辰野金吾の仕事

辰野金吾 (たつのきんご)肖像写真

    安政元(1854)年〜大正8(1919)年325日 享年66


主要建築物
(主作品228)
随時更新
東 京 日本銀行本店  旧両国国技館  東京中央停車場
佐賀県 佐賀銀行唐津支店(明治45) 旧三菱合資会社唐津支店(明治41)
武雄温泉浴場新館及び楼門(1915) 唐津小学校(1901)
 
他 県 日本銀行大阪支店(大阪)  岩手銀行中ノ橋支店(岩手県)
日本銀行小樽支店(北海道)
韓 国 韓国銀行本店旧朝鮮銀行・ソウル・1912) 釜山停車場(1910)
中 国 東亜煙草大連支店(1908) 南満洲鉄道難波停車場(1910) 
安政元(1854) 8月22日肥前唐津藩士姫松倉右衛門の二男として生まれ、叔父辰野宗安の養子となる。野辺英輔に漢書を習い、唐津洋学校で高橋是清に英語を学ぶ。
明治6(1873)20歳 10月工学寮(現東京大学建築学科)に入学。ここで明治政府の招聘イギリス人建築家J・コンドルに師事。
明治12(1879)26歳 工部大学校造家学科(現東京大学建築学科)第一回生として首席で卒業。造家学修業のためロンドン大学に留学を命じられる。
明治13(1880)27歳 ロンドンのキュービット建築会社で実地研究。ロンドンのバージェス(W・Burges)のもと設計を学び、ロンドン大学およびローヤル・アカデミー・オブ・アーツにおいて造家学修業。
明治15(1882)29歳 3月フランス・イタリアを巡遊する。
明治16(1883)30歳 5月帰国。6月工部省御用掛となる。
明治17(1884)31歳 工部権少技長となり、工部大学校教授を兼ね、日本建築の講座を設ける。以来、近代日本建築界の指導者となる。
明治19(1886)33歳 1月依頼免本官。同月建築会社創立のため土木用建組に招聘される。4月工科大学造家科最初の日本人教授となる。6月工学博士の学位を受ける。7月日本銀行の委嘱により欧米に出張。
明治22(1889)36歳 7月東京帝国大学工科大学学長となる。
明治35(1902)49歳 退官
明治36(1903)50歳 8月葛西博士と共に辰野葛西建築事務所(東京)を創立する。12月東京帝国大学名誉教授となる。
明治38(1905)52歳 片岡博士と共に大阪辰野片岡建築事務所を創立する。
大正8(1919)66歳 3月25日没す。


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