調した。
  ヒディンク監督は13日(日本時間)未明、試合終了後の公式インタビューで「最初の試合で勝てたのは幸い」とし「間違いなく日本の最初のゴールは反則(キーパーチャージ)だった」と強調した。
  ヒディンク監督はこの日の勝利の要因について「日本代表は非常にプレーがうまい」とし「これまで日本の親善試合を分析したところ、試合後半に問題があるという点を把握していた」と説明した。また「今日の勝利は運ではない。明らかな計画があったし、それに合うようプレーを展開して勝利した」と述べた。
  ヒディンク監督は「韓国ファンもオーストラリアの勝利を喜んでいる」という韓国取材陣の言葉に「韓国の名誉市民であることを誇りに思っている」と笑みをたたえた。
  「この日の試合を見た韓国サッカーファンは2002年韓日W杯組別リーグの第1試合であるポーランド戦に近い感情を抱いただろう。オーストラリア国民の半分が今日の試合を見守ったと聞いたが、彼らも当時の韓国人たちと同じような感じを受けただろう」と述べた。




豪州−日本戦の視聴率合計50%突破
(『中央日報』2006年6月13日)

 地上波放送3局が同時中継した2006ドイツワールドカップ(W杯)オーストラリア対日本戦の視聴率の合計が50%を超えた。
  ヒディンク監督率いるオーストラリアとジーコ監督率いる日本が対戦したこの試合は、これまで放送された今回のW杯の試合で最も高い関心を集めたことになる。
  視聴率調査会社AGBニールセンメディアリサーチによると12日午後9時40分から放送されたオーストラリア対日本戦の視聴率は、MBCが24.6%で最も高く、その次はSBS13.3%、KBS2TV12.4%の順だった。これは3局が同時中継した今回のW杯の試合の合計のうち最も高い数値であり、MBCの24.6%も単一中継で最も高い記録となった。
  一方、ほかの視聴率調査会社TNSメディアコリアの調査では、オーストラリア対日本戦の3局合計は52.9%、放送局別ではMBC(25.8%)、KBS2TV(13.6%)、SBS(13.5%)の順となった。




「サッカーの怖さ知った」日本の悪夢
(『朝鮮日報』2006年6月13日)

「勝ち試合を落とすなんて…」
 サッカー日本代表がオーストラリアとの1次リーグ初戦で1対3の逆転負けを喫し、日本中が悔し涙を流した。テレビ画面に見入っていた日本国民は、前半26分の先制ゴールに沸いたものの、後半39分の同点ゴール後、相次ぐ失点で逆転負けに終わり、試合終了と同時に深いショックに包まれた。
 テレビの中継画面には、試合を終えた日本代表選手らのうなだれた様子と、ぼうぜんとする日本サポーターの表情がクローズアップされた。
 「前半はオーストラリアに押されながらも先制ゴールを挙げ、後半にはリードしていた日本が、どうしてこんな結果になってしまったのか」
 解説者も結果が信じられない様子だった。
 日本代表のジーコ監督は、後半幾度もの危機を乗り越えたが、守備陣が崩壊するや唇をかんだ。ジーコ監督は試合後の記者会見で、「前半のリードを守ろうとしたがミスが相次ぎ追加点を挙げられなかった。オーストラリアも必死だったが日本もよく戦ったし、次の試合に期待したい」と述べた。「いつも通りにやれば勝てる」と自信を見せていた日本代表のMF中田英寿は「いつも通りにやることが難しかった」と話した。
 オーストラリアとの初戦が決勝トーナメント進出のカギを握るとみていた日本にとって、1次リーグ突破は事実上難しくなったとの悲観的な声も出てきている。
 共同通信は「悪夢のような敗戦だった。ショックはしばらく続くだろう」とし、「『世界を驚かせる』と言ってきたジーコ監督にとっては最悪の試合だった」と伝えた。
 日本のサッカー解説者は「最後まで見守らなければいけないのがサッカーだ」、「サッカーの怖さを分からせてくれた試合だった」とコメントした。
 日本のある日刊紙の記者は「4年前に韓国をベスト4に導いたヒディンク監督が日本代表を徹底的に分析し、試合の終盤で選手を次々交代させたことがオーストラリアの勝因ではないか」との見方を示した。日本の逆転負けを伝えるニュースキャスターは「サッカーは常に結果が見えないので、選手が気を引き締めてクロアチア戦に臨めばいい。まだ落ち込むときではない」と視聴者を慰めた。 東京=鄭権鉉(チョン・グォンヒョン)特派員




異色の経歴持つ日本戦2得点男カーヒル
(『朝鮮日報』2006年6月13日)

オーストラリアのオフェンシブ・ハーフのティム・カーヒル(27)のサッカー経歴はちょっと珍しい。英国人の父とサモア出身の母を持つオーストラリア期待の星カーヒルは、15歳でサモア青少年代表チーム選手として活躍した。だが、このためにオーストラリア代表チームに合流する資格を失ってしまったが、2004年に国際サッカー連盟(FIFA)が代表チームの条件を変更したことで、2004年3月、南アフリカ共和国との試合に初めてオーストラリア代表として出場することができた。
 現在英プレミアリーグのエバートンで活躍中のカーヒルは、ここぞという瞬間にゴールを決める選手だ。12日の日本戦の状況がまさにそうだったと言えよう。後半8分、交替選手として投入され、危機に陥っていた「サッカルー(サッカーとカンガルーを合わせた豪州チームの愛称)」を救った。敗戦濃厚に見えた後半39分、後半44分に見事2ゴールを決め、オーストラリアに劇的な逆転勝利をもたらした。
 カーヒルは1996年、オーストラリアのシドニーユナイテッドでプロデビューし、1997年に英ミルウォールに移籍。カーヒルはここで7シーズンで57ゴールを決めている。さらに2004年にオセアニア最優秀選手に選ばれたカーヒルは、同年英プレミアリーグのエバートンに移籍し、マーク・ビドゥカやハリー・キューウェルと肩を並べるオーストラリア最高のサッカープレイヤーになった。昨シーズンは、チーム内で最多の11ゴールを記録するなど、中心メンバーとして活躍している。
 1メートル80センチの身長で、根気強くグラウンドを突き進むカーヒルは、体力と相手チームへのプレス、素早い攻守転換を要求するヒディング式サッカーに最もふさわしい選手として評価されている。またその広い視野とショートパスにも定評があるが、最大の武器はその得点力だ。ワールドカップ地域予選の6試合に先発出場し、チーム最多の7ゴールを決めている。またフィジー戦ではハットトリックを記録した。ペナルティーエリア付近で右足から繰り出す強力なシュートを武器とするカーヒルは、初めて出場したワールドカップの場において、今までに見せた多くのゴールの中でも最も価値ある2ゴールを決めた。



まさにヒディンク・マジック! 交代2人が3得点
(『朝鮮日報』2006年6月13日)

 劇的な3-1逆転勝利、「神話の創造」は終わらなかった。第2の母国である韓国のため「日本に必ず勝つ」と誓ったヒディンク監督は約束を守った。同点ゴールが決まった瞬間、空に向けて突き上げた豪快なアッパーカット・セレモニーは、奇跡のような勝利に向けた前奏曲だった。「ヒディンク監督のために死ねる」と語り、善戦を誓ったオーストラリア代表選手たちは、終盤のゴール・ラッシュで母国にワールドカップ初勝利をもたらした。
 フース・ヒディンク監督が率いるオーストラリア代表チームは12日午後(韓国時間)、ドイツ・カイザースラウテルンで行なわれた日本との1次リーグF組初戦で、後半に3ゴールを一気に決め、3-1の劇的な逆転勝利を収めた。
 優勝候補筆頭のブラジル、東欧の強豪クロアチアと同じ組に入ったオーストラリアにとって、日本戦は1次リーグ2位突破を目指すためにも負けられない一戦だった。1998年と2002年にオランダと韓国の監督として「ベスト4神話」を成し遂げたヒディンク監督は、32年ぶりに本選出場を果たした「サッカルー(オーストラリア代表の愛称)」を率い、再び神話の創造に乗り出した。ヒディンク監督は幻想的なサッカー・ドラマを演出し、オーストラリアにとって史上初となるワールドカップ本戦での勝利をもたらした。
 序盤、オーストラリアは高原と柳沢を最前線に据えた日本の攻勢に苦戦した。前半26分、中村俊輔が上げた長いクロスがキーパーの手を越え、ゴールポストの中に吸い込まれて日本が先制。オーストラリアは後半にも日本の波状攻撃に押され、たびたび失点の危機を迎えた。
 奇跡が始まったのは後半39分、メンバー交代で投入されたカーヒルがゴール前の混戦の中からこぼれ球を押し込んで勝負を振り出しに戻した。その5分後、カーヒルが左足で逆転ゴールを決めると、勝機は完全にオーストラリアに傾いた。オーストラリアは終了間際のロスタイムにアロイージが3点目を決め、日本を完全に崩した。
 「イエス、イエス」。歓呼する選手たちの輪に加わったヒディンク監督は、両腕を上げて万歳を叫んだ。爪をかみ、いらだちながら試合を見守っていたヒディンク監督の表情は、いつの間にか明るい勝者の表情に変わっていた。ほとんど勝ったと思った試合を2点差の大敗で終えた日本選手らは、寂しくうなだれながらグラウンドを去った。「ニッポン、ニッポン」と叫んでいた3万人余りの日本サポーターはぼうぜんとした表情だった。
 試合終了のホイッスルが鳴ると、ヒディンク監督はカイザースラウテルンの空を仰いだ。「神話の創造者」、「ベスト4製造マシン」。名声再現の始まりだ。ヒディンク監督はインタビューで「難しい試合だったが、われわれは練習通りにやり、(勝利を)成し遂げた。選手たちを誇らしく思う」と語った。 カイザースラウテルン=チェ・ソンジン記者




豪州GK「主審が誤審認めた」
(『中央日報』2006年6月13日)

 豪州サッカー代表チームのゴールキーパー、マーク・シュウォーツァーが、12日(日本時間)行われた日本戦の途中、エッサム・アブデルファタ主審が誤審を認めた、と明らかにした。
  シューウォッチャーは「主審が日本の得点状況についてのミスを認めた。 日本がゴールを入れてから約5分後、試合が中断した時、私が審判に『どうなっているのか』と尋ねると、彼は『すまない。私がミスした』と話した」と、試合後に話した。
  シューウォッチャーはまた「試合後、主審がビドゥカに対し『結局、豪州が勝ったのは、神が私の味方だったからだ。大きなミスになるところだった』と語った」と付け加えた。




安貞桓、アジア選手初のW杯3得点
(『中央日報』2006年6月14日)

  「指輪の帝王」安貞桓(アン・ジョンファン、30、デュイスブルク)が‘解決人’らしさを遺憾なく発揮し、韓国に逆転勝利をもたらした。
  安貞桓は13日夜(韓国時間)、フランクフルトワールドカップ(W杯)競技場で行われた2006ドイツW杯G組初戦のトーゴ戦で、後半27分、値千金の逆転ミドルシュートを決め、韓国を2−1の勝利に導いた。韓国が海外でのW杯試合で勝ったのは初めて。
  後半開始から金珍圭(キム・ジンギュ)に代わって出場した安貞桓は、ペナルティーエリア外の右側からミドルシュートを放ち、トーゴのゴールネットを揺らした。安貞桓はAマッチ62試合目の出場で17得点目。
  02年韓日W杯1次リーグの米国戦でも0−1とリードされた状況から同点ゴールを決め、韓国に貴重な勝ち点1をもたらした安貞桓は、イタリアとの16強戦でも延長戦でゴールデンゴールを決め、‘キラー本能’を見せていた。
  この日も逆転ゴールを入れた安貞桓は、W杯本大会で3得点を記録した初めてのアジア選手となった。




外信記者「韓国がどうしてオーストラリアを応援?」
(『中央日報』2006年6月14日)

 韓国とトーゴの試合が行われたフランクフルトバルト競技場1階には各国記者たちのためのメディアセンターがある。
  12日グランド適応訓練を取材するために100人に近い韓国記者たちが集まってきた。外信記者たちもかなり多かった。
  午後3時(現地時間)にオーストラリアと日本の試合が始まった。前半、拮抗していたが日本の中村がヘディングゴールを決めると記者たちは「おう」と驚いた顔をした。
  ところがスロー・ビデオで見たゴールシーンが日本選手のゴールキーパーチャージであると見え、ヒディンク監督も興奮すると記者たちは「オーストラリアが気の毒だ」ともらした。   4時に始まったトーゴの練習(15分間公開)を見て、出てくるまで状況は変わらなかった。しかし後半戦も終わりのころ、オーストラリアが同点ゴールを入れた。メディアセンターのあちこちで拍手がわいた。続いてティム・ケイヒルが逆転ゴールまで入れると一部の韓国記者たちは歓呼の声をあげた。
  すると外信カメラ記者たちが群がってきて歓呼する韓国人記者たちの姿を撮り始めた。彼らは「韓国とは同じ東洋で、隣国である日本を応援せず、どうしてオーストラリアを応援するのかわからない」と言った。
  彼らに2002年ヒディンク監督と韓国との縁、日本と韓国の微妙な感情などを説明するにはとても複雑であった。
フランクフルト=チョン・ヨンジェ記者 



8分間に3ゴール「ヒディンクマジック」の秘密は…
(『中央日報』2006年6月14日)

 フース・ヒディンク監督は今「魔法使い」になった。監督をするチームでは勝ちっ放しだ。
  12日午後(日本時間)、日本との試合も例外ではなかった。ヒディンク監督の導くオーストラリアは先制ゴールを奪われてからも後半も終わりにさしかかった8分間に3ゴールを入れて奇跡の逆転ドラマを見せた。
  ブラジルのあるテレビは「今日のオーストラリアの試合は4年前の韓国を見るようだった。攻撃とスピードがすぐれていた」と「率直にオーストラリアというチームよりはヒディンクという監督がが恐ろしい」と報道した。オーストラリアのシドニーモーニングヘラルドは「オーストラリアと試合を控えたブラジルの看板ストライカー、ロナウジーニョが試合を前にヒディンク恐怖症を訴えた」と報道した。一体ヒディンクマジックの秘密は何か。
  ◆巧みな心理戦=前半26分、オーストラリアのゴールキーパーシュウォーツァーが日本の高原のひじにぶつかって倒れたとき、中村のフリーキックがゴールポストに吸い込まれた。ゴールキーパーを押した反則だと見えた。しかし主審は日本のゴールを宣言するとヒディンク監督は4,5副審が座っていたブースに跳びこんだ。身を投げて当時の状況を再演しながら「どうしてキーパーチャージではないのか」と激しく抗議した。
  後半、日本の守備手坪井が倒れて苦痛を訴えると「時間をかけるためにわざと倒れている」と駆けてきた日本医務チームを押しのけるなど怒りの行動を見せた。普段の彼らしくない姿だった。
  しかしこれはすべて徹底的に計算された行動だったという分析だ。審判陣には判定の不満を示して公正な判定を誘導した上、沈んでいた選手らには刺激を吹きこもうとするさまざまな意を含んだメッセージだったということだ。
  ◆絶妙な選手起用=日本戦の逆転勝ちは起用策が的中したものだ。0−1とリードされた後半8分。ヒディンク監督はゴール感覚がすぐれたチィム・ケイヒルを投入した。後半16分には守備手ムーアとストライカーケネディを交代、後半30分には再び攻撃手アロイージまで投入した。
  交代選手をすべて攻撃手にした。
  結果は大成功。敗色濃厚だった後半39分、ケイヒルが劇的な同点ゴールを入れたのに続き、44分には追加ゴールまで決めた。後半47分にはアロイージが駄目押しのゴールまで決めた。投入された選手たちが残った8分間に3ゴールを入れる奇跡を起こした。
  この状況は2002年ワールドカップ当時、韓国とイタリアの ベスト16をかけた戦いに似ている。当時ヒディンク監督が率いた韓国代表はビエリの先制ゴールで0−1でリードされた状況だった。ヒディンクはこのとき金泰映(キム・テヨン)、洪明甫(ホン・ミョンボ)、金南一(キム・ナミル)を出して攻撃手である黄善洪(ファン・ ソンホン)、と李天秀(イ・チョンス)、車(チャ)ドゥリを相次いで投入し、奇跡の逆転勝ちをおさめている。
  ヒディンク監督は試合後「試合終盤の日本が特に弱いことを知っていた。それを計算して準備した」と言った。
  外信は組別リーグ第1試合から極端な戦術を選んだヒディンク監督を「危険なギャンブラー」と呼んだ。しかし彼のベッティングはいつも成功する。ブラジル、クロアチアなど強豪チームとの試合を控えて、日本を破ることができなかったらベスト16行も遠ざかるという判断からの果敢な賭博だった。
  ◆選手掌握力=ヒディンク監督のリーダーシップだ。昨年、オーストラリアの指揮官を引き受けるやいなや彼は選手の長短所を完璧に把握し、アメとムチを交互に与え、選手たちを鍛えながら掌握していった。「ヒディンク監督のために命までかける」としていたSocceroo(オーストラリアサッカーチーム)の主将の言葉にヒディンク監督のカリスマ性が読める。
  監督は2002年ワールドカップを控え、おごり高ぶっていたストライカー安貞桓(アン・ジョンファン)をベンチに座らせる方法で負けん気を植えつけたほか、朴智星(パク・チソン)や宋鍾国(ソン・ジョングク)ら若い選手にはできるという自信をもたせた。
チョン・ジェウォン記者 



「韓国、アジアを代表するサッカー強国」中国も興奮
(『中央日報』2006年6月14日)

「アジアはイラン−日本戦の1−3連敗という悪夢から抜け出した。韓国がアジアのプライドを守った」。
  韓国がトーゴ戦で勝利したのを高く評価する中国メディアの報道が相次いでいる。中国の各メディアは、02年の韓日ワールドカップ大会(W杯)で韓国が達成した「4強入り」はホームグラウンドの利点だったとし、韓国代表の実力を低く評価していた。韓国チームの善戦を、まるで中国チームの勝利のように好意的に報じたのは非常に異例なこと。
  中国のポータル大手・捜狐ドットコム(www.sohu.com)は、14日「アジア勢初勝利果たした『太極の虎』」とし「韓国代表も遠征試合で初の勝利を果たし倍の喜びを味わっている」と報じた。続いて「同じアジアの一員として韓国代表の善戦は、アジアの人々を大きく勇気付けた事件」とした。新華社通信も「韓国、アジア初の勝利果たす」との見出しで、試合の内容を詳しく伝えた。
  スポーツ紙・新元娯楽采編は「韓国は実力でアジアを代表するサッカー強国であることを証明した」と報じた。瀋陽晩報は、W杯特集記事の面に、韓国がトーゴ戦で勝利したことを大きな写真と共に掲載し、「韓国の勝利はアジアの栄誉」という見出しで韓国代表の勝利を祝った。
鄭繩コ(チョン・ヨンファン)記者



日本・中国人も‘レッドデビルズ’になって応援
(『中央日報』2006年6月14日)

多数の日本人と中国人が韓国応援団の中に入り、赤いTシャツを着て韓国−トーゴ戦を観戦していたことが分かった。
  日本人の中にはJリーグチームの赤いジャージやTシャツを着た人が多く、レッドデビルズのTシャツ「Be the reds」と書かれた赤いTシャツを着ている人もいた。
  20代後半の日本人女性に韓国応援団に混ざって応援する理由を尋ねた。 「安貞桓(アン・ジョンファン)と朴智星(パク・チソン)が好きなので、応援したかった」。この女性はまた「レッドデビルズの応援に参加してみたかった」とし、「ここに着てチケットを購入したが、その時、絶対に韓国側の座席がほしいと要求した」と語った。
  フランクフルト中央駅にあるマクドナルドにも多数の‘外国人レッドデビルズ’がいた。 韓国応援団服のロゴ‘闘魂’という文字を体に書いた4人の男性がハンバーガーを食べていたが、使用する言葉は中国語だった。 彼らは「中国がワールドカップ(W杯)に出場できなかったので、同じアジアのチームである韓国を応援する」と語った。
フランクフルト=許珍碩(ホ・ジンソク)記者



逆転負けの日本、韓国に八つ当たり!?
(『朝鮮日報』2006年6月14日)

12日の日本戦で奇跡的な逆転勝ちを果たしたオーストラリアは興奮のるつぼとなったオーストラリア最大の都市シドニーではテレビを見ていたサッカーファン数千人が、中継が終わると同時に街に繰り出し、一晩中「サッカールー(豪代表の愛称・サッカー+カンガルーの合成語)」と叫んでいた。一部地域では街中の大行進のため車両規制が行われたり、警察官が万が一の事態に備えサッカーファンの通行を制限したりした。深夜まで続いた大騒ぎで試合翌日の13日は会社を休む人が続出した。ある労使問題の専門家は「病気や他の理由で欠勤した人も含めると、会社を休んだ人は全労働者の20%に上る。このためオーストラリアにある全会社・工場の損失は最高2億5000万オーストラリアドル(約213億円)に達するだろう」と話す。
 熱狂しているのはメディアも同じだ。シドニーのデイリーテレグラフ紙は「豪スポーツ史上最も驚くべき勝利」という見出しで1面トップで扱った。メルボルンのエージ紙も「ゴール、ゴール、ゴール、そして光栄」という見出しで祝った。
 特に各メディアは「豪が主審の誤審にもかかわらず勝利できたのは神のおかげだ」と興奮して試合の様子を伝えた。豪のGKマーク・シュウォーツァーは「主審は日本がゴールしてから5分後に“すまない。わたしが間違えた”と言った」と話している。
 一方、逆転負けを喫した日本では、韓国に八つ当たりする意見があふれた。インターネットには「同じアジア国家で、2002年ワールドカップの共催国・韓国が豪ばかりを応援したのはひど過ぎる」というひねくれた書き込みでいっぱいになった。
 「韓国!ふざけるな!」というタイトルのヤフージャパン・ワールドカップ掲示板には「朝鮮日報を見ろ。韓国はひどい。日本に対してあんなに悪感情をむき出しにするなんて。オランダ人が本当に韓国人と仲がいいのか?」(ID:amusuteru)、「神様、どうかフランス・スイス・トーゴが全部、韓国に勝てるようにしてください!」(new_tri_kinc)、「結局は、自国開催で審判を買収しなければ勝てない国・韓国」(ayrton_senna_da_silva_no1)などの書き込みが相次いだ。韓国に住んでいる日本人サワダ・アユムさんは「ヒディンク監督が“韓国のために勝利する”と言ったこと自体が日本人を不快にさせた」と話す。
 同組の優勝候補ブラジルも、豪の活躍にとても驚いたようだ。「余裕の」ベスト16進出を宣言したブラジルのメディアは豪の大逆転劇後「韓日ワールドカップでベスト4神話を作ったヒディンク・マジックが今回も効いている」と警戒した。 キム・ミリ記者




3万人の「赤波」に包まれたフランクフルト
(『朝鮮日報』2006年6月14日)

フランクフルトはゲーテが生まれた街だ。街のあちこちにゲーテの名前が付いている。観光客が多く訪れるゲーテ広場は最近、日替わりで主人が交代している。
 11日までは、イングランド人がこの広場の主人公だった。サッカーが行われる所にはどこにでも出没する人たち。彼らは狭い広場でサッカーボールをポンポン蹴りながら、日が昇るまで広場に居座っていた。12日は、サッカーの魔術師ヒディングのマジックにかかったオーストラリア人がこの広場の主人だった。隅っこで言葉もなくビールを浴びていた日本人は、「通行人A」あるいは「見物人C」くらいの端役。あれほど惨めな日本人は初めて見た。
 13日のフランクフルトはまるで韓国だった。勝敗とは関係なしにフランクフルトは韓国のホームグラウンドと化した。フランクフルトはかつてドイツ・ブンデスリーガを魅了した“チャボム”こと車範根(チャ・ボムグン)の街だ。街の至る所を赤いTシャツを着た韓国人が闊歩(かっぽ)し、カフェでコーヒーをすすっていた人たちも一緒になってリズムに合わせ手を叩いた。広場中央はもちろん、広場周辺のカフェも赤一色だった。ソウルでも見られない光景だ。ついには、ヨーロッパの人たちも赤い悪魔の格好をしてビールを浴びた。Tシャツにはコリア(Corea)と書かれていた。
 新しく立てられたメッセコンベンションセンターにあるアゴラ広場。前日から今日にかけてドイツ全土から集結した数万人の韓国人で赤いウエーブを作った。全国38カ所の韓国人会は早々に緻密な作戦計画を立てた。通りの所々に案内役の韓国代表サポーターが立ち、これらの案内に従い広場に入ると厳かな昔の建物の真ん中に舞台が設置されていた。そして赤いウエーブ! 何人いるのか数えられない。4年前のソウル市庁前そのものだ。
 遠くはベルリン、ライプチヒから8時間かけて車を運転してきた。炭鉱員や看護師として祖国を離れた在独1世から2世、3世までが韓国を応援するために来た。昼食時には15台のバスがアゴラに止まっていた。ハンブルクから来たキム・オクファさん。1974年に看護師としてドイツに渡った。「ここに住んで30年たちますが、こんなことは初めてです。とてもうれしくて言葉になりません」。ハンブルクからフランクフルトまで約500キロ。最低5時間はかかる遠い道のりをやって来た。大型スクリーン、サムルノリ、演歌、拍手に応援…。「負けてもいいと思っていたのに、勝ってくれるなんて…」。キム・オクファンさんの目に涙がうっすらと浮かんだ。 フランクフルト=パク・ジョンイン記者




日本のスポーツ紙、安貞桓を絶賛
(『朝鮮日報』2006年6月14日)

日本の各メディアは2006年ドイツW杯の韓国×トーゴ戦で逆転ゴールを決めた安貞桓(アン・ジョンファン)選手に称賛の言葉を送った。
 サンケイスポーツ・中日スポーツなどは14日、インターネット版で韓国対トーゴ戦の結果を紹介し、逆転ゴールを決めた安貞桓(アン・ジョンファン)選手を絶賛した。
 サンケイスポーツは「安貞桓、千金弾!日本にも欲しい〜決定力」という見出しで「大舞台に強い男が、決めた。4年前の韓日大会でヒーローになったFW安貞桓が、1点を追う後半開始から途中出場し、試合を決める勝ち越しゴールをあげた」と伝えた。
 そして「イラン代表、そして日本代表と黒星続きと低迷していたアジア勢としては、今大会初白星だ」と、韓国勝利の意味を強調した。
 また中日スポーツは 「4年前のヒーローが決勝点」という見出しで「安貞桓がまた大舞台で活躍した」と、安貞桓選手に称賛の言葉を惜しまなかった。
 同紙は「4年前イタリア戦で値千金のゴールを決め、国民的英雄になった安貞桓は、その後イタリアから日本を経て、再びヨーロッパに挑戦した。今季不振で代表選抜は難航したが、最後の瞬間に4年前を彷彿とさせる活躍をみせた」と、安貞桓について詳しく伝えた。




【社説】この際だからベスト16まで行ってしまおう
(『中央日報』2006年6月14日)

  あっぱれだ、わが太極戦士よ!
  彼らは国民の期待を忘れなかった。誇らしい大韓民国の息子たちがアフリカの強豪トーゴを2−1で撃破した。疲れや負傷を乗り越えて祖国と国民に熱い逆転勝利をプレゼントした彼らに力強い激励の拍手を送る。すぐれたリーダーシップで勝利を導いたアドフォカート監督ら、リーダーたちにも敬意を表したい。
  昨晩、勝利は我々すべての物だった。やはり4800万国民の赤い喚声はブードゥー教の呪咀より強かった。ドイツ現地で、ソウル市庁前広場で、そして各家庭で、我々は同じ言葉で叫び、じんと来る感動をもろともに感じた。この日は我々皆あらゆる憂いやなげきやストレスを忘れた。我々はまた1つになった。
  今回の勝利の意味は格別だ。まず待ちに待ったワールドカップ(W杯)本選海外試合初勝利という国民の願いがついにかなった。我々が2002年ワールドカップベスト4の感激を享受してはきたが、どうしてもホームグラウンドの利点を否定することができない。しかし今回はドイツで、堂々と逆転勝ちしたのだ。もうどこの誰も我々を「茶の間の虎」と呼ぶことはできない。日本はもちろん、イランまで敗れてしまい、そんな中で我々が勝利をもぎ取ったことも称賛に値する。我々がアジアサッカーのプライドを誇り、盟主という事実を今一度証明した。
  トーゴの敗北も反面教師とみることができる。トーゴ監督が数日前、ボーナス問題で辞任し、また復帰するなどと騒いでいた時点で、我々勝利はある位予想できた。大きなことを控えて敵の前で分裂をみせることがどんな結果をもたらすのか、我々ははっきりと目の当たりにした。今回の勝利の最大の意味は、我々の底力を再確認したという点だ。国民が力を合わせれば、何でもやれないことはないということを再確認したのだ。
  対立や分裂より、和合がどれだけ大きな力を発揮するのか、特に政治家たちには肝に銘じてほしい。
  さあ、これからが本番だ。夜、ろく眠れなかったとしても、今日はいそいそ働こう。そしてフランス戦とスイス戦で再び1つになろう。
  こうなったらベスト16と言わずベスト8、ベスト4まで進もう。我が選手たちの善戦を期待する。




【社説】韓国サッカー、栄光の歴史は続く
(『朝鮮日報』2006年6月14日)

韓国サッカーその栄光の歴史、感動の神話に新しい1ページが加わった。韓国はワールドカップ1次リーグG組でアフリカの伏兵トーゴに逆転勝利を収めた。
 精神力の勝利だった。精神的な負担が大きかったせいか、前半は動きが鈍かった韓国は、トーゴに先制点を許してしまった。しかし後半に入ってから、韓国選手はがぜん調子を取り戻した。ピッチ狭しと走り、ぶつかり、情熱で勝ち抜いた。
 勝てる試合、勝たなければならない試合だった。しかし、ひょっとしたらという不安がなかったわけではない。しかし代表選手らは、少しでもそうした心配を抱いたわれわれを申し訳ない気分にさせるほどの活躍を見せた。
 この日の夜、国民は4年ぶりに一つになった。ソウル光化門から東端の独島(日本名竹島)まで、全土が赤く染まり、燃え上がった。各家庭でテレビの前にかじりついた人々は、あたかも自分の分身であるかのように選手たちの一挙一動に集中した。
 われわれの体の中にひそんでいた火山のようなエネルギーが一斉にほとばしった瞬間だった。4年前に世界が驚き、うらやましがったあの応援が久しぶりに韓国に対する愛を呼び覚ました。
 感動の初勝利は、これまで選手やコーチ陣が心を一つにしてがんばってきた成果だ。率いる側と、従う側の信頼が勝利をもたらしたのだ。
 一時、監督人事で揺れた代表チームを立て直し、力強いリーダーシップを発揮したアドフォカート監督の頼もしさ。「われわれの第1次目標は1次リーグ突破だが、その後はどんなことも可能だ」というアドフォカート監督の言葉に感謝したい。
 しかし、勝負はこれからだ。リーグ突破には、まだ2つの峠を越えなければならない。思い上がりや思いこみは捨て去るべきだ。
 試合は思いっきり戦ったほうが勝つものだ。われわれは代表チームに対する称賛を惜しみ、激励も十分ではなかった。これからは思う存分ほめ、思う存分励ます、余裕のある心構えで行こう。サッカーを愛する初心を忘れず、サッカーに夢中になったあの時、あの時期に帰ろうではないか。
 頼もしい韓国代表の行く手を阻むものはない。思う存分走り、思い切ってシュートを放って欲しい。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉のように、結果は後からついてくるものだ。




奇跡のような後半大逆転劇…作戦・起用策までそっくり
(『中央日報』2006年6月15日)

魔法のような選手の起用とあきらめない勝負欲。
  オランダ出身2人のスター監督がドイツワールドカップ(W杯)でぞくぞく祝杯をあげた。フース・ヒディンクオーストラリア監督(60)とディック・アドフォカート韓国監督(59)。W杯ベスト16の重要な鍵を握る1回戦で日本とトーゴを相手に奇跡のような逆転劇をそれぞれ演出した。
  ヒディンク監督は日本に先制ゴールを奪われるも、後半3人の攻撃手を順に投入した。そして交代したティム・ケイヒルとジョン・アロイージが3ゴールを決める「8分間の奇跡」が起こった。アドフォカート監督は0−1とリードされた後半、守備手金珍圭(キム・ジンギュ)を出して攻撃手安貞桓(アン・ジョンファン)を投入、3−4−3フォーメーションを4−2−3−1に変えた。左右ウィングの朴智星(パク・チソン)、李天秀(イ・チョンス)の攻撃的な動きがゴ−ルに結びついた。後半23分、金南一(キム・ナミル)の投入が潤滑油となり、安貞桓が逆転決勝ゴールを決めた。
  逆転劇は運ではなく作戦の勝利だった。ヒディンク監督は試合後「運ではなく明らかな計画。それに合うようにプレーを展開して勝った」と言った。アドフォカート監督も「フォーメーションを変えた後、我々チームのプレーが生き返り、プレッシャーを加えることができた」と評価した。「4〜5回の親善試合を通じてラインナップを調整した。戦術はいつでも変えることができる」と付け加えた。
  彼らの背後には「リヌス・ミヘルス」がいる。韓国の元・現職代表監督2人はオランダ式トータルサッカーの継承者だ。オランダサッカーの父リヌス・ミヘルス監督が1970年代に創始したトータルサッカーは「全員攻撃、全員守備」を特徴としている。選手は強い体力を土台に絶えずポジションを変えて有機的なプレーをする。韓国はアドフォカート監督の注文どおり、フォーメーションを変えて試合の主導権を握った。ヒディンク監督のオーストラリアも両チーム体力が衰える後半戦、選手起用の変化で流れを覆した。
  ヒディンク監督が韓国に先にトータルサッカーを適用したが、系譜上ではアドフォカート監督が嫡子だ。アドフォカート監督は84〜87年の4年間、オランダ代表チーム首席コーチとしてミヘルス監督を補佐した。「将軍(general)」と呼ばれたミヘルス監督のもとアドフォカート監督の別名は「小さな将軍(little general)」だ。
  2人のオレンジの男は人生の履歴も似ている。韓国代表チーム監督はヒディンクが先輩だが、オランダ指揮官はアドフォカート監督が先に就任した。アドフォカート監督は94年、米国W杯でオランダをベスト8に導き、その年12月、ヒディンク監督がバトンを受け継いで98フランスW杯でベスト4に導いた。
  ドイツW杯が終わった後の行く先も似ている。ヒディンク監督はロシア代表チームと、アドフォカート監督はロシアプロサッカーゼニト・サンクトペテルブルクと指揮官契約を結んでいる。




帰ってきた「W杯男」安貞桓
(『朝鮮日報』2006年6月15日)

2002年韓日W杯アメリカ戦で同点ゴール、イタリア戦で奇跡のゴールデンゴールを決めたあの男がまたしてもやってくれた。「ミスターワールドカップ」安貞桓(アン・ジョンファン)は今大会も健在だ。彼は13日に行われたトーゴ戦で「マン・オブ・ザ・マッチ」に選ばれるともに、W杯通算3得点目を挙げ、アジア選手としてW杯最多ゴールをマークする栄誉に輝いた。
 少女マンガに出てくる貴公子のような容貌とは裏腹に、彼の少年時代は不幸の連続だった。彼には父親がいない。名字も母方(アン・ヘリョン)を名乗った。生活は貧困を極めた。大黒柱だった祖父の事業が失敗して、小学校時代だけでも10回以上引越しをしなければならなかった。食事にありつけないのは日常茶飯事で、お供え物の餅を拾って食べたこともある。祖母のシン・ヒソン氏は「育ち盛りの時期に食事をロクに与えることできず、同年代の子供たちの中で一番小さかった」と、いまだに心を痛めている。
 愛情に飢え、空腹にさいなまれた安貞桓少年にとって、サッカーは唯一の希望だった。「サッカー神童」は近所でも評判になり、テリム小学校5年生の時、本格的にサッカーを始めた。彼はU−19韓国代表と大学サッカーの舞台ではゲームメーカーとしてその才能を認められた。1998年、大宇ロイヤルズ(現釜山アイパーク)に入団後、高宗秀(コ・ジョンス)、李東国(イ・ドングク)らとともに「新世代トロイカ体制」を築いた後、99年KリーグMVPに選ばれて、一躍スターダムにのし上がった。そして、翌年イタリア・セリエAのペルージャに移籍した。しかし、イタリアではベンチを暖めることがほとんどだった。
 2002年の韓日W杯で、彼はイタリア戦でゴールデンゴールを決めるたことで、一躍国民的ヒーローになった。しかし、このゴールで所属するペルージャのルチアーノ・ガウチ会長の怒りを買ってしまった。ペルージャを追われた彼は、一時無所属で過ごさなければならなかった。その後、清水エスパルズ、横浜Fマリノスを経てフランスのFCメッスに移籍し、さらにドイツのデュイスブルクに移籍した。しかし、そこでも思ったとおりの成績は残せなかった。W杯直前に行われた親善試合でもこれといった活躍を見せることができず、マスコミの批判は頂点に達していた。
 しかし、Kリーグ、Jリーグ、セリエA、フランスリーグ、ブンデスリーガと5カ国で培った経験はダテではなかった。彼は決定的な瞬間で再びその真価を発揮した。 キム・ミリ記者



ヒディンク采配を徹底分析(『朝鮮日報』2006年6月15日)

2002年のワールドカップ(W杯)のときより白髪は増え、腹も出た。しかし、ヒディンク・マジックはさらにパワーアップして帰ってきた。
 明知(ミョンジ)大学スポーツ記録分析研究センターがオーストラリアと日本の試合を分析した結果によると、「ヒディンク・タイム」と呼ばれる試合終了間際にオーストラリアは驚くべき集中力を見せていた。
▲奇跡の8分…有効シューテングの確率87.5%、シュート成功率43%
 オーストラリアは3得点を挙げた最後の8分間に8本のシュートを浴びせ、そのうち7本をゴールポスト内へと放った。有効シューテングの確率は87.5%。
 7本の有効シューテングのうち、3本をゴールへとつなげた。シュート成功率は43%。
 オーストラリアはそれまでの82分間に12本のシュートを放ったが、このうち有効シューテングは5本(42%)だけだった。終盤の8分間でオーストラリアはシューテングの正確さが45%以上、向上した計算だ。
 一方、最後の8分間に日本が放ったシュートはたったの1本。それもゴールポストからはかなり離れていた。82分間で5本のシュートを放ち、このうちゴールポスト内に向けられたのはわずか2本(1得点)だけだった。
 オーストラリアはボール支配率と攻撃率でも日本を圧倒した。ラスト8分間でのオーストラリアのボール支配率は60%だった。これを攻撃率で見ると、オーストラリアは64%で日本は36%と、その差はさらに開く。
 一方、パスの成功率やクロスの回数、ドリブルの成功率などは、両チームともほぼ同じだった。
▲日本選手の体力に合わせた選手起用…計算された用兵術 
 オーストラリアが終盤に集中力を見せたのは、ヒディンクの用兵術からも読み取れる。
 ヒディンクは1点ビハインドの後半7分、MFブレッシアーノ(パルマ)に代え、攻撃力に勝るケーヒル(エバートン)を投入した。ケーヒルは同点ゴールと逆転ゴールの主人公だ。2回のシュートチャンスをすべて成功させている。
 後半15分にはDFケネディー(ドレスデン)が、後半34分にはFWアロイシ(アラベス)が、それぞれDFムーア(ニューカッスル)、MFウィルクシャー(ブリストル・シティ)に代わって投入された。日本選手の体力が消耗する後半にFW3人を集中的に起用したヒディンクの戦術が効を奏したわけだ。
 2002年のW杯当時、ヒディンクはサイドからの攻撃を多用した。ソル・ギヒョンや李天秀(イ・チョンス)らサイド攻撃に優れた韓国の長所を十二分に活用したのだ。
 しかし、オーストラリアは日本戦でセンターに重きを置いた。背が高く、体格的にも恵まれたFWが多いためだ。FWの要となるビドゥカ(ミドルスブラ)は1メートル89センチで91キロ、三つ目のゴールを奪ったアロイシは1メートル85センチで80キロだ。
 ラスト8分間にオーストラリアが記録したセンターからの攻撃率は実に52%と驚異的だった。3ゴールすべてが中央からの攻撃によるものだった。




ドイツ紙「韓国サポーターの声援は最高」
(『朝鮮日報』2006年6月15日)

「韓国サポーターの声援は最高だ」
 トーゴ戦が行われたフランクフルトの競技場を訪れたレッドデビル(韓国サポーター)は、今回のワールドカップで最も大きな声で、最も長く声援が持続した、と現地のメディアが報じた。
 ドイツ日刊紙「Sueddeutsche Zeitung」は14日、「韓国にチャンスが訪れたときの声援は、まるでバンドのコンサートのようで、鼓膜が破られそうだった」と韓国サポーターの声援の大きさを伝えた。




韓国、52年かけて海外初勝利(『朝鮮日報』2006年6月15日)

 韓国がトーゴを下し、目の上のたんこぶだった‘欧州アウェー試合無勝’のジンクスを破った。これまで欧州で行われた3回のW杯で韓国代表がおさめた戦績は7敗1分。1986年メキシコ、1994年アメリカW杯の結果まで入れると10敗4分。2002年の3勝2敗2分と比べると、天と地の違いだ。欧州恐怖症を乗り越えた秘訣は何だったのだろうか。
◆情報戦でリード 
 現代サッカーは情報戦だ。過去の代表チームはこの戦いで徹底して負けつづけた。相手の「秘密兵器」の前にあわてるのはいつものこと。精神力ばかりに頼って先制ゴールを奪われた後、急に崩れることもあった。しかし韓国サッカーはヒディンク監督の2002年をターニングポイントにがらりと変わった。見たことも聞いたこともない‘ビデオ分析’を始め、技術委員による体系的な海外情報収集も行われた。当時代表だった黄善洪(ファン・ソンホン)は「当時のビデオ資料は相手チームの選手と一緒にプレーしているような感じがするほどリアルだった」と話す。アドフォカート監督はさらにプライベートな人脈も動員、W杯の相手チームを徹底的に分析した。
◆後半の体力低下は昔話・・・自信みなぎる 
 後半30分以降の急激な体力低下で試合をぶち壊していた記憶は、今や過去の話。海外キャンプで適応期間を十分設けて時差を克服、シャトルラン(20m往復ランニング)などの科学的な体力トレーニングで選手たちはアップグレードした。代表23人の中には憧れの欧州プロリーグ入りを果たした朴智星(パク・チソン)、李栄杓(イ・ヨンピョ)、ソル・ギヒョン、イ・ウルヨン、安貞桓(アン・ジョンファン)ら8名の選手がいる。2002年ポルトガル・イタリア・スペインを相次ぎ下した自信も「世界のトップ選手たちにグラウンドで対戦するたび緊張して足がもつれた」といっていたかつての代表たちとは違う。
◆レッドデビルズのパワー 
 1998年フランスW杯で選手たちはオランダに0−5で大敗した後「オレンジの波で埋まった観客席に圧倒されてしまった」と話していた。1954年のスイス(2敗)、1990年イタリア(3敗)大会は言うまでもない。アウェーの不利さを誰よりもよく知っているアドフォカート監督は、選手たちにイメージトレーニングを課した。熱い「赤い応援」が繰り広げられた強化試合のシーンをイメージして恐ろしさを取り除いたそうだ。フランクフルトスタジアムを赤く染めた「12番目の選手」たちの熱い応援も大きな力となった。 フランクフルト=チェ・ソンジン記者




宴の後にゴミの山…4年前の市民意識はどこへ?
(『朝鮮日報』2006年6月15日)

FIFAワールドカップ(W杯)ドイツ大会で韓国代表の初戦となった対トーゴ戦。街頭応援が行われた13日夜、ソウル市庁前広場や光化門一帯で170トンに上るゴミが出た。
 この日夜、光化門一帯の道路や地下道・地下鉄構内は新聞紙・ファストフードの容器・ペットボトル・生ゴミ・空き缶などですっかり覆われてしまっていた。 4年前の韓日W杯のときに行われた、自主的にゴミを片付ける市民の姿はほとんど見られなかった。パブリックビューの主催者が貸したスペースではある程度の片付けが行われたが、ほかの所はひどい状態だった。
 ソウル市は、20万人(警察推算)が集まったソウル市庁前広場で約100トン、30万人が集まった清渓広場や光化門交差点では約70トンのゴミを14日午前に撤去したことを明らかにした。掃除のために中区・鐘路区役所に所属する環境美化員235人と清掃車26台が投入された。
 韓日W杯当時、韓国の初戦(対ポーランド戦)が行われた2002年6月4日のこの一帯のゴミ撤去量は約30トンだった。今年は応援会場として清渓広場が追加されたこと、ポーランド戦はそれ以降の試合に比べ街頭応援の規模が小さかったことを考慮しても、今回捨てられたゴミは数倍になる、とソウル市は説明する。単純に計算すれば5倍以上だ。




日本代表GK川口「韓国を見習おう」
(『朝鮮日報』2006年6月15日)

「韓国を見習おう!」
 サッカー日本代表のゴールキーパー、川口能活がトーゴに逆転勝ちをした韓国を見習おうと、チームメートにさらなる奮起を求めた。
 3大会連続でワールドカップ(W杯)に出場した川口は、1対3で逆転負けを喫したオーストラリアとの1次リーグ初戦で見せた日本選手らの消極的なプレーについて批判し、日本は韓国の攻撃的なスタイルを見習わなければならないと語った。
 「韓国は失敗を恐れず、物怖じせずに攻撃する」と韓国のチャレンジ精神を賞賛する川口は、「僕たちは韓国のような精神力が必要だ。結果を恐れてはならない。結果を恐れると結局悪い結果を生む」と日本の精神武装を強調した。
 また川口は、今月18日ニュールンベルグで行われるクロアチア戦について、「僕たちには失うものは何もないという覚悟で試合に臨み、試合をものにしなければならない」とし、「オーストラリアとの試合に負けたことは残念だが、クロアチアに対して絶対に恐れてはならない」と語気を強めた。
 日本がW杯でクロアチアと対戦するのはこれで2度目だ。前回はW杯本選の切符を初めて手にした98年のフランス大会。日本はクロアチアを相手に善戦したが、シューケルに決勝ゴールを奪われ0対1で悔し涙を飲んだ。当時のゴールキーパーも川口だった。



【コラム】ヒディンクが火山なら、アドフォカートは地震
(『朝鮮日報』2006年6月15日)

 韓国が勝った。
 フランクフルトのFIFAワールドカップ・スタジアムは屋根で覆われていたが、韓国代表選手の力強い意志まで覆い尽くすことはできなかった。トーゴ戦の前日に会った選手たちは口を一文字に引き締めていた。試合前に偶然会ったイ・ヨンム技術委員長も固い表情を崩さなかった。
 イ・ヨンム技術委員長は「ワールドカップに楽な試合などあり得ない」と語った。監督が去ればトーゴ選手の精神力がいっそう強くなることもあり得るとも語った。サッカーで勝つ方法は三つ。終始一貫して嵐のように押しまくるか、一歩一歩じっくりと前に進むか、守りを固めて稲妻のように相手ゴールに奇襲をかけるかだ。
 ディック・アドフォカート、われわれに感激をプレゼントしてくれた男! 今大会で飛び出た2度目の逆転勝利。第1号の主人公はヒディンクで、第2号はアドフォカートだった。韓国代表チームの前・現監督二人の指導者の性格は対照的だ。ヒディンクが線ならば、アドフォカートは面。ヒディンクが細い筆で描く細密画家ならば、アドフォカートは余白の美を生かす文人画家だ。ヒディンクが試合や選手の生活まで手を入れるとしたら、アドフォカートは無言と表情で選手たちを動かす。二人ともカリスマ的な指導力を備えているのはもちろんだ。
 韓国選手が非紳士的な反則で倒されれば席を蹴って立ち上がり、荒々しい抗議をするのはまったく同じだ。しかし、ヒディンクの怒りが火山ならば、アドフォカートのそれは重々しい地震だ。ヒディンクはアッパーカットで、アドフォカートはハイタッチだ。そして、二人とも偽装戦術を使う。
 ヒディンクは暴風のように見えるが、実は奇襲作戦を主な武器として活用し、アドフォカートは皆が押し込むと予想した地点で耐えて間を置いた。アドフォカートはそのように前半戦を戦った。大勝が目標ではなく、僅差(きんさ)の勝利であろうと強敵と対等に戦いたいという強い意欲の表れなのだ。
 大会組織委の手違いで2度流れた愛国歌(韓国国歌)は、劇的な逆転勝利の前兆ではなかっただろうか。このとき、李栄杓(イ・ヨンピョ)はイギリス人の主審に流ちょうな英語で抗議していた。初ゴールを決めるという約束を守った李天秀(イ・チョンス)は、試合後のロッカールームでどんな表情をしているだろうか。
 ワールドカップ3ゴール目を決め、アジア選手最多得点の名誉を手にした安貞桓(アン・ジョンファン)は、どのような次の目標を心に刻んだだろうか。
 古代ローマ時代のコロシアムも、昨日のように暑い日には兵士らが皮の覆いをかぶせたという。古代ローマ時代にはローマ軍団が絶対的な強者だった。今日だけはわれわれが現代サッカーの絶対的な強者だ。われわれの行軍は今始まった。 チャン・ウォンジェ崇実大教授(前サッカー協会技術委員)




「韓国、歓迎」独紙1面にハングル文字
(『東亞日報』2006年6月15日)

 サッカーのワールドカップ(W杯)ドイツ大会の12の開催地の中で、唯一、旧東ドイツの地域であるライプツィヒ。

バッハが眠り、ゲーテとニーチェが若い日々を過ごした美しい古都ライプツィヒに、赤い波がうねる。
欧州最大の駅であるライプツィヒ中央駅を降りると、あちこちに「韓国を歓迎します」という赤い立看板が目に入る。電車の外面一面には、太極旗(テグクキ・韓国国旗)とサッカー韓国代表チームのサポーター「レッド・デビルズ」が描かれている。
中央駅から歩いて5分の市内のど真ん中にあるアウグスト広場では、数千人のドイツ人が、赤い服を着た韓国応援団とともに、サムルノリやテコンドー、扇子の舞いの公演を鑑賞している。
地元有力紙『ライプチガー・フォルクスツァイトゥング』は週末版で、紙面1面を韓国語で出した。1面には、太極旗とともに韓国語で「歓迎します」の文句が書かれた。
ライプツィヒが開催地になるために貢献したヴォルフガング・ティーフェンゼー元市長は、ドイツ連邦交通省長官に栄転したが、18日にプレスクラブを訪れ、「ライプツィヒとサッカー、ライプツィヒと韓国」について記者会見を開いた。ティーフェンゼー元市長は、困難だったW杯の準備過程を回想した。
「西ドイツに比べて不十分だったインフラのために、ライプツィヒは、W杯に備えて、都市全体を大工事しなければなりませんでした。数ヵ月前までは、市内のあちこちで電車の路線を整え、新しい施設を建てて道を整備したため、歩ける所がなかったほどです」。
東ドイツ地域の中で、ライプツィヒが唯一の開催地に選ばれたのは、サッカーとの長い縁があったからだ。1900年、ドイツサッカー協会(DFV)が、ここライプツィヒで初めて結成された。1903年の第1回ドイツ・カップで優勝したチームも、ライプツィヒだった。1956年に完成したツェントラルシュタディオンは、10万人も収容できるドイツ最大の競技場だ。今回のW杯のために、約4万4000席規模のサッカー専用スタジアムを競技場内に新たに建設した。
ライプツィヒ大学に留学する金ボヨン氏(27)は、「統一ドイツ後、旧東ドイツ市民たちは、疎外感と劣等感に苦しんできた。しかし、ライプツィヒの人々は、今回のW杯を通じて、プライドを取り戻している。観客を迎え入れることにも積極的だ」と話した。
ゲーテは、ライプツィヒの「アウアーバッハス・ケラー」という有名な酒場を背景に『ファウスト』を書いた。ライプツィヒは、フランス軍を率いた英雄ナポレオンが、プロイセン連合軍に歴史的に敗北した場所でもある。そして韓国は、まさにここで、「神話」の再演を準備している。



世界をあっと言わせたヒディンク・マジック
(『朝鮮日報』2006年6月16日)

「とてもこの世の人間とは思えない。ヒディンク監督は宇宙人じゃないの?」、ネット上を飛び交うネティズンたちの書き込みだ。
 ヒディンク監督の指導力が再び世界のサッカー界の注目を浴びている。彼が率いるオーストラリア代表チームが日本を相手に奇跡の逆転勝利を収めると、世界の多くのメディアは一斉に「ヒディンク監督の知恵と用兵術が勝利の源」と報じた。

▲AFP「戦術の天才…ヒディンクだからこそできた」
 
 AFP通信は「ヒディンクはオーストラリアチームの内部でも戦術の天才として尊敬されている」とし、「先制ゴールを奪われ、残りわずかとなった後半戦に、DFとMFをFWに変えた決断は、ヒディンクだからこそできたこと」と評価した。
 2002 年韓日サッカー・ワールドカップ(W杯)のベスト16でイタリアに01で負けていた韓国が後半18分、DFの金太映(キム・テヨン)を抜き、FW黄善洪(ファン・ソンホン)、李天秀(イ・チョンス)、チャ・ドゥリを相次いで投入、延長の末逆転勝ちを収めた状況と似ているのだ。
 ヒディンクは今年のW杯に先立ち、リードされている際の選手起用とフォーメーションの切り替えを何度も練習させてきた、とAFPは報じた。
 英国の日刊紙のテレグラフは「ヒディンクが初めて赴任したとき、オーストラリアの選手たちはDF中心の陣形からなかなか抜け出せなかった」とし、「ヒディンクは英国やヨーロッパ、南米の影響を受けたオーストラリアチームの長所だけを最大限に生かし、攻撃的なチームへと一新させた」と分析した。

▲「フォーメーションにジーコ驚嘆」「ヒディンク頭脳戦を制す」 
 ニュージーランドやドイツの新聞はヒディンクが日本のジーコ監督との頭脳戦に打ち勝ったと報じた。
 ニュージーランドのヘラルド紙は「ヒディンクが先発としてティム・ケーヒルに代え、やや遅いルーク・ウィルクシャーを投入したときは、専門家さえも疑問を感じた」とし、「しかし、それは試合のリズムが崩れることが予想される後半にケーヒルを投入し、決勝点を挙げようとする計算からだった」と説明した。
 また、ヒディンク監督の采配ぶりはフォーメーションからも感じ取れた。彼は練習や親善試合ではワントップ(3-6-1)を多用したが、日本との試合ではツートップ(3-5-2)を採用し、ジーコ監督を慌てさせたのだ。

▲ロシア国民「お待ちしています。ヒディンク監督!!」 
 ロシア国民はW杯の直後からロシア代表チームを率いることになるヒディンク監督を、一日も早くお迎えしたい雰囲気だ。
 ロシアでは「2002年のW杯当時、日本を相手に苦杯を飲んだお返しをヒディンクが代わりにやってのけた」とし、ヒディンク監督がロシア代表チームを再建し、2008年のヨーロッパ・サッカー選手権大会で再び奇跡を起こしてくれるよう願っている。



1次リーグ自力突破まであと1勝
(『朝鮮日報』2006年6月16日)

現在、韓国はG組1位とはいえ、いまだ勝ち点3。実際のところ、残るフランス・スイス戦は率直に言って手に余るのが実情だ。フランスとスイスが14日の直接対決で引き分けに終わったのも韓国に有利とは思えない。
 それは両チーム監督の試合終了後のコメントからも見てわかる。フランスのレイモン・ドムネク監督は「スイスの守備がどれだけ強固かわかるだろう」と語り、スイスのヤコブ・クーン監督も「最高の選手が布陣するフランスをよく阻んだ」と語った。互いに最大の峠は越えたので、あとは韓国とトーゴに勝てばよいという見方がうかがえるコメントだ。
 客観的に戦力を分析すれば、両監督の計算は大きく間違ってはいない。トーゴと韓国は酌みしやすい相手という点では同じだからだ。
 では韓国が決勝トーナメントに進出する確率を計算して見よう。韓国がフランス・スイスと引き分ければ、1勝2分けになる。フランス、スイスもトーゴに勝つと仮定すれば、上位3チームの勝ち点は同じ(5点)になる。この場合大会規定に沿って得失点差・総得点で順位を決めるが、フランスとスイスがモチベーションの下がったトーゴを大破すれば韓国が脱落する。

 もちろん、トーゴがフランスやスイスに引き分けまたは勝つ状況が生じた場合、この計算は複雑になる。韓国がフランス・スイスに1分1敗でも「敵の失敗」いかんによって1次リーグを通過する道が開ける。しかし、偶然を望むことはできない。韓国が自力で決勝トーナメント行きのチケットを得るためには2試合のうち、1試合は何が何でも勝たなければならない。
ソン・ジンヒョク記者




劇的同点ゴール決めた朴智星
(『朝鮮日報』2006年6月19日)

やはり並の選手ではなかった。「酸素タンク」朴智星(パク・チソン)がアートサッカーの老いた心臓にやりを突き刺した。神話再現に向け、残されるはアルプスだけだ。
 サッカー韓国代表は19日早朝(以下韓国時間)、ドイツ・ライプチヒで行われたドイツ・ワールドカップ(W杯)G組第2戦で後半36分、朴智星が値千金の同点ゴールを放ち、1998年の王者フランスと1-1で引き分けた。
 引き分けで上出来とみられていたフランス戦で目標を達成した韓国は1勝1分けで勝ち点を4に伸ばし、G組トップを維持した。同点ゴールを放った朴智星はMVPに選ばれた。
 ベスト16入りの条件は、今月24日早朝4時にハノーバーで開かれる1次リーグ最終試合でスイスに勝つことだ。昨年12月の抽選直後から予想されていたシナリオ通りに事が進んでいる。
 李天秀(イ・チョンス)、安貞桓(アン・ジョンファン)、朴智星ら期待のかかる選手が責任を全うしている上、MFの動きもさえわたるなど、1次リーグ初戦でフランスと無得点で引き分けたスイスは決して難しい相手ではないとの見方が強まっている。
 韓国とベスト16をかけ運命の一戦を繰り広げるスイスは19日夜、トーゴとG組第2戦を行う。
 英プレミアリーグで5シーズン連続得点王に輝いたアンリと「司令塔」ジダンを先頭に戦うフランスは、選手の老齢化が進んでいるとはいえ、たやすい相手ではなかった。
 6日前のトーゴ戦と同じく李天秀、チョ・ジェジン、朴智星を最前列に配置したアドフォカート監督は、前半を通じ失点を最小限に食い止めながら、カウンターを狙う作戦で対抗した。
 しかし、不安なDFは試合開始からわずか9分で弱点を見せつけた。ヴィルトールのパスを受けたアンリがペナルティーエリア中央から左足でシュートを決めフランスが先制。フランスにとってこのゴールは、1998年大会の決勝以来、W杯では実に5試合ぶりとなる得点だった。
 前半23分と30分にもフランスのFWマルダにシュートチャンスを許した。アドフォカート監督は後半、李乙容(イ・ウルヨン)に代え、ソル・ギヒョンを投入し、試合の流れを変える作戦に出た。
 フランスの体力がピークに達した点を利用し、反撃に出る作戦だ。フランス陣内になかなか攻め入れなかった韓国は攻撃に拍車がかかり始めた後半36分、ついにフランスのゴ−ルを割った。
 韓国は後半36分、ソル・ギヒョンが右サイドからセンタリング、チョ・ジェジンがヘディングで折り返したボールを朴智星が右足で押し込み値千金の同点ゴール。韓国は、試合終了直前に安貞桓がフリーキックを得たものの、惜しくも得点にはつながらなかった。




中国中央電視台「韓国はアジアの誇り」
(『朝鮮日報』2006年6月19日)

中国の国営放送、中国中央電視台(CCTV-5)は、19日午前4時(韓国時間)から行われたFIFAワールドカップ(W杯)ドイツ大会の1次リーグG組で、韓国がフランスと1対1で引き分けグループ1位を守ったことについて、「韓国はアジアの誇り」と賞賛した。

 CCTVは「韓国が効率的なサッカーで、強敵フランスに1対1で引き分けるという目標を達成した」とし、「試合内容としては全般的にフランスが押し気味の内容だったが、韓国は精神力と闘志、体力などの面でフランスを上回り、好結果に結びついた」と評価した。

 また後半に入りさらに韓国サポーターたちの声援が熱くなってくると、現地中継アナウンサーは「フランスのサポーターは韓国サポーターの気勢に押され、力なく沈んだ印象だ」「韓国サポーターの情熱と体力はすごい。見習わなければならない」とも話した。また後半36分、朴智星(パク・チソン)が同点ゴールを決めた瞬間、実況アナウンサーは「世界的なサッカースター、朴智星がまたやってくれた」と興奮した様子をあらわにした。




日本サポーター「日本のW杯は終わった」
(『朝鮮日報』2006年6月19日)

日本列島が沈滞ムードに包まれている。18日夜(韓国時間)、日本対クロアチア戦がスコアレスドローで終わるや否や、日本のサッカーファンは「日本のワールドカップは終わった」と意気消沈している。時事通信は19日、「日本はクロアチアと引き分けたことで、世界最強のブラジルに必ず勝たなければ、ベスト16進出を望めない不利な状況に追い込まれた」と伝えた。ただ、川口がPKをセーブしたのがせめてもの慰めだった。

 日本はオーストラリアに1対0でリードしながら試合終了残り8分の間に3得点を許した。クロアチア戦に全てを賭けて臨んだが、結果は引き分けに終わった。試合後、ポータルサイトのヤフー・ジャパンの掲示板には非難の書き込みが殺到した。 「itoridedekita_jico」というIDのサッカーファンは「川淵会長の独断で監督人事が決定された。優勝を宣言した昨年のコンフェデレーションカップでも、予選敗退後その責任を選手に押し付けたジーコ監督。こんな司令塔に代表選手を任せられない。こんな監督を更迭しない会長に日本のサッカーを牛耳られるわけにはいかない」と激しく批判した。

 拙攻のショックからか、エースの中田英もやり玉に挙がった。ID 「Chottoukemasitayo」は、「適性ポジションがない。トップ下では攻撃スキルが乏しく、ボランチでは守備スキルに乏しい」とし、「自分の実力と言葉が噛み合っていない。試合に出てない人は代表になるべきじゃない。1対1に一番弱いのも中田」と最近の毒舌ぶりを間接的に批判した。



「男たちよ、この男を見習いなさい」
(『東亞日報』2006年6月20日)

 朴智星(パク・ジソン)は土焼きのように不恰好で愚直だ。1981年にソウルで生まれた朴智星は、京畿道水原市(キョンギド・スウォンシ)サンナム小学校3年生の時に、サッカーを始めた。彼がいかに真面目かを表わす一つのエピソードがある。朴智星が小学生だったある日、コーチがプッシュアップをするよう指示してどこかへ行ってしまった。時間が経ってもコーチが戻って来ないと、他の選手たちはみな家に帰った。朴智星の両親は、夕方になっても帰って来ない一人息子を捜しに出た。学校に来てみると、朴智星はその時まで汗だらけになって一人でプッシュアップをしていた。
 朴智星は「真面目な青年」に成長した。しかし、水原工高時代、弱々しい体に平凡な彼を連れて行こうとする大学やプロチームはなかった。当時、李ドゥチョル水原工高コーチが、恩師の金ヒテ元明智(ミョンジ)大監督に朴智星を推薦した。大学入学後、ウエートトレーニングで力を育てた彼は、日増しに成長して行った。許丁戊(ホ・ジョンム)現全南(チョンナム)ドラゴンズ監督が受け持っていた五輪代表チームに合流し、続いて02年の韓日W杯の時には、フース・ヒディンク監督に出会い、移籍料74億ウォン、年俸35億ウォンという韓国人初のプレミアリーガーに成長した。
 19日に行われたサッカーの06ドイツW杯のフランス戦に、攻撃手として出場した朴智星。この試合で彼は「闘魂の疾走」を繰り広げた。両チームともに体力が底をみせていた後 半36分。特有の走りでフランスのゴール前にたどり着いた彼は、ようやく訪れたチャンスを逃さず、チョ・ジェジンのヘディングパスを受け、フランスのゴールポストを揺さぶった。
「負けていたため、ゴールを入れなければならなかった。ジェジンからボールをもらった時、ボールを渡すところは1カ所しかないと思った」
 韓国は前半9分でゴールを奪われ、フランスチームのペースに巻き込まれていったが、結局、朴智星のゴールで危機から脱出した。13日のトーゴ戦でも、先制ゴールを失い相手チームに振り回されていた時、大逆転劇の足場を作ったのも、他ならぬ朴智星だった。02年韓日W杯でのベスト4神話の主役である彼は以後、フース・ヒディンク監督に付いて、オランダPSVアイントホーフェンに入団した。しかし、万事うまくいったわけではなかった。右膝を怪我し、手術を受けなければならなかった。スランプに陥った。ファンと同僚たちはそっぽを向いた。彼は夢の欧州舞台をあきらめなければならないのかと悩んだ。しかし、結局、悪条件の中で、オランダで再び走った。そして昨年6月、最高の舞台であるイングランド・プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッド・チームに進出した。
 韓国は彼の疾走に歓呼した。彼が見せてくれたのは、悪条件と不利な環境でも最善を尽くし、後退しない精神だった。粘り強く苦難を勝ち抜いてきた韓国人の精神。
 彼がいて本当に幸せだ。




朝鮮中央テレビ、朴智星を絶賛
(『朝鮮日報』2006年6月20日)

サッカーを見る目は北も変わらなかった。
 北朝鮮の朝鮮中央テレビは今月17日、韓国対トーゴ戦を録画中継し、朴智星(パク・チソン)について、「縦横無尽に駆けずり回るパルバンドリ(オールマイティな選手)」とほめたてた。
 パルバンドリとは、北朝鮮でどんなポジションでもこなしてしまう選手を例えていう言葉。
 北朝鮮の解説者はトーゴ戦に韓国が2-1で勝利したことを伝え、「李天秀(イ・チョンス)のフリーキックからのゴールと安貞桓(アン・ジョンファン)のゴールはともに素晴らしかった」と賛辞を惜しまなかった。




世界も驚いた韓国の大善戦
(『朝鮮日報』2006年6月20日)

世界中が驚いた。19日、サッカー・ワールドカップ(W杯)1次リーグG組第2戦で、韓国代表が強豪フランスと1対1で引き分けたことについて、海外のマスコミは一様に「驚いた」「信じられない」と報じている。

 日本や中国などアジア諸国では、韓国を「アジアの誇り」と賞賛した。2002年W杯でのベスト4進出時には批判的な反応を見せていた中国も一転して見方を変えている。新華社通信は現地通信員の発言を引用し、「闘志と実力、運が全て備わった韓国代表チームが、試合終了間際の数分間でフランスと同点に持ち込んだ。韓国の人々にお祝いの意を表さざるを得ない」と報じた。また中国のポータルサイト「シナドットコム」の掲示板には、「韓国代表はわれわれアジア人の面子を立ててくれた。中国代表はいつになったらW杯で旋風を巻き起してくれる日が来るのだろうか」との書き込みを残す人もいた。

 一方、クロアチアと引き分け、1次リーグ突破が厳しくなった日本でも、韓国の善戦が話題となった。朝日新聞は『韓流強行、千金ドロー』と題する記事で「韓国は先制点を与えても焦らず、同点ゴールを決めても満足することなくさらに攻勢を強めた」と報じた。読売新聞も『韓国、執念の同点ゴール…フランスと引き分け』と題する記事で「フランスは序盤から優位に試合を進めたが、韓国が後半に入って盛んにロングパスを前線に供給した末、同点に追いついた」と報じた。

 一方、フランスのメディアは自国代表の不振を嘆いた。フィガロ紙は「アンリが先制ゴールを放ったが、最後の10分を持ちこたえられずに同点を許した。フランスの1次リーグ突破に黄信号が点った」と報じた。またAFP通信社は「韓国が強敵フランスとの試合で、素晴らしいプレーでドローに持ち込み、1次リーグ突破に向け一歩前進した」と報じた。

 また伝統的にフランスとライバル関係にある英国では、フランスの不振をあざ笑うムードだ。BBCは「フランスは後半に入って、ずっと退屈させる試合運びを展開した。GKバルテズはほとんどすることがなかった」と酷評した。またイブニング・スタンダード紙は「フランスの1次リーグ突破はもはや自力ではなく、他チームの成績によらざるを得ない」と評した。

 だが、スイス代表の1次リーグ突破のため、フランスの勝利を内心願っていたスイスでは、韓国の無気力な試合を露骨に批判した。ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング紙は「技術的な限界を露呈した韓国は、フランスの守りを崩せず右往左往した。韓国は重みのない試合をした」と評した。スポーツ新聞のブリック紙は「フランスが韓国を破れず、G組全体が混乱に陥った」と報じた。またツバンチ・ヒミヌテン紙も「韓国はチャンスを生かすことができず、朴智星(パク・チソン)のゴールも変なゴールだった」と韓国をけなした。




「アジア出場国4.5チーム」の運命を握るコリア
(『中央日報』2006年6月21日)

アジアチームの相次ぐ拙戦はワールドカップ(W杯)出場クオータ(割当)の縮小につながるのか。 ドイツW杯で、韓国を除いた日本・サウジアラビア・イランなどアジア代表国の成績が振るわず、アジアサッカー連盟(AFC)がW杯クオータを心配している。
  モハメド・ビン・ハマムAFC会長は昨年11月の総会で、「アジアのチームがドイツW杯で好成績を収めた場合、国際サッカー連盟(FIFA)にチケット追加配分を要求する機会が生じるだろう」と述べた。当時までは、02年韓日W杯で韓国(4強)と日本(16強)が収めた成績に鼓舞された状況だった。
  実際、FIFAは02年の成績を反映し、ドイツW杯大陸別クオータを調整した。 前大会優勝国の自動出場権をなくして、ヨーロッパ出場クオータを1チームまたは0.5チーム減らし、アジアと北中米は各0.5チームずつ増やした。 北中米は米国(8強)とメキシコ(16強)の善戦が理由だった。
  しかし20日(日本時間)までW杯1次リーグ2試合を終えて、アジアチームの成績は1勝3分け4敗。 韓国がトーゴ戦で記録した1勝が唯一の勝利だ。 日本とサウジアラビアは1分け1敗でがけっぷちに立たされ、イランは2敗で1次リーグ敗退が決まった。 AFCとしては韓国の善戦を期待するしかない。 ただ、アフリカ大陸の同伴不振、オセアニアサッカー連盟(OFC)からAFCに移ったオーストラリアの善戦が、AFCにとって‘救い’になっている。
  90年以降の‘黒い旋風’でアフリカは5チームの出場権が認められてきた。 だが今大会に参加した5チームの20日までの成績は1勝2分け7敗。 ガーナの1勝が唯一の勝利だ。 トーゴ、コートジボワールは2敗で1次リーグ敗退が確定している。 次回開催国である南アフリカの自動出場権を含めて6チームの出場権は、アフリカチームの成績を考えると世論を招く可能性もある。
  次回W杯からアジアチーム資格で地域予選を行うオーストラリアの善戦はうれしいニュースだ。 オーストラリアはその間、オセアニアに配分された0.5チームの出場権を独占してきた。 韓国とオーストラリアが並んで決勝トーナメントに進出した場合、AFCは2カ国が決勝トーナメントに進出した点を強調できる。
  2010年W杯の出場クオータは来年のFIFA総会で決定される。
張恵洙(チャン・ヘス)記者 



PIFA会長のスイス国籍、見えない力となるのか
(『中央日報』2006年6月22日)

韓国サッカー代表はドイツワールドカップ(W杯)ベスト16進出のために24日午前4時(日本時間)スイスとの試合を残すのみである。
  必ず勝たなければならない試合だ。
  しかしスイス戦を前に心配されるいくつかの悪材料に眉をひそめている。
  ◆ドイツはスイスにとってホームも同じ=スイスはドイツと隣りあわせだ。スイスから試合が行われるドイツのハノーバーまで高速鉄道(ICE)で半日あれば移動が可能だ。スイスメディアは「韓国との試合に4万人の自国ファンが競技場を訪れる」と報道している。スイス応援団は、トーゴとの試合でも4万人以上が競技場を訪れ観衆席を赤く染めた。
  この日の試合は国際サッカー連盟(FIFA)の決定によってスイスのホーム試合として行われる。そのためスイス選手は赤の上下、韓国はサブユニホームである上下白のユニホームを着る。いろいろな面でスイスはホーム、韓国はアウェイのような雰囲気だ。
  ◆ジェフ・ブラッダーFIFA会長はスイス人=ブラッター会長の国籍がスイスというのも鍵になるかもしれない。ブラッター会長は中立を語っているが、やはり審判の判定などさまざまな効果を得ることができるという。
  19日、スイス−トーゴ戦でトーゴのアデバヨルがタックルで倒れたが、ペナルティーキックを与えなかったなど審判の判定がスイスに多少有利だったという指摘もある。スイスは94年の米国W杯以来12年ぶりにW杯本選に勝ち上がった。韓国戦はベスト16進出を決める非常に重要な試合だ。
  ◆ドイツの活躍選手7人=スイス代表チームにはドイツのブンデスリーガーで活躍する選手が7人いる。
  ルドヴィク・マニャン(VfBシュツットガルト)、リカルド・カバニャス、マルコ・シュトレラー(以上FCケルン)、ラファエル・ヴィッキー(ハンブルガーSV)、トランクィロ・バルネッタ(レバークーゼン)、クリストフ・シュピシャー(アイントラハト フランクフルト)、フィリップ・デゲン(ボルシア・ドルトムント)ら主戦級選手が大部分だ。彼らはすでにドイツのグラウンドに完璧に適応している状態だ。
カン・インシク記者



【噴水台】ドイツのタブー破り(『中央日報』2006年6月22日)

06年ワールドカップ(W杯)主催国のドイツには、過去史に関連した国家的タブーがいくつかある。 その中の一つが、国歌の第1・2節を公式の席で歌うことをダブー視するという点だ。 ドイツの国歌は、19世紀の詩人ホフマンの3節分「ドイツの歌」を歌詞としてきたが、第2次世界大戦降、国歌を廃止し、1991年の統一後は次の第3節だけを国歌と認めている。
  「祖国ドイツの統一・正義・自由/胸と手で兄弟愛を厚くして、私たちが追求するもの/統一・正義・自由は幸せの証し/こうした幸運の祝福の中に栄えよ、栄えよ、祖国ドイツよ」
  第1節ではドイツ領土を「マース川からメーメル川まで、エチュ川からベルト海峡まで」と表現するが、この地域は過去にドイツ語を使う人が住んでいたが、現在は厳然たるベルギー・リトアニア・イタリア・デンマーク領土だ。 ともすると外交紛争を引き起こしうる歌詞だ。 第2節は「ドイツの女性とドイツの忠節/ドイツのワインとドイツの歌」で始まり、酒を勧める歌のようで国歌にふさわしくない。
  しかし54年スイスW杯の決勝で西ドイツがハンガリーを3−2で破って優勝すると、ベルン競技場をぎっしり埋めたドイツ観衆は一斉に国歌の第1節を歌った。 歌に登場する地域が含まれた国は不快に感じたはずだ。 それで再発を防止する目的だったのか。 統一の1カ月前の90年3月、西ドイツ憲法裁判所は、国歌を復活させるが第3節しか認めないという決定を下した。 ナチスの侵略・虐殺など過去の歴史に対する反省と周辺国への配慮を行動で示したのだ。
  政府がこれほど慎重であるため、ドイツでは公開的に愛国心を称賛することもダブー視されてきた。 ナチス政権が盲目的な愛国心を煽って侵略戦争とユダヤ人大虐殺を招いたと考えるためだ。 したがって公式的な席で国歌の第1節を歌ったり愛国心を強調したりすることは、極右派‘カミングアウト’に値した。 さらには、ベルリンの壁が崩れる時を除いて、公開席上でドイツ国旗を振ることも、かなり用心するような雰囲気だった。
  ところが今回のW杯が開催されると、ドイツ人は全く違う雰囲気を見せている。 国旗を振って国歌を声高に歌いながら自国チームを応援している。 これまでになく愛国心を表出している雰囲気だ。 にもかかわらず、非難はほとんど聞こえてこない。 その間、言葉ではなく、行動で着実に過去の歴史を反省してきたからだろうか。 ドイツは自然な愛国心を思う存分表現する資格があると思う。 それが自ら動き出して他人を蔑む国粋主義につながらない限り。
蔡仁沢(チェ・インテック)国際部門次長 



【コラム】ブラジルに挑む日本代表の善戦を祈る
(『朝鮮日報』2006年6月22日)

慶尚南道巨済に住む会社員がインターネットに書き込みをした。「急に向かいの寮からビックリするような大声が聞こえました。何だろうと思ってテレビをつけると、W杯の日本対オーストラリア戦でオーストラリアがゴールを1本決めたところ。歓声を上げた人たちはオーストラリア人だったのでしょうか?」
 またこの試合を観戦した他のネチズンらもそれぞれの感想を書き込んだ。「試合が始まる前は日本が勝ったらいいのにと思っていた。同じアジア人だから…。ところが実際に日本が先制すると、なぜか不安になった。そして応援の対象が変わった。オーストラリアが同点ゴールを決めて逆転し始めると気持ちが楽になった。なぜだろうか」
 この試合の前、オーストラリア代表のヒディンク監督は「私は大韓民国名誉市民だ。韓国のためにも日本に必ず勝つ」と述べた。ヒディンク監督は言葉も通じない韓国に1年7カ月間滞在した外国人だ。そんな彼が「韓国人は相手が誰であろうと日本が負けることを望んでいる」と察したのだ。
 どうしてそんな言葉が出たのかはテレビ中継を見るだけでも十分、分かる。18日、日本対クロアチア戦の実況アナウンサーたちはクロアチアがシュートのチャンスを逃せば「惜しい」を連発、一方、日本がシュートを放てば「危なかった」とコメントした。そう言いながらコメントが偏っていると感じたのか「日本は韓国と同じアジアのチームだが、心情としてはクロアチアに気持ちが傾く」と注釈をつけた。第1戦の日本対オーストラリア戦ではもっと露骨だった。オーストラリアが試合終盤まで苦戦すると「うちのチームの選手たちはもっと落ち着かなければ」という言い間違いまで飛び出した。
 韓国に6カ月以上滞在する日本人は約30万人。彼らがもし韓国テレビの中継で日本戦を見ていたら、どう思っただろうか。日本がオーストラリアに同点ゴール、逆転ゴールを許したとき、隣人の歓声を聞いたら、どんな気分だろう。ある企業家は日本人の事業パートナーに会ったとき、「2002年W杯の時は一生懸命、韓国を応援したが、韓国人はどうしてこうなんだ」と抗議したそうだ。
 1997年11月1日を振り返ってみよう。その日、ソウル蚕室スタジアムではフランスW杯予選の韓日戦第2回戦が行われた。韓国は韓日戦の第1回戦で2−1の逆転勝ちをした「東京大勝」のおかげですでに本選進出が確定していた。一方、日本は韓国戦を含めあと2試合勝たなければならないという切迫した状況だった。この日、韓国の応援席には「韓日両国ともフランスに行こう」という横断幕が掲げられた。日本が2−0で勝利すると韓国の応援団は「よくやった、日本」と叫んだ。日本のメディアの駐韓国特派員は「過去の両国関係を思うと、想像すらできなかったことが起こった。これは奇跡だ」と興奮した。私たち自身も大人になった自分達の姿に感心した。
 それなのに状況がまた元に戻ってしまったのは日本、特に日本政府の責任が大きい。独島(日本名・竹島)を自国の領土だと言い張り、日本が隣国を苦しめた歴史を否認し、美化したかと思えば、隣国の拒絶反応に耳を傾けようともせず靖国神社参拝を繰り返した。こうした態度に対しては徹底的に追求し、責任を問わなければならない。だからといって日本政府に対する不満をサッカーの試合にまで持ち込んだら、韓国という国をあまりにも石頭で貧弱な国であるかのように見せることになる。大韓民国も今や世界第10位の経済大国ではないか。
 日本のテレビは韓国戦を中継する時、「韓国は日本のライバルだが、アジアを代表して健闘することを祈っている」という言葉で始めたそうだ。果たして腹の中も同じ気持ちなのかはわからない。しかし韓国の実況アナウンサーたちの垢抜けない態度よりは一段上手だというほかない。
 明日未明、日本は世界最強のブラジルの胸を借りて一戦を繰り広げる。私たちも「日本は韓国のライバルだが、アジアを代表して立派に戦うことを祈る」という応援のエールを送れないだろうか。  金昌均(キム・チャンギュン)論説委員




ドイツ在住トルコ人が韓国代表を応援するワケ
(『朝鮮日報』2006年6月23日)

「ハノーバー、いや、ドイツにいるトルコ人は100%、韓国を応援すると思います」
 「スイスには必ず勝ってほしいです。でなければ私たちが悲しいです」
 「4年前にテレビを見たとき、スタジアムがトルコの国旗で赤一色に染まっていました。その時の感動といったら…」
 2006FIFAワールドカップ(W杯)ドイツ大会の韓国対スイス戦を控えた22日(現地時間)、ハノーバーのトルコ人街。トルコレストラン「アラ・トゥルカ」で会ったトルコ人たちは、韓国人を見るなり親しげに握手やキスを求めてきた。「われわれは兄弟だ」という意識からくるものだ。
 「トルコ代表チームのイルハン・マンスズ選手の風貌が韓国人に似ているので、韓国人が好きなんです」と話したウル・ウェズゲチ君(18)は、「前回大会でトルコは3位になったのに、今大会は予選落ちしたでしょう。トルコに代わって、韓国がスイスに勝ってほしいです」と話す。トルコ代表は、今大会ヨーロッパ地区予選の最終戦で負けて本戦出場を逃したが、その最終戦の相手がまさにスイスだ。「あの時、1点差だったなら本戦に行けたのに、2点差で行けなかった」と悔しがる。トルコが韓国戦争(朝鮮戦争)に韓国側に参戦し、2002年W杯では共同応援団を結成した歴史的な経緯もあるが、韓国代表が23日に対戦する相手が、トルコ人にとって「共通の敵」のスイスであるということも、ドイツ在住のトルコ人が「100%韓国を応援する」理由だ。
 「僕も韓国を応援します」。ウル・ウェズゲチ君と話しているところに、友人のサルラム・シャモル君(18)も入ってきた。シャモル君はクルド人だ。
 トルコにはクルド人が多い。「韓国車、韓国の電気製品が大好きです。僕のまわりは韓国製品だらけで、スイス製は一つもありません。品質もいいし、デザインもいいし、値段も高くないし。サッカーも同じです。僕も韓国ファンです」 ハノーバー=パク・ジョンイン記者



ヒディンク監督は何を変えたのか
(『中央日報』2006年6月23日)

 「すべてだ(everything)」。フース・ヒディンク監督が豪州代表チームを引き受けてから何が変わったか、という質問に対し、豪州日刊紙シドニーモーニングヘラルドのコカリル記者はこう答えた。
  ヒディンクは昨年7月に就任したが、豪州を32年ぶりにワールドカップ(W杯)本大会に導いたのに続き、今度はドイツW杯決勝トーナメントにまで進出させた。
  フリーランサー記者のロバーツ氏は、ヒディンク監督がもたらした変化を3つ挙げた。
  まずは強靭な体力だ。 ヒディンク監督は「ブラジル、クロアチアなど1次リーグでぶつかる強豪と戦うには終盤15−20分間に主導権を握ることができる体力をつけなければならない」とし、開幕直前の3週間、ハードな体力トレーニングを命じた。 豪州選手は身体条件が良いため、短期間に成果を得ることができた。
  2つ目はチームカラーの変化。 豪州はロングパスによるシンプルなサッカーをするチームだった。 ヒディンク監督は選手の従来のポジションを白紙にしてチームを作り直した。 豪州は短いパスで洗練された戦術を駆使するチームに変わっていった。 活発な動きで圧力をかけるのは基本だ。
  3つ目は自信だった。 豪州選手団のモットーは「何があってもあきらめない(Whatever happens,We never give up)」だ。
シュツットガルト=イ・チュンヒョン記者


【記者手帳】韓国のW杯中継、地上波3局全て同じ試合
(『朝鮮日報』2006年6月23日)

「ワールドカップ(W杯)1次リーグの最終試合は同時に進められると聞きました。ところで、テレビ局3社はどうして同じ試合しか放送しないんでしょうか」
 これはKBSのインターネットの視聴者掲示板に書き込まれたある視聴者からの訴えだ。
 今月21日夜11時、KBS第1テレビ、MBC、SBSの地上波3社は、1次リーグD組に属したポルトガル対メキシコの試合だけを放送した。問題は同時にD組の他チーム、イラン対アンゴラ戦が行われていたということ。
 ファンたちにとっては、この試合の行方によりメキシコのベスト16入りが左右されるため、関心を抱いていたものの、一切中継されなかったのだ。
 22日夜に行われたチェコ対イタリア戦でも、地上波3社は一斉に同じ試合を中継した。理由は極めて商業的なもの。国民の関心が高く、広告が殺到する試合を放送することで、元を取ろうというわけだ。
 KBS、MBC、SBSはそれぞれW杯の国内中継権を2500万ドル(約20億円)で購入した。3社が多少なりとも譲歩し合っていれば、さまざまな試合が放送でき、視聴権も保護されるわけだが、利益を前に3社合意の余地はない。
 だがこのような状況で、反射利益を上げるのは、むしろW杯の試合を中継しないチャンネルというから実にアイロニーな話だ。
 AGBのニルソン・メディアリサーチによると、21日夜11〜12時に放送されたKBS第2テレビの「追跡60分」の視聴率は9.4%。5月の1カ月間の平均視聴率(7.8%)を上回った。
 こんな状況についてインターネットに不満を書き込んだある視聴者の話はこうだ。「いくら街頭応援後の後始末がなっていないとしても、最近のテレビ局よりはまだましです」
 開催国のドイツでさえ、ARD、ZDF、RTLの地上波3社が1日交代でW杯の試合を中継している。それに比べ韓国のテレビ局は、一本の丸太橋の上で互いに譲らず川にはまってしまったイソップ物語の愚かな羊たちの教訓を、思い出さなければならないようだ。 チェ・スンヒョン記者(エンターテインメント部)




W杯コラム】ドイツの愛国心論争
(『朝鮮日報』2006年6月23日)

「本当にこれでいいのだろうか?」。あるドイツの新聞はこんな見出しをつけた。
 黒・赤・黄色のドイツ国旗が国中を覆いつくしていることに対しての率直な疑問だ。FIFAワールドカップ(W杯)ドイツ大会が始まった瞬間、街中を歩く普通のおばあちゃん達までドイツ国旗がデザインされたTシャツを着て、若者にいたっては大きな3色旗をマントのように身にまとい街を闊歩している。普段は閑静な森に囲まれた住宅街のバルコニーや窓にも今やあたりまえのように3色旗が掛かっている。さらには車の両側にも3色旗を角のように2本立てて運転している。
 こうした光景は韓国人にとっては見慣れたものだ。ところがドイツ社会では、現在これをめぐって激しい論争が繰り広げられている。「こんなにあからさまに集団的な愛国心を表してもいいのだろうか」と。
 W杯開幕前は両目を見開いて街を眺めてもほとんど見当たらなかったドイツ国旗。法律で禁止されているわけではないが、一部の役所を除けばドイツではめったに国旗を掲げない。民族と愛国心の名のもと、集団狂気に陥ったナチス政権時代の悪夢の名残だ。今でもドイツ人の心の中には、そうした過去の自意識が依然として潜在しているのだ。そのため国旗や国歌を身近なものにすることには慎重にならざるを得ない。
 それでも国家と国民のアイデンティティは必要ではないだろうか。ナチス時代が終わってから60年経った。実際、ドイツ政府やシュピーゲル紙は去年初めから「君はドイツだ」というキャンペーンを始めた。しかしこれは「国境が消えつつある時代の潮流とかけ離れている」と嘲笑されることはあっても、大きな共感を得ることはできなかった。結局、このキャンペーンはW杯とともに「W杯開催国に対し、かつてのナチスや極右派のイメージを思い起こさせる」と批判され中止にせざるを得なくなった。
 もちろん、一部のメディアはW杯開幕直前までその使命感を捨てなかった。「今や私たちも愛国心を語ってもいい時期ではないだろうか。私たちはなぜ愛国心の前で後ろめたさを感じるのだろう。私たちにとってドイツという国はないのか」と。
 ところが焦りとはなんと役に立たないものだ。実際W杯が始まると、どこもかしこも3色旗であふれている。いったいどこからこんなに大量のドイツ国旗が溢れ出てきたのだろう。こうなると愛国心を呼び起こすスローガンを100回叫ぶよりも、W杯の試合1つのほうがずっと効果的だったのだ。
 この全く新しい現象に、ドイツの有識者は慌てふためき、論争を起こしている。世代交代した若いドイツ人は負の歴史から脱しようとしているという意味なのか。ドイツが過去の記憶を捨て、愛国心に対する考えも正常化しつつあるということか。下手するとこうした愛国ムードは過去を否定したり、極右派の台頭をあおったりしないだろうか。だが驚いたことにドイツのホルスト・ケーラー大統領までもが「かつてのような民族主義が台頭する兆しは全くない」と言い出した。
 こんな中もちろん、少数意見も負けていない。「私たちが国旗を振ることは愛国心に燃えているからではなく、試合がドラマチックだからだ。私が好きなプロサッカーチームがすばらしいゴールを決めても、同じようにするだろう」。教育学院労働組合ではこうした集団的愛国心の表れに対し「非教育的で危険だ」という声明文を出した。
 赤い応援Tシャツを着て一糸乱れることなく「テ〜ハンミングク(大韓民国)」と叫ぶ韓国人に愛国心論争は遠い国の話だ。しかし、時には疑問の余地がないことに対しても疑問を呈する必要があることを、ドイツの国旗論争は示している。 ベルリン=チェ・ボシク特派員




「奇跡は起きなかった」…日本、決勝T進出ならず
(『朝鮮日報』2006年6月24日)

日本列島は深い悲しみに包まれている。23日未明(韓国時間)、奇跡は起きなかった。日本はブラジルとの組別リーグ最終戦で1−4と惨敗した。2敗1分で16強入りはならなかった。日本の各メディアでは予想はしていたものの、大敗を喫し沈痛なムードに覆われた。共同通信は「奇跡ならず、日本敗退」と淡々と試合内容を伝えた。時事通信は「すべてが終わった」と悔しさを表現した。
 日本の各メディアはヒディンク監督の率いるオーストラリアが16強に進出したことを大きく取り上げた。試合後、ジーコ監督は「前半の終盤にブラジルのロナウドに同点ゴールを奪われた。後半はブラジルペースに持ち込まれた。振り返ってみるとオーストラリア戦の逆転負けが致命的だった」と語った。
 しかし日本のファンたちは怒りが収まらない。ジーコ監督の選手起用のまずさや選手たちの精神力、日本サッカー協会の方針にまでその怒りは及んでいる。ヤフージャパンのW杯日本代表掲示板には、ショックを受けたファンの書き込みが相次いでいる。「それでもトルシエは成果を出した。ジーコは何なんだ」「4年前と何も変わっていない」といった不満の声が並んでいるが、そんな中に「当然の結果だ」とする書き込みも見られた。




韓国代表、疑惑の判定に泣く
(『朝鮮日報』2006年6月24日)

悲しみに包まれた夜明けだった。グラウンドに倒れ込んだ選手たちの顔には水滴が光っていた。それは汗だったのか、あるいは涙だったのか。
 「テーハンミングク!」。ドイツ・ハノーバーにこだました大韓民国への声援。「われらがチャンピオン、勝利するのはわれら〜」という歌はむなしく消えていった。
 ケガをもろともしないチェ・ジンチョルの闘魂も、イ・ウンジェのスーパーセーブも結局実を結ぶことができなかった。
 1点差を追っていた後半32分、スイスのアレクサンダー・フレイがオフサイドを犯した。
 しかし審判の笛は鳴らなかった。
 判定をいぶかしがったイ・ウンジェは、それでもフレイを防ごうと立ちふさがったが、フレイはその隙をねらって右足でねじ込んだ。
 釈然としない判定だった。
韓国は24日、ハノーバーで開かれたG組の最終試合でスイスと対戦し0対2で敗れた。1次リーグでの最終成績は1勝1敗1分け(勝点4)。
 同じ時間にケルンで開かれたフランスと トーゴの試合では、フランスが2−0で勝った。フランスのパトリック・ビエラは後半9分フランク・ リベリーのパスを受けてゴールを決め、後半16分にアンリがビエラの頭からのアシストを入れて、2対0で完勝した。
 韓国はスイス(勝点7)、フランス(勝点5)に続くG組3位に終わった。G組1位となったスイスは2次リーグの初戦でウクライナと対戦し、フランスはスペインと対戦する。
 朴智星(パク・チソン)は「失点した後に集中力が乱れたのが敗因だと思う。韓国代表の今後の課題を知る機会となった」とし、「後悔はしないが、くやしいし申し訳ない」と語った。
 それでも海外開催大会でおさめた初勝利、フランスを相手に引分けをおさめたねばり強さなど、大きな収穫があった。
 韓国の戦いぶりはこれまでの試合でもっともよかった。朴主永(パク・ジュヨン)、チョ・ジェジン、朴智星の3トップを打ち出した韓国は、足の速い李天秀(イ・チョンス)をFWの後に配し、自由なフォーメーションを見せた。韓国は有効シュート数(韓国7、スイス6)やシュート数(韓国14、スイス12)でも上回り、試合の主導権を握っていた。
 だが幸運の女神はほほえんでくれなかった。終了直前に李天秀のフリーキックや朴主永の左足シュート、李天秀の振り返りざまのシュートとチャンスが連続して訪れたが結局ゴールを割ることはできなかった。
 韓国は後半38分、金珍圭(キム・ジンギュ)のゴール前の巧みなシュートも守備の足をかすめて、ゴールポストに跳ね返され、安貞桓(アン・ジョンファン)の会心のシュートもはずれるなど、最後まで不運に苦しめられた。決定力不足が惜しまれる一戦だった。
 スイスは前半23分に朴主永のファウルで勝ち取ったフリーキックをハカン ヤキンが的確に飛ばし、ゴール前で待ちかまえていたフェリペ・センデロスが頭で決めた。センデロスへのマークが徹底していなかったことが悔やまれる。
 韓国代表チームは25日午後、アシアナ航空の便で帰国する。 ハノーバー(ドイツ)=チェ・ボユン特派員




ジーコ監督が辞任、「白いペレ」も日本の救世主にはなれず
(『朝鮮日報』2006年6月24日)

ジーコ(53)がまた、挫折を味わった。今回のW杯でも運命の女神は彼を見放した。ジーコ・ジャパンは結局、1-4というスコアで最後の試合を終えた。
 ジーコは「白いペレ」という呼び名のとおりペレ以降のブラジルを代表する最高スターだった。1971年にブラジルリーグのフラメンゴでデビューしたジーコは1989年までの現役時代に508ゴールという驚くべき記録を残した。
 しかしジーコには「W杯で優勝できない最も偉大なブラジル選手」といううれしくない呼び名もついて回った。
 1978、1982、1986年とW杯に3回連続で出場し、5ゴールを決めながら、優勝カップとは縁がなかった。特に1982年のW杯でジーコを始め、ソクラテス、パラオ、セレーゾらのスタープレーヤーを擁するブラジルは優勝候補の本命とされていたが、イタリアにねじ伏せられ、悔しい思いをした。
 4年後、現役最後の舞台だったメキシコ 大会でもジーコはフランスとの準々決勝でペナルティーキックに失敗し、敗戦の責任を負わされた。
 ブラジルでのサッカー生活に終止符を打ったジーコは1993年、Jリーグの誕生と共に日本に渡り、充実した最後の選手生活を送った。
 そして1998年、ジーコはもう一度W杯に挑んだ。この時はブラジル代表チームの技術顧問としての参加だった。だがブラジルは決勝戦でフランスに敗れてしまった。
 その後、ジーコに名誉回復の機会を与えたのは日本だった。Jリーグ時代から日本と縁が深いジーコは、2002年のW杯の後から日本代表の監督を引き受けた。
 ジーコは長い時間をかけてW杯を準備した。しかし日本はつまずいた。オーストラリアに逆転負けを喫し、クロアチアとの試合で引き分け、1次リーグ脱落の崖っぷちに立たされた。
 最後の相手はジーコの母国ブラジルだった。玉田の先制ゴールがさく烈した時は、これから「奇跡」が始まるのではないかと思われた。
 だが現実は厳しかった。ジーコの後輩たちはロナウドを先頭に、ゴールを連発した。
 試合後ジーコは「私は全身全霊を日本に傾けた」と話した。しかしそのジーコの情熱をもってしてもW杯での成功を勝ち取ることはできなかった。
 ジーコは23日に日本代表の監督を辞任し、自身の5回目のW杯を終えた。




奇跡の前半と悪夢の後半…サムライブルーが姿消す
(『朝鮮日報』2006年6月24日)

歓喜…ため息…悲鳴…沈黙。
 23日明け方4時から約2時間の間、日本国民の感情はジェットコースターのように上下した。
 日本-ブラジル戦を生中継したNHKアナウンサーは4つ目のゴールが入ると言葉を失ってしまった。読売新聞は「神の手」川口がゴールを防ぐことができずに惨めに倒れた写真を掲載し、そのそばに「これが世界だ」という見出しを付けた。また天気予報のキャスターは梅雨入りした空模様について「今日の天気は私たちの気分と同じ」と表現した。
 韓国に比較すれば日本のワールドカップの熱気はリビングの範囲を出ない。埼玉スタジアムに応援団が集まったこと以外にはカフェや駅前で仲間同士集まって応援するくらいだ。
 だが日本Xブラジル戦は1次リーグ突破がかかった試合だけにリビングにいる国民の関心を集めた。視聴率は22.8%で、この時間帯のスポーツ中継としては1989年以来の最高値を記録した。
 だがブラジルのゴールラッシュが始まった後半戦は日本国民にとって「見るに忍びない試合」となってしまった。3つ目のゴール以降テレビを見ることもせずただ泣きながらビールを飲んでいる応援団の姿もあった。渋谷駅の前では応援団らの間でけんかが起きる始末だった。朝日新聞は「『先制、すごい』『奇跡信じたのに』 国内ファン沸騰」というタイトルをつけた。夜が明けると、あちこちで見かけた「サムライブルー」色のユニフォームは姿を消した。
 だがほとんどの番組は最後に「(日本の代わりに)韓国の頑張りに期待する」というコメントを入れた。「これからは韓国を応援する」という出演者もいた。
 あるテレビ解説者は「日本は1998年フランスワールドカップで3戦全敗だった。当時最後まで粘って引き分けに持ち込んだ韓国のベルギー戦(引き分け)を忘れてはいけない。それが日本と韓国の現在の違いに表れている」と話した。
 「韓国のためにも日本を破る」というオーストラリアのヒディンク監督の談話に歓喜した韓国とは大きな違いを見せた日本のワールドカップ最終試合の風景だった。 東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員




「オフサイドだろ?」…釈然としない主審判定
(『中央日報』2006年6月24日)

 「今のはオフサイドじゃないの?」。主審の釈然としない判定もあり、ワールドカップ(W杯)2大会連続16強の夢は消えた。
  2006ドイツW杯1次リーグG組最終戦が行われたハノーバーW杯競技場。韓国代表は0−1とリードを許した後半32分、スイスのマルガイラスの瞬間的なスルーパスで左サイドを突かれた。
  その瞬間、オフサイドフラッグが上がった。しかし主審のアリソンド(アルゼンチン)はプレーをそのまま継続させ、結局フライがGK李雲在(イ・ウンジェ)と1対1の状況になり、追加ゴールを決めた。
  副審のオフサイドフラッグを見た守備手らがプレーを止めた後に決められたゴールだった。スイスのゴールが宣言された瞬間、韓国選手らは主審と副審に駆け寄り一斉に抗議したが、判定は覆らなかった。
  なぜオフサイド判定が主審に認められなかったのか。競技場でリプレーされたゴール状況を見ると、マルガイラスがパスしたボールは、韓国選手のつま先に当たって方向が変わり、フライに渡った。
  副審はフライの位置を見てフラッグを上げたが、主審は韓国選手のつま先に当たってフライにつながったと判断し、プレーを継続したのだ。
  チョ・クァンレ解説委員は「緩和されたオフサイド規定によるゴールと考えられる」とし、「スイス選手がパスをする瞬間にはオフサイドの位置にいたが、韓国選手のつま先に当たった状況なので主審はオフサイドを認めなかったようだ。主審の裁量としか言いようがない」と説明した。
  しかしパスが出た瞬間、すでに副審のフラッグは上がっていたため、主審の判定は残念でならない。
  前半42分にも、李天秀(イ・チョンス)のCKがペナルティーエリア内でスイス守備手ミュラーの手に当たったが、主審はハンドを認めなかった。ボールに当たった瞬間、ミュラーの両手は体から離れていなかったということだ。
  釈然としないアリソンド主審の判定に韓国サッカーの決勝トーナメント進出の夢が断たれる瞬間だった。




アドフォカート監督「選手に自負心感じる」
(『聯合ニュース』2006年6月24日)

 サッカー・ワールドカップ(W杯)ドイツ大会で決勝トーナメント進出とならなかった韓国代表のアドフォカート監督は、スイスとの試合終了後の記者会見で「これまで一緒にやってきた選手らに自負心を感じる」と述べた。
 試合は、後半は韓国のペースで進んだが、判定で何度も不運があったと悔しさをのぞかせた。
以下は一問一答。
 ―試合を評価すると。
 「満足していない。スイスが前半はよくやった。スイスはほとんどの選手が欧州リーグで活躍しており技術も優れているため、韓国は前半は試合を掌握できなかった。しかし、後半は圧力を強めながらいい調子で展開できた。うちの選手はよくやった。特に若い選手が良かった」
 ―2点目の失点状況をどのようにみるか。
 「線審が判定を覆したことが理解できない。判定後も試合を続けさせたが、私はオフサイドだと思う。今日の審判はわれわれには決して有利には判定しなかった。うちに運がなかった」
 ―2002年の韓国代表チームと比べると。
 「アジア圏でもっと多くの国がW杯の出場権を持つべきだ。韓国はトーゴ、フランス戦でよくやった。スイス戦では期待ほどにはできなかった。韓国の選手ももっと欧州リーグに進出すればさらにいい戦歴を築けるだろう」
―韓国サッカーが発展するためには。
 「力のある若い選手が多い。活発に海外に進出し、才能ある選手がチャンスを得るべきだ」
 ―今後の計画は。
 「きょうはこの質問には答えたくない。まだ考えなれければいけない」
 ―この9カ月間、韓国を指導してきての所感と評価を。
 「韓国は強い。いままで多くの良い試合結果を示してきた。韓国選手は素早いが欧州リーグの選手に比べまだ足りない面がある。全体的によい結果を得るためには、5〜6カ月の時間がさらに必要だと思う」


フライのゴール、MBC「詐欺」・SBS「正当」
(『朝鮮日報』2006年6月25日)

24日の韓国対スイス戦で、スイスのアレクサンダー・フライ選手が挙げた2点目のゴールについて、TV中継で解説を行ったチャ・ドゥリ選手とシン・ムンソン氏の説明は全く異なっていた。
 MBCの中継で解説を行ったチャ・ドゥリ選手は、フライ選手のゴールについて「まるで話になりません。これは詐欺です」と興奮を隠さなかった。
 一方、SBSのシン・ムンソン解説委員は「ボールが韓国の守備選手に当たったのでオフサイドではありません」と説明した。
 海外メディアもこのゴールについて異なる見解を示している。
 ESPNは「オフサイドだ。韓国が納得のいかない判定の犠牲になった」と伝えた。一方、BBCは「線審がオフサイドフラッグを挙げたのは誤って挙げたもの。フライはオフサイドの位置にいたが、韓国の守備選手に当たったボールなので主審の判定は正確だった」との見方を示した。



李天秀−キム・ジユのミニホームページに一日11万人訪問
(『朝鮮日報』2006年6月25日)

ドイツワールドカップ(W杯)の韓国−スイス戦が終わった翌日の25日、サッカー選手の李天秀(イ・チョンス)とタレントのキム・ジユのミニホームページは訪問者が急増し、励ましの言葉が載せられている。
  この日一日だけで7万人近いネチズンが、試合後にグラウンドにうずくまりながら涙を流した李天秀のミニホームページを訪問した。
  ネチズンらは「最後まで最善を尽くした姿は素晴らしかった。 あなたが涙を流す必要などない試合だった」「泣かないで。 いい試合を有難う」などの激励の言葉を送った。
  またドイツまで応援に行った恋人のキム・ジユのミニホームページも同じだった。 4万人を超えるネチズンがキム・ジユのミニホームページを訪問し、「チョンスさんにはジユさんしかいません。 チョンスさんを慰めてあげてください」「ジユさんも元気を出して」などの言葉を伝えた。




韓国のネチズン大暴走…FIFA公式HPを攻撃 「ネチズンW杯」なら優勝候補間違いなし!?
(『朝鮮日報』2006年6月26日)

 24日に行われた2006FIFAワールドカップ(W杯)ドイツ大会のG組最終戦、韓国対スイス戦での審判の判定に抗議して、FIFAのホームページへの電子メールの大量送信、大量アクセスなどのサイバー攻撃を行い、韓国からのアクセスを遮断に追い込んだ韓国ネチズンらのパワーと愛国心が、連日世界中の関心事となっている。
 ワールドカップ(W杯)ドイツ大会公式サイト「FIFAworldcup.com」を通じて、イタリア対オーストラリア、スイス対ウクライナのベスト16のアンケート調査を実施した結果、全世界約1万6000人のネチズンのうち45%がイタリアとスイスがベスト8に進出すると回答した。特に、イタリア国民の95%とスイス国民の58%は自国の勝利を信じる、至極当たり前の予想をした。
 しかし面白いことに韓国の場合、ネチズンのうちの実に79%がヒディンク監督率いるオーストラリアの勝利を予想した。また、スイスの敗北を願う気持ちからか、54%のネチズンがウクライナの勝利を予想した。
 韓国は今回のドイツW杯でベスト16進出を果たせなかった。しかし熱狂的なファンの応援などから、街頭応援W杯優勝国との賛辞を受ける韓国が「ネチズンW杯」を行えば、少なくともその過激さの面においては2冠王を占めるに違いないだろう。 ナム・ジョンソク記者



500万人署名集めればスイスと再試合!?
(『朝鮮日報』2006年6月26日)

24日に行われた2006FIFAワールドカップ(W杯)ドイツ大会のG組最終戦、韓国対スイス戦の2点目のゴールはオフサイドなのか。韓国ファンの大半と一部の外信は、オラシオ・エリソンド(アルゼンチン)主審がオフサイドの判定を下さないのは過ちだと主張する。
 一部のネティズンはインターネットと携帯電話の文字メッセージを通じ、再試合を要求する500万人の署名運動を行っている。FIFA(国際サッカー連盟)は抗議文が殺到したことで、韓国からのホームページへのアクセスを一時中断した。
 ネティズンは「500万人が署名すれば、FIFAが再試合の決断を下せる」という一部の主張により署名運動を行っている。
 しかし、大韓サッカー協会の関係者は「FIFAが再試合の要求を受け入れる可能性はなく、協会も再試合を要請するつもりはない」との立場を示している。FIFAの規定では、再試合は天候などによる場合にだけ実施できる、となっているためだ。
 大韓サッカー協会の鄭夢準(チョン・モンジュン)会長は、主審の判定に対しFIFAに抗議する旨を明らかにした。たとえ抗議が受け入れられたとしても、主審に対する制裁程度にとどまるものとみられる。


「500万人が抗議すればスイスと再試合」デマ広がる
(『中央日報』2006年6月26日)

 「試合終了から24時間以内に500万人が国際サッカー連盟(FIFA)のオフィシャルサイトに抗議する文を掲載すれば再試合が可能」。
  24日の朝、韓国がスイス戦で0−2で敗れた直後、あるネチズンがこうした書き込みをインターネットのポータルサイトに残した。当時、韓国民の間では、スイスが2回目に決めたゴールは、副審がオフサイドを宣言した状況だったことから無効、との意見が沸騰していた。書き込みの後、そうした雰囲気が急激に広がり大騒ぎとなった。
  主要ポータルの掲示板には、あっという間に「再試合を求める書き込み」が殺到し、携帯電話の文字メッセージにも同じ内容が広がった。抗議の文がどれくらい伝わったのかは分からないが、少なくともFIFAに「韓国は情報技術(IT)の強国」との事実を知らせることには成功したもようだ。
  頭を悩まされたFIFAが、韓国サーバーのアクセスを遮断する「ショック療法」を取ったくらいだったからだ。だが、この全てが空騒ぎだった。FIFA規定のどこにも、そうした内容はない。誤った審判の判定も試合の一部らしい。そろそろ興奮から抜け出し再び日常へ戻るべき時点、と思われる。
ハン・エラン記者


フライのゴールを徹底検証
(『朝鮮日報』2006年6月26日)

韓国対スイス戦の2点目のゴールはオフサイドなのか。韓国ファンの大半と一部の外信は、オラシオ・エリソンド(アルゼンチン)主審がオフサイドの判定を下さないのは過ちだと主張する。
 一部のネティズンはインターネットと携帯電話の文字メッセージを通じ、再試合を要求する500万人の署名運動を行っている。FIFA(国際サッカー連盟)は抗議文が殺到したことで、韓国からのホームページへのアクセスを一時中断した。
 一方、主審の判定を支持する外信もかなり多い。FIFAはこれに対する立場を表明していない。主審の判定は正しかったのか、再試合の可能性はあるのか検証してみよう。

▲副審は「オフサイド」…主審は「試合続行」 
 後半32分、スイスのシャヴィエル・マルガイラスがペナルティーエリア正面から右サイドにパスを出した(グラフィック1)。ボールは、韓国ゴールに向かって走っていたイ・ホの足に当たり、アレクサンダー・フライに渡った(グラフィック2)。
 韓国DFの最後方にいた金珍圭(キム・ジンギュ)より韓国ゴールに近かったのはフレイ。そのフライがボールを受け取った瞬間、ロドルポ・オテロ副審(アルゼンチン)は旗を上げ、オフサイドを宣言した。
 李雲在(イ・ウンジェ)以外の韓国選手も手を上げ、動きを止めた。スイスの選手もシャヴィエル・マルガイラスを除いては、ゴール後も動こうとはしなかった。エリソンド主審は両手を振って「試合続行」を促した。

▲FIFA規定に当てはまる状況なし 
 FIFAの規定には、今回の状況に当てはまるものがない。「オフサイドの位置にあるFWが、ゴールポストまたは相手選手に当たって飛んできたボールを受け、得点する場合、オフサイドと判定する」。この程度でしか触れられていない。
 結局、論争の中心は、イ・ホの足にボールが当たって跳ね返った状況をこの規定に適用するかどうかだ。イ・ホが自分の意思でボールを蹴ったのか、あるいは無意識的に足を出し、たまたまボールが当たったのか、解釈によって見直す余地がある。

▲イ・ホの足に当たったのが問題 
 大韓サッカー協会審判室のキム・ヨンジュン副委員長は「主審は、イ・ホがプレーする意図を持ってボールに触れたと判断したため、オフサイドを適用しなかったようだ」と話している。
 一方、大韓サッカー協会のソン・ギリョン部長は「イ・ホは走っている途中、ボールが自分のところに飛んできたことで、足を差し出したようだ。ボールをキープした状態から自由意思で処理したとは考えにくい」と、主審の判定に異議を申し立てた。

▲外信の反応 

 米国のスポーツチャンネルESPNの解説者は「フライのプレーはどう見てもオフサイドで、線審が旗を上げた瞬間、試合は中断されるべきだった」と報じた。AP通信も「副審の旗が上がった後の得点」と伝えた。
 ロイターも「論争の余地のある判定がスイスを救った」と報じた。
 一方、英国のBBCと米国のUSAトゥデー紙は「韓国DFの足に当たって方向が変わったボールであるため、オフサイドではない」と、主審に軍配を上げた。
 主審は正しかったが副審が過ちを犯したため韓国が不利な状況に立たされた、との見方もある。ヨーロッパのスポーツ専門チャンネル、ユーロ・スポーツは「韓国のDFの足に当たって方向が変わったため、オフサイドではない。ところが副審がオフサイドを宣言し、韓国のDFが動きを止めたため失点につながった」と報じた。
 英国のiテレビも「副審がオフサイドを宣言したものの、エリソンド主審がこれを正しく判断し直した」と解説した。

▲副審の意見を無視した主審は正しいか 
 キム・ヨンジュン副委員長は「エリソンド主審が副審の旗を無視したのは間違ったことではない」という。最終決定権はどこまでも主審にあるためだ。
 キム副委員長は「主審が笛を吹くまではプレー続行ととらえるべきだ」と説明する。最悪の場合、主審は試合途中で副審の交代も要求できる。



韓国人に聞く「韓国代表の結果に満足」56%
(『朝鮮日報』2006年6月26日)

ネティズンは、ベスト16入りは逃したものの韓国は善戦したとの評価を下した。
 インターネット・ポータルサイトのネイバーは、ベスト16入りの望みが絶たれた今月24日から韓国代表のワールドカップ(W杯)の戦績についてアンケート調査を行っている。
 テーマは「韓国のサッカー代表チームのドイツW杯での成績は」だ。
 25日午前11時現在、計13万2276人の回答者のうち、「非常に満足している」という回答が26.56%(3万5139人)、「満足している」という回答が30.3%(4万81人)に上った。「普通」という回答は12.4%(1万6436人)だった。
 一方、「不満」は8.68%(1万1488人)、「非常に不満」は22.02%(2万9132人)にとどまった。
 肯定的な回答が56%を超えた。ベスト16入りは逃したものの、トーゴ戦に勝って(2-1)海外W杯史上初の勝利を収めた上、フランス戦での劇的な引き分け(1-1)が好意的な評価をもたらしたものとみられる。


【社説】太極戦士に激励の拍手を送る
(『中央日報』2006年6月26日)

 残念だったが、韓国サッカーがワールドカップ(W杯)決勝トーナメントの入口をくぐることはできなかった。スイスとの予選での審判の誤審に対する論争が続いているが、世界サッカーの壁が高いということを認めざるを得ない。
  それでも海外W杯史上、最もいい成績をあげて帰ってきた太極戦士に熱い激励の拍手を送る。世界的な選手に立ち後れなかった彼らの輝かしい闘魂に世界の多くのサッカーファンも賛辞を惜しまなかった。
  国内の外の韓国人たちは「大〜韓民国(テ〜ハンミングク)」を叫びながら胸のすくような楽しさを満喫したし、いま一度、1つの民族であることを実感した。我々はたとえ中途下車してしまったとしても、W杯は終わったのではない。
  どんな試合にも勝者と敗者がいる。これからは静かに世界的なサッカースターたちが広げる芸術を楽しもう。これこそ世界サッカーファンがW杯からプレゼントしてもらえる貴重な贈り物ではないか。
  それとともに次のW杯を準備しよう。サッカーの実力は一瞬には伸びないものだ。太極戦士の努力だけでは不足である。ヨーロッパ、南米諸国のサッカーの実力が優れているのは、日ごろから数多くのサッカーファンが試合会場を訪れ、そこで熱心に応援する姿があるからだ。
  しかし我々はどうだろう。普段、国内プロサッカーの試合では熱気を感じないが、W杯などの国際試合が行われれば国民が過熱症状を見せるのが現実だ。サッカーを楽しむというよりは、国際的な成績にばかりこだわるという批判が出てしまう。たゆまぬ愛情を持って選手らとともにする、真のサッカーファンが熱くなってこそ我々サッカーの未来も明るい。
  多くの国民が徐々にW杯熱気から脱して日常に戻っている。W杯の間、忘れていたが、我々には韓米自由貿易協定(FTA)、北朝鮮核問題、私学法再改正のような懸案や理念、貧富の葛藤など解決しなければならない課題が山積している。これからは物静かに現実を見ながら、冷静に取り組んでいかなくてはならない時だ。
  多くの国民はW杯応援戦を通じて熱いエネルギーを噴出し「我々は1つだ」という事実を確認した。こうした熱気が社会統合や国家発展エネルギーに昇華するのを期待したい。



【噴水台】
誤審
(『中央日報』2006年6月26日)

古代オリンピックのハイライトは戦車競走だった。 4頭の馬を走らせてスピードを競う戦車競走は、古代ギリシャとローマの観衆を熱狂させた。 裸で勝負する他の種目とは違い、戦車競走は良い馬を確保するのに多くのお金がかかった。 貴族らが優勝を独占した。
  ローマのネロ皇帝はオリンピック2冠王だ。 規定にない音楽競演を付け加えて優勝した。 10頭の馬を走らせて戦車競走にも出場したが、途中で転倒して完走できなかった。 しかし審判らは「転倒していなければ確実な優勝」として月桂冠を与えた。 ネロは審判らが切望していたローマ市民権と大きな褒美で報いた。
  ワールドカップ(W杯)最悪の誤審は1982年W杯準決勝で起きた。 フランスのバティストンは絶妙なパスを受け、西ドイツのGKシューマッハと1対1のチャンスを迎えた。 シューマッハが巧みにひざとひじ撃ちを使ったが、審判はバティストンのファウルを宣言した。 バティストンは歯が折れて意識を失い、運び出された。 PK戦の末に西ドイツが勝ったが、シューマッハは「卑劣なシューマッハ」という汚名に苦しんだ。
  最も有名なW杯誤審は86年の「神の手」事件。 アルゼンチンのマラドーナは手でボールを押し込んでイングランドを撃沈した。誤審波紋が広がると、イングランド監督が自ら乗り出した。 彼は「誤審も試合の一部だ。アルゼンチンは勝つ資格が十分にあるチーム」とし、論難を収拾した。
  スポーツ世界で誤審は茶飯事だ。 故意的な判定もあるが、主に審判の錯視現象がその理由だ。 科学雑誌ネイチャーによると、専門審判の200回のオフサイド判定のうち40回は誤審だった。 その後、国際サッカー連盟(FIFA)は競技場のあちこちにカメラを設置した。 今回は死角地帯に審判を追加で配置し、主審と副審間の無線機も導入した。 だが審判の権威のため、競技場のモニターにオフサイドやファウルの場面をスロービデオで映し出すことは依然として禁止対象である。
  韓国国民がスイス戦の頻繁な誤審のため激しく憤った。 FIFAは再試合を要求する韓国ネチズンの怒りに堪らず、インターネット接続を遮断した。 韓国はアテネオリンピックの体操で誤審のため金メダルを逃すなど、重要の競技でよく判定問題に巻き込まれた。 もどかしいが、方法はない。 ただ、誤審の最後は悲惨だったという歴史を慰めとするしかない。 ネロ皇帝は反乱軍に追放されてどのように死んだか分からず、その直後、戦車競走の審判官はみんな斬首の刑に処せられた。
李哲浩(イ・チョルホ)論説委員 



詩人主審、あなたに「レッドカード」
(『東亜日報』2006年6月26日)

 詩人は死んだ。いや、本物の詩人たちにすまない。繰り返す。「詩人審判」は死んだ。彼と一緒にサッカー・ワールドカップ(W杯)も死んだ。むしろ審判が直接蹴って入れれば良い。死んだ詩人審判。サッカー・アルゼンチン人のオラシオ・エリソンド主審。彼の判定は詩ではなかった。「詩に対する冒涜」だった。彼は学校の先生ではなかった。そうするにはとても片手落ちだった。

 そうだ。バスケットボールやアメリカンフットボールはオフサイドに対する反発で作られた米国のスポーツだ。米国人は攻撃的なものが好きだ。得点がたくさん出ないと気がすまない。当然ながらバスケットボールにはオフサイドがない。ゴール下に先に入っていても3秒以内までは大丈夫だ。アメフトも一番最初の試合開始のとき以外はオフサイドがない。

 後半32分、スイスのFWフライのゴールは、バスケットボールのルールに従えば明白なゴールだ。しかし、サッカーでは違う。ゴール前に先に行って隠れていてから足で蹴って入れた非紳士的な行為に過ぎない。韓国MF李浩(イ・ホ)の足に当たって流れるボールだからオフサイドではないという主張は横車だ。それが成立するためには、フライは韓国の最後方のDFと少なくとも一直線上に立っていなければならなかった。そこから飛び出してボールを取っていたなら言うことはない。しかも李浩はバックパスをしたのではない。ボールの流れを断ち切ろうとする受身的な動きからボールに当たっただけだ。

 それなら前半12分、スイス陣営ペナルティー・エリア右側で゙宰榛(チョ・ジェジン)のシュートがスイスのDFセンデロスの手に当たったのは何なのか。意図的に手を当てていないから反則にならないというのか。前半42分、李天秀(イ・チョンス)のCKがペナルティー・エリアでスイスのDFミュラーの手に当たったのもやはり受身的な行為だからハンドではないか。何故、まったく同じ受身的な動作なのにスイス選手たちだけが認められるのか。一言で「二重のものさし」だ。

 線審のオフサイド旗もそうだ。初めには確信に満ちて旗をあげていたが、その後、そっと下ろしたのはどういうことか。これは明白な「ハリウッドアクション」だ。レッドカードに値する。韓国DF陣ちは線審の旗を見て、動きを止めた。

 もちろん最終判断は主審の仕事だと言うなら、言うことはない。しかし、韓国選手たちはその旗にだまされてフライをマークしなかった。結果的に線審はフライのゴールに「ハリウッドアクション」で手助けした格好だ。

 そもそも、英国におけるフットボールは、年に1回ずつ開かれる村祭りだった。村人たちが2つのチームで分かれて、1日でも2日でも勝負が決まるまで試合を続けた。勝ち負けは重要でなかった。お互いに体をぶつけて転びながら「熱いスキンシップ」が出来れば十分だった。

 祭りはどのチームでも1点を先に取れば終わった。もし試合開始後10分や20分でゴールが決まれば、年に1回だけの「祭り」は、そこで終わった。結局、試合時間が長くなるように、色々なからくりが工夫された。まずジェントルマンらしくない行為が禁止された。

 相手ゴール前に先に入って隠れて待つとか、観客の間から紛れ込んで、相手ゴールの方に行くことがそれだ。まさに今日におけるオフサイドの由来だ。そのため、オフサイド(off side)と言うのは「チーム(side)を離れている(off)」という意味だ。仲間たちと離れて、自分だけが相手ゴール前に先に行っていてはならないということだ。

 フライは禁止された地域に先に入っていた。その位置でパスを受けてゴールを入れようと、能動的で明白な動きを見せた。「ゴールに関与しない」という意味で、一瞬のたじろぐ振りさえしなかった。それは明らかな現行犯だ。卑怯な行為だ。

 試合を通して審判のホイッスルはスイスの肩を持っていた。韓国は審判のホイッスル音のため試合をまともに展開することができなかった。アドバンテージルールを適用しなければならない時には、親切にも(?)ホイッスルを鳴らして、うまく流れを切っていた。スイスはその反対だった。ファウル数20−8。結局、12人と戦った。詐欺だった。こんなつもりだったら、国際サッカー連盟(FIFA)会長ブラッター氏の国スイスは次のW杯では、最初から決勝トーナメントから始めたほう良い。

 赤い夜明け。声高に叫んだ「テ〜ハンミグク(大韓民国)」。国は、ただの一度でも彼らのことを丁寧に世話をしてくれたことがあるのか。ただの一度でも楽しみを与えてくれたことがあるのか。ベスト16入りの夢が崩れた日。赤い胸が真黒に焦げ付いた夜明け。何を楽しみにして暮そうか。「不快指数」が上がる。腹の底が筋肉痛とともにちくちくと痛んでくる。



ワールドカップの現実を受け入れよう
(『中央日報』2006年6月26日)

急に寂しくなった。
  ドゥリ(チャ・ドゥリ)が新たに移籍したチーム(マインツ)の練習に参加するために昨日発ち、私1人残ったからというのもあるが、それよりは我々サッカー代表チームが帰国してしまったのがもっと大きい。ドイツ入りした後、代表選手たちとともにグランドで走ることはできなかった。しかし中継放送席で彼らと一緒に呼吸をしてきた。
  李雲在(イ・ウンジェ)、朴智星(パク・チソン)、李天秀(イ・チョンス)崔真普iチェ・ジンチョル)ら選手のドキドキする心臓の鼓動を感じ、時にはいじらしいが、時にはとっても誇らしかった息子のような韓国選手たちがさっと去ってしまった。
  ゲーム機のように綿密な動きをするアルゼンチンが勢いをあげているし、私も声援を送るホームチームドイツが連勝を続けファンを熱狂させている。ブラジルもこれまで振るわなったロナウドのゴールが大量に炸裂し「誰も優勝カップを触るな」と警告をしている。それにイングランドとオランダ、そしてイタリアまで例外なしに決勝トーナメントに加勢し、ドイツワールドカップ(W杯)は熱気と興奮を高めている。
  しかし昨日今日、まったく楽しめないのは仕方がない。決勝トーナメント、当然のごとく行けるものではないが、行けるという希望を最後まで捨てていなかった。
  副審が旗をずっと持ち上げていたので我々選手は試合中、止まった。我々も皆、そう思った。ところが副審の旗は次の瞬間には何もなかったかのように無情にゴールサインを送っているではないか。中継席に座っていたドゥリが「あれは詐欺です!」と声を上ずらせた。あまりにびっくりして両目をむいたままドゥリに気を付けろというサインを送ったが、あの瞬間、そう叫びたかった人がドゥリ1人だけだったか。
  もちろんオフサイド論議を呼んだ2番目のゴールで決勝トーナメント行きがなくなったわけではない。しかし副審の無責任な行動で、「よく戦った」と韓国選手らを励まし、相手を祝って潔く敗北を認めたかった我々の最後の自尊心が揺らいでしまった。それが悔しいのだ。
  もう受け入れよう。W杯は単純なサッカーの試合ではない。世界を1つにする文化だ。すでに1つにくくられてしまった世界は、喜怒哀楽はもちろん、呼吸まで一緒にする。
  我々の悔しさをとがめるかのように、現地では「2002年、韓国に負けたイタリアやスペインと比べたら韓国の悔しさなんて何でもない」と丁重に叱咤され、当時の画面まで見せてくる。我々の悔しさをかみしめて相手を認めよう。それで彼らも我々を認めるだろう。
  スイスは多くの人の予想通りにがっしりとしたチームだった。フランスもその名を聞いて無視できない手ごわいチームだ。我々チームの試合内容は特別、悪くはなかった。特に最後のスイスとの試合はW杯3試合のうちでいちばん立派だった。それでも我々の決勝トーナメント行きはかなわなかった。我々がほかの組に比べて特別に難しい組に属したのではない。すべての組が同じくらいの水準だった。ならば次のW杯では今よりいい姿で決勝トーナメントに乗り込めるだろう。これが今回のドイツW杯が我々に教えてくれた現実だ。
  サッカーは選手がする。今の代表チームが4年後、どんな姿を見せてくれるかは選手の役割だ。もう国家代表やサッカー選手が寒くてお腹がすかせる犠牲的な立場ではない。どの国より立派な補償が十分に伴っている。感謝しなければならないくらいだ。我々選手の方がもっとよくわかっているだろう。必ず報いなければならない。そして代表チームの試合を見ながら我慢して耐えてくれた多くのファン、彼らの愛も絶対に忘れてはいけない。
  約束しよう。
車範根(チャ・ボムグン)中央日報解説委員


お帰り!太極戦士、さよなら!アドフォカート監督
(『中央日報』2006年6月26日)

  「お帰り!太極戦士、さよなら!アドフォカート監督」−−。
  2006ドイツワールドカップ(W杯)で全国民を笑顔や涙に包んだ韓国サッカー代表が25日午後、仁川(インチョン)国際空港に帰国、解散した。
  先月27日、転地トレーニング場であるスコットランドグラスゴーに出国してからちょうど30日ぶりの帰郷。空港に出迎えた1000人の関係者やファンはたとえ決勝トーナメント進出には及ばなかったが、最後まで闘魂を燃やした誇らしい太極戦士に惜しみない拍手を送っていた。
  2002W杯の4強神話再現という国民の熱望を背負った代表チームは、13日のトーゴ戦で後半、李天秀(イ・チョンス)と安貞桓(アン・ジョンファン)の連続ゴールで2−1と逆転勝ち、史上初のワールドカップアウェイ勝利の快挙を遂げた。続いて19日、フランスとは1−1の引き分けで世界を驚かせた。
  しかし24日のスイス戦で、オフサイドではないかという審判のジャッジに0−2で敗北、組3位(1勝1敗1分け、勝ち点4)で惜しくも決勝トーナメント進出はならなかった。終了の瞬間まで最善を尽くす姿を見せてくれた韓国は組別リーグ脱落チームの中で最高順位である17位に上がり、全世界サッカーファンに強い印象を残してくれた。
  代表チーム解散とともに契約が満了したディック・アドフォカート監督(59)は「韓国チームとともに過ごした9カ月が私の人生でいちばん大切で幸せな時間だった」とし「韓国には能力のある選手が多いが、国際経験がさらに必要だ。Aマッチを行わなければならない」と助言した。
  昨年9月に韓国代表チームの指揮官となり、21戦11勝5敗5分けを記録したアドフォカート監督は、しばらく国内にとどまった後、ロシアのプロサッカーサンクトペテルブルクと正式契約するものとみられる。
  フランス戦で同点ゴールを決めるなど世界的な技量を示した朴智星(パクチソン)は「決勝トーナメントに進出できなくて残念だったが、世界と肩を並べられた点で意味があった」と評価した。
  トーゴ戦同点ゴ−ルを記録した李天秀は「国内でもワールドカップのような感じをもてるように、これからKリーグにも関心を持ってもらいたい」と述べた。
  代表選手たちは、8月16日、台湾との2007アジア杯予選まで各所属チームで活動する。Kリーグ選手は来月5日、三星ハウゼン杯2006からまたグランドに出る予定であり、朴智星、李栄杓(イ・ヨンピョ)、安貞桓ら海外組は国内で休憩を取った後、遅くとも来月中旬までには所属チームに戻る予定だ。
シン・ファソプ記者 




【記者手帳】韓国代表が去った今こそW杯を楽しもう
(『朝鮮日報』2006年6月27日)

李天秀(イ・チョンス)が泣いた。よく冗談を言い、生意気そうに見える彼がグラウンドに倒れ、悲しそうに泣いた。朴智星(パク・チソン)の目にも涙が浮かんでいた。「後悔のない試合をした」と語る反面、どこか名残惜しさがあるようだった。また李雲在(イ・ウンジェ)は「足が重い」と言いながらうなだれた。
 先制点を奪われた後、韓国代表選手たちはいつにも増して懸命にグラウンドを駆け回った。同点、逆転も不可能ではなかった。しかし、思いどおりには行かなかった。副審がオフサイドの旗を上げたのに、主審は「副審の間違い」としてプレ−を止めなかった。試合をひっくり返すのに2点の差は大きかった。
 オフサイドについての見解は、韓国の専門家とネチズンらの間でも意見がまちまちなようだ。また、「副審の旗が上がっても、主審が笛を吹くまでは最後まで守備をするべきだった」という見解もある。一部の外信は「韓国ディフェンダーの足に当たってパスが相手FWに通ったので、主審の判断は正しい」としている。
 しかし、多くのファンが非難の声を上げているのは、ただ単にオフサイドの問題だけではない。スイス選手によるハンドのファウルを見逃し、金南一(キム・ナミル)がようやくつかんだ逆襲のチャンスまで、審判はわざとかどうかは知らないが、進路を妨害した。こうした腑に落ちない判定に、負けてもどこか釈然としないため、腹が立つのだ。
 しかし、腹を立ててばかりもいられない。現在、韓国では再試合を求める500万署名運動が起こっているという。国際サッカー連盟(FIFA)ホームページが韓国からの接続を遮断したといううわさが出回ると、海外ネットワークを通じて接続を試みるファンが続出している。だがFIFAは依然として「審判の判断は(オフサイドでも)試合の一部」という見解を堅持している。韓国代表選手らは期待以上によく戦った。さあ、これからはワールドカップそのものを楽しもう。そして、4年後に向けて再準備をするべきだ。
フランクフルト(ドイツ)=チェ・ボユン特派員



W杯公式ホームページ「韓国、2010年には新しい歴史開く」
(『中央日報』2006年6月27日)

2006ドイツワールドカップ(W杯)サッカーインターネット公式ホームページが韓国に対して肯定的な記事を掲載した。
  このインターネットホームページは26日「韓国は希望を見出した(Koreans find cause for optimism)」という記事で「韓国のワールドカップ挑戦史は発展の歴史だった」と前提し「太極戦士は2010年、地球の反対側に位置した南アフリカ共和国で新しい歴史を開くだろう」と評価した。
  この記事は「3人の猛烈な活躍」という小見出しの記事で、トーゴとの初戦で同点ゴ−ルを決めた李天秀(イ・チョンス)、決勝ゴールの主人公安貞桓(アン・ジョンファン)、フランス戦の英雄朴智星(パク・チソン)を「キープレーヤー」に挙げた。
  しかし失敗の原因として貧弱な攻撃力、心細い守備などを挙げた。「3試合でわずか3ゴールにすぎなかった」と指摘したこの記事は「特にスイス戦では15本のシュートで1ゴールも決まらなかった」と辛口評価した。



アドフォカート監督の後任はファーベーク首席コーチ
(『中央日報』2006年6月27日)

 大韓サッカー協会が、契約期間を終えたディック・アドフォカート韓国サッカー代表チーム監督の後任として、ピム・ファーベーク首席コーチを新しい指揮官に任命した。
  サッカー協会のイ・ヨンム技術委員長は26日午後、新門路(シンムンロ)のサッカー会館5階の会議室で、「アドフォカート監督の後任にファーベーク首席コーチを任命した」と発表した。

街頭応援、新たな韓流ブランドに浮上
(『中央日報』2006年6月27日)

 サッカーの2006・ワールドカップ大会(W杯)で決勝トーナメントに進むことはできなかったものの、「街頭応援」では勝利した。総486万人(トーゴ戦218万、フランス戦100万、スイス戦168万人)が参加した「街頭応援」は、W杯を契機に韓国を象徴する「ブランド」に浮上した。日常を逸脱する「喜びの場」だった。多くの人々が押し寄せたが、成熟した市民意識を見せてくれた「学習の場」でもあった。
  ◇喜びと祭りの場=サッカーの2002・W杯ではマニアファンが中心だった。だが今回は試合よりも応援そのものが中心となった。単なるサポートではなく祭りに位置付けられた。遊びと楽しさ、踊りと応援歌が調和したもう一つの形の文化だった。3回の試合の度に集まった人々は、「街頭応援」自体を満喫する市民と学生だった。街頭応援では、光化門(クァンファムン)交差点を誰でも思いきり「占拠」できた。
  フェイスペインティングや太極旗(テグッキ、注:韓国の国旗)の服も珍しくなかった。「W杯ファッション」という言葉も登場した。見知らぬ人とも拍手し抱きあったり、踊ったりした。中央(チュンアン)大・申光栄教授(シン・グァンヨン、社会学)は「街頭応援では日常的な自己表現から抜け出し、それぞれ自由に思う存分個性を表現できた」とし「これまで韓国社会になかった祭典の場が設けられた」と説明した。
 ◇韓国の代表ブランド
=全国に広がった赤い波は韓国人だけでなく外国人も魅了させた。文化観光部によると、W杯応援を楽しむ「韓国観光ツアー」が作られ、約2500人の外国人が韓国入りした。実際に市庁と光化門では、赤いTシャツ姿で「お〜必勝コリア」を叫ぶ外国人に会うことができた。トーゴ戦の応援に臨んだあるカナダ人は「こんなに多くの人が同じ色の服を着て、応援する場面は生まれて初めて」と感歎した。
  米紙ロサンゼルスタイムズは「W杯応援では韓国が当然優勝」と報じた。街頭応援は、ドイツでも再演された。ドイツは韓国の「街頭応援」を真似て、フランクフルトなどW杯試合が行われる各都市に広場「ファンフェスト(Fan Fest)」を設けた。02年に世界を驚かせた街頭応援が、国際的な応援文化になり、韓国を世界に知らせているのだ。
  ◇市民意識も成長=13日のトーゴ戦で問題になった無秩序さは、フランス戦(19日)の時点から消えた。トーゴ戦の直後、車両にのぼり大暴れする姿やゴミがいっぱいになった風景などがインターネットに掲載された後、市民は自ら「恥ずかしい」、「自制しよう」と約束した。フランス戦とスイス戦(25日)の応援では、自発的にゴミを拾った。



サッカーは…死んでいない
(『中央日報』2006年6月27日)


 24日未明のドイツワールドカップ(W杯)韓国−スイス戦を見守った大韓民国の国民は腹が立ったはずだ。 審判判定が釈然としなかったからだ。 スイス選手のハンドの反則はそのまま流された。またスイス選手に副審がオフサイドフラッグを上げても、ホイッスルはなかった。 試合は0−2で終わり、大勢の人が納得できない試合だと感じたはずだ。 絶対に決勝トーナメントに行く、という念願が断たれた瞬間だった。
  KBS(韓国放送公社)・SBS(ソウル放送)とともにこの試合を中継したMBC(文化放送)テレビの製作陣も、非常に興奮していたようだ。 李天秀(イ・チョンス)が涙を流す場面を映した後、画面には「サッカーは今日…死んだ」という字幕が流れた。 その後、インターネットポータルサイトには「MBCの短い字幕がサッカーファンの心情を代弁した」という内容のコメントが相次いだ。 「MBCが的を射た字幕1行でまたも株価を上げた」という称賛を惜しまないインターネット言論(?)もあった。
  声がかすれるまで「テーハンミング(大韓民国)」を叫んだ応援団が去った後には、理性を失った匿名のネチズンらが気勢を上げた。 韓国が決勝トーナメント進出に失敗したのは審判の誤審のためだ、という声が一気に高まった。 一部「審判の判定に従って敗北を認めよう」という意見もあったが、ネチズンの怒りの声にかき消された。 理性は消えて、憤怒だけがサイバー空間を掌握した。 怒りが収まらないネチズンは、対戦相手のスイスに対して盲目的敵がい心を表したりもした。
  テレビ解説中に「審判の判定は詐欺だ」と叫んだMBCの車ドゥリ選手はいつの間にか英雄になった。 逆に「オフサイドではない」と主張したSBSの辛文善(シン・ムンソン)委員は「水準以下の解説者」として非難を浴びた。 ドイツW杯で韓国サッカーの大黒柱だった朴智星(パク・チソン)が「審判判定も試合の一部」と話すと、その言葉も標的になった。
  審判判定の犠牲になって脱落したと考え、FIFAサイトに殺到しながら再試合を要求するのは理性的な行動でない。 審判の判定が釈然としなかったからといって「サッカーは死んだ」という字幕を出した放送局も同じだ。 放送が誤った世論をあおったという非難は免れない。
  2006年6月、半月余の祭典は本当に楽しかった。 いまや過ぎたことは忘れ、大きな飛躍に向けて再出発する時だ。
鄭済元(チョン・ジェウォン)スポーツ部門記者 



【W杯コラム】韓国のゴリ押し、フランスの余裕
(『朝鮮日報』2006年6月27日)

ドイツ・ワールドカップサッカー大会で韓国とスイスの試合が行われた23日夜(韓国時間24日未明)。パリにある韓国大使館は門戸を開放して在フランス韓国人たちにサッカー中継を見せてくれた。フランスの警察に届け出をし、「夜遅くまで騒々しいだろうが了解してほしい」と隣近の建物に了解を求める手紙も送った。パリに住む居住民・留学生・旅行客らが1000人以上集まった。韓国大使館と道ひとつ隔てた所にスイス大使館もあったが、そこはこうした応援の場を提供していなかった。
 韓国サッカーの「12番目の戦士」たち。韓国内でも、海外でも11人の選手を応援する韓国人たちは全員、選手と同じくらい試合に入れ込み、この熱い思いが再び2002年の奇跡をもたらすと信じていた。
 だが私たちのワールドカップは終わり、12番目の戦士たちも、もうその情熱を鎮めるときが来たようだ。
 4年前に韓国で見守ったW杯と、異国の地で見たW杯の感慨は違っていた。フランスで暮らしながら韓国対フランス戦を見ることになり、「痛快に打ち負かしてほしい」という気持ちが誰よりも強かった。これまで、私個人がフランスで感じた憤りを、韓国代表がフランス代表を打ちのめすことでスッキリさせたい、という期待があった。
 しかし、このような期待が気まずく、また恥ずかしく感じられる状況を何回も目にした。韓国対フランス戦が終わった翌朝、フランス代表のベスト16入りが不透明になったのに、このニュースを伝えるフランス人ニュースキャスターの表情は全く暗くなかった。喜び勇んで歓声を上げる韓国人の姿を、にっこり笑って伝えた。おそらく韓国のニュースキャスターが笑いながら自国チームの不利な状況を伝えたら、インターネットにはあらゆる罵詈雑言や非難があふれるだろう。
 韓国人がW杯でトーゴという国を知ったように、フランスでは韓国に対する関心や理解がW杯をきっかけにいっそう高まった。「中国人? 日本人?」と聞かれて「韓国人」と答えると、「ああ、そうだったの」と親しげに微笑み、さらに話かけてくる人が韓国対フランス戦以降、急に増えた。
 それから数日後。韓国人がため息交じりに韓国対スイス戦を見守っていたころ、世界最強の実力ながらずっとW杯で勝てなかったために「年老いた雄鳥」と嘲笑されていたフランスは、トーゴを破ってW杯ベスト16入りした。韓国としては一試合一試合、薄氷を踏む思いで経過を見守っていたにもかかわらず、突然「ニワトリを追いかけていたのに、屋根に逃げられて眺めるしかない犬の気持ち」になってしまったのだ。
 不振でもたついていると批判されても、やはり年老いた雄鶏が恐かったのは、いつでも軽々と屋根の上に飛び上がる実力を持っているからだ。フランスとの引き分けで沸き返えった韓国人を見て微笑んでいたフランス人キャスターも、勝負にはあまり執着しない様子だった街のフランス人たちも、みな実力があるからチャンスは今でなくてもモノにできるという自信や余裕から出た態度だったのだ。
 国際サッカー連盟(FIFA)ホームページに韓国ネチズンたちの抗議のアクセスが集中、FIFAがアクセスを遮断する状況に陥ったことが伝えられた。韓国ギャロップの調査によると、韓国は運がなくてベスト16に入れなかったと考える人は56%。「実力どおり」と答えた人(41.5%)よりも多かった。
 11人の韓国代表選手たちはグラウンドを去った。もうこれくらいにして12番目の戦士たちもグラウンドを後にしよう。「押しかけていき、ごねれば通用する」という韓国式ゴリ押しもやめよう。これ以上、不運のせいにしないで決勝トーナメントに行けなくてもグラウンドの内外で多くの収穫があった。その楽しい思い出で4年後、8年後に備える実力を培おう。 パリ=カン・ギョンヒ特派員



【W杯コラム】世界に遅れをとる韓国選手の基本技術
(『朝鮮日報』2006年6月27日)

サッカー最高の舞台であるワールドカップでも、最後に勝敗を分けるのは基本技術の差だ。
 韓国代表チームが今回のワールドカップで収めた1勝1敗1分けという成績は、韓国サッカーの可能性と問題点を明確に示してくれた。韓国が比較的善戦した原動力は、体力とスピード、プレス能力が国際的な水準に達していたからだ。しかし、もどかしいほどに試合運用能力で劣っていたのは、ボール・コントロールやパスをはじめとする基本技術が足りないためだ。
 ブラジルやアルゼンチン、スペインの選手らは、ボールを受けた瞬間にすでに次の動作に移る準備を終えている。完璧にボールをコントロールし、ドリブルやパス、シュートにつなげるのだ。一方、韓国選手らは、ボールを受けた後、2〜3回ボールにタッチしてようやくボールをコントロールできる水準だった。この差は全体的な試合の流れテンポにつながっていく。韓国が攻撃と守備で、いつもワンテンポ遅れているように見えるのもこのためだ。
 韓国の攻撃が単調でもどかしかったのも、結局はパス能力が不足していることに起因している。ドイツがスウェーデンとの決勝トーナメント1回戦で見せたパス回しを思い出してみよう。バラックをはじめとした中盤は、相手がプレスを試みようとする瞬間に、正確かつ速いパスで攻撃方向を転換し、スウェーデン選手の体力を奪った。また、決定的な攻撃チャンスにはクローゼの虚をつく鋭いパスで、2ゴールを奪うことに成功した。
 韓国は大部分、相手が予測可能な方向にだけパスがつながり、しかもパス速度が遅い。これでは結局、相手のプレスを受け、得点チャンスを作り出すのが難しくなってしまう。選手らの戦術的な動きが不足していたことも、円滑なパス・ワークを難しくしていた。パスをやり取りする選手以外に、第3、第4の選手が同時に空いたスペースに動いてこそ、相手を疲れさせることが出来るのに、このような部分が出来ていなかったのだ。
 基本技術は、小さいころからしっかりと学ばなければならないのはもちろんだが、国際舞台での多くの実戦経験から学ぶこともできる。李栄杓(イ・ヨンピョ)や朴智星(パク・チソン)、李乙容(イ・ウリョン)ら海外組の選手たちがドイツでもまったく萎縮せず、自分の能力を発揮していたのも基本技術と経験を備えていたおかげだ。結局、韓国サッカーが今後ワールドカップの舞台でさらに良い成績を収めるためには、最も基本的な部分に目を向けなければならないと思う。 イ・ヨンス解説委員(世宗大教授)



ファーベーク氏が代表監督に選ばれた理由
(『朝鮮日報』2006年6月27日)

大韓サッカー協会がアドフォカート監督の後任としてチーフコーチのピム・ファーベーク氏(50)を選んだ理由は、何よりも彼が韓国サッカーをよく理解しているためだ。
 ファーベーク氏は、2002年の韓日ワールドカップ(W杯)ではヒディンク元監督を、今年のドイツW杯ではアドフォカート前監督をサポートし、多くの面で寄与した。
 大韓サッカー協会のイ・ヨンム技術委員長は「彼が韓国サッカーに精通しているため、時間が節約できる」と選んだ理由を語った。コエリョやボンフレール元監督の場合、適応するまでに時間がかかり苦戦した、というのがイ委員長の説明。
 大韓サッカー協会の金鎬坤(キム・ホゴン)専務は「大韓サッカー協会からだけではなく、海外のクラブチームからも監督になってほしいとの依頼があったが、韓国代表チームに変わらない愛情を示してくれた。このような点も考慮した」と話している。
 選手たちの人望が厚いのも長所だ。パク・ハンソ慶南FC監督は「ファーベーク氏ほど、韓国の選手をはじめ文化や情緒まで理解している人はいない」と語る。
 ファーベーク監督は前任の6人の外国人監督よりも、さらに多くの仕事をこなさなければならない。12月に開かれるアジア大会はもちろん、2008年の北京五輪代表チーム監督も兼任することで合意したためだ。
 これについて、サッカー協会は「若い選手たちを掘り起こし、2010年のW杯に備えるため」と説明した。
 彼は監督就任が初めてではない。1981年以来、FCフローニンゲン、フェイエノールト(以上オランダ)、NTT大宮、京都パープルサンガ(以上日本)などプロチームを指揮してきた。
1991 年にはFAカップでフェイエノールトを優勝に導いた。2004年にはオランダ領アンタレスの代表チーム監督を務めたものの、ドイツ・ワールドカップの北中米予選の1次ラウンドでホンジュラスやアンティグア・バーブーダと対戦し1勝3敗(4得点8失点)と振るわず、6カ月で退任している。
 済州ユナイテッドの鄭海成(ジョン・ヘソン)監督は「監督としてのファーベーク氏の成績はそれほど輝かしいものではない。しかし、まじめで原則に基づいたリーダーであるだけに、静かに見守ってあげる必要がある」と話した。
 2007年のアジアカップはファーベーク氏がコーチとしてではなく、監督として力量を発揮するチャンスであるとともに、テストの舞台となる。

【社説】W杯関連放送がドイツより2倍以上長い韓国のテレビ(『朝鮮日報』2006年6月28日)

サッカーのワールドカップ(W杯)が開幕した今月9日から23日までの期間にKBS第1・第2テレビの番組編成におけるW杯関連放送の割合はそれぞれ25.5%と 38.5%で、MBCは43.3%、SBSは46.4%だったことが明らかになった。全放送時間の半分から4分の1をW杯関連放送が占めていたことになる。これはハンナラ党の鄭鍾福(チョン・ジョンボク)議員が出した資料により明らかになった。
 既存の番組の「W杯特集」は除外したというから、実際のW杯関連放送の割合はこれよりはるかに高いということになる。
 W杯開催国であるドイツの公営放送ZDFでは同期間におけるW杯関連番組の割合が19.62%だった。また、お隣の日本ではNHKが14.06%、フジテレビが9.3%だった。
 放送映像産業振興院が1日から19日までの放送3社における夜の総合ニュース報道1,651件を調べたところ、W杯関連報道が774件でニュース全体の 46.8%を占めた。局別ではMBCが51.3%(303件)、SBSが53.9%(293件)、KBSが34.4%(178件)だった。しかも放送3社は韓国代表チームの3試合はもちろん、1次リーグと決勝トーナメントの各試合を同時に中継した。
 一方、開催国ドイツではARD、ZDF、RTLの地上波3社が1日ごとに生中継を行い、日本でもNHKと民放各社が持ち回りで主要ゲームを放送した。
 W杯は全国民の関心事であった。韓国代表の試合があるときは明け方4時でもアパート団地の明かりがともっていたほどだった。
 そうとはいえ、もし3局が交代で放送していたなら、サッカーを楽しみながらも、世界のニュースもバランスよく知ることができたはずだ。
 W杯の開催期間だからといって世界が止まっているわけではない。北朝鮮のミサイル危機は続いていたし、経済の先行きも不透明なままであり、国際化を無視した理念偏向の教育政策に対する論議も続いていた。
 それなのにテレビ局を監督しなければならない放送委員会は、W杯番組を自制してくれという「協力公文書」を発表しただけで自分たちの責務はすべて果たしたかのような態度でいる。バランスの取れた放送運営が望まれるところだ。


日本代表、出場国ワースト4位
(『朝鮮日報』2006年6月28日)

米紙ワシントン・ポストは、2006年ドイツワールドカップ(W杯)出場チームの中から「ワースト5」を選出した。最下位はセルビア・モンテネグロで、以下トーゴ、コスタリカ、日本、米国の順。セルビア・モンテネグロはアルゼンチンに0対6で敗れるなど1次リーグ3連敗で、試合内容もひどかった。しかも、アルゼンチンに許した6ゴールはすべて芸術的なゴールだった。
 トーゴは3戦全敗の成績で実力も取るに足らなかったが、何よりもボーナス問題でW杯の雰囲気を台無しにした。コスタリカはグループAでドイツとともにベスト16進出候補に挙がったが、ポーランドとエクアドルに連敗した。
日本は前回の韓日W杯でベスト16に進出したが、豪州に不覚を取るなどして、1次リーグを敗退した。ジーコ監督はドイツに向かう前「目標は優勝だ」と大言壮語したが、今大会で1勝も挙げられなかった。米国は前回大会でベスト8入りした面目を保つことができず、2敗1分けで1次リーグを敗退した。 パク・ジェホ記者


相次ぐ誤審、対策はないのか
(『朝鮮日報』2006年6月28日)

ファンはデタラメだと声を上げ、米国の時事週刊誌タイム(TIME)は「技術恐怖症のせい」だと批判した。
 いったい何の話かといえば、誤審の話だ。現在、ドイツは決勝トーナメント1回戦の熱気に劣らず、熱い「誤審ワールドカップ」論争で盛り上がっている。
 27日に行なわれたオーストラリア対イタリアの決勝トーナメント1回戦は、試合終了直前に審判がイタリアにPKを与え、イタリアが1-0で勝利した。しかし、ビデオでの分析結果によると、ディフェンダーのタックルはファウルではないとの評価が下された。まさに「誤審のせいで、オーストラリアのサッカーの歴史が変わった」とため息の出る決定的誤審だった。
 今大会の誤審に関して挙げると、1次リーグF組では、イングランド出身のグレアム・ポール主審が選手の名前を書き間違え、2枚目で退場になるはずの選手に3枚のイエローカードを出した。また、フランス代表のドメネク監督は「審判が(FIFAのブラッター会長の母国である)スイスびいきの判定をした」と露骨に不満をあらわにした。韓国対スイス戦の「オフサイド判定」も誤審のケースに挙げられる。さらにアフリカ・アジアなど、非ヨーロッパ圏の出場国の間では「ヨーロッパ圏のチームに比べ、不利な判定を受けている」という不満の声が相次いで上がっている。
 広くはサッカー、狭くはワールドカップでの誤審論争は、昨日今日の話ではない。しかし、今回の判定水準は危険水位に達している。テレビ中継の画面を通じ、誤審の明白な証拠が次々に現れている。
 だが、FIFA(国際サッカー連盟)は「誤審を減らす技術の力」を信用しない雰囲気だ。米プロフットボール(NFL)は20年前の1986年からビデオ判定を導入し、テニス、アイスホッケー、ラグビーなど、多くのスポーツ試合でビデオ判定が公式に判定の一部として取り入れられている。
 しかし、サッカーの場合、最も論争の種になりやすいゴール判定(ボールがゴールラインを完全に越えたかどうかの判定)ですら、ビデオ判定の導入が認められていない。ボールの内部にチップを埋め込み、ゴールかどうかを判別する「スマートボール」がすでに開発されているが、FIFAは今回のワールドカップでの「スマートボール」導入を見送った。
 あまつさえ、「スローでのリプレイは、観客の抗議を誘発しかねない」という理由で、試合会場では微妙なシーンのリプレイの自粛を求めているのが実情だ。
 しかしこうしたビデオ判定の導入を求める声に対し、FIFAが耳を傾けないのはなぜだろうか。選手らはFIFAが保守的だからだと非難しているが、FIFAはかなり前から「誤審も人間のスポーツであるサッカーの一部」という態度をかたくなに守ってきた。また、ビデオ判定のため試合が中断する場合、競技のスピード感と迫真感が損なわれると主張している。
 昨年10月、フランスの審判らが「非公開試合で『ビデオ判定実験』を行なう」と発表したところ、FIFAは「絶対に認めない」と口を挟み、実験自体を中止に追い込んだ。フランスでは「ビデオ判定に異を唱えるのはFIFAの自由だが、実験すら禁止するのは人間の理性に対する冒とく」だと非難した。
 一方、米タイム誌はワールドカップの誤審論争は、FIFAの「技術恐怖症」のせいだと指摘した。現代技術の助けを借りれば、誤審に対するサッカーファンの怒りの声を聞かずに済むのに、保守的集団であるFIFAがこれを拒否しているというのだ。
 今回のワールドカップの誤審論争は、審判の資質に対する論争へと広がる様相を見せている。決勝トーナメント1回戦のポルトガル対オランダ戦でもイエローカードが16枚、レッドカードが4枚も乱舞する未曽有の事態が発生し、ブラッター会長ですら「審判を警告しなければ」と口を挟むほどだった。
 ワールドカップの全64試合中、10試合を残した27日現在までに出されたイエローカードは298枚と、これまでの最高記録である2002年大会の272枚を大幅に上回り、レッドカードもやはり24枚と、これまでの最高記録である1998年大会の22枚を若干上回っている。 キム・ドンソク記者



行き過ぎた愛国心で誤った解説してはダメ
(『朝鮮日報』2006年7月1日)
(フライのゴール判定支持したSBS解説委員、途中降板させられる)

「私はスポーツマンだ。国民感情のためにサッカー解説者としての良心を捨てることはできなかった。私のような犠牲者が新たに出てはいけない」
 人気サッカー解説者の辛文善(シン・ムンソン)さんが重い口を開いた。辛さんは先月24日に行われた2006年FIFAワールドカップ(W杯)ドイツ大会、1次リーグG組韓国対スイス戦でのオフサイド判定に(対し)、これを支持する解説をしたことで窮地に立たされている。
 0−1で韓国がリードされていた後半32分、スイスFWのフライが韓国のオフサイドトラップをくぐって2本目のゴールを決めた。そのとき、副審は旗をあげてオフサイドと判断したが、主審は副審の判断を無視し、試合を続行した。
 これをめぐり韓国のサッカーファンは「主審の誤った判定で韓国が無念にもスイスに敗れ、決勝トーナメント進出を逃してしまった」と主張した。一部のサッカー解説者もこれを明らかなオフサイドだと主張、誤審だとして主審を責めた。
 しかし、この試合のテレビ中継で解説をしていた辛さんの判断は違った。彼はスローで再生されたシーンを見ながら、「オフサイドではない」とし、主審の判定を支持する解説をした。辛さんは「主審は副審のオフサイドという判断を訂正できる最終権限を持っている」と話す。
 その後、辛さんの解説はネチズンたちの間で「愛国心に背く」事件としてネットで取りざたされた。ネット上でネチズンは辛さんの解説を猛烈に非難する書き込みをした。このため、辛さんに解説を依頼していたテレビ局は、辛さんに対しW杯開催中であるのにも関わらず帰国を通知した。もともとライバル局に視聴率で負けていたところに今回のオフサイド論争が巻き起こったこともあり、辛さんの放棄に至った。W杯解説者として番組を降板させられた辛さんはすぐに韓国行きの飛行機に乗せられ、帰国させられた。
 30日午後、スポーツ朝鮮は辛さんに電話でインタビューした。辛さんは約30分間、現在の心中を激しい口調で吐露した。辛さんは今も自分の判断を「まったく恥とは思っていない」と何度も繰り返し強調した。また、「20年以上、サッカー解説者として活動してきた。解説者は正確な解説で視聴者の理解を助ける人だ。その過程において、度を越えた愛国心のため、誤った解説をしてはならない」と主張した。
 さらに辛さんは事実を知りながらも歪曲したり沈黙したりしている大韓サッカー協会やサッカー専門家にも苦言を呈した。そして「大韓サッカー協会は国民に真実を伝えるべきだ。FIFAらがオフサイドではないと判断しているのにもかかわらず、沈黙している。国民が勘違いしたままにしておくことが、韓国サッカーにとって何の役に立つというのか」と口惜しさを語った。また、辛さんは別のテレビ局の解説者で、明らかなオフサイドだと述べたイム・ウンジュ氏に対し、公の場でその理由を明らかにするよう求めている。
ノ・ジュファン記者


鄭夢準会長が国民感情をあおっている
(辛文善氏、ルールより国民感情を優先するマスコミを痛烈に批判)
(『朝鮮日報』2006年7月4日)

 SBSのサッカー解説を担当する辛文善(シン・ムンソン)解説委員が、『ハンギョレ21』のインタビューに対し「SBSから『オフサイドの解説に対する国民の反感が高まっているので、すぐ帰国するように』という電話があった」ことを明らかにした。辛解説委員は「混乱している。問題の試合の模様を再度見たが、あれはオフサイドではない。サッカーは国民感情とは違ったルールで行われるスポーツだ」と語った。
 3日付のハンギョレ新聞電子版によると、辛解説委員は先月28日にSBSの「帰国命令」を受けて韓国へ帰国した。同紙によると、辛解説委員は「テレビ局とは一切連絡をしていない。わたしが正しい解説をしているのにテレビ局が国民に反感を植え付けようとするのは間違っている。テレビ局の誤った決定だ」と語ったという。
 また、辛解説委員は「韓国社会では、専門家の話がたびたびインターネット上で利益集団によってたたかれる誤った文化が広まっている」と語った。「(問題の試合の模様を)再度見たが、あれはオフサイドではない。解説者は試合のルールや状況を明確に分析するのが仕事だ。サッカーはルールによって行われるスポーツだそれなのに国民はルールや国際サッカー連盟(FIFA)を無視している。自分勝手に解釈して結果が悪ければたたくというのは間違っている」と話した。
 さらに辛解説委員は国際審判団のイ・ウンジュ審判が「あれはオフサイドだ」と主張したことについて「理論的根拠をまず明かすべきだ。なぜオフサイドだというのか、納得のいく説明をしてほしい」としている。
 辛解説委員は「アジアサッカー連盟の審判委員を務めるチョン・ヨンウォン委員も、ビデオを見てオフサイドではないと言っている。国民が理性を失った反応を見せているときには、鄭夢準(チョン・モンジュン)大韓サッカー連盟会長や審判委員会がそれをいさめなければならないところを、皆そろって国民に同調した。それどころか鄭会長はFIFAに提訴すると言って、国民感情をあおっている。マスコミも国民をあおる記事を書いているのを見て、大変失望した」と語ったという。



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